降竜祭中編 ~竜巫女コンテストに、告白タイム~

 
 12月24日――
 

 降竜祭会場、学校の運動場にて、午後の部が始まった。

 運動場の端にステージがあり、そこから左右にぐるりと円を描くようにぽつぽつと屋台が並んでいる。屋台はジャンとリリスが場所を指定しただけで、主にフォレストピアの住民やポッターズブラフの住民が出店という形で開いたもので、生徒たちにも馴染みのある店、珍しい店など様々だった。

 

「それでは十六時ごろまで自由時間とします。各々屋台を楽しんでください」

 

 ステージ上のジャンはそう宣言すると、降りてきて客に交じってしまった。ここから先の仕事は、夕方まで客の誘導や説明などだ。リリスも慣れない感じながらも、なんとかジャンを見習って同じことをやっている。

 ラムリーザたちも校舎を出た。どこから回ろうか品定め、そしてゾロゾロ群れるか好き勝手回るか決めているところだ。

「うーわ、朝来たときはステージしかなかったのに、いつの間にかお店がいっぱい並んでるー」

 ソニアは目をキラキラ輝かせてお店の群れを眺めている。

「あそこにカブト出張店がありますの、ソニアあそこで食べたらいいよ」

 ユコは屋台の一つを指さして言った。

「なんでよ」

「てんぷらソニアが見たいですの」

「じゃあユッコはあそこでだんご食えっ。だんごユコ! ぎんなん食って死ね!」

「何でもいいから食べに行こうよー」

 食いしん坊はソニアだけではない。ミーシャも待ちきれないといった感じだ。

「そうだな。つまらぬ諍いなどしてないで行こう」

 リゲルもソニアめがけて冷たく言い放つ。

「あたし悪くない! ユッコがぎんなんカレーだんご食べたいって言うのが悪い!」

「わかったわかった」

 ラムリーザはソニアの肩に手をまわして抱き寄せて、屋台の群れへと向かっていった。

「これはこれはようこそ。てんぷら屋はあそこですぞ。ぎんなんならあの店、だんごはあっち、いかめしはこっちですぞ」

 屋台に近づくと、ラムリーザの姿に気がついたジャンが、ソニアをニヤニヤ見つめながら屋台の説明をした。いろいろと具体的なのは、ただソニアをからかっているだけだ。

「いかめしがいい!」

 ジャンが挙げたうちの中で、いかめしだけがまだ問題を起こしていない食べ物だった。問題と言っても、食べすぎたりつまみ食いしたりといったしょうもないことではある。

「こんにちは、順調にやっているようだね」

「あっ、病気のロザ兄! うつるからシッシッ!」

 そこに、生徒会長ユグドラシルが現れた。前日にラムリーザから「風邪を引いた」と聞かされていたソニアは、ラムリーザを盾にするように隠れてしまい、ユグドラシルを威嚇している。

「ほんと、俺の思い通りに事は動いているぞ。堕落した雰囲気を持っていたリリスが、どんどん活気的になっていくんだ。これはいい、いいですよ先輩」

「ふんっ、リリスなんか堕落したダラクソ、ダラちゃんって呼んでやろうよ」

「もう始まったからネタ晴らしするけど、自分は病気になんかなってないよ」

「嘘だ! ロザ兄はモテない病とはなく病を同時に発症して、頭がお花畑になって――むーっ、むーっ」

 いちいちうるさいので、いつものようにラムリーザはソニアの口を押えて抱きかかえてしまった。

「先輩にはご迷惑というか、おいしいところ持って行っちゃってすまんです。でもこうまでしないと、リリスの奴全然前に歩いてくれないからね」

「なぁに、人の恋路の手助けと思えばいいもんさ。他のメンバーも朝から何事もなかったかのように普通に客として参加しているからね。むしろ一番大変なところだけ押し付けた――というか自分から買って出たから何も言えないけど、うまく始まってうまく運営できててよかったよ」

「ジャンは運営だけパラメータ高くて他は壊滅的――むーっ、むーっ」

 ラムリーザの手をかいくぐって悪態をついてすぐに取り押さえられるのもいつものパターン。

「それじゃあ自分はソフィリータを借りるよ」

 ラムリーザたちと一緒に居たソフィリータは、ユグドラシルの方へと一歩踏み出す。

「あ、みんな来たのね。どうかしら、私が計画した露店。すべて計画通りよ」

 そこにリリスがやってくる。屋台のことを露店と言っているが、同じことだ。

「おっと、んじゃ自分は失礼するよっ」

 ユグドラシルは、ソフィリータの手を引いて人ごみの中に紛れ込んでいった。

 全部話せばジャンの計画では、降竜祭前日にジャンとリリスを除く他のメンバーが風邪でダウンしたことにして、二人きりで大変な任務を遂行させるというものだった。

 追い詰められたら真価を発揮するリリスというより、本気を出せば徹夜でゲームのレベルアップや動画サイトのクリック作業も厭わないリリス。その底力に賭けた、ジャンの策であった。

