折角だから部活をやろうとか思ったりする
4月6日――
ポッターズ・ブラフにて――。
エルドラード帝国の帝都シャングリラから見て、南西部に位置する地方都市である。田舎というわけでもなく、都会というわけでもない、ごくごく平凡な帝国の一都市に過ぎない。
この都市の外観で目立つのは、西に広がるアンテロック山脈と、ひときわ高いアンテロック山だ。そしてポッターズ・ブラフは、このアンテロック山の裾野に広がっている。
今日からラムリーザとソニアが通うのは、ポッターズ・ブラフにある帝立ソリチュード学院である。
駅から一番近いという交通の便のよさと、この地方における唯一の帝立学校というのもあって、この地方の有力者の子息が通っている割合が高い。
そして、この日は入学式だった。
行事は入学式だけで終わり、そのままラムリーザとソニアは一緒に帰ることにした。とりあえず寄宿している屋敷が街内にあるので、自然とそうなるのではあるが。
式のあった体育館から下駄箱に向かう廊下を歩いていると、校内掲示板に目が止まった。そこにはお知らせに混じっていろいろな部活の勧誘ビラが貼られているようだった。
ソニアは掲示板の前に立ち止まって、「部活かー」とつぶやいた。
「ねえラム、何か部活やってみない?」
「部活?」
「うん、せっかく三年間楽しむ事にしたのだから、何かやってみようよー」
「ん、そうだな」
そう言いながら二人は勧誘ビラを一枚一枚見ていった。
ラムリーザは、さほど部活に興味は無かったが、ソニアがやりたいというのなら付き合ってあげる気ではいた。
「ラムは何がいいと思う?」
誘ってきたソニアの方から、ラムリーザに選択を促してくる。ラムリーザは、やる気のない視線を掲示板に向けて、適当に右上から順にソニアに振ってみることにした。
「オカルト研究部か、興味深いね」
「やだ、暗そう。お化けなんて嘘よ、寝ぼけた人が見間違えたんだっ」
「それじゃあ旅行企画部は?」
「やりたくない、旅行するならともかく、企画立てるだけで何が楽しいのかわかんない」
「のだま部」
「よくわかんない、というか『のだま』って何?」
「まったく、わがままだなー。それじゃあソニアが選べよ」
「そうねぇ、あ、風紀監査委員ってのがあるよ? こらぁ、不純異性交遊はいっかぁん! なんてね」
「そんな胸元大きく広げておっぱい丸出しな風紀監査委員があるか。逆に注意される側だろ、ふふっ」
「あ、笑った! ボタンが閉まらないんだからしょうがないじゃない! それに丸出しなんかしてないよ!」
両手をクロスさせて胸元を隠しながらソニアは声を荒げる。隠すポーズがまるで何かを抱えているようだ。
入学前の試着でも確認したが、ソニアの胸が大きすぎて制服のブラウスのボタンが上二つほど閉まらないのだ。ちなみに三番目のボタンも危ない。
「じゃあ合唱部はどう? あー、あー!」
ソニアはソプラノの声を出しているつもりだろう。だが、可愛らしい声が響くだけでちっとも美しくない。
廊下を歩いている他の生徒が、耳をふさいでソニアの方を怪訝な目で見ながら通り過ぎていく。
「そこってどうせ女子だけだろ、ソニア一人で行ったらいいじゃないか。やっぱり僕は帰るね」
ラムリーザは、ソニアに突然隣で騒ぎ出されて恥ずかしくなり、付き合ってあげる気はどこかに吹っ飛んでしまって、その場を立ち去ろうとした。
「あ、待って、待ってよ。軽音楽部があるよ!」
ソニアは、慌ててラムリーザの袖を掴んでその場に引き止める。
「ソフィーちゃんと離れ離れになっちゃって、家でも二人でしか演奏できなくなっちゃったので、部活でバンドやらない? それならラムも一緒にできるでしょ? ねー、やろうよー」
袖をぐいぐいと引っ張りながら甘えたような声を出してくる。何も知らない他の生徒が、こちらを見てクスクス笑っている者、ニヤニヤしている者、無関心な者と様々だ。
「わかったわかった。それなら、ちょっと顔出してみるか」
「うん、それでは出発ー進行ー!」
ちょっと周囲の視線が恥ずかしかったラムリーザは、ソニアの意見を受け入れて軽音楽部の部室を目指して歩き出した。
軽音楽部の部室は、第二予備棟の一階にあった。そこは音楽関係に特化した場所になっていて、二階を吹奏楽部、三階では合唱部が使用しているようだ。棟内はある程度の防音が整っているらしく、外に居た時は窓から楽器の音や歌声が少しばかり聞こえていたが、棟内に入るとほとんど聞こえなくなった。窓を閉めていれば、ほとんど外に音は漏れないのだろう。
「とりあえずノックしてみよう」
部室の入り口にたどり着いたラムリーザは、ドアを軽くコンコンと叩く。すると、中から「どうぞ」と言う男子生徒の声が返ってきた。
ドアを開けて部室の中を見ると、一番目立つのが奥にある簡易ステージだった。そして、中には男子生徒と女子生徒が一人ずつ居た。二人はステージ前に置いてある椅子に座って、こちらを見ていた。
