ソニアのお買い物、そして住宅事情
4月30日――
学校が休みとなる週末、ソニアは、リリスとユコと共に買い物に出かけるために、昼過ぎにポッターズ・ブラフの駅前に集合していた。
「一駅離れた所にいい店があるのよね」
駅前にソニアを見つけたリリスは、隣町に行くことを提案した。
「二人はよく行くの?」
「うん、そうよ。この前行ったのは、入学式の少し前かな」
「あー、あの時かぁ」
ソニアは初めてこの地にやってきた時に、駅で二人とすれ違ったことを思い出していた。記憶に残るほど、リリスとユコの二人は華やかなのだ。その時、ラムリーザが目移りしたようなことを言うから嫉妬したということは黙っていた。
「あー、そういえばソニアは特徴的だったから記憶に残っているわ」
リリスたちの方も、その日のことを覚えていたようだ。
「そうですわね、青緑色の髪って珍しいですし」
「そして、その『ふざけてんの?』ってレベルの胸、くすっ」
「胸の話はやめてよー、これでも困ってるんだから……風紀監査委員にはグチグチ嫌味言われるし……」
後の方はどうしても口調が弱くなってしまう。今はラムリーザの「大きい胸が好きだ」の一言だけが支えになっていた。
駅一つ離れた街にある服屋は、三階建てのビルになっていた。これが、ここポッターズ・ブラフ地方で最も規模が大きな服屋のようだ。
「ここはエルム街、この地方だとここが一番大きな繁華街ね。それにこの店なら大抵の物が揃っているわ」
リリスはソニアを手招きしながら、一人で服屋に入っていった。
「あたしだってね……あたしだって以前はラムに良い所見せようと思っていろんな服着ていたわ。それがもう全部この胸のせいで着られなくなったり、無理矢理着ても変になるようになったんだから仕方ないじゃない……」
店の外から中を見たまま立ち止まり、ソニアはぶつぶつとつぶやいている。
「私たちが見てあげるから元気出すのですわ」
動かないソニアの背中を、ユコが押して店に入って行く。そうしながら、手でソニアの身体をさすって体型をチェックしているようだ。
「ふーむ、ソニアの体型は胸以外リリスとほとんど同じって感じですわね」
確かに、身長から体のサイズも近い物がある。ユコの方は、二人よりわずかに小柄な感じか。
「……で、念のために聞いてみるけど、バストサイズいくらよ?」
リリスが振り返って問う。
「98cm……」
ソニアは恥ずかしそうに顔をそむけて、以前計ってもらった時の数字を答えた。
「想像以上の規格外……まあ、その見た感じだと、それも納得……か」
リリスはじろじろとソニアの身体を眺めながら言葉を続けた。
「見たところウエストは私と同じぐらいだから、アンダーは65……Jカップね、くすっ」
「いったいどんな食事をすれば、そこまで大きくなるのでしょうか?」
「知らないわよ!」
「こほん、とりあえず、服装にこだわりはあるかしら? その分だと無さそうだけど……」
「ある。ミニスカートだけは譲らないわ。あと、できれば緑系のがいいかな」
ソニアは、プリーツの入ったミニスカートの裾を持ちながら言った。
「脚に自信があるのですね」
「それはいいかも。胸大きいけど、足を出していたらスマートに見えるものよ」
そういったことを話しながら、いろいろと見て回る三人である。
そしてしばらくして、リリスは一着持ってきて見せた。
「ドレープカットソーとかならどうかしら?」
持ってきた服は、胸元がゆっくりとした服だった。これならソニアの規格外の胸もなんとかなるかな……ということかな。
その後もリリスとユコの二人は、ソニアに新しい物を選んでやるためだったり、自分たちのためにだったり、他の服を見たり靴を見たりするのであった。
そんなこんなやっているうちに、日も暮れてきたので、そろそろ帰ろうかなという話になった。
「そうそう、折角だからこのままソニアの家におじゃましてみようかしら」
「それはいいですわね」
買い物の後、リリスとユコは唐突に思いついたように言った。
「え、来ちゃうの?」
「うん。何かマズイとか? あ、どうせ片付けできてないとかでしょ」
「そういうわけじゃないんだけどー……」
ソニアは現在ラムリーザと同じ部屋で同棲中である。そのことがばれちゃって大丈夫かな……とか考えるのであった。
リリスとユコの二人は、中学時代からの親友で、よくお互いの家に遊びに行っている。そこで、新しく仲間に加わったソニアの家に遊びに行こうと考えたのだ。
「家というか、下宿だけど……まあいいか、こっちよ」
遊びに来たいという二人を無下に追い返すわけにも行かないので、ソニアは二人を先導して住んでいる下宿先である屋敷に向かって行った。
「そういえば、ラムリーザとよく一緒に登下校しているけど、家とか近いわけ?」
「え、ええ、まあね、あはは」
「幼馴染によくある、いつも朝は起こしてあげて、とかやってたりするのかしら?」
「起こしてもらって……る、かな、あは、あはは……」
そんなことを話しながらたどり着いた先は、割と豪華な造りの大き目の屋敷だった。
「へー、大きな屋敷ですわね」
「ソニア、あなたこんな所に住んでいるの?」
「ええ、まあ、うん」
