席替え ~座席争奪戦~
帝国歴77年 5月3日――
一日の授業が全て終わった後に毎日行われているショートホームルームの時間。
普段は連絡事項等の、担任の先生からの話があるだけなのだ。
だが、入学してから約一ヶ月が過ぎた今日、ちょっとしたイベントがクラスで行われた。
――席替え
よくあるケースとしては、担任が勝手に決めたり、くじ引きで決めたりすることが多い。しかしこのクラスは、自由奔放であった。
「それでは、それぞれ喧嘩しないように、お互い話し合って自由に決めてよし」
全てを生徒たちに任せてしまったのである。
担任の合図で、教室内は最初はザワザワと、そしてすぐにバタバタとみんなそれぞれ思うままに移動を始めた。
さて、ラムリーザとリゲルの二人はどうかと言うと――。
「俺たちは別にこのままでいいな」
「ああ、外の景色は見渡せるし、移動は無しでいいや」
元々前後の座席に並んでいるのと、良い立地条件な場所に居た二人は、動き回っている他の生徒を、自分の席から動かずに周囲を観察して――ない。
リゲルは既に、「我関せず」とばかりに、天文学の雑誌を広げて、席替えが終わるまで読書をすることにしたようだ。
ラムリーザも、窓の外を眺めるまったりモードに移行していた。今日の空は、雲がまるで親指を立てた人の手首から先に見えている様な気がする。
そしてラムリーザとリゲルの隣に居るリリスとユコも、「とくに移動する必要ないね」と話し合っている。
この四人にとって、席替えというイベントはとくに大事な物ではなく、そのまま何事も無く終わろうと……していなかった。
「自由に決めてよし」
先生のこの合図とそのルールに従い、まったりとしている四人組に飛び掛ってくる者が居たのだ。
ソニアだ。
ソニアは、その大きな胸を激しく揺らしながら猛烈な勢いで駆けて来て、ユコ――ラムリーザの隣の席――の傍に立ちはだかった。
「あら、これはこれはソニアさん、ご機嫌麗しゅう。あなたはどこの席に行くのかしらねぇ?」
ユコは、ラムリーザとソニアの関係を知っているので、ある程度この流れは読めていた感じで、意地悪気に芝居がかった台詞を言う。
「そこどいて! あたしがそこに座るの!」
ソニアは、ユコが座っている席の机をこぶしで叩きながら大声を張り上げた。それだけではなく、まるで親の仇でも睨みつけるような顔を向けている。
ラムリーザも、ソニアが自分の隣の席を強く要望してくる展開は予測していた。しかし、いつ聞いてもソニアの大声は甲高くてやかましい。
「ゆずって!」
鼻息荒く、ソニアはユコに詰め寄る。
対するユコも、ソニアの気迫に負けていない。胸を張り、右肩に左手のこぶしを当てて何やらわからない敬礼ポーズみたいな物を取って力強く言った。
「ラムリーザ様の隣は私の聖域、何人たりとも侵すことは許されませんわ!」
「なんやそれ……」
ラムリーザはボソッとつぶやく。『ラムリーザ様』とか、『聖域』とか意味が分か――るけれども、いろいろと突っ込みたい気分になって、あえてここは静観してみることにする。
「なによそれ……」
同じようにソニアもつぶやく。一瞬真顔に戻ったが、すぐに不満そうな顔をして次の行動に出た。
「ラム!」
ぐるりと回ってラムリーザの隣に来て、服をつかんで引っ張りながら言った。
「ラムが来て! 空いてる所に行こうよ!」
「あー、僕は外の景色がよく見えるここでいいや。リゲルも近いし」
「あたしと外の景色、どっちが大事なの?!」
泣きそうな顔になってソニアは訴える。男女間の会話でよくありそうな、しかしスケールがかなり小さい会話が出てきてしまった。
同時に後ろからチッと舌打ちが聞こえた。うるさい女だ、と言わんばかりにリゲルは明らかに嫌そうな顔でソニアに冷たい視線を投げかけるが、ソニア自身はラムリーザに夢中で気がついていない。
