清い交際はしていません
5月10日――
「ソニア、あなたハゲってどう思う?」
いつもの教室、いつもの休み時間、唐突にリリスはソニアに話しかけた。
「ハゲって、毛が少ないって事よね。だったら猿と人間比べたらどうよ? 猿と、猿と進化した人間って、どっちが毛が多い? 猿よね? 進化したら毛が減ったよね? だから、ハゲって、人間がより進化したものなんだと思うんだ!」
ソニアは、謎の理論を持ち出してハゲを肯定した。ちょっと聞いただけでは正しい理論の様に取ることも可能だ。しかしなぜハゲを擁護するのだろう。
「それで……あなたはハゲをどう思うのかしら?」
「たとえラムがハゲても、ラムが一番なのは変わらないから! ハゲたラムは、新人類なんだ! 新人類よ、永遠なれ!」
リリスは、興奮してよくわからないことを言い出すソニアから視線を逸らし、今度はラムリーザに迫ってきた。
「ふーん。それじゃあラムリーザ、試しに頭の毛を剃ってハゲにしてみてもらえないかしら?」
「なっ……なにを言い出すのだ君は。別に僕をつるっぱげにしても、ありがたさは100%超えないよ」
ラムリーザは、突然突拍子も無いことを提案されて、よくわからない返事をしてしまった。ありがたさって何だろうかよくわからない。
「やってみてよ、ソニアの反応見てみたいから」
「ほぉ、それならついでに額に三本の傷を入れて地獄突き食らわすけど、それでもかまわないかい?」
「体重150kgまで増えたら、やってもいいわよ」
「なんだそれは……」
ラムリーザは、頭を剃れだの、150kgまで太れだの、無理難題を注文してくるんだと思った。だから、二人を巻き込むことにする。
「そもそもなんで僕が頭を剃らないといけないんだよ。リリスとソニアもつるつるに剃るんだったら付き合うよ?」
「えー、剃ったらラムの好きな緑色の髪がなくなっちゃうよ?」
「そうなるとあなた大変なことになるわよ。私とソニアのダブルヘッドバットを食らい続けて、二度と立ち上がれなくなるわ」
「勝手にしてくれ」
ラムリーザは、付き合ってられないと思い、ソニアやリリスに背を向けると窓の外を眺め始めた。
「おぼこ看破超流体って知っているかしら?」
しばらくして、リリスは何やら企んでいる顔でソニアを見ながら、銀色の容器に入った液体を取り出した。容器は直径5cmぐらいの円形で、深さは3cmぐらいだ。全て銀色になっているハンドクリーム入れのような物だ。
「何それ……」
ソニアは怪しい物でも見るような目つきで、その液体を見る。そんな彼女を見て、リリスは怪しげな微笑を浮かべた。
「簡単なテスト試薬よ。試験対象が、おぼこかどうか判別するの」
「おぼこって、処女ってこと?」
ソニアは眉をひそめてリリスの顔を見るが、リリスは微笑を浮かべたままだ。ただ、目つきに悪戯心を感じる。
「そう。髪の毛を一本この液に浸すと、非処女なら液体が緑っぽい色になり、処女ならそれ以外の色になるのよ」
「へ、へぇー」
リリスの説明を、ソニアは少し落ち着かない感じで聞きながら相槌をうつ。処女とか非処女とか言われて気が気でない。なにしろソニアは既にラムリーザと……。
「男性の方は、結婚するならやっぱり処女の方がいいよね。ねぇ、ラムリーザ?」
「んあ?」
ラムリーザは、突然話を振られて妙な返事をしてしまった。ソニアとリリスが会話を始めてから、ずっと窓の外を見ていたからだ。今日は、屋根の上に美しいライラックニシブッポウソウなどが止まっていたので、それに見とれていた。
それに処女がどうたらとか考えたことも無かったし、結婚ならそのままソニアとする物だと考えているからだ。処女とか非処女とか言われても、ラムリーザは既にソニアと……。
「ものは試し、私がやってみるからみてごらん」
そう言ってリリスは、自分の前髪を一本とって液体に浸す。
横からは不透明な容器のため色はわからないが、上から覗くと液体は黒っぽい色に染まっていた。
