新開地に行ってみよう その1 ~授業中と休み時間~
5月13日――
とある授業中、教師は黒板に問題を書いて生徒に前に立って解かせようとしていた。
運の悪い生徒はこういうときに当てられるので、クラス内はシンと静まり返っていた。
机に手を置いて上にあごを乗せて、興味なさそうにしていたリリスが当てられる。こういう時は、目立っている者が不利であった。リリスは一目でわかる美少女なので、他の人よりも目に留まりやすいのかもしれない。
リリスは落ち着いた感じで教壇に向かっていく。ラムリーザはその後姿を見て、歩く様は優雅でまるでモデルのように美しいと思っていた。
左手にチョークを取り、腰に右手を当てて問題を眺めているが、答えが分からないのかそれ以上動く気配はない。
小さくため息を吐いたリリスは、ちらっと席の方を振り返ったと思うと、何か恐ろしい物でも見たかのように目を見開き体を硬直させる。クラスメイトの視線は、教卓に居るリリスに集中されていた。見た目は妖艶な美女のリリス、いろいろな意味で注目を浴びているのだろう。
リリスは再び黒板のほうを向きチョークを握り締めるが、どうがんばっても問題は解けそうになかった。というより、先ほどと違い顔色が悪いような気がする。
「なんだリリス、分からないのか?」
固まったままのリリスに、教師は声をかける。それに対して、リリスは黙ったまま小さくうなずいただけだった。
「もういい、席に戻りなさい。じゃあ次はその後ろの、ソニア」
「はいっ」
教師に呼ばれたソニアは元気よく立ち上がり、額に脂汗をかき具合の悪そうなリリスとすれ違って教壇に向かっていく。そして教壇に上がろうとして、その段差に躓いて派手に転び、その背中にクラスメイトの笑い声が重なった。ソニアが転んだ付近では、パンツ丸見えのラッキーショット!
教師の咳払いでクラスは静まり返り、ソニアは慌てて立ち上がり問題に取り掛かった。彼女は大きな胸の下で腕を組み、チョークも取らずに真剣な表情で黒板の文字をじっと見据える。
しばらく続く沈黙……。
そして唐突に、ソニアは教師の方を見て、てへっと笑う。
「ダメ、やっぱりわかんない」
教師はため息を吐き、ソニアを席に戻るように言って、次は後ろのロザリーンを指名した。
ソニアは、ロザリーンとすれ違いざまにハイタッチをしようと手を上げたが、ロザリーンはスルーして通り過ぎていった。剥れるソニアだったが、ため息を吐くラムリーザと、リゲルの冷たい視線を見て、すごすごと自分の席に着いた。
一方教壇に立ったロザリーンは、人差し指でメガネをクイッと上げると、問題を一気に解き上げたのである。
そして休み時間、今日も特別変わった事も無く淡々と時間が過ぎて行く。
教室の机は横長になっていて、二人で一つの机を使うという形になっている。そして椅子は後ろの机と一体化していて、横に五人座れるように椅子が五つ付いている。
普段授業中は、それぞれ端の椅子に座っているのだが、休み時間になるたびにソニアはラムリーザに引っ付いてくるのだった。そのことによって空いた席に後ろからロザリーンが移動してきて、その状態で前の席に居るリリス、ユコの合わせて四人が雑談する。
ラムリーザはソニアに背中を預けて窓の外をぼーっと見ていて、リゲルは黙って雑誌を読みふけっている。
それが最近ではもう珍しくない、毎日の光景になっていた。
今日は、普段はあまり話しかけてこないリゲルが、珍しくラムリーザに話しかけた。ラムリーザは身体をひねり、後ろの机に肘をつく。
「昨日のことだが、ユライカナンとの貿易に向けた拠点になる新開地と、この町との間の鉄道が開通したぞ」
「へー、早いね。もっとかかるものだと思っていたよ」
