雑談部絶好調
5月4日――
「ラムリーザさん」
休み時間、前の席に居るユコが振り返ってラムリーザに話しかけた。
「ラムリーザの前はユコが守る」
そして、何か某ゲームにあったような台詞を言うのだった。
「あの半獣のキャラのことだね。確か使えないキャラだったと思うよ」
「あら、よくご存知ですわね」
話が分かってくれたのか、ユコは嬉しそうな顔をする。
「ソニアがそのゲームをやってたの見ていたけど、結局一度も使わずに二軍にずっと居た様な気がするな……」
「最強武器を作るのもめんどうですからねー」
「あー、蝶のミニゲーム難しすぎってソニア切れてたみたい」
「それ私は諦めましたわ。リリスは何か徹夜してやってたみたいですが……」
仲良さそうに、ラムリーザとユコはゲームの雑談をしている。だが、それを不満気な顔で見ている女の子が一人居た。ラムリーザの幼馴染、そして現在恋人のソニアだ。
その鋭く刺すような視線に気がついたユコは、ソニアの方を見てにこっと微笑み、すぐにラムリーザの方に視線を戻す。
「ところで雷を二百回避けるのはやりました?」
「あー、やってたような気がする」
実際はラムリーザは、そのゲームをプレイしていない。全てソニアがプレイしているのを、見ていただけだ。
「ラムリーザさんはどのキャラが好みでした? やっぱりあの胸の大きな――」
「ちょっと! なんであんたたちそんなに近いのよ!」
とうとう不満が爆発したソニアが、話の腰を折って割り込んできた。
だが、ユコはしれっとした顔で言った。
「教室の机の構造上、隣の席より前後の席の方がお互いの距離が近くなることは、見たら分かることですわ」
この学校の教室の座席は、机と椅子が一つ一つ個別になっているのではなく、横に長い机に椅子が五つ並んで付いている。その椅子は、すぐ後ろの机に引っ付いている形になっているのだ。
だから隣同士では、間に椅子三つ分の距離があるが、前後では振り向けばすぐ傍になる分お互いの距離が近くなるのである。
そしてユコは、最初からこの構図に気がついていた。だから席替え時に、あっさりとラムリーザの隣をソニアに譲ったのだ。
「ああもう!」
ソニアは吐き捨てるように言って、ラムリーザのすぐ横の椅子まで移動してきて腕を掴み、ユコに対して非難の言葉を投げかけた。
「だいたいなんでユコはラムと見つめ合ってるの?」
「人とお話するときは、ぴったり引っ付いて正面から向き合って『はなす』ですわ」
「後ろの人と話すときは、前向いたまま『はなす』、『きた』でいいじゃないの。ラムもデレデレしちゃって!」
「してないって……。ほら、ユコの瞳ってきれいな緑色だなぁ、とか」
ラムリーザは緑色が好きである。そして、ユコ瞳は緑色に輝いている。残念ながら、ソニアの瞳は青い色をしているのだ。
「なっ、もう……、ユコその目を頂戴!」
ソニアはユコの瞳の色に気が付いて、ユコの顔に手を伸ばす。ユコは、その手を払って怒ったように言った。
「さらっと怖いこと言わないでくださる? 私はただラムリーザさんと、好きなキャラについてお話していただけですわ」
「そのゲームの好きなキャラはアケローンよ、文句ある?!」
そのまま強引に会話に割り込んできてしまった。
「ふーん、ソニアって死人が好きなんですね。ネクロフィリア?」
「んなわけないでしょ!」
ラムリーザは二人が仲良く(?)話を始めたので、身体を窓の方に向けて外の景色を眺め始めた。
「ちょっとラムー、さっきまでユコと楽しそうに話していたのに、なんであたしが来たら外見るのよー」
ソニアは、また不満気な顔になってラムリーザの背中を揺すりながら責めた。
「あたしと外の景色、どっちが大事なのよー」
またこの選択か、とラムリーザは思って、少し意地悪をすることにした。
「そんなめんどくさい問いを投げかけてくるお前より、静かに心を和ませてくれる大自然の方が大事だな」
「むー……」
「あはは、ふられちゃったねソニア。彼氏を大自然に取られてますわ、あはは」
ユコも流れに乗って意地悪気にからかう。
「みんな意地悪!」
と言ったところで、始業のチャイムがなった。
