降竜祭打ち合わせ

 
 12月10日――
 

 この時期になると、南国で温暖な帝国でも少しばかり肌寒い季節となる。しかし、異常気象の発生した去年のようなことでもないかぎり、雪が降ることはまず無い。

 降竜祭が実施されるのは、そんな季節の出来事であった。

 

 放課後、空いている教室にて――

 降竜祭実行委員は、そこに集まっていた。生徒会メンバーだけでは足りないと言うことで、各クラスから一名から二名ほど集めて、結構な大所帯となっていた。

 最初は生徒会室で行う予定であったが、この人数を集めたら部屋がいっぱいになってしまう。そこで、使っていない教室を借りたのだ。

 委員長は生徒会長のユグドラシルがそのまま兼任。そのメンバーには、ラムリーザのクラスから選出されたジャンやリリスも加わっている。

 ジャンはこういった場所には慣れたといった感じだが、リリスはやはり少し落ち着かない。

 文化祭と違って、クラスの出し物というわけではなく、学校側から催す一つのお祭りという意味合いが強い。夏休み前に行った、ミルキーウェイ・フェスティバルの冬版といったところだろう。

「えー、諸君。予定通り話はついたよ」

 壇上に立ったユグドラシルは、誇らしそうに一同を見渡して言ったものだ。そして教卓の上に、直径2cmぐらいの小さな玉を置いた。玉から一本の紐が伸びている。

「フォレストピアの花火職人が協力してくれることとなったよ。降竜祭のメインイベントは打ち上げ花火。楽しみに――いや、我々は運営する側。生徒たちを存分に楽しませようではないかっ」

「竜神が降臨される祭りなのに、なぜ打ち上げ返すのですかー?」

 実行委員の誰かが質問をする。たしかに降りると打ち上げるでは、意味も方向も反対となっている。

「ふっふっ、それはどうかな」

 ユグドラシルは説明せずに、その代わりに不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

 会議で本格的に降竜祭打ち合わせを行ったのは、今日が初めてだった。

 先週の会合では、顔合わせ、自己紹介程度しかやっていない。まずはユグドラシルの構想している物が実現可能なのか調べておく。それが前回、第一回会合の時の課題となっていた。

 そこで先日のフォレストピア首脳陣パーティである。

 ユグドラシルは、学校イベントのネタ探し目的で、そのパーティに潜り込んでいた。

 彼自身はフォレストピアの住民ではないが、妹のロザリーンがラムリーザの参謀補佐として外部の人ながら参加している。そのおこぼれで参加、ぶっちゃけていうと、領主の身内特権とやらを最大限に利用しているだけだ。

 そのパーティで、参加者のゴジリにコンタクトを取っていた。ゴジリは表向きには格闘ジムの経営者だが、裏の顔として花火職人というものがあった。

 夏休み最後のイベントでは、その技術を駆使して打ち上げ花火大会を成功させている。今回も、その腕を見込んでの協力依頼であった。

 もしもゴジリとの打ち合わせが失敗に終われば、今日改めて一から方針を話し合うことになっていた。幸いゴジリは協力してくれることとなり、手土産まで頂けたのだから万歳だ。

「その玉は何ですか?」

 再び質問が飛ぶ。それは、教卓の上に置いてある小さな玉に向けられたものであった。

「花火職人さんから土産に頂いたものさ。小さな花火だから室内でも大丈夫と言っていたよ。会議の終わりに、景気よく一発パンとやって締めよう。あとリリスくん、起きようね」

 ジャンはハッとして隣を見る。リリスは机に突っ伏して寝ていたので、突いて起こす。リリスは何をすればよいのか分からなかったので、とりあえずいつもの行動を取っていただけだ。

 休み時間など、ソニアやユコと絡まない時は、いつもそんな感じである。ちなみにユコと出会う前は、いつもそんな感じであったそうだが、それは今はいい。

 しかし、花火を室内で行うのは、本当は禁じられている危ない行為だ。ゴジリはそんなことを知っているはずなのに、あえて自作の花火を持たせたわけだ。室内でも扱える小さなものなのか?

