たまには真面目に部活をやろう
4月22日――
その日の部活は、珍しく雑談部ではなく軽音楽部になっていた。
それぞれ楽器のチューニングする者、即興で軽い演奏をする者、二人組みでリズムを取って確かめている者。反対に日常のどうでもいい会話をダラダラとしている者は居ない。
まったくこいつらは……、というか僕もか……、と思いながら、ラムリーザはソニアと二人で、ドラムとベースの組み合わせで出来上がるリズム感を楽しんでいた。
リゲルは、ピアノを弾くロザリーンの傍で、ギターを合わせている。リリスは一人エレキギターをいじっていて、ユコはテーブルで何やら書き物、おそらく楽譜作成をしているのであろう。
そんな風に、実に部活らしい活動を見せているのであった。
「部員がたくさん増えてうれしいよ。しかも結構美少女揃いじゃね?」
そう言ってくれのは、三年生のジャレス先輩だった。
それを聞いたリリスが、妖しげな瞳で先輩を見つめて微笑を浮かべる。この人の仕草は、いちいち妖艶な雰囲気を漂わせるのだ。早速先輩を誘惑しているのか?
「今年は六人も入ってくれたんだから、誰かメンバーが抜けない限り今後三年は安泰ね」
と、安心したように言うのは部長のセディーナ先輩。
先輩たちが部に顔を出すのは珍しいことであった。アルバイトをやっていたり、他の部と掛け持ちをやっていたりするのだ。先輩たちにとって、軽音楽部はちょっと気が向いたときに弾きに来る、その程度のものでもあったのだ。
もっとも、この部活が本気を出して取り組む時期というのは、例えば文化祭などの学校でのイベント時ぐらいなのだ。だからそれ以外の時期は、趣味レベルでの活動でしかないというのが実際のところである。
他の部と掛け持ちをしているリゲルとロザリーンはともかく、それ以外のメンバーは、アルバイトもやっていない暇人だ。
それ故に、出席率だけはものすごく良い。ただし、ここの所の活動は雑談部と化してしまっているのだが……。
そして今日は、珍しく先輩が顔を出したのだ。
先輩の目の前で雑談を繰り広げるのは、さすがに決まりが悪いと感じたのか、みんな音楽活動に精を出しているのだろう。
ラムリーザ自身は雑談を繰り広げるつもりは無い。しかし一人でドラムを叩いていても仕方ないので、雑談に乗っていることが多かった。それでも、ソニアが友達と楽しそうにしているのを見るのは、悪い気はしなかったので、あまり気にすることはなかった。
要するに、目上の管理人が現れたから、みんな真面目になっているだけとも言える。
しかしみんながバラバラ、独自に活動しているのを見て、ジャレスは言った。
「うん、みんなのパートが何かはわかったよ。ところで、ボーカルはやるのかな? それとも演奏専門?」
「歌うよ、あたし歌うよ」
真っ先に答えたのはソニアだ。こんな時に真っ先に名乗り出るのが彼女だった。
「それほど歌いたいわけではありませんが、歌えますわ」と、ユコ。
「むしろそっちを本業にしたい」と、リリス。
「歌えると思うけど、他に歌いたい人が居るなら譲ります」と、ロザリーン。
「演奏専門でいい」と言うのはリゲル。
「僕は――」
「ラムは歌いまくるよ」
ラムリーザがしゃべり始めるのを遮る様にソニアが口を挟む。
「まくらんって。演奏会の中で一曲歌うか歌わないかぐらいで、『滅多に歌わない人が歌います』って言うレア感がいいんじゃないか」
「そうかなぁ、遠慮しなくていいんだよ」
「じゃあソニアの代わりに歌うことにするよ。えーと、なんだっけかな、きーらきーらかーがやーくゆーきが――」
「それはダメ! ラムはあたしを愛でる歌を歌えばいいの!」
「なんやそれ、意味わからんて。待てよ、ソニアの歌……、そうかなるほどね。巨大なロケットおっぱいが火を噴いて、悩める子羊を天に誘い、天国では全てがうまく――」
「何それ! どこが愛でているのよ!」
「――進め、進め、ロケットおっぱい98! 正義の数字は98! 鉄人98号進め、ロケットおーっぱい発射!」
「馬鹿! ラムの馬鹿! 大っ嫌い!」
「はいはいストップストップ」
話がそれて行く二人を慌てて制するジャレス。
