クッパタ

 
 8月16日――
 

 この日は、朝からラムリーザとソニアは二人連れで散歩と言うかデートというか、外をうろうろしているだけだった。

 昨日ブタノールに浸したヘンコブタを回収して折に戻し、出来上がったと思われる化合物のブタガエンについて実験してみていた。

 ソニアがヘンコブタを浸していたブタノール、ブタガエンを少しスポイトで吸い取る。そして、固い石の上に一滴落としてみた。

 

「エンッ」

 

 二人は顔を見合わせて、くすりと笑う。

「本当に水滴なのに、衝撃を当てるとエンッと音がするとは……」

「じゃあこうしたらどうかなぁ」

 ソニアは今度は、石の上にブタガエンを塗りつけて、そこを別の石で叩いてみた。

 

「エンッ」

 

 すると今度も、石同士がぶつかるカツンという音に混ざって、ヘンコブタの鳴き声らしきものが聞こえたのだ。

「どういう理屈か知らないけど、このブタガエンに衝撃を当てると音がするんだね」

「じゃあこうしてみたらどうだろう」

 ソニアは、ブタガエンがしみこんだ石と、別の石を手に取って何度も叩き合ってみる。すると、それに合わせて「エンッエンッエンッ」と音がするのだった。

 ラムリーザは思わず吹き出してしまう。こんな不思議な現象があるだろうか。いや、実際に起きているのだから、不思議がっても仕方がない。

 エンエンといった音は徐々に小さくなり、そのうちカツンカツンと石のぶつかる音しかしなくなった。ブタガエンは全部蒸発してしまったようだ。

 ソニアは、小さな瓶にブタガエンを移し入れて、残りはボトルのまま蓋をしてそのまま放置しておいた。折の中では、一晩ブタノールに漬けられていたへんこぶたが、弱々しく「えーん」と鳴いていた。

 こうして午前中は、屋敷の周囲に広がっている庭を散歩していたのだ。

 

 昼前にごんにゃの店主から電話が入ってきて、新しい物を仕入れたから試しにおいでと誘われたのであった。

 というわけで、昼食はごんにゃでリョーメンでも食べるかと、二人は町へと向かうことにした。

 夏休み前に五花術をやってみた庭を横断し、門を出て屋敷の敷地から外に出る。フォレストピア町外れまでの途中に、竜神殿があるのでちょっとお参り。いつものように安全祈願をしてから、銅貨を数枚お賽銭。十分ほど歩いて、フォレストピアの町外れに到着した。

 ちなみにここまで通ってきた道のりは、通学路でもある。

 町外れの小さな公園で、ジャンに出会った。今日は一人のようだった。

「おーおー、二人でデートかお熱いねー」

 ジャンは二人をからかってくる。

「昔からよく出かけていただろ。ジャンは今日は一匹狼ごっこか?」

「おうよ。運は悪くなるが、素早さと体力、そして賢さの鍛錬になるんだぞ」

「なんやそれ」

 そこにソニアが、小さな瓶を振りかざす。中に入っていたブタガエンが、少量ジャンの足元に飛び散った。

「エエンエンエンッエンッ」

「うわっ、びっくりした!」

 突然足元で不可解な音がして驚いて飛び上がるジャン。

 ソニアはきゃはきゃは笑いながら、ブタガエン爆撃ー、などと言っている。

「ブタガエンって、へんこぶたを捕まえたのか?」

「なんか昨日ソニアが捕まえてきたんだ。それでブタノールに一晩浸していたら、こんな液体ができた」

「まぁ化学の教科書に載るぐらいだから珍しくはないのだよな。だがブタガエンの使い道が皆無に等しいので、全然話題に上がらないだけなんだよ」

 ジャンの言うとおり、衝撃を与えたら「エンッ」と音がする液体の使い道はあまり思いつかない。先ほどのように、精々人を驚かせるぐらいにしか使えそうにない。

「それじゃあまた」

 ラムリーザとソニアの二人は、ジャンと分かれて再びデート――ではなくて、ごんにゃへ向かう道を進んでいった。

「昼ご飯は久しぶりにリョーメンかー」

「あたしカレーの方がいい」

「クッションが欲しいのだろ」

「クッションなんか要らない、マグマカレーを食べる」

「それをクッション目当てというのだよ」

 今通っている道を進めば、ごんにゃに辿りつく前にココちゃんカレーの店舗前を通ることになる。この状況で素通りできるのは難しいかなとラムリーザは考えたが、ある変化を素早く見つけ出してそのまま直進して行った。

