ラムリーザ様を慕う美少女たち
5月31日――
「おはようございました」
「おはようございました、ラムリーザ様」
「なっ……」
「なんで挨拶が過去形なの?」
様付けを突っ込みかけたラムリーザと、様付けが当然とでも言うような感じのユコ、そして別の所に突っ込むソニア。少しよくわからないような雰囲気から、今日の朝は始まった。
ちらっとリリスを見ると、ラムリーザは嫌な予感がした。彼女は朝から机に突っ伏して寝ているのだ。先日の徹夜ゲーム事件のことが脳裏に浮かび、ラムリーザは彼女にも声をかけてみた。
「リリス、おはようございました」
「んー……」
のそのそと体を起こして、リリスはラムリーザの方を振り返った。その顔は疲れ果てているようで、あの時よりはだいぶんマシだが、目にはくまができ、瞳は充血している。
「リリスは今朝からこんな調子ですわ……」
ユコが困ったように言っている。
それを聞いて、ラムリーザは先ほど感じた嫌な予感が強まり、少し厳しく詰問するように言った。
「おい、またネットゲームを始めたのか?」
「ネットゲームはやってないわ……」
半目でうとうとしながらリリスは答えた。
ラムリーザはため息を吐き、悩むように自分の額をこぶしで突きながら諭した。
「そんなになったら美少女が台無しだって言ったばかりだろ。規則正しい生活をしろ、と命令に入れなかったのは失敗だったかな……」
「あ、今新しく追加されましたわ」
「だからあのルールは永続だったのか?! それならユコ、その場で逆立ちしろ、と言ったらどうする?」
「ソニア! ラムリーザ様が命令してますわよ、逆立ちしなさい!」
「嫌よ! なんでミニスカートで逆立ちしなくちゃいけないのよ!」
「それはラムリーザ様が命令――」
「こほん!」
大きく咳払いして、ラムリーザは話が逸れていくのを防いだ。
「……で、リリスは徹夜で何をやっていたんだ?」
「んー……、ギター弾いてた。久しぶりに弾いたー。コードとかちょっと勘を取り戻すのに時間がかかったけど、リズムに乗ってギター弾くの、おもしろいねー……」
机にぐてーんと突っ伏したまま、リリスはのんびりした声で答えている。つい最近までネトゲ廃人だったのだから、確かに久しぶりだろうな。
「リズムギター? リリスはリードギターやるって言ってなかったっけ?」
「そこのクール気取りのリゲルが、『リズムに乗れないのならリード鳴らしているのがいい』とか言ったから、リズムぐらい乗れるよって音楽に合わせてリズム刻んでいたらはまって、時間忘れてプレイしてたー……」
要するに、リリスは夜遅くまでギターを弾いていたのだ。彼女はゲームも音楽も、やると決めたらとことん熱中するタイプということのようだ。
「どうよリゲル、私もリズムぐらい乗れるわー……」
「それはよかったな」
リゲルは、あくまで興味なさそうに顔も上げずに答えた。
「ふーん、じゃあリリスがリズムやるんだね?」
「いーや、私はリード。リズムに乗れないと言われたのが気に入らなかったからできることを証明したかっただけー……もう寝る」
それだけ言うと、リリスは再び顔を伏せて眠りについたようだった。
「それはいいけど、もうあまり無茶な夜更かしはするなよ」
リリスは何も言わずに、片手を挙げただけで返事した。
「ラムー……」
リリスとの会話が終わった後、すぐ隣に引っ付いてきているソニアが不満そうな顔で、ラムリーザに訴えかけるような口調で話しかけてくる。
「今度は何だよ」
「これ見てよー」
ソニアは、椅子を伝ってラムリーザのすぐそばまで移動してきて、自分の太ももを覆っているサイハイソックスの裾を摘み上げて見せてくる。
「足がどうしたんだ?」
「足じゃないよ、これ!」
ソニアは摘み上げている部分をさらに持ち上げてラムリーザに見せる。
その仕草を見たラムリーザは、やれやれまたか……と思うのだ。
「はぁ、また靴下の文句か?」
「何でこんなの履かなくちゃいけないの? うっとーしい……」
