幼馴染は大切にしてあげようね
4月29日――
休み時間、教室の自席でのんびりしていたラムリーザはクラスメイトの男子に呼ばれたので、立ち上がってそこに向かっていった。
クラスメイトはラムリーザが傍に来ると、小声で尋ねた。
「ラムリーザ、お前ソニアと付き合ってんの?」
「ああ、そうだよ」
「うーむ、やっぱりそうか。いつも一緒に行動しているからもしかしたら……と思っていたけど思ったとおりか。これはあきらめるかな……」
「ん、君はソニアが好きなのか?」
「……まあ、な」
「どういう所が好きなんだ?」
この間、ソニアの不安を払拭したときに聞いた「ラムは、どうしてあたしのこと好きなの?」という問いに、ラムリーザ自身はっきりとした自分の気持ちが見つけにくかったというのがあって、この機会にクラスメイトに聞いてみようという気になったのだ。
相手の返答次第では、自分の認識を新しい物にできるかもしれないし、自分の知らないソニアの魅力を語ってくれるかもしれないのだ。
「ん~、胸がでかいとこ」
「ほう」
「あと、青緑の長い髪がきれいなとこ」
「そうか……」
それでいいのか、とラムリーザは思った。自分はそういった点を「記号」だと捉えたが、それを好きになっていいのだと認識できた点は収穫かなと考えてみる。そして少し残念に思う。逆に新しい収穫は何もないということなのだから。
「まあ、でもすこし安心したかな」
「え? 安心?」
「僕が居なくなったとしても、ソニアのこと気にしてくれる人が居るんだなってね」
「……」
「あー、もちろん僕が居る間は、ソニアは誰にも渡さないよ」
「わかったわかった、じゃあな」
クラスメイトと別れて自分の席に戻ったラムリーザは、離れた位置に居るソニアの方を見た。彼女は、机に突っ伏して寝ているようだ。相変わらず教室では大人しいソニアであった。
それを見たラムリーザは軽く微笑を浮かべ、窓の外に目をやり考える。
へぇ、僕以外にソニアのこと好きだって思う人が居たんだ。へぇ、ふーん。
ラムリーザは、先程話しかけたクラスメイトとは嗜好が似ているのかな、とか思っていた。
ソニアに新しい男友達が、といっても相手は好きだといってるから難しいか。
その時ラムリーザは、妙なことを想像していた。ソニアが向こうになびいたらどうなるのかな、などと。
もともとソニアはこの地方に来る予定はなく、帝都に残る予定だった。だがそれを、二人が付き合うということ前提で無理やり連れて来たような話になっている。
その前提が崩れたとき、いったいどうなるのか。
ソニアの住む場所は? 学費は? パーティ出席の必要性は?
今は同じ部屋に住んでいる。学費は確か纏めてフォレスター家で出している。付き合っていないのなら、パーティに同伴させる必要はなく、そもそもソニア個人だけだと出る資格はない。
最悪帝都召還になるかもしれないね。そして本来進むべき道だった道に戻る、と。
ラムリーザはそこまで想像を膨らませて、いや待てよ、この話はそもそも自分が先にソニアと引き離される前提の話じゃないか、ということに気が付いた。
自分は何を考えているのだ……、と考えを改めるのであった。ソニアと離れるのは嫌だ、嫌だからこそ連れて来たのだ。ソニアが別れたいと言い出さない限り、離れるつもりは無い。
しかし付き合うこと前提で許された存在ということになっていないだろうか? ソニアには自由が無いな、それはちょっと可哀想かもしれない。
まぁラムリーザ自信が大事にしてあげれば、ソニアの気が変わらない限り、そんなに気にすることでもないかもしれない。
「そういえば、リゲルさんは来る時と来ない時があるのですね」
部室に置いてあるテーブルで、楽譜作成をしながらユコは、いつものようにソファでくつろいでいるラムリーザに話しかけた。