 もしもこの場にラムリーザ、ソニア、ソフィリータ、ミーシャの誰かが居たら、その玉を使うことは止めたはずである。しかしこの場には、花火という物自体が初めてという人がほぼ全員である。その玉の正体は、実は――

「それではまずは、降竜祭の日程を決めます。年に一度竜神テフラウィリスが地上に降臨されるという設定は経典にありますが、それがいつであるかは明言されていません。自分たちの考えた日が経典に組み込まれる見込みは無いけど、とりあえずは日にちを決めなければ話は進みません。何か意見有りますか?」

 ユグドラシルはそこまで語ると、集まったメンバーを見渡した。

「今年中にやりますか?」

 最初の質問に、「その方が良いでしょう」と答えた。来年になると、生徒会の代替わりがある。ユグドラシルが生徒会長として実権を振るえるのは、実質今年中というわけだ。

「冬休みに生徒を登校させるようにしたら、めんどくさがり屋が休むと思います」

 次に上がった意見は取り入れられる。そうなると、残り二週間しかない。

「あまり日数が無いね、今年の終業式が終わった後にやりますか?」

 冬休みは二十五日から。そして終業式は、その前日である二十四日だ。

「何か他の祭日と重なってないか?」

 話し合いとなり、教室はザワザワとしている。

「特に無いようですね。それでは終業式が午前中で終わるので、その後に午後から祭りを始める。とくに反対はありませんか?」

 ユグドラシルは出てきた意見をまとめて、再び周囲を見渡す。

「その日はソニアの誕生日。そんな日を祭日にしたら、あの娘絶対に図に乗るわ」

 リリスが初めて口にした意見は、ソニアに対するネガティブな意見だった。

「そんなこと、どうでもいいよ」

 ユグドラシルの言う通り、確かにどうでもよい。

「なんか『あたしが竜神よ』って言いそう」

 リリスはジャンにぼそっとつぶやいた。

「勝手に図に乗せておけ。また去年の誕生日の時みたいに馬鹿騒ぎして、周りから奇特の目で見られるだけだ」

「それもそうね、馬鹿になるだけだわ」

 どうでもいい反論しか出てこなかったので、降竜祭の日は今月の二十四日に決まった。

 一年に一度、竜神が降臨する日。非公式ながら、その特別な日の誕生した瞬間であった。

「では次に、祭りの内容についてにいくぞ。今回は文化祭と違って、クラス単位の出し物は無し。その代わり、フォレストピアの人たちが出張店を出してくれることが決まったよ」

「それでは、自分たちの仕事は何ですか?」

「主に前準備。露店の設置、会場の飾り付け。後は当日の司会進行などを担当することとなるんだ」

「ほとんど裏方なんだね」

「そうなってしまうが、宜しく頼むよ」

 それから、どんなイベントを実施するのかについて、意見を述べあった。

 今日決まったイベントのざっくりとした内容と言えば、運動場にステージを作って、竜巫女コンテストなるものを実施すること。簡単に言えば、美女コンテストの類である。竜巫女と言えば独特な衣装でもあるので、祭の目玉イベントとなるだろう。

「ダンスパーティとかもやりますか?」

「音楽かぁ……」

 ユグドラシルは少しの間考えた後、「ジャン君とリリス君、ここも文化祭の時のようにラムリーズの生演奏で宜しく頼むよ。――ってか、そのつもりで既にラムリーザ君に話してあるんだった」と決めたのであった。

「了解したっ」と、ジャン。

「ソニアの誕生日に、ステージで演奏。また狂喜乱舞の不思議な踊りが見られるのね、くすっ」とリリス。

「花束も用意しといてやるか」

「それも結局バラバラにされるけどね」

 ジャンとリリスの二人は、去年の二十四日の夜、受け取った花束が体を成さなくなるまで振り回し続けて踊ったソニアの姿を思い出して、顔を見合わせてくすっと笑うのであった。

 

 

「ふえぇっくし、ふえぇっくし、――ふえぇっくしょん!」

「なっ、何だよ突然!」

 ラムリーザは帰宅の途中、一緒に居たソニアが急にくしゃみを三連発でぶっ放したのでびっくりする。

「何か変! 誰かがあたしの噂してる!」

「知らんがな。そんなことよりも、小分けにして三回もやらずに一回で済ませたらいいのに」

「三回出ちゃうんだからしょうがないじゃない!」

 ジャンとリリスが降竜祭実行委員として活動している間、部活は自然と休止傾向になる。

 ユコはレフトールとゲームセンターに行くことが多かったが、昨日今日と学校が終わると一人でさっさと帰ってしまっていた。

 リゲルとロザリーンは、軽音楽部が無い時は天文部に行っている。後輩組は、部活が無いとビデオカメラ片手にどこかへと旅立ってしまっていた。

 ラムリーザとソニアの二人は、ポッターズ・ブラフの田舎道を歩き、駅へと向かっていた。いつもの光景である。

「そうだな、今日は何か買ってあげようかな」

 ラムリーザは、時々ソニアにちょっとしたものを買ってあげている。大抵は飴の入った缶とか、たわいない物ではあったが、時々は本物の宝石の指輪などを買ってプレゼントしている。