リリスの問いにぎこちなく答えるソニア。実際は彼女主体で住んでいるわけではないので、あまり大きな顔はできないのだ。
「へー、ソニアってお金持ちだったんですのね」
「あー納得。そのブレスレットはともかく、指輪はかなり高価な物だと思ってたんだ」
「いや、その……」
どうにもきまりが悪いソニアであった。
屋敷の中に入ると、玄関先は大きなホールになっていて、正面に階段があった。玄関から階段まで、赤い絨毯が敷かれている。そして一階の一部は食堂になっているようだ。
ソニアは階段を上り、廊下を進んで行って、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。
「えーと、あたしが住んでる部屋はここよ」
ソニアに促されて二人が部屋に入ったところで、二人は絶句した。
「広い……」
そこは五十畳程の広さがあり、部屋の奥には大きなベッド、たんすがある。
部屋の真ん中辺りの壁際にテレビがあり、ソファーに座って見られるようになっている。テレビにはゲーム機もつながれている様だ。
ソファーの後ろにはテーブルがあり、飾りのついた椅子が四つ揃っている。
そして部屋の隅には、ドラムセットとベースギターが置いていたりもする。
リリスとユコは、しばらくの間驚いた顔で黙って見ていたが、いくつか引っかかる点も見つけ出していた。
「ソファーにおいでよ、ゆっくりしよーよ。あ、格闘ゲームでもやる?」
二人は、ソニアの呼びかけに答えてソファーに向かいながら、先程からひっかかっている点を整理してみる。
まず、ベッドがダブルベッドで枕が二つ並んでいる。テーブルの上には学校に持って行く鞄が二つ。そして壁には女物の制服だけでなく、何故か男物の制服もかかっているのだ。
「ソニア、いい?」
違和感を確かめるためにリリスは聞いてみる。
「ここ、本当にあなたの部屋?」
「えっと……、半分は……そうかな……」
「半分って何? それと、あの壁にかかっている男物の――」
ガチャリ
その時、部屋の一角にあったドアが開いて、中から湯気がもわっと飛び出した。風呂場に通じているドアだったのだろう。そして、そこから白色のバスローブにくるまったラムリーザが姿を現した。
「ソニア、帰ってきてたか。空いたぞ、入ってきたらいい」
頭をタオルで拭きながら、普段と同じように喋る。まだリリスとユコが来ている事には気が付いていないのだ。
「ということで――」
そこで顔を上げたところ、ぽかーんとした顔でラムリーザを見つめるリリスとユコと目が合い、言葉が途切れる。
「…………」
なんとも言えない沈黙が場に漂う。
ソニアは気まずそうに目をそらしてそわそわしているし、リリスは徐々に落ち着きを取り戻し、鋭い目でラムリーザを見つめている。
一方ユコは、突然現れた風呂上りの男性に驚いたのか、目をきょろきょろさせている。
その一方でラムリーザは、とくに何も考えていないようで、大きなあくびをしていた。
「なんだ来ていたのか。ようこそ、リリス、ユコ。まあ、ゆっくりしていってくれたらいいよ」
ラムリーザは、二人はただの客とみなしていたので、普段の口調で平然とそう言い切った。そのまま、何事も無かったかのように、風呂上りに夜風にあたるために、バルコニーに出て行くのであった。
リリスはラムリーザが出て行くまで目で追っていたが、外に見えなくなるとソニアの方を振り向いて言った。
「なるほど、そういうことだったのね」
どうやら、いろいろと察したようだった。
一方、ユコは相変わらず動揺している。
「あのっ、あの、ソニア? ソニアの家の浴室からなぜラムリーザさんが現れるのですか? ソニア、いいの? ラムリーザさんが家に入り込んでいてっ……」
あたふたしながら問い詰めるユコをソニアは押さえて言う。
「ユコ落ち着いて。えーとね、えっとね……ここはあたしの家というより、ラムの家……、じゃないね。ラムの親戚の家なの。あたしは同室に住ませてもらっているのよ」
「それって、それって……」
ユコはまだ落ち着かないが、その横でリリスは冷静に言う。
「同棲ね」
「…………」
ソニアは照れくさくなって顔を赤くして、リリスから目を背けるのであった。
「そっか、ソニアとラムリーザ付き合ってるんだ。それで私が誘いをかけても彼は乗ってこないんだ。そしてそのアクセサリーとか、なんかいろいろ納得した」
「いつもよく一緒に居る地点で、なんとなくそう思ってましたけど、一緒に住んでいるなんて想像もしてませんでしたわ」
「てへへ、実は付き合ってました」
そういってソニアは舌を出して微笑むのであった。
ラムリーザがバルコニーから部屋に戻ったとき、既にリリスとユコは帰った後だった。
ソニアはソファに腰掛けて一人でゲームをやっている。ラムリーザはその隣に座り、のんびりとゲーム鑑賞を始めた。
「あっそうだ、今日買ってきた服見る?」
ソニアは傍にラムリーザが来たのに気が付いて、早速今日買ってきた服を見せようとした。
「折角だから見ようか」
そこでソニアは、胸元がゆったりとした薄緑色の服を着せて見せるのだった。
「あ、それいい。絶対そっちの方がいいよ。よし、このだぼだぼニットは封印、な」
「えへ、この服増やそっと」
「同じものを増やしたがるなぁ、お前は……」