しけんぶぇんきょお
- 公開日:2023年7月16日
11月30日――
後期中間試験の時期がやってきた。今回も赤点回避を目指して、勉強会をいつも通りに実施することにしていた。
ラムリーザとソニアは、ラムリーザの部屋で他のメンバーを待っていた。今回も、ジャンとリリス、ユコの三人が来ることになっていた。
テーブル席に座って待っている間、ソニアは今日もアスレチックゲームで遊んでいる。単純なおもちゃだが、単純なソニアはものすごくはまっている。
「また落ちたー! もうこの橋は飛ばす!」
そして勝手に一人で怒っている。恐らく一番の難関であろう鉄棒の橋だけは、なかなかすんなりとは突破させてくれないようだ。
「とりあえずみんなが集まるまでだからな」
これから試験勉強をやろうというのに遊んでいるソニアだが、ラムリーザは今だけは見逃す。しばらく部屋の中にカチャカチャという音だけが響いていたが、チーンと最後の鐘が鳴ると少しの間静かになった。
開始時間は午前十時を指定、その時間までに集まる手筈となっていた。しかし時計を見ると、もうすぐ十時が来るところだった。
「どうしたんだろ、みんな遅いな」
「集まらないなら勉強会無しにしようよー」
ソニアは球をスタート地点に持っていきながら提案する。まもなく再びカチャカチャと音がしだす。
「それはダメだ、ちょっと連絡してみる」
ラムリーザが携帯端末を取り出したところで、まるでタイミングを計ったかのように通話の着信を示すベルが鳴った。相手はジャンで、何やら今回は二人で図書館で勉強するそうな。本格的にジャンは、リリスを落としにかかっていた。
「誰? リリスだったらフグのトリカブト煮を食べさせるんだから!」
「ジャンだよ。今回はリリスと二人きりで勉強するから、ここには来ないってさ」
「リリス来ないの? やったー、勉強会無しだーっ!」
「僕が言ったこと聞いていたのか? リリスはジャンと勉強するんだぞ」
ユコは来るのかどうか分からないが、来るかもしれないし来ないかもしれない、わからない。かといって勉強しないわけにはいかない。
「それじゃあ勉強始めるぞ」
ラムリーザは、ソニアが遊んでいるアスレチックゲームを取り上げて机の下に置いた。
「勉強会無しにするんだったら、勉強も無し!」
「いいよ。でも赤点取ったら、その時点から桃栗の里入りだからね」
「むー……」
ユコも連絡してくれたらいいのに、してくれないなら仕方がない。今回は二人で勉強を始めることにした。しかし教科書を広げてみたものの、いまいち盛り上がらない。勉強で盛り上がるというのも妙な話ではあるが……。
そんなわけで、まずは地理の勉強から始めることにした。今回の試験範囲は、最南端の港町アントニオ・ベイについてだった。まだ全世界が知られているわけではない。地理と言っても、帝国史の地域文化版といった意味合いが強かった。
「はい問題、アントニオ・ベイで困っていることは何か?」
ラムリーザはソニアに問題を出す。こうして一つ一つ教え込む方が、ソニアにとっては勉強になっていた。ラムリーザからすれば、授業で聞いたことを言っているだけ。ソニアが授業をちゃんと聞いていれば、まるで先生のように接する必要は無かったというものだ。
「富豪の乗った船を沈没させて、積み荷の財産を全部奪った」
「違うだろうが……、それは海賊の話だろ? アントニオ・ベイ近郊は海水温度が低めで、暖かい空気が流れ込むことによって濃霧が発生しやすい。はい、ノートに書く」
ラムリーザに指示されて、ソニアは仏頂面で言われたことをノートに書き記した。
「はい復唱」
「海水温度が低めで、暖かい空気が流れ込んで霧が発生しやすい」
「よし次、アントニオ・ベイを治める領主は?」
「ラムの叔父さん」
「名前で答えよ」
「マローン叔父さん、マローン・ホルブルック・フォレスター」
「よし」
こんな具合に、教科書に載っていることを一つ一つクイズ形式にして覚えていくのであった。
南の港町アントニオ・ベイは、元々ラムリーザの先祖が住んでいた地方である。つまり帝国になる前から、フォレスター家が治めていた土地である。ラムリーザの父親が宮廷入りして宰相になるにあたって、弟のマローンがそのまま領主を引き継いでいた。
「アントニオ・ベイから南に行ったところにある島は何か?」
「サマーセット島」
「なんでやねん! 夏休みにキャンプしただろうが!」
「あっ、マトゥール島」
「よし」
ふざけて答えているのか本当に間違えているのかわからないが、なかなか進まない。それでもラムリーザは、根気よく一つ一つソニアに教えていくのであった。ソニアが授業さえちゃんと聞いてくれていれば……。
「次、マトゥール島で採掘されている天然資源を述べよ」
「てんぷらとかだんごとか――」
ソニアが言いかけたところで、ラムリーザはソニアの目の前に握りこぶしを突き出す。そこにはゴムまりが握られており、ありえない形にねじ曲がっていた。今にも破裂しそうだ。
「うそうそ、原油でしょ、肥料でしょ――」
別にソニアはユコと違ってラムリーザのゴムまり破裂を恐れていないが、怒っているのを察してなのか、ちゃんと答える。やはり真面目に試験勉強していないだけのようだった。
「肥料じゃなくてリン鉱石な。用途は合っているけど、肥料だと間違いにされるぞ。あと砂金な」
「はーい」
そんな感じに、午前中の時間は地理の復習で過ぎていった。
さて、昼食にしようか――といったところで、使用人から来客を告げられる。結局ジャンとリリスは来ることになったのか?