 ココちゃんカレー店舗の前で、ソニアは足を止めてラムリーザを引っ張る。

「ごんにゃじゃなくてこっち!」

「あれー? この前まであった、ぬいぐるみプレゼントの旗が無くなっているよ」

「そんなの元から無い! クッションプレゼント!」

 しかし、先日見かけた「残り30体」の垂れ幕も消えているのだ。それに気がついたソニアは、店の中に飛び込んで行って、凄い剣幕で店主に詰め寄っていた。店主は両手を方の所で左右に広げて苦笑いしている。

 ソニアはしばらく何か言っていたようだが、そのうちしょんぼりした顔で店から出てきた。

「ひどいよ、もうココちゃん無くなったんだって」

「限定五百体から始まったココちゃんプレゼント、ようやく終わったか」

「あたしまだ十八体しか持ってないのに!」

「いや、それ十分多すぎるから」

「ユコは二十五体って言ってたのに!」

「それユコがおかしいからね」

 なにはともあれ、ソニアはこれ以上マグマカレーを食べるという苦行から解放されたのは事実だ。自分で望んでやっていることにせよね。

 カレーなんて二度と食べないなんてぼやいているソニアを引っ張って、ラムリーザはリョーメン屋ごんにゃへと向かっていった。ココちゃんが無くなるだけでカレーは要らないと言い出すソニア、結局のところ、クッション目当てだったわけだ。

 

 昼のごんにゃ、そこそこ人が入っている。未だにリョーメンの店舗が一つだけというのもあり、独占状態は続いていた。もう数点リョーメン屋を入れるという計画は進んでいるが、まだ選考状態であり、すぐにという話にはなっていない。

 ラムリーザとソニアの二人は、ごんにゃ店主に促されて、カウンター席の一番調理場に近い場所へと案内された。ここなら店主との談話もやりやすい。

「それで、話って何ですか? 何か新製品でも?」

「新製品というわけでもないのだが、先週本国から取り寄せてね、公開しようと思ったのだが領主さん居なくて」

「ああそれはごめんよ、南の島の別荘にキャンプに行っていたんだ。それで、取り寄せたものとは?」

「これだ!」

 まるで「ジャーン!」とでも効果音が流れてそうな雰囲気の中、店主がカウンターテーブルの上に置いたものは、高さ20cmぐらいの容器であった。コップにしては少し大きい。ガラス製ではなく、発泡スチロール製?

 ラムリーザは差し出されたものを手に取ってみる。それは軽いものだった。コップのような形をした上には蓋がしてあり、そこには「リョーメン」「クッパタ」と印刷されていた。

「これは何? クッパタって書いてあるけど」

「即席リョーメンというものをご存知かな?」

「うーん、初耳だなぁ」

 ラムリーザが珍しそうな顔をすると、店主は得意がって熱湯の入ったやかんを取り出した。

「これは、お湯を入れると三分で出来上がる、どこでも食べられるリョーメン。時間が無い時や、非常時の非常食としても優秀だぞ」

 店主は、蓋をあけて熱湯を注ぎ込んだ。

 ソニアが唐辛子の入った瓶をいじっているのを見て、ラムリーザは素早く取り上げてから店主に尋ねてみた。

「クッパタという名前も変わっていますね。何か由来でもあるのですか?」

「クッパタかぁ……、領主さんはクッパ国という国があったことは知っておられますかね?」

「聞いた事あるよ」

 ラムリーザは、以前リゲルから「クッパ国の滅亡」という話を聞いていた。国王の嫌がらせで犯罪の責任を一人の人間にすべて押し付け続けることによって、犯罪王国となり滅亡した妙な国の話だ。

「クリボーという者に責任を押し付けて滅亡したという話で有名だが、国王クッパには、パタという寵愛する者がおったのだ」

「寵姫ですか?」

「いや、パタは少年だ」

「うほっ……」

「とまぁ、そこのところの関係は……一応関係あるか……。その国王クッパと、クッパが寵愛していたパタ少年の名前を合わせてクッパタとなったという説がある」

「妙なところから名前を取ってきますね。ところでそのパタは、国王の息子、王子なのですか?」

「いや、何の関係も無い他所の子だったという話だ」

「……いろいろとクッパ国は終わってますね……、いや、もう終わったのですね」

「国王が変だと国は滅びる。領主様もしっかりしてくださいよ」

「リゲルにも言われた……、というか僕はそこまで変じゃないはず」

 変なのはどちらかと言えば――、というわけで、隣でお湯の入ったカップを見ているはずの娘にちらりと目をやる。その娘は、持っていた小瓶の液体を、カップの中に注ごうとしていたので、素早く小瓶を取り上げた。

