ギャルゲーをやろう
4月9日――
週末は、学校が休みである。これは帝国内の学校はどこも同じ仕組みになっている。
休みとなると、生徒たちは自由に好きなことをやっていた。勉学に励む者、スポーツに励む者、集まって遊ぶ者、家でのんびり過ごす者など様々だ。
ラムリーザとソニアの二人は、いつのように部屋でのんびりと過ごしていた。あまり外に出ない二人は、屋敷の中で暮らすことが多かった。
先日注文した楽器はまだ届いていないので、今日もやる事と言えば勉強かゲームぐらいである。
とは言うものの、ラムリーザは勉強にそれほど興味はなく、ゲームと言ってもソニアがプレイしているのを見ているのがほとんどである。二人が付き合う前のラムリーザは、昼寝をしている時間が多かった。
だが今日のソニアは様子がおかしかった。ゲームを開始する様子もなく、なんとなく落ち着かない感じであった。何か考え込んでいるような素振りを見せたと思うと、ラムリーザの方をじっと見ている。
ラムリーザの方は、テーブルでソニアの買ってきたゲーム雑誌を読んでいる。それには先日ソニアのプレイしていた戦術シミュレーションゲームの攻略記事も載っていた。やはり暗殺されないラストがハッピーエンドになっているようだ。ただし、新作発表の記事は載っていない。
しばらくそんな感じが続いた後、ソニアは「ラム、ゲームショップに行こうよ」と、ラムリーザの傍に擦り寄ってきて言った。まるで何かを思いついたかのような顔をしている。
今日は珍しく、ソニアの方から出掛けようという誘いが入ったのだ。普段はラムリーザの方から声をかけないと、ずっとゲームしているのが常である。
「新しいゲームを買うのか?」
「うん」
「まぁ、こないだまでやってたのは暗殺されて終わったしなぁ」
「あんなゲームはもういいの」
「虐殺せずにやり直したらいいんじゃないのか?」
「いいの!」
「お、おう……」
ソニアの勢いに押されて怯みはしたが、先日のデートでは思い出作りを優先して趣味の買い物はやらなかった。今日は天気も良いし、外に出かけるのも悪くないと考えた。
というわけで、二人はポッターズ・ブラフの商店街に出掛けることにした。
商店街の場所や主な店の場所は、入学初日に先輩に、楽器を買うために連れて行ってもらっている時に聞いていたのでので、ある程度は分かっている。商店街は今住んでいる場所からそれほど遠くなく、歩いて二十分程でたどり着くことはできた。
やはり帝都の繁華街と比べると、道幅もそれほど広くなく、人通りも少なく閑散としている。ただし、通りの真ん中に並んでいるトックリヤシが特徴的で見た目も面白く、寂れているといった感じではない。
「新しいゲームって、次は何をやるのだ? さっき雑誌を見ていたけど、新作ゲームの発表は無かったと思うよ」
「……秘密よ」
ソニアはちょっと顔をそむけて答える。少し顔が赤いようだが、何だろう。まあ、秘密と言っていても、ついて行っていれば結局分かることなのだが。
商店街をしばらく歩いて、ゲームを売っている店にたどり着いた。そこはぶくぶく書店といって、本屋とゲーム屋が一緒になっている感じだ。
先程述べたとおりラムリーザはゲームが嫌いというわけではないが、自分でやることはほとんどなくて、専らソニアがプレイしているのを見ていることの方が多い。プレイする時は、たまに対戦型のゲームで相手してやる時ぐらいである。
「あった、ここよ」
二人はしばらく店内を徘徊していたのだが、とあるコーナーでソニアは立ち止まった。
だが、ラムリーザはソニアの止まったコーナーのタイトルを見て、「ん?」と思う。
『恋愛シミュレーション、恋愛アドベンチャー』
いわゆるギャルゲーのコーナーであった。
「恋愛ゲーム?」
ラムリーザはソニアが何故このコーナーを見ているのかわからなかった。彼女は普段はRPGとか、バトル系のSLGをやることがほとんどなのだ。それがいったいどういった青天の霹靂なのだ?
