体育祭の舞台裏 ~レフトールとウサリギ~
11月10日――
今日は、本来なら休日。その日に体育祭は実施することとなっていた。
授業の準備無し、カバンの中には体操着と弁当だけを入れて登校。まるで遠足だ。
学校についても、朝のホームルームは無し。さっさと体操着に着替えて運動場に集合ということになる。クラス単位で決められた場所に集まって、開会式の開始を待つこととなった。
「ブルマって美しいよな……」
待機中のジャンが、ぽつりと漏らす。リリスはくすりと笑って、ユコは「エロトピア」と言う。
「だがリリスのブルマが一番だ。ソニアはおっぱいに目が行き過ぎる」
「変態エロトピア!」
「ジャンの名前って、連呼したら奇襲攻撃食らったみたいになるね」
止まらないジャンのエロ発言にユコは怒り、比較対象として下げられたソニアは、相変わらずよくわからない理論で反撃してくる。
その一方でリリスは「もっと見るかしら?」などと誘うようなことを言ってくる。
「リリスも調子に乗らないの、見せないの」
この中でどうやらまともな人はユコだけのようだ。普通に真面目なロザリーンは、クラス委員の仕事なのか出席を取っている。
「あれ? レフトールさんとマックスウェルさん居ませんね」
「番長は最初から来てないよ」
「なんですって?! 困った人たちですこと」
この中にレフトールは居なかった。子分のマックスウェルを率いて、どこかでぐうたらやっているのだろう。多分騎馬戦の時には戻ってくると思われるけどね。
そうこうしているうちに、開会式が始まったのでみんな運動場の中央へと集まっていった。
一方その頃――
レフトールやマックスウェルは、仲間たちと共に校舎裏に座り込んで適当に遊んでいた。
「なぁレフ、体育祭には行かんの?」
「バカちんが! 番長にスポーツは似合わねえだろ?」
「あ、レフトールさん番長って名乗るようになった」
「あぁ? うるせぇピート!」
ソニアがやたらと番長、番長と呼んでくるので、いつの間にかその気になってしまっているレフトールであった。
もっとも番長とは、俗称で不良少年たちのリーダーという意味合いもあるので、ソニアの言っていることは間違いではない。
というよりもソニアは、レフトールがそういった立場の人だから普通に呼んでいるだけだ。
「どこ行こかー、ガッコから出たら怒られるしなぁ」
「慌てるな、騎馬戦まで待つんだ。あれは俺のたった一つのガッコでの楽しみだからな」
「一年で一度しか楽しみのないガッコ生活、レフトールさんも大変っスね」
「あぁ? うるせぇチャス! ケツのど真ん中に矢をぶち込むぞ!」
レフトールのひょうきんな面もあってか、周囲に生徒には恐れられていても、仲間たちからは結構軽口を叩かれている。
例えばツッパリ物の漫画なりを作るとしたら、レフトールみたいなのを主役に置くとコメディ色が強くなるだろう。
「外に出たとしても金がねーよ。レフトールさんがカツアゲ禁止なんてするからさー」
「あたりめーだろ。堅気には手を出すな。金が欲しけりゃウサリギの子分でも襲って奪っちまえ」
「それやると抗争になっちまうよ、いいのか? レフトールさんがガツンとウサリギのヤローをやっつけてしまえば、あいつら全部支配下に置けるのによ」
「やるときは全員でやるもんだ。赤信号、みんなで渡れば怖くないって言うだろ?」
「いや、それ言うのレフだけだし――むっ……」
仲間たちと一緒にレフトールに軽口を叩いていたマックスウェルは、レフトールの背後に現れた人を見て口をつぐんだ。
「どうした? 急に神妙な顔つきして」
「レフ、後ろ後ろ――」
「なんだよ――お?」
レフトールが振り返った先には、噂のウサリギが立っていた。彼も体育祭サボリ組のようだ。ただ仲間とつるんでいるレフトールとは違い、ウサリギは誰か知らない女子生徒を一人引き連れている。
少しの間、にらみ合いのまま静かに時間が過ぎていく。それを破ったのはウサリギの方だった。
「ふっ、相変わらず野郎共で群れてやがるな。むさくるしい奴らだ」
「なんだと? ……やーいやーい、女と遊んでるやーい。ウサリギはオカマだなー」
「レ、レフ……、お前小学生かよ……」
苦しまみれのレフトールの反撃を聞いて、マックスウェルは苦笑いを浮かべる。当然ウサリギは、そんな反撃など意に介する様子もなく、レフトールをじっと見つめたまま言った。
「ま、レフトールには女はまだはえーよ」
「むむむっ、なんで俺には女が居ないのだぁ?!」
レフトールは子分たちを振り返るが、マックスウェルやピートは肩をすくめて首を横に振るだけだ。そんなの俺たちの知ったことではないと言いたいのだろう。
「ふふっ、お前は仕える主人を見誤ったのさ」
しかしウサリギの言ったことは、レフトールがモテないからだとかそういう意味のことではなかった。仕える主人を見誤るとは?
