騎馬戦前編 ~総当たり戦と勝ち抜き戦~

 
 11月10日――
 

 ラムリーザにとって、今年の体育祭で最初に参加することとなった競技は騎馬戦である。

 四人の馬役が足場を作り、騎手役の一人が相手と戦う。相手の馬を崩すか、騎手のハチマキを奪ってしまえば退治したこととなり、やられた選手は退場となる。

 そしてクラスごとに総当たり戦、勝ち抜き戦、乱戦の三種目が行われることとなっている。一学年だけでは少ないので、クラス単位で1年2年3年をひとまとめにしたグループとなっていた。例えば1組のグループは、1-1と2-1と3-1の組み合わせといった具合だ。

「ラムーっ、がんばれーっ」

 ソニアの大声がグラウンドに響き渡る。

 この競技には男子しか出ないので、女子は応援に回っている。女子は騎馬戦が無い代わりに創作ダンスがあり、一部の男子生徒はエロい視線を――なんでもない。

 ちなみにこの競技は、レフトールのお気に入りとなっている。不真面目なツッパリ不良のくせに、子分を率いて張り切っているのだ。

 去年などはラムリーザ率いるクラスと対戦し、策略を張り巡らせてラムリーザを無力化して、レフトールは勝利を収めていた。

 さて、今年はどうであろうか?

 

 最初は一対一の総当たり戦。

 これは無難に互角以上の戦いを見せて、ラムリーザのクラスは僅差で――負け。

「コラーッ、てめーらっ! 何負けまくっているんだよ!」

 お山の大将のレフトールの怒声が飛び交う。お山の大将はレフトール個人を差すものであり、実際の大将は三年生のユグドラシルということになっている。

 これは戦力とか考慮して順番を決めるような勝負ではない。単純に学年順に並んで順番を決めていた。

 レフトールは大将のように張り切っているが、実際のところは全体の真ん中あたり、総当たり戦では自分が勝ってもその後の三年生の戦績によってはどうにもならないところがある。

 クラスごとに騎馬は四隊、ラムリーザの所属するクラスからはレフトールとラムリーザ、後はリゲルとジャンが騎手となっていた。

 学年の中では自由に順番を決めることができ、先陣をジャン、二番手にリゲル。そして三番手はラムリーザで二年生の大将はレフトールであった。

 リゲルに「主人を先に出すとはな」などと軽口を言われたレフトールだが、ラムリーザはこういうのは慣れている人が大将をやるのがいいと言って、レフトールに大将を任せたのだ。といっても、全体での大将は三年生のラストを飾るユグドラシルなのであるが。

 ちなみに総当たり戦では、ラムリーザの出番が来るまでに一年生が四隊とも全部負けており、二年生の先陣を切ったジャンもあっさりとやられてしまっていた。

 こういったところで勝てないのがジャンらしいとはいえ、ラムリーザとリゲル、そしてレフトールが勝ったものの、二年生が終わった時点で三勝五敗。そして残念ながら三年生は二勝二敗に終わってしまい、結局負けてしまったのだ。

「コラ一年! 次の勝ち抜き戦でも負けまくったら承知しねーからな!」

 レフトールの怒声は、クラスメイトや下級生たち、そして上級生も一部萎縮させるだけだ。先鋒戦では、相手の素早い攻撃に翻弄されて、激戦の末やられてしまっている。

「くそがっ! 次、次鋒でろ!」

「次鋒、レオナルド行きます!」

 二人目の一年生の騎馬隊は勢いよく相手に突っかかっていったが、その途中で馬役が足をもつらせて転倒、総崩れとなってしまった。馬が崩れたので負け。

「何やってんだ貴様ーっ!」

 いきなり二人抜きを食らって、レフトールは怒りの骨頂だ。

「馬ーっ、なにやってんだよー」

「すまんっ、焦って失敗した!」

 といっても、ラムリーザの属する側の一年生はそれほど強くなさそうだ。下手すれば四人抜きも有りうる感じであった。それでも三番手に登場した生徒は、なんとか互角に戦っているように見える。

「へへっ、中堅ともなるとば今までの奴とは歯ごたえが違うぜ」

 しかし相手の先鋒には余裕があるようだった。試合中に相手を挑発していている。

 結局三番手の生徒も、ハチマキは取られなかったが競技の枠から押し出されて負けてしまった。ハチマキを奪う以外にも、決められた枠から出てしまうと負けというのもルールにあったのだ。

「アホたれがーっ!」

 レフトールはまたしても怒声を張り上げてくるが、ラムリーザがレフトールの方を向いて人差し指を口に当てて黙るように促す。そうされるとレフトールは「むむむ……」と唸るしかできない。まるで吠えるなと主人に言われた番犬の如く。