リリスは、次にユコに試させる。彼女が同じようにやってみると、今度は薄い金色に液体は染まっているように見えた。
「ね、こんな感じにわかるのよ。さあ、ソニアもやってみて」
そして今度はソニアの前に、コトリと容器を置き、悪戯っぽい微笑を浮かべて、ソニアに促す。
「え、いや、処女とかそんなのどうでもいいじゃないの」
ソニアはそわそわしながらラムリーザの方をちらちら見ている。
「ラムリーザ、ソニアはああ言っているけど、どうなのかしら?」
「いや、だってソニアは――」
「あーもう、わかったわよ、やればいいんでしょ?」
ソニアはそう言い放つと、自分の前髪を取って液体に浸した。液体は緑色っぽい色に染まり、ソニアの顔はみるみる赤くなっていく。
「くすくす、やっぱりね」
リリスが悪戯っぽく笑って言った時、ソニアはドンと机を叩いて声を張り上げる。
「ええ、あなたの言うとおり、あたしはラムとやってるわよ! 何か文句ある?!」
「……と言ってるよ、ラムリーザ」
「うーむ、やはり早急だったか……というかそんな事大声で言うな」
「ラムー……」
クラスメイトは、ちらちらと訝しむ目でソニアを見ている。
そもそも同居していて、しかも同じベッドで毎日寝ているのだ。その気になったら、いつやっても不思議な事ではない。いや、最初の日以来はやっていないと思うけど、たぶん。
「ところでさ、それ男が使ったらどうなるんだ?」
ラムリーザはとりあえず話題を変えることにした。
そしてすぐに自分の髪の毛を一本その中に入れてみる。そしたら、自分の髪の色と同じような色に染まったように見えるのだ。
次に、後ろを振り返ってリゲルの髪の毛を要求する。
そしてリゲルの銀髪を入れると、溶液は銀色に染まったように見えるのだ。
「まさかな……」
「あ……」
リリスが止めるよりも早く、ラムリーザは容器を持って席を離れた。
そして、近くの席に居た赤毛の男子に髪の毛を提供してもらい、その溶液に浸す。すると、溶液は赤く染まったように見えるのだ。
「うむ、やはり……」
そうラムリーザはつぶやき、クラス内を見渡した。そしてちょうどいい具合に、緑色の髪をした男子生徒がクラスに居たのを見つけたのだった。
「この髪の毛は、クラスメイトのスコットのものだ。わかるね?」
「…………」
ラムリーザはその男子生徒からも髪の毛を提供してもらい、自分の席に戻ってきてから言った。スコットとは、ラムリーザが先程見つけた緑色の髪をした男子生徒のことである。
リリスは何も答えずに、苦笑いを浮かべているだけだ。
そして、ラムリーザが持ってきた緑色の髪の毛を浸すと、果たして液体の色は緑色っぽく染まった。
「彼も非処女かい?」
「いや、男子がやると非童貞というかー」
リリスは、視線を右に逸らしながら、落ち着かない感じでつぶやいている。この視線の逸らし方は嘘だな……。
「僕はソニアとやったけど、緑色にならないよ」
「あーもう、降参。それは容器の壁面に反射して、髪の毛の色に液体が染まるように見えてるだけよ」
「やはりね……」
「ちょっと何それ。髪の色で決まってただけなの? 何なのよ!」
つまるところ、ソニアの青緑色の髪の色が、そう見せているだけだということなのだ。
「二人が同棲しているから、ちゃんとやっているかどうか確認しただけよ、くすっ」
「いや、そんなこと確認しなくていいから……」
「むー……」
悪戯っぽく微笑んでみせるリリスに、ラムリーザは苦笑いを浮かべ、ソニアは不満そうな顔をする。
要するに、ソニアはリリスに担がれただけなのだ。そしてラムリーザはそのとばっちりを受けたに過ぎない。それ以上、特に意味は無い。
本当にそんな検出液があったとしたら、世の中大騒ぎになっているはずだからね。
そもそも「おぼこ看破超流体」といった名称から怪しいと勘付かない時点で、ソニアの負けとなったようなものである。
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