「なんだそれは?」
「ケルムさんに仕えていれば、その取り巻きから女の一人や二人おこぼれにありつけるってものだ。しかしあのラムリーザは一人で独占して、お前らには回ってこねーよな? その違いがなぜ発生するかわかるか?」
「なんだてめー、俺がモテねーとでも言うのか?」
「それもある――、では身も蓋もねーから、簡潔に言うとケルムさんは女でラムリーザは男だということだ」
ウサリギはニヤニヤしながらレフトールを見据えている。どうやら今日の舌戦は、レフトールの分が悪いようだ。
「ケルムさんに集まる異性愛者の女はケルムさんではなく他の男を求めるが、ラムリーザに集まる異性愛者の女はラムリーザを求めるということだ」
「てめーが何を言いたいのかさっぱりわからん」
「わからんならわからんでよい。俺は勝手に裏山で遊んでくっか。またな、男山の大将」
ウサリギは捨て台詞を残して、学校の裏山の方へと去って行った。レフトールたちは、その時は特に追おうとせず、その後姿を見ているだけだった。
数秒後、レフトールは子分たちの方を振り返って尋ねた。
「おい、今の意味は何だ?」
「知らんがの」
マックスウェルは興味なさそうに短く答えた。
「ピートお前どう思う?」
「女は女を求めないが、男は求めるということだろ?」
「なんやそれ?」
「知らんがの」
ピートも結局マックスウェルと同じ答えになる。
「くっそ、チャスはわかるか?」
「知らん、ピートと同じことしかわからんよ」
レフトールは、子分に聞いても結論が出ないので、自分でラムリーザの周りにいる女どもを思い浮かべてみた。
おっぱいちゃんソニアは、レフトールにとって一番興味を引く大将だが、ラムリーザの本命だからラムリーザが飽きるまで回ってこない。
根暗吸血鬼リリスは、小便ちびるような女だから興味はない。
そのツレのユコは、自分を用心棒みたいに扱ってゲーセンに行くだけ。
優等生ロザリーンなど近寄りたくもない。
後は下級生となると、ラムリーザの妹ソフィリータは去年のこともあってなんか苦手。
踊り子ちゃんミーシャはアホっぽいから趣味じゃない。というか踊り子ちゃんと言えばリゲルの本命のはずだ。
以上が、今現在のラムリーザの取り巻きになっている女たちだ。
「ん~、あんまりいい女は揃ってねーな」
独り言のようにつぶやいたものが、レフトールの今の感情だった。周囲では子分たちが、噂話に興じている。
「あいつ裏山に向かったけど、あそこに何があるのだ?」
「知らないのかピート、あそこはこっそりハメハメする場所だぞ」
「のおぉ……」
それをレフトールは聞きつけて言ってくる。
「つまりそこに行ったら、女を漁れる場所だな? よし、俺たちもそこへ行くぞ」
多少勘違いしている感もぬぐえないが、こうしてレフトールのグループは連れだって学校の裏山へ行くこととなった。しかし――
「ダメだ、ここはお前らのような者の来る場所ではない」
あっさりと見張りに追い出されてしまった。
「なんだとコラ! ウサリギは良くて俺はダメだってののかあぁ? てめぇらウサリギ派のものだな?」
レフトールは凄んで見せるが、見張りはびくともしない。
「ウサリギとは誰だ? 我々は二バス殿に命じられてここを見張っているだけだ」
裏山を見張っているのは、二バスの配備した使用人。生徒ではなく本物の警備員であった。そもそも生徒ならば一日中見張っている訳にはいかない。裏山の支配者二バスが、自分で身内から配備したものであったのだ。
レフトールは、ウサリギが入って行ったであろう山を恨めしそうに見つめていたが、レフトールやウサリギの恐怖も所詮は学生の間で話題になっている程度。プロの見張りなどがレフトールの威圧などで動くわけが無いのである。
それを言うなら、レフトールとの抗争にプロの警護であるレイジィを動かしたラムリーザは大人げないとも言えるが、言葉通りまだ大人ではないので大目に見よう。
仕方がないので、レフトールたちは元居た校舎裏へと戻って行った。
「マック、お前女とやったことあるか?」
レフトールは、何気なく子分一号に尋ねる。
「ないねー」
返事はいつも通り、のんびりしたような感じだ。
「いいのか? あと三年しか残ってないんだぞ?」
「何が?」
「このままだと俺たち、ヤラハタ一直線だ……」
「別にえーやん。何か問題あるのか?」
いかなる時も、のんびりと心に余裕を持っている、それがマックスウェルなのであろうか。
「俺はハタチまでに脱童貞してやるんだからな」
「おー、がんばれがんばれ」
レフトール一人だけが意気込んでいる。