 続いて四番手、一年生では最後の騎手が出場することとなった。

「せめて刺し違えて引き分けにでも持ち込めや!」

 一旦はラムリーザに制されたものの、すぐに騒ぎ出すレフトールであった。

 そして相手の先鋒とこちらの四番手の勝負は、意外な形で終わった。激しくもみ合っている最中、騎手が両者とも馬から転落。珍しい形だが、引き分けということになった。

「よし、それでいい。自爆してでも体当たりで一騎ずつ潰していけばいい」

 レフトールはよくやったとでも言いたげだが、リゲルに「それだとこっちが三人抜かれている分最終的に負けるぞ」などと突っ込まれている。

「よし、ここから逆転だ」

 こちら側は一年生の騎馬隊が全てやられたので、二年生の先陣であるジャンが登場することとなった。

「総当たり戦で負けているくせに何言ってんだコラ!」

 だがレフトールは、不利な展開にピリピリしている。確かに総当たり戦では、二年生部門で唯一の負けがジャンだ。

「ジャンはなぁ、勝った後の態度が……」

 ラムリーザは、ジャンが負けた理由を知っていた。今回もハッスルして挑めば、同じ負け方をするだろう。

「さあ来い、えっとそっちの次鋒は誰だ?」

「フェリックスです」

「ジャンだ。行くぜフェリックス!」

 ジャンは、相手側の二番手、次鋒として登場したフェリックス相手に突っ込んでいく。そして素早く、相手のハチマキを奪い取ってしまった。

「よっしゃーっ!」

 そしてそのまま、奪ったハチマキを天高く放り投げた。

「あ、またやった」

 ラムリーザのつぶやきに、レフトールは「あ?」と答える。

 次の瞬間、審判をしていた教師が警告の笛を鳴らす。

「こらこらっ! 取ったハチマキを投げ捨ててはいかんとさっきも言っただろ?!」

「なっ?!」

「反則負け!」

「ぬぬっ?!」

 結果、ジャンは勝利した後の態度が悪いということで反則負けとなってしまった。騎士道に反するとかなんとか、そういった趣があるらしいが、ジャンはそれに反しているのだとか。

「何やってんだコラ!」

「はっはっはっはっ!」

「はっはじゃねぇ!」

「かっこいい所見せないと、リリスがガッカリするぞ」

 ジャンがレフトールとやりあっているところに、ラムリーザはぼそりと一言漏らした。

「あ……」

 それを聞いて固まるジャン。慌てて観客席に居るリリスを探すが、リリスは騒いでいるソニアと違って、黙って見ているだけだった。

 そんなわけで、相手側はまだ一年生の二番手なのに、こちら側はもう二年生の二番手リゲルの登場となった。人数で言えば四人分負けている、結構な差だ。

「リゲル、策あるん?」

 ラムリーザは自分の参謀リゲルに聞いてみる。困った時は、彼に聞いてみるとたいていは解決策を出してくれるはずだ。

「こんなお遊びに、策も何もあるか」

 しかしリゲルは何も考えていなかった。確かに策を考えてやるようなことではない。レフトールが一人で騒いでいるだけだ。

 こうしてリゲルの戦いが始まった。しかし、その戦いもあっさりとしたものとなったのである。

 相手の二番手は、試合開始と同時にほとんど捨て身の体当たりをぶちかましを仕掛けた。双方の騎馬がもつれあい、崩れてしまう。

「両者引き分け!」

 リゲルは相手の自爆攻撃に巻き込まれて、智謀を生かす間もなく敗れ去ってしまった。智謀を生かすと言っても、この場合参謀長が最前線に出てきている時点で夢も智謀も無いってもんだ。

「よし、それでいいぞ」

 そう言ったのは、相手の二年生大将だ。その人をどこかで見たような気がする、とラムリーザは思った。

「てめーベイオ、やりやがったな」

 レフトールは憤っている。そうだ、ベイオだ。以前軽音楽部の部室にやってきた、プロレス同好会を立ち上げたベイオだ。

 ベイオの作戦では、このまま自爆を繰り返していけば、自分と対峙するのはこちら側の三年生大将ユグドラシルとなる。余裕を持って敵の大将と戦える作戦であった。レフトールの言いかけた「刺し違えて引き分けにでも持ち込め」をマジで実践している。