「チョコレートが欲しい」

「それはリゲルに頼め。そうだなぁ、ハッカ飴を買ってあげようか?」

 これはラムリーザのいたずらだ。以前買ってやったアクマ式ドロップスは、様々な味をした飴が入っているものだが、その中にハッカ飴も入っていて、ソニアはたいそう嫌っていた。

「そんな歯磨き粉飴要らない! ココちゃんが欲しい!」

「なんでや、既にたくさん持っているじゃないか」

「足りない!!」

 ラムリーザは唖然として、次の言葉が出てこない。休日にごんにゃに無理やり連れて行かされ、めでたく十九体目のぬいぐ――クッションを手に入れたばかりである。

 こんなに同じものを集めてどうしようと言うのだ? ユコはさらに所持しているというから、まるで意味不明である。それでいて足りないというのは、いよいよ意味不明。

「あっ! ごんにゃに行きたい!」

 ラムリーザにとっては藪蛇であった。昨日は何も言わなかったのに、「何か買ってあげる」と余計なことを言ったために、ソニアはごんにゃで実施されているコラボを思い出してしまった。

 その結果、ラムリーザは駅で汽車を待っている間、汽車でフォレストピアに向かっている間、駅から出るまでの間、ソニアの「ごんにゃ行きたい」という攻撃にさらされ続け、説得などできるずも無かったのである。

 理論立てて同じクッションを集め続ける無意味さを説いても、「わかった、だからごんにゃに行きたい」と答えられて、まったく話が通じない。

 結局、久しぶりに学校帰りにごんにゃに立ち寄ることとなってしまったのである。

 

「いらっしゃい!」

 店に入り、店主のいつもの挨拶を浴びる。そこでラムリーザは、見慣れた人物がカウンター席に居るのに気がついた。

「あっ、呪いの人形が来てる!」

 ソニアも気がついたようだ。ユコはそこで、真っ赤なカレーリョーメンを、これまた真っ赤な顔をして額に汗して食べていた。彼女の目的も、ラムリーザにはすぐに分かっていた。

 ソニアがユコの隣に座り、ラムリーザもそれに続く。カウンター席に三人が並んだ。そういえば、以前のココちゃんカレー騒動の時も、ラムリーザがソニアに引っ張られて学校帰りにカレー屋に入ると、すでにユコが居たということが何度かあった記憶がある。逆に二人が食べているところに、ユコが現れることもあった。

「なんにしょうか?」

「あたしマグマリョーメン!」

「つけるぶんで……」

 元気よく注文するソニアと、全てを諦めきったかのように注文するラムリーザが対称的だ。

「マグマリョーメンは、ほとんど観光客が記念にしか注文しないね。住民で注文してくれるのは、ほとんどお嬢さん二方のみだよ」

「辛いのが好きなのだよ。こいつら味覚障害だからね」

 激辛リョーメンを必死で食べていて答えない二人に代わって、ラムリーザは適当に答えておいた。辛さに対して鈍くなる味覚障害という話を聞いたことがあった。

 しかしラムリーザの皮肉も、激辛リョーメンと格闘している二人には、反論する余裕はなかった。

 ココちゃんのことについては、一言も漏らさない。これで二十体目のココちゃんだと言えば、変な目で見られること間違いなしというものだ。

 辛すぎて箸が進まず牛歩戦術な二人に対して、ラムリーザはさっさと食べ終わって店内を見回す。そして棚の上に、厄介で忌まわしきものを発見したのだ。

 そこにはココちゃんぷにぷにクッションが、まるで御神体のように恭しく飾られていた。

 くれぐれも、別にココちゃんは悪いことはしていない。ソニアが大量に集めてくる、しかも自分の部屋ではなくラムリーザの部屋に散らかす。だから厄介であり、忌まわしいのだ。

 ようやく食べ終わった二人も、店内に飾られている御神体に気がついた。すると、とたんに不満そうな顔になる。なんでだ?

「クッションなのに……」

 ソニアが機嫌の悪そうなつぶやきを漏らす。

「飾られクッション」

 ユコも、トーンの低い声で言い放つ。

「何が不満なんだよ?」

 女の子とは、得てして突然不機嫌になってしまうことがある、気まぐれでややこしい存在だ。

 もっとも、ラムリーザの周りにいる娘たちは、感情を表に出しがちだからわかりやすい。リリスですら、ああ見えてソニアと同類。しっかりと日々付き合っていれば、分かりやすいものだ。