驚くのは、二人は軽口を叩いたり罵ったりしながらも、歌に合わせた伴奏をずっと続けていたことだ。こうして二人が演奏を続けられているのは、話しながら演奏することに慣れているということだ。家で練習するときは、たわいもない雑談を二人でやりながら演奏しているのだった。
「今日はね、みんなの歌声を聞いてみたいんだ。曲によってこの声の方が合うとかあるだろ?」
「あ、それいいですわね」
ジャレスの提案にユコが同意する。
ラムリーザもみんなの歌声を聞いてみたかった。みんな見た目はおもいっきり美少女なのだ、歌声も気になる。もっとも、ソニアの歌声は知っているが……。
「さて、誰から聴こうか?」
ジャレスは部室内にある簡易ステージにマイクをセットしながら、一同を見回して言う。
そこで、一人ずつ活動していた手をとめて簡易ステージに上っていった。
その他のメンバーは、ソファーでくつろいだりしていて、のんびりし始める。部長のセディーナなどは、部室においてあった給湯器で紅茶を作って、一人リラックスモードに入っている。
よく見ると、ステージをちゃんと見ているのは、ジャレスとユコだけだった。
「で――」「では私から」
一番に名乗り出たのはリリスだ。ギターを持って弾き語りを始める。ソニアも名乗りかけたが、リリスに押し出されてしまう。
声は高すぎず低すぎず、それでいてしっかりと力強い。歌い慣れてもいるようで、余裕を感じる。
普段の誘惑するような声と口調とはぜんぜん違う。つまり、普段は意識してわざとやってるのだろうか?
次にステージに上がったのはユコだ。ソニアは先を越されたリリスに詰め寄っている隙に、二番手の座まで取られてしまっていた。
リリスほど力強さは無いが、聞いている者に心地よさと安らぎを与えるような、優しい声をしている。
神秘的な雰囲気の見た目と合わさって、癒し系を連想する感じだ。
もっとも、普段から優しいイメージはあったが。
その次にステージに上がったのはソニアだ。ちなみに、ユコが歌っている間からステージに上がっており、斜め後ろに待機していた。
ラムリーザにとっては聞き慣れた声だが、とにかく高くてよく響く。その声は聞いているものを明るくしてくれるような楽しそうな声だが、悪く言えば頭に響いてうるさい。
ラムリーザなどは、朝、この声を大きく出されて起こされると、すぐに目が覚めるってことが何度かあったほどだ。
「だめだ……、胸に気が向くばかりで歌に集中できん……」
「なっ、なによそれ!」
残念ながら、ジャレスは突っ込まずにはいられなかったようだが、それは仕方ない。黙って見過ごすには、それはあまりにも大き過ぎたのだ。
リゲルとラムリーザが遠慮したので、最後に歌ったのはロザリーンだ。
あまり歌ったことはないのか、慣れていない感じだが、ハキハキと丁寧に歌い上げる。
その歌声を聴きながら、ユコはメモ帳になにやらメモ書きしている。
リリスの「何をしているの?」との問いに、「声質を考えて曲作りに活かしますわ」と答えた。
ジャレスの言ったように、曲のイメージに合わせてリードボーカルやコーラスを割り振るのだろう。
「ところで、みんなはどのような志を持って音楽をやっているのかな?」
一通り歌が終わると、ジャレスは何のためにバンド活動をしたいのかな? ということを全員に尋ねた。大事な事であるが、答えるのは難しいかもしれない。
「んー、僕はソニアに――じゃなくて趣味と息抜きかな。他のみんなは?」
ラムリーザ自身は答え辛かったので、さっさと次にバトンタッチして誤魔化した。
「私はギタリスト目指しているの」
「あたしはラムと一緒にプレイするのが好きでやってるのかなー」
「私は音楽そのものが好きですから。もっとも、演奏するより楽譜書いてる方が楽しいですけどね」
ラムリーザはソニア、リリス、ユコの答えを聞いて、そういう割にはみんなここに来て雑談の方が多いような気がするのだけどな、という突っ込みたい気持ちを堪えるのであった。
「みんなの意志が噛み合ってないと、グループの仲はうまくいかないからな」
と、最後に忠告めいたことを語るジャレスが印象的だった日であった。
まあ、ここにいるみんなは友達同士だから大丈夫かな、と思うラムリーザだった。