美少女二人
4月8日――
ソニアは不安だった。ラムリーザが自分から離れていってしまうことはないと信じているが、そこに現れた二人の女性はそれが揺らいでしまうほど美しかった。
教室に入って自分の席についたソニアは、頬杖をついて離れた位置にいるラムリーザを見つめていた。
ラムリーザの席は窓際の後ろから二番目で、彼は後ろの席の男子と話をしている。その後ろの男子は見覚えがあった。確か先日のパーティで見かけたことは覚えていた。ソニアは食事に夢中だったが、その時にラムリーザが話しかけていた相手だ。
そこに、二人の女子――いや、美少女といってもいいかもしれない――が視界に入った。腰まで伸びた黒髪の美少女、同じく腰まで伸びたプラチナブロンド――金髪の美少女。
それは、先日駅ですれ違った二人だった。その二人が、有ろう事かラムリーザの近くの席に腰掛けたのだ。金髪の美少女がラムリーザの隣に、黒髪の美少女がその後ろに。座席は最初は名前順で決まっているので、二人の意思で近くに来たわけではない。
しかしソニアは、ラムリーザがその二人になびくのではないかと不安だった。席替えをしたいと思ったが、まだそのような時期でもなく、自分ではどうしようもないことだ。
放課後まで気が気でなかったので、授業が全て終わると、とっととラムリーザを連れて部室に向かうことにした。まるで二人の美少女と引き離すかのように。
だがしかし――。
「ユコ・メープルタウン、よろしくお願いしますわ。ほらリリスも挨拶して」
「リリス・フロンティア、よろしくです」
なんということか、その二人の美少女が軽音楽部に姿を現したのであった。
腰まで伸びた黒髪と赤い瞳が力強い、妖艶な雰囲気のリリス。
同じく腰まで伸びたプラチナブロンドの髪と緑色の瞳が神秘的な雰囲気のユコ。
おっぱいが大きいのと、脚線美、ラムリーザが可愛いと言ってくれるだけが取り得だと思っているソニアは、ぱっと見の印象だけで、この二人には勝ち目がないとか考えていた。個々のパーツでは勝てていたとしても、全体のバランスでは到底及ばないと。
「こっちこそよろしく!」
ソニアの心配を他所に、ラムリーザは力強く答えながら、二人の様子を観察してみた。
まごうことなき美少女、ラムリーザにとってもソニアにとっても、これが第一印象であった。ただし、ユコの笑顔は嘘偽りない感じだが、リリスの方はその表情に微妙な警戒心を感じ取ることができた。
ラムリーザは、この二人はどこかで見たことあると思った。その記憶をたどってみると、初めてこの町に来たときに、駅ですれ違った二人だということを思い出していた。
「あれ、あなた確か同じクラスに居たよね?」
「ん、そうだっけ。こっちの金髪の娘……えーと、ユコ? なら隣に居たみたいだけど」
リリスの問いにラムリーザの答えはあいまいだ。ソニアは心配していたが、ラムリーザは二人をそれ程しっかりとは見ていない。
「その後ろにいたんだけど、まあいいわ。あなた、いつも外ばかり見ていたものね」
「うむ、まあよい」
二人の言う通り、美少女二人よりも外の風景の方に興味があったのだ。美少女二人を目の前にしても、ラムリーザはマイペースだった。
実際のところでは、ラムリーザはこういった美少女を見慣れていたのだ。
昔から親に連れられて行った名家の集まりに参加していて、そこで様々な令嬢に会う機会があったわけだ。そしてその中には美少女と呼んでもいいような令嬢も何人か居た。正確に言えば、美少女率の方がかなり高い。
そういった環境にありながらも、ラムリーザはソニアを選んだのだが……。
ラムリーザから見て、ソニアは可愛いと思っていた。胸と脚に目が行きがちだが、それでも十分に可愛かった。天真爛漫なソニアの方が好きだというのは以前述べた通りである。