 ジャンの好意を信じ込ませるために、リリス自体の気力や自信を大きく上げる。ジャンを受け入れるに値する女であることを思い込ませるために、こうして大役と成功体験を植え付けようとしたものだった。

 それはジャンからの依頼でラムリーザやリゲルは知っていることだった。そして、その作戦を成功させるため、全てが終わるまでユグドラシルはリリスの前に姿を表すのはまずいのだ。

 他のメンバーに関しては、元々他人にあまり興味を示さないリリスにとって、印象に残っている生徒ではないので、あまり気にする必要は無い。

 だからユグドラシルは、ソフィリータとともにさっさと立ち去ったのである。

 そして、屋台めぐりといった、長時間の昼食が始まった。食いしん坊のソニアは、全ての屋台で一品ずつ食べるといった壮挙を成し遂げたのであった。

 

 十六時になった。

 ステージに戻ってきたジャンとリリスは、これから夜の部へ向けて最後の仕事を始めた。

 

「お集りの皆さん、屋台は楽しんで頂けましたか? これより夕方の部を開催するます」

 

 ここはジャンではなく、リリスが司会を取っていた。緊張のためか、微妙に上ずった声と妙な語尾が気になるが、宣言としてはうまくいったようで少しずつ人はステージ前に集まった。

「うげ……」

 ぞろぞろと集まってくる人だかりを見て、リリスは少したじろぐ。歌のステージでは慣れたものの、元々人の視線が怖いリリス、こういった少し違う場面では動揺を隠せない。

「大丈夫だ、俺がついている」

 後方から、リリスにだけ聞こえるような声量でジャンは励ます。

 

「今日が誕生日の人が三人おります。ステージへどうぞっ」

 

 ジャンの励ましを聞いたリリスは、気を取り直して司会を続けた。事前の調査で、全校生徒の中に今日この日が誕生日の人が三人居るのがわかっていた。

「待ってましたーっ」

 その内の一人、ソニアは喜んでステージに駆け上ろうとする。しかし最後の一段に躓いて、盛大に前に飛び出してリリスの足元に滑り込んだ。

「くすっ、足元ちゃんと見なさいね」

「なにおぅ?!」

 リリスにからかわれたソニアは、リリスの足に手を伸ばす。むろんリリスは、少し飛びのいてソニアの攻撃をかわすのだった。

 トラブルなのかコントなのかわからない小事のあと、三人がステージに並んだ。丁度女生徒三人であった。

 

「この方々は竜神の落とし子、今夜彼女らの身体に竜神が降臨なさるのです」

 

 ソニアの動きで完全に気を取り直したリリスは、堂々と宣言した。こういった内容は竜神の経典には記されていない。全て降竜祭実行委員がみんなで案を出し合って決めたことである。

 その宣言後、ソニアはいつものように壊れた。ステージの上でまた始まった、形容しがたい不思議な踊りが。

「あ、マジで憑依した」

 観客席の方から、そんな声が上がる。しかしこれはソニアが勝手に適当に踊っているだけ。本物の竜神がこんな妙な踊りをするといった話は全く無い。

 

「えっと、ソニア・ルミナス、アーダルジ・シティスイマー、メリディア・トレイヴンの三人に拍手と花束贈呈。それでは三人は――」

 

 そこでリリスは言葉を切る。イベントを進行させるには、このソニアの不思議な踊りが邪魔だ。去年のように自ら崩れ落ちるまで躍らせていてもよいが、それでは今後の進行に支障が出る。

 そういうわけで、リリスは躊躇することなく、踊り狂うソニアの尻を後ろから蹴とばした。

「なっ、何すんのよっ!」

 自分の世界に浸っていたソニアは、突然現実に引き戻されて不満の声を上げる。

「進行の邪魔。ほらっ、花束贈呈」

 ソニアは受け取った花束でリリスに殴りかかったが、リリスは素早く飛びのき空振りに終わった。

 

「それでは一旦、三人とも一旦ステージ裏に行ってください」

 

