これまで育てていただきありがとうございました
4月23日――
今日は、一年に一度あるラムリーザの誕生日であった。
そういうこともあって、今日から週末の休みに入るというのもあり、久しぶりに実家に帰ることにした。
むろん、ソニア一人で今の屋敷に残っているのも嫌という話になったので、一緒に帰省する事になった。
もともと帰る場所も同じなのだから、さほど問題は無い。ラムリーザ同様、ソニアも時々は親に顔を見せろということだ。
二人が準備している時、ラムリーザはソニアに言った。
「あー、帰るときは制服にしろ」
「えー……」
ソニアは不満気だが、ラムリーザは気に留めずに話を続ける。
「ぶっちゃけ普段着より制服の方がかわいいし……、というか普段着がダメすぎる……」
「そ、そう?」
後半はボソッとつぶやいたので前半しか聞こえなかったのか、かわいいと言われたので多少は抵抗がなくなったようだ。残っている抵抗感は、制服だと収まりきらない大きな胸だ。
だが同時に、先日ラムリーザに大きい胸が良いと聞いたことも思い出していた。
「まいっかー」
そう言って、ソニアは制服に着替え始めた。
ラムリーザはしばらく部屋の片付けをしていたが、ふとソニアの方を見ると、靴下を手に悩んでいるような顔をしているのが見えた。
「どうした? 何か困ったことでもあるのか?」
「あたし、この長い靴下嫌い……」
少し心配して聞いてみたのだが、悩んでいる内容は普段からぶつぶつ文句を言っているどうでもいいことだった。つまるところ、ソニアは素足で居るのが好きなのだ。
「嫌なら履かなくていいぞ。学校に行くわけじゃないんだから」
ラムリーザは、軽くため息をつきながら言う。
「そう? うん、そうよねっ。やっぱりこんなの要らないよねっ!」
途端に機嫌よくなるソニアであった。そんなに嫌なのか……。
結局、上半身は学校の制服、下半身は素足にサンダルというチグハグなコーディネートになってしまうのだ。
それでもラムリーザは、いつものだぼだぼニットよりは、ブラウスの方がマシだと思っているのであった。
そんなこんなで、ポッターズブラフの駅でこの町に来たときとは反対側の路線から汽車に乗り込んで、帝都シャングリラを目指して出発した。
二人掛けのシートに並んで座り、一息つく。
「一ヶ月も経ってないのにいろいろあったねー。友達もできてよかったー」
ここに来て二週間と数日を振り返って、ソニアはしみじみとした感じで言う。
「僕はソニアの暴走の方が印象に残っているけどな」
「だってそれは本当に不安だったんだから……」
「無用の不安だよ、まったく」
ソニアが勝手に思い込んでいた、ラムリーザがリリスやユコに取られるのではないかという不安は、さまざまなソニアの奇行を生み出していた。
「でもね、今思うと不安だけじゃなかったんだ。あ、ラムにだけ言うけどね、昔、ただの友達だったときは、ラムが女の子と話をしていても、男友達が女友達と話しているだけ、みたいな感じがしてなんとも思わなかったの。それが彼氏になったとたん、彼氏が他の女と話しているって感じがして、嫉妬しちゃった……みたいな」
「やれやれ、ソニアは独占欲が強かったのか」
ラムリーザは、ソニアの頭を撫でながら呟いた。するとソニアは、ラムリーザの肩に頭を乗せてくるのであった。
「そうなっちゃうね……でも、自分でもそれは何だか嫌だなーって思うから、改善していくよ」
「善処してくれ。じゃないと僕は、ソニア以外の女の子と話できなくなってしまう」
「でもラムはあたしのもの。他の娘と話すときは、あたしという秘書を通してね」
「めんどくさいからそんなのは嫌だ。というより、昔はそれほど好きってわけじゃなかったんだね」
ラムリーザは、いつ秘書になったのだ? といった突っ込みをやりそうになるのを抑えて話を進めた。