 そんなわけで、いよいよ二年生副将のラムリーザ登場だ。

「ラムさん! この嫌な流れを断ち切ってくれ!」

 レフトールはラムリーザに懇願する。

「相手はこっちを崩しにかかるからなぁ。それを封じて、落としても勝ちだよね?」

「まぁそうなる。だから奴ら、共倒れを狙ってきているんだ」

「それならば、一人ずつ強引に落としていくか」

 そしてラムリーザと、相手側の一年生三番手との戦いが始まった。

「ラムさん、中堅ともなるといままでのやつらと歯ごたえが違うらしいから気をつけてな」

 レフトールはラムリーザにアドバイスを飛ばす。しかし今までのと言っても、ラムリーザから見たらこれが初挑戦だ。比較などできようもない。

 中央の円の中に入って、お互い礼をする。ちなみに、この円から馬役が出てしまっても負けだ。

「始めっ!」

 審判の教師の掛け声で、相手側の馬が突進してくる。明らかに自爆狙いだ。

 ラムリーザは、突き出しに来た騎手の両手首を掴んだ。その瞬間、相手の顔が苦悶に歪む。

「痛い痛い、いたたたっ」

 ラムリーザは力いっぱい相手の手首を握ったまま、次の行動に移す。全てを素早くこなさなければ、馬役が相手に押しつぶされてしまうだろう。相手の両手首を近づけて、左手一本で相手の腕の動きを封じた。相手は両手首を、ラムリーザの左手で掴まれる形となったが、それでも動けない。片手で相手の腕の動きを封じるラムリーザの握力の凄まじさ。すぐさまラムリーザは、空いた右手で相手の馬役の先頭を担当している生徒の顔面を掴む、鉄の爪アイアンクローだ。

「なっ?」

 これで相手の馬役の動きが止まった。これでこちらの馬役が崩されることは無い。あとは相手をやっつけるだけ――だが、ラムリーザの動きも止まっている。騎手の両手首を左手で掴み、右手で馬役の先頭の顔を掴んでいる。これでは動けない。だが――

 相手の両手首を掴んでいる左手を、強引に手前に引き寄せる。すると相手はバランスを崩してラムリーザの方へとつんのめってしまった。そこで馬役の先頭を掴んでいた右手を外して、素早く騎手の腰に手をまわして上手投げのような感じで転がした。哀れ相手の騎手は、そのまま馬役から転落してしまったのである。

「転落! 勝負あり!」

 なんだか趣が違うが、自爆狙いの相手にはこれが一番。ハチマキを取り上げてもよかったのだが、リゲルの仇というわけでもないが、相手を地面に落としてやった。

「おいおい、俺たちの獲物も残しておいてくれよ」

 レフトールは、久々の勝利に余裕ぶって見せる。まだ三人分負けているというのにね。

「ちっ、次出ろ。そいつを倒せば一気に逆転も可能だ!」

 相手の二年生大将、プロレス同好会のベイオも突然の強敵出現に慌てている。まだ三人分勝っているというのに、ただ一つの豪快な勝利をされただけで熱くなっているようだ。

 そして次は、一年生の大将とラムリーザが勝負することになった。

 試合が始まり、ベイオは自爆狙いではなく正攻法で正面からラムリーザに挑みかかった。そして二人が中央でがっちりとつかみ合い――

「いっ、痛い!」

 またしても相手の騎手は、ラムリーザに掴まれて悲鳴を上げてしまう。相手は掴まれている手を引こうとするが、ラムリーザはガッチリと掴んでいて離さない。そして今度は、両手を引き寄せる。その動きに合わせて、相手は無防備な頭をラムリーザの前にさらけ出すこととなった。バランスを崩した相手からハチマキを奪う作業は、難しいものではなかった。