「僕はラムリーザ、よろしく。そしてこっちが……」
ラムリーザは言葉を切ってソニアを見た所、何だか深刻そうな顔をして黙り込んでいる。
「……ソニア?」
「ラムリーザね。ソニアは人見知りするタイプなの?」
「いや、そんなことなかったはずだけどなぁ……。どうしたソニア?」
ラムリーザに肩を揺すられて、ソニアは我に返った。
「え、あ、あはは、なんでもない、なんでもないよ。こっちこそよろしくね!」
ラムリーザは何だかソニアの様子がおかしいと感じた。笑顔が本心か作り笑いかは区別がつくようになっていて、今のソニアは間違いなく後者だ。しかし場が乱れないように会話を続けることにした。どうしてもこの調子が続くようだったら、その時に聞き出せばいいと思いながら。
「でもあなたたちって、見かけない顔ですわね。中学はどこでしたの?」
「あー、僕らは去年までずっと帝都に住んでいたんだ。だから君たちのことも知らないよ」
「そうなんだ」
ラムリーザの話を聞いた時、リリスの表情から警戒心が消えたような気がするのは、気のせいだろうか。そしてさらに気のせいか、突然リリスは誘うような目つきをラムリーザに向けてきて、若干身体の距離が縮まる。
「でもちょうどいいかもな。これで四人だから、クラスメイトでユニットが組めるかもね」
「そうね、私はギター。主にリードギターがいいわ。あとボーカルもメインでよろしく」
最初の頃はユコばかり話をしていたが、急にリリスもしゃべりだしたような気がする。
「リリスは目立ちたがりなんだね。ユコは?」
「私はキーボード担当。あ、でも、演奏よりもむしろ作曲や編曲の方が趣味ですわ」
「へー、それはすごいね」
「あなたたちは?」
リリスがラムリーザの方に身を乗り出して聞いてくる。その表情からは、最初に感じた警戒心は消え去っていた。
「僕はドラムだね」
「あたしはベースよ」
ソニアはラムリーザとリリスの間に割り込むようにして言う。あんまりラムリーザに近寄るなと言いたそうな感じだ。
そんな雰囲気のソニアには目もくれずにリリスは身を引き手をポンと叩いて言った。
「ユニット完成ね」
上手くパートが分かれた、一年生カルテットの誕生であった。
「いや、部長や先輩も居るんだけどね」
今日は、部長のセディーナ、ジャレスの二人の先輩は、部室に顔を出していなかった。
最初に聞いた話では、「本格的な活動は、文化祭とかのイベントの時だけ」と言っていたので、それ以外の時はあまり活動していないのだろう。それに加えて、ジャレスは生徒会会長をやっていて、セディーナも生徒会役員だそうだ。だから普段はそちらの業務がメインで、音楽は息抜き程度と考えているらしい。
「入部届けとかどうしたらいのかしら」
「とりあえずテーブルの上に置いていたらいいんじゃないかな」
「それはそうと――」
リリスは、今度は視線をソニアの方に向けて、言葉を続けた。その目は、奇異なものでも見るような感じだ。
「――ソニア、と言ったかしら? その胸なんとかならないの? アピールしすぎだと思うわ」
何だか初日にも先輩に言われたような台詞を、リリスはクスッと笑いながら言った。このボタンが留まらないほどの大きさの胸は、やっぱり目を引くようだ。
そういうリリスも見た感じ胸のサイズは大きい。ただし、制服に収まるサイズの大きさだ。ソニアの収まらない胸が規格外なだけである。
「どっ、どうにもならないのよ!」
ソニアは顔を赤くして、腕で胸を隠す。
またこの流れかと思って、ラムリーザは前回と同じようにしてこの場は流すことにした。
「んー、とりあえずソニアの胸はスルーということで」
そう言いながらこの分だと、会う人会う人突っ込んでくるんだろうな、とか思っていたのである。
まぁ、ソニアの言うとおり、どうにもならないのだから、仕方がない。