「クッションなのに……」

 ソニアは再び同じ言葉をつぶやく。

「クッションだったら何だよ?」

 ラムリーザがめんどくさそうに問うと、ソニアはまるで睨みつけるかのようにキッとした視線をラムリーザに向けた。

「ココちゃんはクッションだから、飾られているのはおかしい。ぬいぐるみを大事に飾るのはわかるけど、クッションを飾るのはおかしい。クッションはクッションらしく下に敷かれるべきなの!」

 出た。ソニアのクッション理論。その理論はラムリーザの部屋でも生きていて、ベッドに飾ろうとしたり、整然と並べようとしたら上記の台詞を放って怒ってくるのだ。

「飾られクッションなんて許せないですの。クッションらしくしろですの」

 再びユコも同じ事をつぶやく。たぶんユコも、ソニアと同じクッション理論を持っているに違いない。

 その後は食事後の雑談。ソニアとユコの二人は、ココちゃんについていろいろと話し合いをしている。「クッション規則、ココちゃんエキスパンション」なるものについて、まったく意味のない規則を作り上げようとしていた。

「第一条、ココちゃんはぬいぐるみじゃなくてクッションなのだから、常にクッションらしく振る舞うことを要求する」

 ラムリーザは、その後はもう聞いていなかった。今日のを合わせると二十体に増えるクッションの扱いについて、頭を悩ませているだけなのだ。

 

 場所は変わって、降竜祭会議室。

 大まかな祭の流れは決まり、最後に小型花火を披露してから解散、ということになった。

「さあさあ皆さん、御照覧あれ」

 ユグドラシルは、教卓の真ん中に大き目のビー玉サイズの玉を置いた。もちろんその前に、バケツ一杯の水を教卓脇に置いておく。花火をするときは、すぐそばに大量の水を置いておくこと。これがゴジリから聞いた注意点の一つであった。

 続いて懐からマッチの箱を取り出す。こんなものを学校に持ち込んだら没収対象だが、ユグドラシルが持ってきたものではなく、学校の備品を借りたものであった。

「おっと待った、あんまり近寄るな」

 教卓の近くに集まってくる生徒を、ユグドラシルは片手で制してから、玉から伸びた紐、導火線に火をつけた。シュルシュルという音を立てて、小さな火花が導火線に沿って進んでいく。火花が玉に近づくにつれて、周囲の生徒の期待感が高まっていくのを感じる。

 ぼふっ――

 花火は火花を散らすことも、火を噴き上げることも、爆発することもなかった。

 くぐもった音がしたような気がしただけで、次の瞬間、玉の頂点部からモクモクと煙が吹き出し始めた。

「なっ、なんだ? 不発弾か?」

 ユグドラシルは火を消そうと考えた、そもそも火はついてない。この時に、何も考えずに玉を水の張ったバケツに投げ込んでいれば、被害は無かっただろう。

 煙はどんどん激しく噴き出してくる。その煙は天井まで到達し、お互いの顔も見えづらくなっていた。

「これ、やばくないか?」

 誰かがそう言ったときは、既に遅かった。教室は煙で満たされ、目の前は真っ白になってしまっていた。

「げほっ! ごほっ!」

「なっ、なんだこれは?!」

 すぐに教室内は大パニックとなる。少し寒くなってきたこの時期、窓を全部閉めていたのも悪い方向へと向かっていた。

 数分後、廊下に漏れていた煙に気がついた者が教室の扉を開けることで、煙の一部は外へと流れだした。そのことで教室内はある程度マシになり、誰かが窓を開けられることができたのであった。

 ゴジリ開発のジョークグッズ、「けむりだま」がいたずら大成功した二回目の出来事であった。

 

 そろそろ日が落ちそうな夕暮れの田舎道。

 ジャンとリリスは、会議が終わった後二人で帰っていた。ジャンの「一緒に帰ろう」との台詞に、リリスは「友達に噂されると恥ずかしい」とは答えなかったのだ。

 逆にリリスの方に対して、「ジャンと帰るなんて生意気」なる意見も上がるだろう。主にソニア辺りから。

「いやもう酷い目に合ったな」

「あれも花火なのかしら?」

 リリスは、煙が染みついた制服の袖を嗅ぎながら顔をしかめている。

「どこが『火』だよ。あれだとただの「煙」じゃんか。後でゴジリを問い詰めておくさ」

「それじゃあ、またね」

 ポッターズ・ブラフの駅前で二人は別れる。リリスはまだジャンのホテルには泊まらず、実家に戻っていた。

 ジャンは、リリスの後姿が角に消えるまで見つめてから駅へと入って行った。

 

 いずれは俺の元に戻して見せるさ――

 

 今はただ、そう思うのみであった。

 

 

 ココちゃん、ソニアの所持数二十体、ユコの所持数二十八体。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き