ラムリーザとソニアが一緒に玄関へと向かってみると、
「こんにちはですの」
そこにはユコが居た。リリスとは一緒ではない。やはりジャンと二人きりで図書館なのだろう。
「遅いぞ、来ないのかと思って先に始めてたよ」
「ええ、リリスがジャンと図書館に行くと聞いて、今回は勉強会無しでもいいかなと思ったのですけど――」
「おいっすー」
ユコに後ろから、ソニアやリリスと同じくらい試験に縁の無さそうな人物が姿を現した。
「あっ、番長だ」
正義の番長――ではない、自称ラムリーザの騎士レフトールだ。
「なんでレフトールがユコと現れるんだ?」
この二人がセットで訪れたことがないため、ラムリーザは不思議がる。
「朝、家を出て、ラムリーザ様の屋敷を目指していたら、ゲームセンターの前でレフトールさんを見つけまして、そのまま一緒にゲームセンターに入ったら、気がついたら昼前になってましたの」
「いや、テスト勉強会するって言ってたよね」
「最初の三十枚のメダルが無くなったら行くつもりでしたの! でも二十枚目でメダルの山が崩れてドバーッと」
「ドバーッてなんだよ。ドバーッて」
「ドラゴンですの」
「なんでやねん」
ユコがメダルゲーム目当てにゲームセンター通いしているのは周知の事実であった。それでも多少は治安の悪いゲームセンター、そんな場所へ行くための用心棒としてレフトールを連れまわしているのもこれまた周知の事実。それがまたなんで定期テスト直前に?
「じゃあなんでレフトールは朝からこっちのゲームセンター前に?」
「エルム街のゲーセン、夜遅く行ってたら補導されるけど、ここのゲーセン補導されねーから」
「なっ――?!」
憲兵の導入が遅れた弊害が、妙なところで問題を引き起こしていた。
ポッターズ・ブラフ地方は憲兵の監視する目が行き届いていて、学生が遅い時間に町をうろついていたら捕まって連れ戻されてしまう。しかしフォレストピアでは、最近まで自警団に任せっきりで、それほど監視が行き届いていない。
元々きちんと住民が管理されているというのもあり、レフトールのような所謂不良少年というものがうろつくこともなかった。しかし時が流れたことにより、他所の町に住む不良少年がうろついていたとは……。
「ちょっと待てよ? 夜遅くって?」
「泊りがけでゴルァーガの塔をクリアしてやったぜ。あれってな、各フロアごとに特定の行動をしないとアイテムが取れず、必要アイテムを持っていないと画面が真っ暗になったり、ラスボスに勝てなくなったりするんだぜ?」
「そんな事聞いてない」
全てを聞かなくても、ラムリーザには一連の流れが把握できた。要するに、補導をすり抜けてレフトールは昨日に学校が終わってからフォレストピアにやってきた。そのまま一日中運営しているゲームセンターに入り浸り、夜遅くまでかかってゲームをクリアしていた。そのままそこで寝たかどうかは知らないが、今現在眠そうにしていないということは寝たのだろう。そして朝が来て、気晴らしに外の空気を吸おうと外に出てきたところでユコとばったり。再びゲームセンターへという流れだろう。
むろん少年が夜遅くまでゲームセンターに入り浸っていれば、憲兵に見つかって補導されてしまう。しかしフォレストピアでは、まだ憲兵がきっちりと機能していなかった。自警団上がりのメンバーでは見落としも増えてくるものだ。それゆえの出来事であった。
「なぁラムさん、腹減ったよ。昼飯分けてくれよー」
「あっ、そうそう、午後から試験勉強しましょうよ。だから昼食もお願いしますの」
ラムリーザは少しの間、呆れた目でじっと二人を見つめていた。ユコはいつものようにすまし顔だし、レフトールはニヤニヤしている。厚かましいというかなんというか……。
「ま、いいだろう」
それでもラムリーザは、そう言って二人を招き入れることにした。
元々憲兵の仕組みをしっかりとしておけば、このようなことは発生しなかった。つまり元はといえばラムリーザの怠慢が招いた結果であるのだ。その事を受け入れて、今回は咎めないこととする。
今日の昼食に、初めてせそ汁が出てきた。ユライカナン料理にメイドのナンシーが挑戦してみたらしい。
「こ、こんなに美味しい物だったのか?!」
以前食べたことのあるラムリーザであったが、これで二度目となるぐらい縁が無かったりした。そしてその一度目は、ソニアとリリスの料理対決で食べた時のことであった。
これにより、ソニアはかなり適当にせそ汁を作ったことが発覚。あの時は熱い物が苦手というラムリーザの特性を知っていたソニアが勝ったが、その特性が無ければおそらくリリスが作ったものの方が美味しかったのであろう。
