美少女二人、その2
4月10日――
休日であるこの日の朝、ラムリーザが目覚めた時には既に午前九時を回っていた。
昨夜はソニアが遅くまでゲームをやっていて、それが気になってなかなか寝付けなかった気がする。なにしろテレビから、女の子の元気な声や可愛らしい声が終始聞こえてくるのだ。想像や妄想ばかりが捗ってしまったとしても、誰も責められない。
ソニアは既に起きていて、昨日買ったゲームに興じているようだ。昨夜に引き続き、テレビから女の子の声が聞こえている。
「うーん、おはよ」
「おそよう、ラム」
おそようとは面白い造語だ。遅いとおはようを繋げたところだろう。
「もうごはん食べた?」
「うん」
だよな、と思いながらラムリーザは一人で食堂に向かうことにする。よく考えたら、ソニアの方が早起きすることが珍しい。ゲームの力は時には大きく作用する。
「ところで、今日はちょっと日用雑貨の買出しに行こうと思うけど、どうする?」
「うーん、ゲームしたいな」
「そうか」
ソニアは買ったばかりのゲームに熱中したいようなので、ラムリーザは今日は一人で出かけることにした。
今日はポッターズ・ブラフの商店街での日用品買出し。
帝都の屋敷に住んでいた頃は、そういった仕事は使用人がやっていて、ラムリーザ自身が買いに行くということは無かったのだ。
今住んでいる屋敷にも住み込みの使用人が居るので、これまで通りに頼むことも可能だった。しかし新しい街を見てみたいのと、画面を見てはいけないギャルゲーが気になって仕方ないので、気晴らしのつもりで出かけようというもあったのだ。
それで街に繰り出してみたものの、買おうと思っている日用雑貨がどんな所に売っているのかよくわからなかった。
「さてと、どこに向かえばよいものやら」
とりあえず時間もあることだし、しばらく散策してみることにする。それ程大きくない街だし、迷うこともないだろう。
桜の並木道は、完全に緑色になっている。この国では、桜の花を見たければ、二月頃に見に行かなければならない。ここは温暖な南国なのだ。やはり昨日ソニアと訪れた時に見たトックリヤシが特徴的だ。
そして町並みは、古風だった帝都とは違い、いかにも新開地みたいな雰囲気だな、とか思いながら歩いていると、後ろからふいに声をかけられた。
「あれ、ラムリーザじゃない?」
振り返ると、そこにはリリスとユコの二人組みが居た。
話を聞くと、休日は二人でショッピングに出かけることがよくあって、今日も一緒にやってきたということらしい。行きたい店がどこにあるのか分からなかったラムリーザは、これ幸いと二人に同行を依頼してみた。
「丁度いい、ちょっと時間あるかな? 日用雑貨をいろいろと置いてある店を知っていたら教えて欲しいな、いろいろと消耗品とか」
「ええ、大丈夫ですの。あ、でもその前に私たちの買い物に付き合ってくださいね」
「ん、わかった」
二人の内のプラチナブロンドの方、ユコが快く引き受けてくれたので、ラムリーザは彼女たちに付き合ってやることにした。
二人を眺めると、やっぱりこの二人は美少女だな、と思う。変な着こなしをするソニアと違って、きちんとした身なりをしている。もっともラムリーザが求めている場所はそこではないのだが、客観的に見ると二人はソニアに勝っているような気がした。
リリスとユコの買い物はゲームショップだった。丁度今までやっていたゲームが一段落したので、新しいゲームを選びに来た、ということらしい。
「あれ? デジャビュ?」
ラムリーザは昨日と同じような展開に、少し可笑しかった。お店も昨日行った所と同じ「ぶくぶく書店」だったのである。そういえばこの二人もゲーム好きなのかな、とか思っていた。
「やっぱりギャルゲーとかやるのかな?」
「それは男子向け恋愛ゲームね、私は興味ないかな」
「ですよねー」
リリスの返答に、やっぱソニアは変わっているのかなと思ってしまう。
「ラムリーザさんはどのようなゲームをやるのですの?」