ラムリーザとソニアは、並んで一緒に部室に入ったが、数歩も歩かないうちにガタッと音がして、ソニアが転ぶ。入り口の壁際に置かれていたスタンドの足に、足を引っ掛けたようだ。
「あー、その辺りごちゃごちゃしているから、足元気をつけてな」
男子生徒の声がかかるが、ソニアはなにか諦めたような顔をして黙って立ち上がった。
「新入生のラムリーザです、宜しくお願いします」
「ソニアです、宜しくお願いしました」
二人の先輩の傍まで行った二人は、揃って深々と頭を下げ挨拶する。その時、ソニアのたわわな胸が大きく揺れるが、それはまあどうでもいい。ソニアの挨拶が、何故か過去形なのも気にしないで置こう。
「よく来たね、歓迎するよ。こちらこそ宜しくな」
最初にそう答えたのは、顔立ちの整った男子生徒だ。彼は言葉を続けた。
「三年生のジャレスだ。そしてこちらの女性が――」
「同じく三年生のセディーナ。部長をやらせていただいてます、宜しくね」
「はい、先輩方、こちらこそ宜しくです」
部長のセディーナが三年生で女生徒。そしてジャレスが同じく三年生の男生徒。部活のメンバーは現在この二人のようだ。
「二人の入部があって少し助かったわ。この学校で部として認められるのに最低六人必要なの。後二人集めないと、今年から同好会に格下げにされるところなのよ」
「それは大変ですね」
去年までは人数は揃っていたのだが、大半のメンバーが卒業してしまって二人だけが残ってしまっていた。ラムリーザとしては、部だろうが同好会だろうが、とくにどうでもよかったりしていた。
「ラムを誘ったのはあたしだけどね」
「ところで、二人のパートは何かしら?」
「あたしはベース、ラムはドラムよ。絶対にこのパートは崩さないでね」
さりげなく、ソニアは我侭を言う。だが、先輩二人にとっては、進んで裏方に回ってくれる便利な新入生が入ってくれた、と判断されたのには気が付かなかった。
「ほう、ドラムはありがたい。ドラム叩いてた先輩が卒業して空いていたんだ」
「ふーん」
「でも、ドラムセットとか置いてないですね」
ラムリーザは部屋を見渡して言った。
部屋に置いてある楽器はピアノだけで、後はテーブルとそれを囲んでいるソファー一式だけだ。
「うん、楽器を揃えるほど部費は出ていないので、自分で持ち込んでもらうことになってるんだ」
「それで置いてないのね」
「ああ、そこのピアノだけは学校の備品だから自由に使ってもかまわないよ。あと、本格的な活動は、文化祭とかのイベントの時だけだから、それ以外の時は、これも自由に活動してくれていいよ」
聞いた感じでは、普段は特に何もなく、各自で自由に練習すればよいといった感じであった。
「ラム、どうするの? 楽器、帝都に置いてきちゃったよ」
「まぁ、荷物になるし、こっちでも演奏するとか考えてなかったからなぁ」
「え、君達は帝都から越してきたのかい?」
「ええ、そうです」
「そうか、なるほどね」
「それよりも、いいですか?」
ジャレスと話している時、セディーナが気まずそうな顔で入り込んできた。その目は、ソニアの方を見ている。
「さっきから、どうも気になって仕方ないのですが……」
正確に言えば、その視線はソニアの胸に注がれていた。
「何がですか?」
「ソニアさん、でしたっけ。その胸なんとかならないのですか? アピールしすぎですよ」
「ぷっ」
ラムリーザはおもわず吹きだしてしまった。
先日試着したとき同様、胸が大きすぎてブラウスのボタンが二つほど留められずにいて、さらにジャケットも大きく開いているので、ソニアの胸は大きくオープンしている状態だ。それでいて98cmの胸は、まるでロケットのようにつんと突き出していて、ブラウスを押し上げている。そしてその半分ほどが、ブラウスに収めることができずにはみ出ているのだ。セディーナが気になるというのも無理はない。
「どっ、どうにもならないのよ!」
ソニアは顔を赤くして腕で胸を抱え――隠す。
こればかりは仕方ないことなので、ラムリーザはこの場は流すことにした。
「んー、とりあえずソニアの胸はスルーでお願いします」
「ははっ、確かにそれじゃ仕方ないだろうし、そうしよう」
ソニアとセディーナの会話を聞いて、ジャレスは笑いながら言った。
「それと、今日これからなのですが、時間が有ったら楽器屋に案内して下さい。できるだけ近いうちに用意しようと思ってますので」
「よし、今日はこれからお店を案内してあげよう。ということで部長、後はよろしくっ」
「ええ、いいわ。いってらっしゃい」
ということで、ラムリーザとソニアはジャレスの案内で町に繰り出し、楽器屋に行くことになったのである。
そこで、ドラムセットとベースギターをそれぞれ二つ購入して、学校の部室と下宿先の屋敷の二箇所にに送り届けたのであった。
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