「うーん、その時はよくわかんなかったんだけど、ラムがこの春から遠くに行っちゃうんだなって知った時、ラムのこと好きだったんだなって気がついたの」
「今はべったり離れないもんな」
ソニアは、さらに腕を絡めて引っ付いた。ラムリーザは慌てて周囲を見たが、始発の電車だったこともあって人は少なく、近くで目に入る乗客は居なかった。
「あたしは自分に正直に生きてるの。だって自分に嘘ついても面白くないもん」
「さいでっか」
「あたしラムよりリリスの方が好きなんだ――ってそんな嘘嫌いっ!」
「わかったから電車の中で騒ぐな」
列車は、仲むつまじい二人を乗せて走っていく。
二時間ほどして、帝都に到着した。故郷に再び帰ってきたのだ。
事前に連絡していたので、駅の外には既にソニアの父親である執事が用意してくれていた車が待っていた。そして、そのままフォレスター邸まで向かっていった。
屋敷の前では、ラムリーザの妹であるソフィリータがお迎えでもするように待っていた。
そして、ラムリーザが車から降りるやいなや、ソフィリータは走ってきて飛びついた。
「お帰りなさいませお兄様! ソフィリータはずっと会いたかったです!」
「久しぶり。ただいま、ソフィリータ」
そう言ってソフィリータの頭を撫でつつ、ソニアの方を向いていたずらっぽく言ってみる。
「そして、妹に嫉妬するソニア君であった」
「嫉妬してないわよ! ――ってか、ラムに引っ付くな!」
「しとるやん」
ラムリーザはソフィリータの方に手をやって屋敷に入って行き、ソニアはそれを追いかけていく。
そしてその途中、ソニアは石畳に足を引っ掛けて派手に転ぶのであった。
「ソニアお姉様、足元に気をつけてくださいね」
「そうだぞ、お前はほんとにそそっかしい」
ソフィリータに心配され、ラムリーザに呆れられてしまった。
ソニアは何も答えずに、唇をかんで恨めしそうに自分の大きな胸をにらみ付けながら立ち上がるのであった。
フォレスター家には、一般とは違った風習があり、この誕生日もその一つだった。
誕生日に一般的によくある、生まれた月日を祝ってもらうのではなく、生まれた月日に両親にこれまでの感謝を述べる日となっている。
だから、晩餐の後、ラムリーザは母のソフィアに、「これまで育てていただき感謝しております。ありがとうございました」と述べるのであった。
もう十年ぐらいは続いている、これがフォレスター家での誕生日の儀式であった。
晩餐が終わった後久しぶりということもあり、就寝時間までソフィリータと遊んでやることにした。
兄妹で遊ぶことと言えば、一緒に音楽をやるか格闘技の組手である。そして今日は、ソフィリータの趣味である格闘技で一緒に汗を流すのであった。
ソフィリータは主に蹴り技を多用して、素早い蹴りを連発してくる。それをラムリーザは、一発一発正確に腕で受け止めていくのであった。
逆にラムリーザの放つ正拳突きは、大げさにバク転で避けるソフィリータであった。
ただし、ソフィリータは下段蹴りと中断蹴りばかり使用して、絶対に上段蹴りは放ってこないのである。だがそれは、身体が硬くて足が上がらないというわけではない。
組手の後で、ソフィリータは上段蹴りを使わなかった鬱憤を晴らすかのように、サンドバッグに上段蹴りの連発を放つのであった。
そういうことで、ソニアも久しぶりということで家族の元に帰っていた。もっとも、同じ屋根の下だが……。
ソニアは独占欲が強いかと思われたが、ラムリーザの妹に対してはそれほど気にしていない風ではあるようだ。むしろソニアも、一ヶ月弱ぶりに再会する家族を優先しているようであった。
だがしかし、就寝時間になって、ラムリーザが自室で一人ベッドでくつろいでいて、そろそろ寝ようかなと思った頃にソニアが入ってきた。
どうやら実家に戻ってきても、寝る時は一緒じゃないと嫌なようだ。