紳士淑女に似非お嬢様 その二
5月7日――
今日は、アンテロック山脈の中腹にあるオーバールック・ホテルで二度目のパーティが行われていた。前回の好評を得て、月一回最初の週末の休みに毎回集まろうという話になったのだ。親睦を深めたり、将来の展望を語り合う場にすることにしていた。
ラムリーザとソニアは、一旦帝都シャングリラの実家に帰り、そこでパーティに出る準備をしてから出かけた。二人とも衣装は実家に置いてきているからだ。そして毎月行うこととなったので、衣装は以後は下宿先の屋敷に置くことにした。
「ソニア、二度目だしもう無駄に緊張することはなくなったかな?」
「多分、あー、またおいしいご馳走が食べたいなぁ」
「幸せなやつだなぁ」
ラムリーザは、わくわくしているような嬉しそうな表情を見せるソニアの頭を撫でながら言った。ポッターズ・ブラフを出てオーバールック・ホテル前に向かう汽車の中で二人は他愛無い会話をしているのだ。すると、向き合った前の席に居たソフィアに話しかけられた。ソフィア・マリーチ・フォレスター、皇帝の姉でありラムリーザの母親である。
「あなたたち、学校は慣れました? 二人だけで生活うまくいっているかしら」
「うん、大丈夫だよー」
「ソニアが無用の不安で暴走して怪しい時期もあったけど、概ね良好かな」
「もー、その話はもうやめてよー」
不満と恥ずかしさの混じった顔でラムリーザを小突くソニアだった。
もっともソフィアは、親戚の屋敷という同じ所で生活しているということしか知らず、同棲しているとは考えていない。普通に二部屋間借りしていると思っているのだ。
そんなこんなをやっているうちに、蒸気機関車はオーバールックホテルに到着した。
西の国境都市開発において路線開発も進み、線路はポッターズ・ブラフ駅から西へとさらに伸びていた。それはアンテロック山脈を登るように続いていて、オーバールック・ホテル前に新しい駅が建ち始めていた。
帝都からポッターズ・ブラフまでは主要駅にしか止まらない急行列車で、そこからホテルまで一駅だけ通常運行速度で移動する形で汽車は運行していた。
線路が繋がっただけでまだ駅は完成しておらず、材木やレンガがむき出しなところがあって殺風景だ。所々で作業員が、壁に漆喰を塗って整えている。
「なんだか壊れそうな駅だね」
「完成する前の作る段階で壊れられても困るけどな」
ラムリーザは、むき出しの鉄骨を触ろうとするソニアの手を引いて引き離した。下手な所を触らせたら、ソニアの言う通り壊れるかもしれない。
「でもこのドレス、やっぱり丈が長くて嫌だなぁ」
ソニアは、ドレスの裾を気にしながら言った。
「歩きにくいか?」
「短い方が動きやすいんだよ」
「ほう」
ラムリーザはソニアの足元を見たが、ドレスの裾に隠れていつもの健康的な足が隠れていて見えない。
「見る?」
ソニアはラムリーザの視線に気づいて、そう言ってソニアはドレスのスカートに手をかけたので、ラムリーザは慌てて止めた。
「やめとけ、こんなところでスカート捲くったりしていたら、他の令嬢に白い目で見られるぞ」
全く、庶民感溢れるソニアはこういう場に出るにはデリカシーが足りない。そういう所が、似非お嬢様である所以でもあるのだ。それでも、ラムリーザは、ソニアのそういう所も嫌いではなかった。
「しかし、そんなドレス着ていたら、足元が見えにくいよね」
「むっ、平気だよー、このくらい」
と言ってる傍から、ソニアは段差に脚を取られて転びそうになるが、ラムリーザが手を引いていたので、ギリギリの所で転ばずに済んだ。
「ほら見たことか……」
「ドレスのせいじゃないもん!」
「じゃあ何だよ」
ソニアは、ラムリーザの問いには答えずに、ただ俯いて自分の大きな胸をぎゅっと押さえるだけだった。
会場には前回と同じく中央のテーブルに料理を並べている。
そしてソニアは、早速食事に向かおうとしていた。他の令嬢と交流しても恐らく話は合わないであろうソニアは、これだけが楽しみだった。むしろ、このために来ている面もあったのだ。
その時、「よう」と声をかけられて、ラムリーザが振り返った先にはリゲルが居た。
「ラムリーザさんもリゲルさんも今晩は」
そしてそこにロザリーンも現れた。
「何だか教室と変わらないな」
よく知った仲間が集まったので、ラムリーザは気楽な気分になる。教室での座席も、四人は前後左右に固まっているのだから。
それでも、新開地の領主予定になる者、鉄道事業家の息子、首長の娘が一堂に会しているのだ。
「リリスとユコは見た目はいいけど庶民だからな――」
リゲルは選民意識を含んだ物言いでつぶやき、訝しげな表情でソニアを見て言葉を続けた。
「――で、ソニアは何だ?」
「…………」
ラムリーザが黙っていたら、ソニアはずいと身を乗り出してリゲルに言い放つ。
「あたしはソニア・ルミナス! 皇帝の娘!」
どや顔のソニアに、一瞬場が凍る。大きく出たなと言われることもあるが、これでは僭称もよい所だ。
「真面目に答えろ」