放課後、リゲルはロザリーンと一緒に天文部に向かおうとしていたので、ラムリーザは声をかける。
「リゲル、最近バンドには来ないのか?」
「バンドねぇ、お前ら雑談ばかりで先輩が来たときしか音楽やらないだろ?」
「あー、そうだねぇ……」
ラムリーザはごもっともと思い、引き止めることはできなかった。あまりよくない傾向だな、と思いつつも、結局はみんなのやる気次第なので、ラムリーザにはどうしようもなかった……。
先輩は、バイトをやったり掛け持ちで部活をやっているので、この時期はほとんど顔を出さない。
今日もいつもの四人だけが集まり、女子三人は雑談、ラムリーザはユコの作った楽譜を見ていた。だがリリスやユコは、ラムリーザが何をしていようがお構いなく話しかけてくる。
「もしソニアが居なかったら、ラムリーザは私とユコのどっちを選んでいたかしら?」
「最近返事に困る選択肢ばかり投げかけてくるなぁ」
「さらっとあたしの存在ディスらないでよね」
「まあ、ソニアが居なかったら音楽やっていたかどうかもわからないし、ひょっとしたらここで君たちと出会うこともなかったかもね」
昔、先に音楽に興味を持ったのはソニアだった。そしてラムリーザもいっしょにやろうよと誘ってきて、妹のソフィリータもついてきたのだった。ソニアがどこで興味を持ったのかは不明だが……。
「ふーん、ラムリーザがソニア抜きで私たちに出会う可能性は無いのね……」
少しリリスは残念そうだ。
「なぜそんな話を……」
「ん? ラムリーザが私とユコのどっちを選ぶのか興味あるでしょ?」
「興味無いわよ。ってか、あたしをディスらないでってば!」
生産性は無い、もしも、仮定の話で盛り上がる。ソニアはあまりいい気はしていないみたいだが。
「うむ、僕とソニアが一年ずれていたら、ひょっとしたら有り得たかもしれないな」
スコア集を見ながら、顔をあげずにラムリーザはつぶやく。
「どういうこと?」
「もしソニアが僕より一つ上なら、僕が中学を卒業する前に全寮制の女子高校に入っていたと思う。実際僕がここに連れて行くって決めなければそうなっていたわけだし。そうなれば連れて行けない。逆に一つ下なら、中学卒業するまでは親元を離れてはならないという規則があるので、これも連れて行くことができない」
楽譜から顔を上げずに淡々としゃべるので、ソニアの表情がなんともいえない顔になっていくのにラムリーザは気がつかない。ソニアは、もしそうなっていたらという考えをめぐらせて、ゾッとする思いで居るのだ。
「ふえぇ……お母さん、ラムと同じ時代に産んでくれてありがとう……」
何かお祈りでもするような仕草をしながら、ソニアは感謝の言葉を述べている。
「あと、あるとしたら、僕がソニアに興味を示さなかったら……ってことだな。まぁ、実際はこうして一緒に居る事にしたわけだが」
「怖いこと言わないでよ……」
ラムリーザはずっとスコア集を見ていて、ソニアの悲しそうな表情に気がつかない。ラムリーザ自身は、どうでもいいif仮定の雑談に乗って語っているだけなのだが。
「でもラムリーザはソニアの胸の虜になってしまった……と」
「どちらかと言えば、健康的な脚の方が好みなんだけどな」
「そうなのよねー、だからあたしの脚を隠すこの長い靴下がうっとうしいわけで。かと言って靴下下げてたら風紀委員に文句言われるし」
ソニアは靴下の裾を膝まで下ろしたり、また太もも半ばまで持ち上げながらぶつぶつ言う。
「でもこのくらいが丁度いいですわ。スカート短いし、あまり肌を露出するのは恥ずかしいですし」
「つまり、ソニアは露出狂ね」
リリスがくすっと笑って言った。
「だっ、誰が露出狂よ!」
「ようするにラムリーザは脚フェチってわけね。ちょっとこっち見てくれるかしら?」
リリスが呼びかけたところで、ラムリーザは「ん?」と顔を上げる。
こっちを見たのを確認して、リリスは微笑を浮かべながら、見せ付けるように足を大きく上げて、組んでいた足を左右入れ替えて見せた。
「そういう誘惑はやめましょう」
ラムリーザは表面上真顔で言って、再び楽譜に目を落とした。