「勝負あり!」

「よっしゃ! 後二人抜きで並ぶぞ!」

「自爆で良いからあいつを止めろ!」

 レフトールとベイオの掛け声が飛んでいる。騒いでいるのは主にその二人だけ。三年生は、じっと正面の相手を見据えたまま微動だにしない。さすが騎士道精神行き届いている。

 ベイオやレフトールたちは、まだガキであった。

「彼に捕まったらヤバいっすよ、化け物じみた握力してる……」

 やられた最後の一年生は、二年生の先鋒にアドバイスしている。

「捕まらなければどうということはない」

 二年生先鋒は、何か策があるようだ。

 そして、ラムリーザの三戦目が始まった。

「えっ?」

 勝負始めの合図で相手が取った行動に、ラムリーザは思わず驚きの声を上げる。なんと相手は、両手を後ろに隠してしまった。

「ふっふっふっ、これであんた得意の握力も、捕まえることができずに生かせない。どうだ! ラムリーザの握力封じ作戦――あっ」

 ラムリーザは、無抵抗の相手のハチマキを、難なく奪ってしまった。

 硬直している相手の二年生先鋒。

「勝負あり! 無気力試合は警告ものだぞ!」

 審判の教師が怒っている。

「ちっ、違うっ! これはあいつに掴まれない作戦で――」

「下がれっ」

「くっ――」

 全く策の意味がなくて、がっくりと肩を落として先鋒は引き下がって行った。

「馬鹿めっ」

 そしてベイオに怒られていた。

 とにかくこれで、ラムリーザは三人抜き。続いて四人目と対峙するが、それでもこちら側は一人分負けている。ほんとに今年の一年生は不甲斐ない。

 しかし二人目の騎手も、ラムリーザに掴まれることを避けてぎこちない行動を取ってしまい、その隙にラムリーザは相手のハチマキを奪うことに成功したのであった。

「よいよい」

 先ほどまで騒いでいたレフトールは、余裕を取り戻して得意顔をしている。

「番犬が主人の活躍で安心しているじゃないか。本来なら逆であるべきだろう」

「よいのだ。主君の一騎打ちで勝利することで、士気は膨大に上昇する」

「それも有りうるか」

「一騎打ちの正攻法で、ラムさんの力を封じることは不可能だ。だから俺は、去年は複数で襲い掛かって討ち取ってやった」

「なるほど。それならこの一対一の勝ち抜き戦だともう終わったようなものだな」

「ふっふっふっ、ラムさんを運よく仕留められたとしても、その後に控えているのは百戦錬磨のレフトール様だ」

 レフトールとリゲルが何か言い合っている間に、いよいよ二年生の副将同士の戦いとなった。

 しかしどうやら、今回の相手もラムリーザの敵ではなかったようだ。ラリアットの相打ち――ではなくて、ラムリーザがいきなり相手の顔面を鷲掴みにして、相手がびっくりしたところをサッとハチマキを奪ってしまった。

 これでラムリーザは五人抜き、相手側の残り五騎に対して、こちらは六騎残っている。とうとう逆転してしまった。

「ふっふっふっ、プロレスマニアのベイオさんよ、ここまでだな。てめーもラムさんにやられてこいや」

「なんの! プロレス同好会の発展のため、ここでたとえラムリーザ相手でも力負けしてはいられないのだ!」

 そう言って、相手側二年生大将のベイオが前へと進み出た。

 そしてラムリーザ対ベイオの一騎打ちが始まった。

「始め!」

 審判をしている教師の合図で、両者ぶつかり合う。

 ベイオの作戦は、掴まれたら終わり。しかし避けていたのでは戦いにならない。ならば攻めつつ掴ませない戦法を取った。

「んん?」

 ラムリーザは、これまでの相手とは違って果敢に腕を伸ばしたのを見て、一瞬構える。そこをベイオは見逃さなかった。ベイオは両手でラムリーザの手首を掴んでしまった。これならばラムリーザの凶悪な握力に悩まされることは無い。

 しかしこれは、戦闘が硬直する要因となってしまった。

 ベイオは手を離せない。手を離せばラムリーザの暴力的な力が襲い掛かってくる。しかし手を離さねばハチマキは奪えない。

「くっ、おいギャレッタ、押し出してしまえ」

 騎手同士の戦いではどうにもならないと判断したか、ベイオは馬役の先頭に指示を飛ばす。

「そうはさせないぞ」

 ラムリーザは馬役の動きを止めるべく腕を動かしてみて――ベイオに手首を掴まれているにも関わらず、腕を動かしてギャレッタと呼ばれた馬役の先頭を担っている生徒の顔面を掴んだ。

「ば、馬鹿な?!」

 ベイオは、ラムリーザの圧倒的な力に驚く。

「あ、そっか。こうしてしまったら良いんだ」

 ラムリーザは、相手に手首を掴まれていても関係なく腕を動かせるならばと、馬役の顔面から手を離すと、そのままベイオのハチマキを奪いにかかった。

「そうはさせるか!」

 ベイオはラムリーザの力を抑え込むのは不可能だと早々に諦め、手首を掴んでいた手を放して素早くラムリーザのハチマキを奪いに手を伸ばす。

 そして――

「同体! 引き分け!」

 二人は同時に相手のハチマキを奪っていた。

 ラムリーザは五人抜きならず残念がり、ベイオは改めてラムリーザの力の凄まじさを再認識していた。

「うまい芝居だったぞ」

 自分の陣営に戻ったラムリーザに、レフトールは労いの言葉をかける。労いになっているかはよくわからないが。

「いや、別に芝居してないよ」

「よし、後は俺に任せておけ」

 レフトールの登場となり、後はそのままレフトールが三年生の四隊を一気に抜き去っておしまい。

 こうして勝ち抜き戦では、最後はあっさりとラムリーザの属する陣営が勝利を収めたのである。総当たり戦、勝ち抜き戦とこれで一勝一敗。勝負の決着は、最後の乱戦にもつれこんだのであった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き