 その時、一滴だけ液体が小瓶のふちから飛び出して、テーブルの上に落下した。

「エンッ」

「は? 何か言ったかい?」

「い、いや、気にしなくていいですよ」

 ブタガエンの雫はテーブルに落ちて、独特の音を発して店主を不思議がらせるのだった。

「そろそろ三分だな、蓋をあけて食べてみても良いぞ」

「それでは頂きま――熱いっ、氷をお願いします……」

 ラムリーザは氷を入れてもらい、スープをぬるくしてから即席リョーメンとやらを口に運んでみた。多少味が濃い気もするが、確かにリョーメンの味だ。

「リョーメンと名乗っているが、即席リョーメンだと素材から手打ちで作るものに換算するとゴーメンレベルだな。形はしっかりしているからマーメンではない」

 リョーメンには最上級のリョーメン、そして並みのゴーメン、低質のマーメンという種類に分けられている。

「これをどうするのですか? ここのメニューに加えるのかな?」

「冗談じゃない、ここは手打ちリョーメンが売りなのだ。これら即席リョーメンは、雑貨屋に卸してそこで売るのが主流ということにしておくよ。まぁここでもお土産として少しは置いておくけどな」

「なるほどね、味は問題ないので、雑貨屋の方には新製品の話をしておくから、販売に向けての交渉はお願いします」

「あいよっ」

 こうしてフォレストピアに、ユライカナン産の即席リョーメンが取り入れられて流通されることになったのであった。

 お土産として二人は一個ずつクッパタを貰って、ごんにゃの店を出て行った。

「これを一つはソフィリータにあげよう。もう一つはソニアが食べてもいいよ」

「ブタガエン返して」

 ソニアは、ラムリーザが先ほど取り上げた小瓶の返還を求めた。

「飲まないと約束する? 食べ物に入れないと約束する?」

 こんな約束をしなければならないのか、とラムリーザは思うが、ソニアの好奇心はしっかり監督していないと、とんでもない方向へと突き進んでしまう。

「約束する」

 そう言って、ソニアはラムリーザからブタガエンの入った小瓶を取り戻した。

 しかしここからが問題だった。確かにソニアは、ブタガエンを口にすることは無かった。しかし、通行人の後ろをめがけて数滴ふりかけ回っているのだ。

 通行人は、突然背後から「エンッ」と謎の音がしてビックリして振り返る。しかし、そこには誰もいないので不思議そうな顔をする。

「意味の無いいたずらばかり……、とまぁブタガエンとやらはこういった遊びにしか使えないな。世間に広まらないわけだ」

 入って欲しくない道に撒いておけば防犯に使えないことも無いが、音が「エンエン」ではしまりが無いし、意外と早く蒸発するので常時巻き続けなければならない。確かにこれでは使い道は、そう思いつくものではなかった。

 しばらくの間、ペニーレインの町並みをぶらぶらと散歩してから、二人は帰宅することにした。

 

 町外れを通り過ぎ、少し坂を登り竜神殿を通り過ぎ、しばらく歩くと屋敷に到着。

 ソニアはへんこぶたの檻の傍に置いてあるボトルから、ブタガエンを小瓶に補充して戻ってきた。

 屋敷に入り、ラムリーザの部屋の前でメイドに遭遇する。ソニアの母親だ。

 ソニアはラムリーザの部屋を通り過ぎ、珍しく自分の部屋に入った。そしてしばらくして、ラムリーザの部屋の前からメイドが居なくなるのを確認してから、ラムリーザの部屋に転がり込んできた。

「めずらしく自室で過ごすのかと思ったよ」

「あたしの部屋何も無いもん」

 何も用意されていないのではない。ソニアの私物は全てラムリーザの部屋にある。去年に引き続き、同棲状態である。家族と同じ屋根の下で過ごしておきながら。ばれていないのが不思議なぐらいだ。
 
 以前ラムリーザは、こっそりとソニアの私物であるココちゃんを、一つずつソニアの部屋に運び込んでいたことがあった。十個以上大量に転がっていて邪魔でしょうがないし、一つずつ時間をかけて運んでいたらソニアも気がつかないだろうと考えての行動だった。しかし結局途中でバレてしまい、ソニアは無茶苦茶怒って再びココちゃんを全てラムリーザの部屋へと戻したのだった。

 それはそうとして、ソニアは早速ゲームを開始した。

 ここの所は、キャンプに行く前からもそうだが、グンバゲンベリイという小型の飛空挺を操縦して敵の工場を破壊するゲームばかりだ。

 今日もラムリーザは小型の飛空挺役をやらされ、グンバゲン帝国側のソニアに撃沈させられまくるのであった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き