「んー、僕はやるより見てる方が多いからなぁ。やったことがあるのは、主人公がひたすら木を切っていくゲームかな。猪とか蛇にぶつかったら失敗だったから、そいつらもやっつけるんだ」
「それは木こりのアンドレですのね。見るのがお好きなのでしたら、今度私のプレイを見せてさしあげますわね」
などとユコは言ってくれるが、ラムリーザにはこの神秘的な雰囲気のある少女がゲームをやっている姿が想像し難かった。ただし、ラムリーザの説明だけでプレイしたゲームが分かってしまう辺りが、彼女たちもゲーム好きなのだと確信させるに十分であった。
そういうことで二人は各々ゲームを買い、次は雑貨屋に向かうことになった。
買い物が終わる頃には、もう夕方になっていた。
雑貨屋だけでなく昼食も一緒したし、二人のウィンドウショッピングにも付き合っていたというのもあったからである。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いやぁ、こっちも助かったよ」
二人は長年住んでいるだけあって、必要な物がどこに売っているかはよく把握していてくれて、ラムリーザは助かったと思う。香木のヤウバウまで置いてあったのは珍しかったので、思わず買ってしまって荷物になっている。
「でね、この後アフター行かないかしら、アフターに」
リリスは微笑を浮かべて、妖艶な目つきでラムリーザを誘惑するように見つめる。
「む、誘ってる? ユコはどうするんだ?」
「ユコはもう帰るみたいよ」
誘ってるな、とラムリーザは感じた。恋愛ゲームのことについて考えていたばかりなので、頭の中に選択肢のようなものが勝手に浮かび上がる。
・リリスの誘いに乗る
・リリスの誘いを断る
この誘いに乗ればリリスルートに突入することになるかもしれない。
リリスは非情に魅力的な女の子だから、そんな娘を彼女にできれば周りに自慢できること間違いないだろう。
だがソニアはどうする? ソニアに隠して付き合うという選択肢もあるが、いつまでも隠し通せるわけは無く、いずれはばれてしまうだろう。そうなれば、三角関係で泥沼化間違いなし。
そしてその先、最終的に待ち受けているのは二人が刃物を持ち出して……。
などと細かく考えたわけではないが、ラムリーザはリリスの誘いには乗らないことにした。そもそも自慢するために女の子と付き合うつもりはない。ソニアと付き合っているいる自分を自慢するのでなく――と思うけど、果たしてソニアと付き合っていることは、自慢に値するのだろうか?
「でもさ、二人とも買ったばかりのゲームを早くやりたいんじゃないかな?」
「あら、ゲームは明日からでもできるわ」
すぐにはリリスは解放してくれない。自分のことを好意的に見てくれるのは嬉しいが、ソニアに黙って二人きりで遊びに行くのは嫌だ。もっとも話したところでソニアは許さないだろうが……
「いや、僕は今夜用事があるから早く帰らないといけないし、それに荷物もあるし」
「そう、ならば仕方ないね」
自分の用事を伝えると、さすがに身を引いてくれた。確かに今は両手に大きな袋を持っている。大きさの割にはそれほど重たくないと感じるが、遊びに行くには邪魔である。
「うん、じゃあまた明日学校で」
ごめんリリス、僕は恋愛ゲームの類での考え方をすると、もうエンディングを迎えているんだ……と、心の中でよくわからない謝罪をしながらラムリーザはその場を立ち去ったのであった。
住居である親戚の屋敷に帰ると、ラムリーザの選んだソニアはまだゲームに夢中だった。
テレビからは可愛らしい声で「ごろにゃーん」とか言ってるの、もう見てらんない。いや、見ようとしてもソニアに怒られるだけだから見ないけど。
やれやれ、いったいどういう心境の変化なのやらと思いながら、ラムリーザは買ってきたものを片付けていくのであった。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