そしてさらに凍て付くような目で睨みつけてリゲルは凄む。
その威圧感に押されて、ソニアは「あうぅ」と呻いてラムリーザの後ろに隠れてしまった。
取り繕っても仕方ないので、ラムリーザは二人の関係をリゲルに話すことにした。
「ソニアはうちの使用人の娘。父親が執事で、母親がメイドなんだ」
「ふむ、使用人の娘か……」
「この機会に言っておくけど、僕とソニアは結婚前提で付き合っているから。まあ、リリスとユコは知っているけど」
ラムリーザの打ち明け話に、リゲルとロザリーンは驚くというよりは、納得したような表情だった。
「いつも一緒にいるから付き合っているとは思っていたけどね」
「なるほどな。使用人の娘がパーティに参加することは普通ありえないが、そうか、ラムリーザの伴侶という立場で来ているんだな」
「まあそういうこと」
そう言ってラムリーザはソニアを振り返った。
だが、すでにソニアはその場に居なくて、料理の並んだテーブルの方に行ってしまっていた。そして、既に骨付き肉に手を伸ばしている所だった。似非お嬢様は食欲旺盛である。
ああいう所も可愛いだろ、とラムリーザは声に出さずに二人に問いかけてみる。二人に伝わったかどうかは微妙ではあるが……。
「ということは、ソニアさんとはずっと一緒だったのですね」
ロザリーンはラムリーザとソニアが幼馴染であるということを察したようだった。
「そうだよ。ただ、こっちの『帝立ソリチュード学院』には僕一人が来ることになってたんだよね。だけど、これまでのギリギリで友達以上恋人未満だった関係を、恋人まで持ち上げたんだ。それで連れてくることにしたわけ」
「そうなのですか……」
「告白したときに、意地張られたり照れたりして逃げられたら、そこで関係はおしまいだったけどなぁ……」
しかし、こうして隠すことなく一通り話したことによって、ラムリーザとソニアの関係は、身近な人々に対しては公認の事実となっていったのである。
その時ラムリーザは、母のソフィアに呼ばれた。どうやら今回も、誰かを紹介するみたいだ。
ラムリーザはリゲルたちに「ちょっと行ってくる」と言って、母の元へと向かっていった。
向かった先で紹介されたのは、この地方の領主であった。その領主には娘が居て、ちょうどラムリーザと同じ年代だったのである。
その娘は、気が強そうで目つきが鋭かった。その表情を見ただけで、曲がったことが嫌いで厳しい感じがする。
そして、力強くはっきりとした口調でラムリーザに挨拶した。
「ケルム・ヒーリンキャッツ。お見知り置きを、ラムリーザ」
「ラムリーザ・フォレスター、よろしく。あれ?」
ラムリーザは違和感を感じた。自分が名乗る前に、ケルムと名乗った娘に名前を呼ばれたような気がしたのだ。
それぞれの親同士が話をしている間、ケルムは何も言わずにじっとラムリーザの顔を見ていた。その目つきには、威圧感すらある。
「ラムリーザ、あなたは領主となる身です。付き合う相手はきちんと選んだ方がよいですよ」
「うん、わかっているつもりだよ」
ラムリーザは、この娘とは親しくできないな、と思った。似非お嬢様だが天真爛漫なソニアと比べて、こう威圧的に接せられても一緒に居て苦痛すら感じていた。ただ、有力者の娘なので、表面上の付き合いだけはやっていこうと考えていたのだった。
「今後ともよろしくです、それじゃあまた」
ラムリーザは、早々と話を切り上げてソニアたちの元に戻ろうと考えた。
だが、ソニアは食事に夢中で、リゲルとロザリーンはソニアから少し離れた場所に移動してしまっている。
ラムリーザは少し考えて、食事に夢中なソニアはそのまま置いておくことにして、リゲルたちの方へと向かっていったのであった。
「誰だった?」
リゲルに尋ねられ、ラムリーザは「この地方の領主の娘だった」と答えた。
それに対してリゲルは、「ああ、あいつか」とだけ答えた。知っているようだが、あまり興味は無いようだ。
ラムリーザもさして興味はなかったので、彼女に対する話はこれ以上発展しなかった。
「それで、アレはいいのか?」
リゲルは顎をしゃくってソニアを指し示して言った。
「まあいいんじゃない、美味しそうに食べているんだし。食欲を満たしたらこっちに来ると思うよ」
そんな感じに、淡々と時が過ぎていくのであった。
丁度その頃、肉を頬張り料理を堪能していたソニアの傍に、厳しい目つきの娘がやってきた。
「遠慮なく頬張って、はしたないわね」
その娘の姿と言葉を聞いて、ソニアは咳き込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ。ふ、風紀監査委員、何でここに?!」
「そんなことはどうでもいいでしょう。折角服装はきちんとしているのに、何故食事の態度がそんなに残念なのですか……。前にも言いましたよね、ラムリーザに恥をかかせるなと」
それだけ言い放つと、娘は立ち去って行った。
ソニアは、その後姿に、「ちっぱい!」と言葉を投げつけるのであった。