こやつめ――なのどとラムリーザがソニアを軽く睨みつけようとしたその先には、メイドのナンシー、すなわちソニアの母親にどつかれる彼女の姿を見ただけであった。食卓にユコとレフトールが加わり、食事時に客が増えるとはしゃぐソニアの謎の習性が発生していただけである。
昼食後、四人に増えたメンバーはラムリーザの部屋に集まり、予定より遅れたものの改めて勉強会開催となった。
「ラムさんの部屋、でっけーな。流石だぜー」
初めて入ったことになるレフトールは、一人感心していた。
「どうだすごいだろう」
ソニアはいつものように、まるで自分の物であるかの如く振る舞う。
「でもなんだ? なんであっちこっちに白いぬいぐるみが転がっているのだ? ラムさんはぬいぐるみを集める趣味があるのか?」
「いや、違うそれは――」
「「ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッション!」」
ラムリーザの否定は、ソニアとユコによる二重奏の掛け声によってかき消された。
「クッションだろうがぬいぐるみだろうが――ん? なんか面白そうなものが転がっているじゃねーか」
レフトールは、机の下からアスレチックゲームを拾い上げた。
「待てよレフトール、今日はテスト勉強の日だぞ」
「俺別に勉強しなくても平均点ぐらい取れるから」
「なっ――!」
レフトールの一言にラムリーザは言葉を失う。しかしレフトールとつるむようになってから、彼が追試がどうのこうのと聞いたことがない。また、普通に進級しているということは、赤点のまま放置していないことになる。高校では成績不良の生徒は容赦なく留年となる。だから勉強会を開催して、ソニアなどの赤点回避に苦労しているというのに。
「嘘だ! 番長が勉強できるはずがない!」
「そうですわ。それとも何ですの? つっぱりグループだけどたまに居るあいつ勉強だけはなぜかできるんだよなポジションですの?」
ソニアとユコの二人は、信用せずに文句を言っている。
「いや、赤点放置していたら進級できないからね」
ひょっとしたらレフトールは、やればできるタイプなのにやらないから平均点程度なのか? 普通に授業を聞いて、テスト前に勉強会を開催して平均点程度のラムリーザは、そんなレフトールに畏敬の念を抱きかけた。
「わかった! 番長は勉強してないって言いながら実は裏で勉強しているせこい奴なんだ」
勉強をしていないと言いながら裏でも勉強しないソニアが騒ぐ。
「いや、ここに来なかったらゲームセンター尽くしだったろ?」
テスト前だというのに、ついさっきまでゲームセンターに入り浸っていたという前科がある。
「なんだよおっぱいちゃんうるせーな! それなら次のテスト勝負するか?」
「ふんっ、番長なんかに負けないもん!」
ソニアはそう言って化学の教科書を広げる。しかし上下逆だ。
「よし、勝負な。総合点で勝負、俺が勝ってた点数分おっぱい揉ませろよ。十教科だから千点満点、俺が五百点でお前が四百点なら百回おっぱい揉むからな」
「なにそれ変態!」
「気味が悪いですの!」
「いいから勉強しようね。そうだレフトール、アンヴィルの地域特産物は何か?」
「ん? 海の漁業と山のボーキサイトだろ?」
「ぬ……」
レフトールは普通に答えてしまった、合っている。何故知っているのかまでは問う必要は無い、知っていれば点を取れるのだから。
ラムリーザは驚愕しながらも、手を伸ばしてレフトールの手元からアスレチックゲームを引っこ抜く。そして自分の座っている椅子の下に置いた。
「なんでい?」
「今日は勉強会だからね。では化学始めるぞ」
レフトールは睨みつけてくるが、ラムリーザはそれをものともせずに、先ほどソニアが化学の教科書を上下逆に広げたのを見ていたので、その勉強をすることにしたのである。
「いくぞ、ベンゼン環に2つのメチル基が付いたキシレンは何か?」
「ブタガエン」
即答するソニア、全然違う。ラムリーザは教科書を見ながらノートに六角形を書きながら答えを待つ。
「距離が近い順に、オルト、メタ、パラだろ?」
「ぬ……、ソニアノートにそう書けよ」
レフトールにあっさりと答えられて、ソニアに覚えるように促す。この分だと、テスト明けにソニアはレフトールに三百回ほど胸を揉まれそうな勢いであった。
こうして、少しメンバーの入れ替わった勉強会が始まった。
意外な特性が分かった。レフトールは勉強ができるということ。その助けもあってこれまでよりも、スムーズに勉強が進んでいくのだった。
ジャンはリリスとちゃんと勉強しているのだろうか?
ソニアとレフトールのテスト対決の行方は?
それは版元の予定だけが知っているのだった――。
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