というより、そもそも……
「なあ、それって主人公は男で女を選んで遊ぶゲームの類じゃなかったっけ?」
「うん、それでいいの」
「女を選ぶゲームなのに……まさかお前!」
「百合には興味無いわ」
「そか……」
ラムリーザの懸念は、一瞬にして吹き飛んだ。しかしソニアの意図は掴みかねる。
しばらく品定めをしていたソニアは「これにしよ」と言って、一本のゲームを手に取った。それは、先日帝都でデートした時に見た「ドキドキパラダイス」というゲームだった。
今までにやったことのあるジャンルじゃないので、結局一番人気のあって話題になっている作品を選んだようだ。パッケージヒロインが緑色の髪をしているのは偶然だろうか。
「まあいいや、たまにはそういうゲームを見るのもいいかもなー」
「ダメ! ラムは見ちゃダメ!」
「なんでやねん……」
ラムリーザは、見てはいけないことはどういうことだ? と考える。その類のジャンルのゲームは男子が一人でこっそりやっているイメージだったが、そういうことだろうか?
そういえばラムリーザには思い当たる節があった。
前のゲームで勝手に虐殺を選択したことを根に持っているのだろうと思った。今回も勝手に女の子との仲を悪くされないように警戒しているのだろう。
「もう勝手に進めたりしないからさ」
「別にこれはゲームを楽しみたくてやるわけじゃないから見なくていいの」
「……?」
それならば何でやるのだ? と考える。
それ以前にそもそもこの類のゲームは、女の子との恋愛を楽しむことが目的だ。それをやりたいということは、ソニアは女の子との恋愛をしたいのか?
ずっと一緒に過ごしてきたが、そんな方面までは知らなかった……とラムリーザは思い、「やっぱりお前、百合……」とつぶやく。
だがソニアは真顔で「それは絶対に無い!」と言うのであった。
それならそれでいいのだが、そうだとしたらなおさらソニアの行動が分からなくなるラムリーザであった。
今日の買い物はゲームだけでよかったようで、ソニアは買い物が終わるとすぐに帰りたがっていた。
屋敷に帰るなりラムリーザを玄関に置き去りにして部屋に飛び込んでいった。そして速攻で買ってきたゲームを開く、とあるギャルゲー「ドキドキパラダイス」だ。そのまま箱を放り出してテレビの前の絨毯にぺたりと座り込んで始めたということは、すぐにでも開始したかったのだろう。
「よし、幼馴染が居る。この娘から始めよ」
パラパラと説明書をめくって登場人物を見ていたソニアはそう呟き、ソフトを入れ替えてゲーム機の電源を入れる。
すぐに広い海を背景に「ドキドキパラダイス」というタイトルが表示された。
ソニアは少しゲームを進めると、主人公の名前を入力する画面が出てきた。そこに「ラム」と打ち込んだところで、すぐ後ろにあるソファーに座ったラムリーザがこっちを見ているのに気がつく。
「もー、ラムは見ちゃダメって言ったでしょ!」
「なんだよ、見られて恥ずかしいならやらなければいいじゃないか」
今ではラムリーザもこのゲームに興味津々になっていた。どんな女の子が出てくるのか、ソニアはその女の子と仲良くなれるのか。学園生活のゲームなのだから、まさか暗殺されることは無かろう。しかし暗殺されたらそれはそれで面白い。そうでなくても、教室に突然テロリストが現れて――などと考えているといろいろと想像は膨らんでいくばかりだ。
「うーっ」
しかしソニアが目を見開いて、歯をむき出しにして唸るので、ラムリーザは「はいはい」と言ってソファーから立ち上がり、バルコニーに出て行くことにした。
そして、春の暖かい風を感じながら、昼寝をするために、備え付きのデッキチェアに横たわった。
テレビからは、なんだかのんびりした女の子の声が聞こえてくる。振り返ってちらっと見てみると、ぽっちゃりした茶色い色の髪をした女の子が画面に映っていた。