 ソニアの攻撃を回避しながら、リリスは普通に舞台を進行させていた。暴れるソニアを押し出すように、ステージの裏へと押し込んだ。

 三人はしばらくしてすぐにステージに戻ってきた。今日のために竜神殿から借りた竜巫女の衣装に身を包んでいる。これはたまたまこの日が誕生日の三人が女生徒だったということで設定されたイベントだ。男子生徒が混ざっていたら、竜神官の衣装も借りる予定になっていた。

 問題は独特な体型をしているソニアだ。白衣の胸が普通に閉じず、半開きとなって圧倒的な大きさを保っている二つの風船が存在感を誇っていた。

「もーっ、こんな中途半端な衣装なんて要らない! それよりも誕生日プレゼント頂戴よ」

 無理矢理サイズの合わない竜巫女服を着せられたソニアは不満そうだ。ソニアに着せるには特注サイズしかありえないが、こんな乳妖怪は他に類を見ないので、わざわざ竜神殿で用意しているはずもなかった。

「プレゼントは最後にあげるわ」

「やったね!」

 一昨年までは、フォレスター家の習慣に倣って、誕生日は生み育ててくれた両親に感謝を表す日であった。しかし去年の誕生日に初めてジャンの店で自分自身を祝ってくれた。それが新鮮で嬉しかったソニアは、去年同様壊れたわけで、プレゼントを要求するわけだ。

 実は帝都に住む貴族の中には、そういった習慣を持った家系は数多い。しかし、この辺境ポッターズ・ブラフ地方では、そのような習慣は皆無であった。

 

「それでは、第一回ミス竜巫女コンテストを行います。今回は初めてということもあり、慣れてもらうのと様子見と練習を兼ねて、この三人の中から一番美しい竜巫女を選んでもらいます!」

 

 夕日が沈みかけたころ、ジャンが司会をバトンタッチする。こちらはもう司会は慣れていると言った口調で、リリスのようにたどたどしくはない。

 最初ということで、投票のようなものも簡単なものとした。三人をステージの右端、中央、左端に立たせて、観客は一番だと思う竜巫女の前に集まって、なんとなくその数が多そうな所が優勝といった形にした。

 ラムリーザは何の迷いもなくソニアの立つ前に歩み寄ろうとした。しかしそれを遮るように、何名かの男子生徒がステージ前に駆け込んでいった。少しでも近くから、こぼれそうな巨大なモノを見ようと駆け寄ったのだろう、おっぱい星人め。

「ソニアー、ジャンプだー」

 男子生徒の一人が声をかける。しかしソニアはむすっとした顔で動かない。

「お誕生日おめでとうソニアー」

 機転を利かせた男子生徒が祝福する。それを聞いたソニアは、不思議な踊りを再開。しかし、サイズの合っていない竜巫女服は、その動きについていけなかった。大きくめくれてその二つの――

「おおおーっ!」

 さらに男子生徒が詰め寄る。なのにソニアは、踊りに夢中になっている。

 見かねたラムリーザは、ステージの上に上がっていってソニアを後ろから抱きかかえた。

「えっ? なにっ?」

 我に返ったソニアは、はだけた胸とその前に群がる男子生徒のにやけた顔に気がついた。

「ふっ、ふえぇっ!」

 ソニアは後ろを向いてラムリーザに抱きついてしまった。

 

 第一回ミス竜巫女の結果は、女生徒のほとんどはソニア以外に均等に分かれ、男子生徒がほぼ全てソニアに群がった。元々生徒数は男女ほぼ同じなので、二対一対一で、ソニアが一番多かった。おっぱい星人多すぎだろう。

 こうしてソニアは、第一回ミス竜巫女に選ばれたのであった。皆の記憶には、破廉恥な印象しか残らなかった、というのは割とどうでもいい話である。

 この分だと、第二回竜巫女コンテストの実施は、先生方の反対にあって開催は難しくなってしまっただろう。

 もっとも、ソニアのような特殊なのをエントリーさせなければよいだけだが、ソニアが立候補したら元も子もないというのもある。一度選ばれた者は殿堂入りという逃げもあるが……

 

「続きまして、『愛のことば、ザ・ワードを竜神に誓う』を行います! さあ、思いを募る相手に、今夜この場で竜神の力を借りて、告白してみよう!」

 

 夕日は完全に沈み、徐々に群青色の空は藍色、黒色と変わっていった。

 そんな中、所謂告白タイムといったイベントが始まった。

 

「この夜告白してうまくいったカップルは、未来永劫竜神テフラウィリスの加護が得られるぞーっ。誰か居ないかなぁ?」

 