「そこからが長いのだ。これから一年程かけて、そこからユライカナンまで路線を敷いていくのだからな」
リゲルの家、シュバルツシルト家は鉄道事業や運輸事業を取り仕切っていて、主にこの地方の物流、輸送などを管理している。それで路線などは、シュバルツシルト鉄道とも呼ばれている。
それで、今年から始まった隣国ユライカナンとの貿易をするための路線を作っているところだ。
だからリゲルとは、その貿易拠点となる地方の領主になる予定のラムリーザは、切っても切れない関係だったのだ。
「そこでだ。明日は空いているか?」
ラムリーザはチラッとソニアの方を見て、少し考て答えた。
「確か明日は今の所予定はないよ」
「それならちょうどいい、新開地に行ってみないか?」
「鉄道の開通記念だね」
「そういうことだ」
そう言って、リゲルはニヤリと笑う。今は一般客は新開地までの路線は使えないが、リゲルの力があれば、作業員たちに混ざって行くことも可能だろう。
ラムリーザは、そこを見に行くのも悪くないと考えた。それに、その地には来年から住む予定の新居が建設中とも聞いているのだ。それを見に行くのも悪くないだろう。
そこでラムリーザは再びソニアの方をチラッと見て、遠慮しがちに言った。
「なあリゲル、明日のその件だが、ソニアも連れて行っていいか? ああいや、リゲルが二人きりが良いと言うのなら連れて行かないが」
「男同士で二人きりになりたいとか変なこと言わすなよ。連れて行きたかったら連れて来たらいい」
「悪いな」
そこでラムリーザは、くるりと身体を入れ替えてソニアの方を向いた。
ソニアはリリスたちと、ゲーム雑誌を囲んであれやこれや言い合っている。次にやるゲームでも決めようとしているのかもしれない。
「ソニア、明日出かけるぞ」
「バイト博士とシギル氏の放火が刻? なんかこのゲーム、テラクソ臭がするよ――って、何? どこ行くの?」
何だか一瞬下品な単語が聞こえたような気がしたが、ソニアはラムリーザの方を向いて聞いた。
「新開地だ。今新しく作っている貿易拠点と新居。そこに明日出かけるぞ」
「ラムが行くなら行く。それよりも、ドラゴンズ・ユイの方が面白そう」
場所はどうでもよかったかのように、あっさりと返事する。まるでラムリーザが行かなければ行かないみたいな様子だ。そして返事が終わると、すぐにゲームの話に戻ってしまう有様だった。
「それって今帝国で話題になっている、隣国――えーと何だったかしら……ユライ……ユライカナン、そうだわ、隣国ユライカナンとの国交に向けての話よね?」
しかし話が聞こえたのか、リリスが興味を示した。そしてラムリーザの方に身体を乗り出してきて聞く。
「私たちも行っていい? あ、ユコも来るよね」
ユコも小さく頷いて了承する。
「じゃあ私も行くことにします」
話を聞いて、ロザリーンまで乗ってきた。まあこの流れから来ればそうなるだろう。
ラムリーザは再びリゲルの方へ向き直って言う。
「すまん、何かみんな行くことになったみたい」
「やれやれ、研修旅行がピクニックになってしまった……か」
「まぁピクニックの方が、研修旅行よりは楽しそうでいいかなぁ」
ラムリーザはそう言うが、リゲルは苦笑いしているだけだった。
といった所で、始業開始のチャイムが鳴り響いたので、話し合いはこれで終わりにすることにした。
「それじゃあ、明日九時に駅前集合ね」
「はーい」
というわけで、明日は新しい貿易拠点になる新開地にみんなで視察に行ったり、場合によっては遊びに行くことになったのである。
来年からラムリーザの住む街は、今どのような感じになっているのだろうか。
ポッターズ・ブラフでのソニアとの生活が楽しくて、すっかり忘れかけていたラムリーザだった。しかし、初めて見る地に何かを期待しているのであった。