ラムリーザは、自分がユコに代わってくれと頼めばそれで済むことだろうと思ったが、懇願してまでソニアと隣同士の席になろうとは考えなかった。別のクラスになってしまうならともかく、同じクラスなのだ。席ぐらいどうでもいい。
そもそも、同棲しているのだ……。
「ね、ほらそのね、僕はこの場所以外に行くと蕁麻疹が出て困る、とかなんとかかんとか、ね」
そんなことを言いながら空を見ると、先程の雲の形は、親指が下を向いていた。
「なによそれ……あーもう! ユコ!」
のらりくらりとかわすラムリーザにソニアは何も言えなくなり、再び机を回り込んでユコの横に行く。
「やっぱりユコが移動するべき! あたしがそこの席になるべき!」
「いやですわ」
「代わって!」
「いや」
「代わってよ! お願いだからぁ……」
ソニアの態度が、高圧的な態度から懇願するような感じに変わった。そこまでラムリーザの隣に行きたいのね、必死だな。
「そうねぇ、条件次第では検討してあげますわ」
実際の所、ユコはそれほどラムリーザの隣の席であることにこだわりはなかった。ただ、必死なソニアを見ているのが面白いので、からかっているだけなのだ。それに、ラムリーザの近くに行きたければ、もっと効果的な場所を知っていた。
「条件言ってよ!」
「そうねぇ、今日これから喫茶店に行って、恐竜パフェを奢ってもらおうかしら。ずっと食べたいって思っていたけど、あれ高いのよねぇ」
ユコは、この機会を利用して『聖域』と『スイーツ』の交換条約を申し込んだ。等価交換になっているかどうかは、置いておくとして。
「何よその恐竜パフェ」
「すごく大きいんですの。それこそ恐竜の様に」
恐竜と言えば、大昔に絶滅したとも言われているが、文明から大きく離れた極地ではまだ生きているという話である。ここで名称として使われているのは、その身体が大きいというところにかけられているのだろう。
「どうしたの、席を譲ってもらって奢るか、一人寂しく遠くに行くか」
「うー……わかったわよ」
「まいどありがとうございます」
そう言って、ユコは席をソニアに明け渡し、そのまま空席となっていたラムリーザの前の席に移動した。というわけで、ソニアはパフェを奢るということを条件に、ユコの自称する『聖域』を譲ってもらうことができたのだった。
「あまり騒がない方がいいよ、ほら、みんな注目している」
いつの間にか、ロザリーンがソニアの前の席に座っていて言ってくる。ソニアの少し舌足らずな喧しい叫び声は教室中に響いており、何人かの生徒はソニアに冷たい視線を投げかけている。
「あー、ロザリーン。私と席代わりましょう」
リリスはそう言ってロザリーンと席を代わってもらうことにした。ユコがラムリーザの前に移動したので、その隣に行くことにしたのだ。
こうして軽音楽部六人衆の席順は、ラムリーザの前にユコ、その隣にリリス。ラムリーザの隣はソニアで、後ろにリゲル。リゲルの隣はロザリーンという形で決着がついたのだった。
「さあソニア、行きましょう」
「うーん……」
「何ですの?! あなたは約束を守れない人なのですか?」
「わかったよぉ」
約束した以上付き合わなければならないので、ソニアはユコに連れられて、喫茶店に向かうために教室を出て行き、それにリリスもついて行く。
三人が帰って行くのを見て、リゲルとロザリーンは連れ立って天文部に行ってしまった。
ラムリーザは一人、軽音楽部の部室に行ってみたが、他には誰も来ていなかった……。
他に誰も居ないのならば、部室で練習するのも家で練習するのも同じことだ。
だからラムリーザは、ソニアも居ないことだし、今日の所はさっさと帰宅することに決めたのであった。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