 なんだか伝説が生まれそうな瞬間である。占い好きとか迷信好きにとって、興味を引くようなイベントだ。

 真っ先にステージに上がったのは、ユグドラシルだった。これは既定路線、とっかかりを良くするといった意味で、半分サクラのようなものであり、半分本気の物であった。

「おっ、先輩行きますか」

 ジャンは、ユグドラシルにマイクを手渡した。ユグドラシルは、観客の方へ向き直って、一呼吸おいてから述べ始めた。

「というわけで、ソフィリータくん!」

「はっ、はい」

 ステージを囲む観客の輪から、ソフィリータが一歩前に進み出た。

「改めて言うけど、自分はソフィリータが好きだよ」

「……ありがとうございます。ようやく返事が聞けました」

「ふへ?」

 ユグドラシルは、このイベントのとっかかりを盛り上げるために、既に付き合っているソフィリータに再び告白するという形を取った。しかしソフィリータの返事は、ユグドラシルの意表をつくものだった。

「私が最初に好きですと言ったとき、あなたは『それなら付き合おうではないか』とだけ言ってくれました。あの日以降、ほんとうに良くしてくれましたが、いつ返事してくれるものかずっとお待ちしておりました」

「あっとま、ほなら、ぬおぉぉ?!」

 ユグドラシルは、少しうろたえて妙な言葉を発する。それを聞いて、生徒たちの間から笑い声が巻き起こった。

 ソフィリータが実行委員ではなかったので狙ったわけではないが、ユグドラシルは相手の告白に答えていないといったミスを、この場で挽回させたのであった。この突発イベントも、役には立つということが証明できた瞬間であった。

「ところであなた、コリーウォブル病はどうなったのかしら?」

 ジャンの思惑を知らないリリスは、病気で寝込んでいるはずのユグドラシルに、そのまんまの疑問をぶつけた。

「あっ――、いかんっ! げふっ、ごほっ、自分はもうダメだ――っ! ソフィリータ、後は任せた!」

「嘘ばっかり」

 リリスは、訝しむ視線を向ける。こうなると、ユグドラシルはもう誤魔化しきれないと悟って開き直った。

「リリス君、君は愛の力を信じているか?」

 ユグドラシルは突然元気になり、リリスを真顔で見つめてくる。

「何よそれ?」

「自分は、たった今ソフィリータの愛を受けて、病気は完治した。たった今、な」

「そんなものなのかしら?」

「そうだよ。だから君も、愛を受け入れることで様々な病から立ち直るであろう。ふあっはっはっはっ」

 ユグドラシルは強引に理論を展開させると、何事もなかったかのようにステージを降りていった。基本的にはソニアと精神構造がほぼ同じのリリス、その程度の作り話で納得してしまうのであった。

「吸血病が治るよ、やったねリリスちゃん」

 竜巫女服で、煽情的と言うには無茶苦茶すぎる恰好のソニアが、リリスに要らんことを言ってくる。

「あなたは竜神の加護があっても、風船病は治ってないね。くすっ」

「うるさいっ! 吸血祭の支配者めっ!」

 リリスは、ソニアの衣装の胸元を少しだけ押し下げる。その衣装はほとんど巨大な胸を収めるのに役立っていないため、それだけで再びポロリとこぼれてしまった。ソニアがリリスに口論を仕掛けるため、客側に尻を向けていたのが不幸中の幸いか。

 舞台の脇で無益な争いを始めてしまった二人を尻目に、ジャンは告白タイムの進行を務めていた。

「さあ、竜神の前で嘘はありません。あなたの本気を伝えてみませんか?」

 ユグドラシルの滑稽な展開で緊張が解けたのか、それが突破口となり次々と宣言しにステージに上がってくる男女。

 ある者は歓喜にあふれ、ある者は絶望に打ちひしがれ、三者三様な展開が繰り広げられていた。

 ほとんどが、祭の雰囲気による勢いで動いたような物。長続きするカップルが誕生したのかどうかは不明である。

 ラムリーザも便乗してみようかなと思ったが、ソニアは竜巫女として今日はマスコットかコンパニオンかよく分からない状態になっているので止めておいた。他の娘に告白するなど、もってのほかだ。

 逆にリゲルなどは、興味無さそうだ。

 リゲルぐらいの現実主義者になると、竜神の力に頼るよりは権力で押し切るほうが現実的だと考える。ロザリーンは権力者同士が結びついているというのか? ミーシャとはどういった関係にしているのか?

 知っているのは竜の神だけかもしれない。

 そんな感じに、告白タイムは異様な熱気に包まれて、まるでお祭り騒ぎになっていた。

 いや、今夜は降竜祭。正真正銘のお祭りなのだ。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き