「しかしよー、ラムリーザなんかに付いてねーで、ケルムについていた方がやっぱええんとちゃうか? ウサリギの野郎みたいに、おこぼれの女が回ってくるかもしれんぞ?」
子分二号のピートは、レフトールに画期的な提案をしたつもりになっていた。しかしレフトールは、
「愚か者め! ラムリーザと呼び捨てにするな! ラムさん――、いやてめーはラムリーザ様と呼べ!」
などと、ゲーセン仲間になっているラムリーザ派の娘の顔をちらつかせながら怒鳴っていた。
「なんでー? 俺、ラムリーザあんまり知らねーし。ケルムの方がよく知ってんよ」
「ピートてめぇ、権力よりも女を選ぶってーのか?」
「俺別にラムリーザでもケルムでもあんまし関係ねーし」
「けっ、夢もチボーもないやっちゃな」
レフトールはラムリーザに心底惚れていると言ったら大げさかもしれないが、その点に関しては親分と子分の間で温度差があるようだ。
子分たちにとっては、あくまで大将はレフトール。その上の存在までは考えていない。
「ラムリーザ――っと、ラムさんなぁ……。良い人だとは思うぞ」
子分の中でマックスウェルだけは、夏休みにレフトールに連れられて一緒に南の島に行っているので、ある程度はラムリーザのことを知っている。
「で、そのラムさんとやらに付いていて、女もらえるのか?」
女のことしか考えていないのか、ピートはレフトールにそう問いかけてくる。
「ラムさんの周りの女……。おっぱいちゃんはラムさんしか見てないからなぁ」
レフトールは、先ほど考えてみたことを思い返していた。
「おっぱいちゃん? あー、俺は爆乳はパス」
どうやらピートは、レフトールとは反対の趣味のようだ。
「ロリコンかてめーは。でもあの中で一番幼児体系なミーシャはアホっぽいぞ?」
「ミーシャ? 踊り子ちゃんか? アホっぽい?」
「あのなぁ、中に入ってみないと、見えてこないことってあるからな」
レフトールはそう言う。実際ラムリーザとつるむようになる前は、ソニアやリリスも遠巻きに見るだけだった。
ソニアは帝都からやってきた新入りだが、リリスは暗い女というイメージ、ミーシャは踊り子ちゃんとして元気なイメージ。そのぐらいの認識であった。
「ソニアはラムさんしか見てねぇ。リリスは根暗吸血鬼の二つ名に等しく、よーく見ればなんか陰湿なところがある。ミーシャは動画で見る限りだと、踊っているだけだからわかりにくいが、話をしてみるとすっげーアホっぽい感じがするぞ」
レフトールは、思うままにラムリーザの取り巻きについて感じていることを子分に聞かせる。
「踊り子ちゃんってリゲルの女だよな?」
「信じられねーだろうが、そうなっているな。あーリゲルな。あれも近くで見ると妙なところあるぜ。ミーシャの彼氏って納得できると同時に、ロザリーンの彼氏とも納得できる変な奴だ」
「ロザリーンはパス。ってかあんな真面目女、絶対無理」
条件の細かいピートであった。
「で、ゲーセン仲間の娘はどうなんだ?」
「あいつなぁ……」
レフトールは少し考える。簡単に言えば、ユコはレフトールが用心棒をやってあげているだけ。ゲーセンに行っても一緒に遊ぶでもなく、別行動をしていることが多い。時々ユコが絡まれるのか、その時呼ばれて飛び出てジャジャジャーン程度の付き合いである。
ただ、一人の女生徒として見た場合、クセの多いリリスと比べてまともな方である。
しかしレフトールにとっては、おっぱいちゃんと比べて差があるのが難点だった。何にとはあえて述べぬ。
それに、彼女は「ラムリーザ様」と呼んでいる。その信仰の対象がラムリーザに向いているのは明白だ。
「なんだ、結局ラムリーザの周囲にはまともな女は居ないってことだな」
「なんだてめーピート、女のことばかり考えやがって」
「だったらレフトールさんよ、ラムリーザの周りから誰かひとり連れてきて俺たちに回してくれよ」
「こら呼び捨てるな、ラムさんかラムリーザ様と呼べ」
レフトールがピートの胸ぐらを掴んだ時、校内放送が聞こえた。
『次の競技は、クラス対抗騎馬戦です。出場する生徒は南ゲートに集合してください』
それを聞いて、レフトールはパッと手を放す。
「おいっ、野郎ども! 行くぜ!」
「レフお待ちかねの騎馬戦かぁ」
「ごちゃごちゃ言うなマック! ほら準備していくぞ!」
「番長にスポーツは似合わないんじゃなかったっけ?」
「バカヤロウ! 騎馬戦はスポーツじゃねぇ、戦争だ!」
騎馬戦の時だけは真面目に参加して遊ぶレフトール。そしてそれに付き合わされる子分たちであった。
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