「天文部は金曜の夜に屋上で天体観測するらしいんだ。それで今日はその準備があるって言ってたよ」
「ふーん、そうでしたの」
ここ最近の部活の雰囲気は、先輩たちは毎日顔を出すわけではなかったが、一年生の出席率は高かった。だがしかし、相変わらず主に雑談の方が多くなってしまっていたが……
「そういえば、ユコは楽譜が書けるんだね」
「見てみますか?」
ラムリーザがユコの書く楽譜に興味を示したので、書いている物以外の一枚を差し出した。そこには、音符だけでなく先がばってんになっている物も書かれている。ドラム用の楽譜だ。
「へ~、すごいな。ちょっと演奏してみてもいいかな?」
「ドラムの楽譜は仕上がっていますからどうぞ」
ラムリーザはソファーから立ち上がると、ドラムセットに向かい、ユコから借りた楽譜で練習してみるのであった。
一方ソニアたちは、雑談部の活動に励んでいる。
「そうそう、明日の休みにユコと服でも買いに行こうかなと思ってたんだけど、どう? ソニアも来る?」
部室でギターのチューニングをしていたリリスが言った。
リリスとユコは二人で買い物に出かけることは、これまでに何度もあり、そこで最近仲良くなったソニアにも声をかけてみたわけだ。
ソニアは誘われたことに対して笑顔になるが、すぐにある事を思い出してしょんぼりとうつむいて言う。
「いいよ服は、どうせサイズ合わないし」
「気にしなくていいわ。ついてきたらいろいろと選んであげるから」
ブラウスのボタンが閉まらなくて大きく開いているソニアの胸を見て、リリスは軽く笑いながら答えた。
「でもー……」
リリスは気にしないでって感じで誘ってくれているが、それでもソニアは乗り気じゃないようだ。
「行ってこいよ」
そこに声を挟んだのは、先程からユコの持ってきた楽譜で練習しているラムリーザだった。演奏しながらも、ソニアたちの会話を聞く余裕はあった。
ラムリーザは一旦演奏を中断して目を上げ、ソニアの方を見て言った。
「私服で着飾った姿を見てみたいねぇ」
「そ、そう?」
少し顔を赤らめてソニアは答えた。服を買いに行くのは嫌だが、ラムリーザが見てみたいなら、といった感じだ。
「ソニアっていつもどんな私服なのかしら?」
「ここ半年以上同じ服しか見てないな。というかなぁ、着こなしが変なんだよな……」
「ふふっ、そりゃ一緒に居てもつまらないと思うよね」
「だな、それに関しては残念なこった。その点リリスやユコの私服はとても似合ってて結構――」
「行く!」
ソニアは突然立ち上がって叫び、ラムリーザの言葉をさえぎる。まるで自分をリリスたちと比較されるのを避けるためかのように。
「絶対行くから! リリス、あたの服選ぶの手伝って!」
リリスは笑みを浮かべて「ソニア、必死だな」と呟き、言葉を続けた。
「それじゃ、明日正午過ぎに、えーと……1時ぐらいがいいかな、駅前に集合ね」
ジャラーンとギターを掻き鳴らして、リリスはその場を締めた。
「さてと、たまにはみんなで練習するか?」
ラムリーザは何気なく提案してみた。ずっと雑談ばかりしているのも、なんだかもったいない。それに、ラムリーザの方は新しい楽譜での演奏に、大分慣れてきたところだった。ユコも楽譜作成を一段落したのか、ソファーの方に移動している。
だがリリスは、鞄から何やら雑誌を取り出してきてテーブルに広げる。見たところゲーム雑誌で、表紙には見たことある女の子が並んでいる。悪名高き――というわけではないが、ラムリーザからすれば身辺をかき回され過ぎたゲーム、ドキドキパラダイスだ。
ソニアとユコは、「次何をやろうか」「一緒にできるのとか無いかな?」と言いながら、雑誌に群がっていくのだった。
「だめだこりゃ……」