「僕に言われても知るか。あーユコ、ユコは靴下は鬱陶しい?」
「はい? 靴下ですの? 鬱陶しいなんてそんなこと考えたことありませんわ」
「ほらみろ、そんなこと言ってるのお前だけだぞ」
「むー……」
靴下嫌いのソニアは、何かにつけて不満をラムリーザにぶつけてくる。嫌なら脱げばいいじゃんで済ませると、今度は風紀監査委員ににらまれる。で、結局どうすればいいのかという話になるが、ちっとも結論がでないでいるのだ。
ラムリーザはソニアがしつこいので、靴下に覆われている太ももを揉んでみた。特に何がしたかったわけではない、ただ何となく揉んでみただけだ。
「ほら、触った感触も良くないでしょ? こんなの止めるようにしようよー」
あくまで靴下を嫌がるソニアだが、ラムリーザは今度は靴下に覆われていない太もものよりつけねの方を揉んでみた。ソニアに言われたわけではないが、そんなに感触が違うのならば触ってみたらわかるかと思ってこれまたなんとなく揉んでみただけだ。
「ぬっ?」
そこでラムリーザは、むき出しの太ももを揉んだ感触がいつもと違うことに気がついた。気のせいかもしれないが、いつもよりも柔らかい。
ソニアの表情を見ると、まだ不満そうにこっちを見ている。
ラムリーザは、改めて靴下に覆われた太ももを揉んでみた。生地越しに触る太ももは、先ほどよりもちょっと固めだ。そしてすぐに、再び靴下に覆われていない部分の太ももを揉んでみた。
「むむむ……」
「何がむむむよ」
これは新しい感触かもしれない。
靴下に覆われたちょっと固めの太ももを揉んだ後に、覆われていない部分を揉むと、より柔らかさを感じるのだ。
ソニアは不満な顔をしているが、ラムリーザは休み時間中ソニアの太ももを揉み比べているのだった。
主に休み時間の雑談の話題提供者であるリリスがへたってしまっているので、女子会は全然弾まない。自然と話し相手は、ラムリーザと誰かという形になってしまう。
「ラムリーザ様は、いつもゴム毬を揉み揉みしているんですのね」
ユコは、ラムリーザの手先を見て尋ねた。ラムリーザは、いつもぼんやりと窓の外を眺めているように見えているが、手先にはよくゴム毬が握られていた。
「ああ、ドラム長時間叩き続けていたら握力鈍ってくるので、日頃から鍛えていないとね」
「それでソニアのバストも揉んだりするんですの?」
「何を言い出すのだ君は!」
そりゃあ揉むことはあるが、ソニアの胸は柔らかすぎるので、二つの意味でトレーニングにならない。物理的と精神的の二重の意味ということでね。
それ以上に、朝のショートホームルーム前にソニアの太もも揉み揉みをやっていたばかりなので、思わず声が上ずってしまった。
「でもラムリーザ様、ドラム叩くのにそんなに力は必要じゃないですわ。力で叩いても、いい音は出ないと聞きますわ」
「あれ? そうなん?」
「うーん、でもいいか、力が強いとかっこいいですものね。そうだラムリーザ様、私の手を思いっきり握ってみてもらえます?」
そう言って、ユコはラムリーザの方に手を差し出した。ラムリーザは、多少戸惑いを感じながら、そっとユコの手を握る。
「えっと、力を?」
「ええ、ぐっと」
ラムリーザが力をこめようとした時――。
「こらぁ!」
すぐ傍から怒声が発生した。ソニアである。
ソニアは、すぐに手を伸ばしてユコの手を払いのけた。そしてすぐにラムリーザの手を自分で握った。
「何するんですの?!」
「さりげなくラムと手をつなごうとするな!」
「手をつないでいるんじゃないですの。ラムリーザ様の握力を確かめているだけですわ」
「だったらアイアンクローしてもらったらいいじゃないの」
「デスクロー!」
「ふえぇっ――!」
ユコは声高らかに必殺技を宣言すると、ソニアの無防備な胸を鷲掴みしたのであった。
次の休み時間もリリスは眠ったままだ。
ユコは、ソニアの方を極力見ないようにして、ラムリーザに話しかけた。
「あ、そうそうラムリーザ様。六月に私の誕生日がありますのよ」
「そうか、両親によく感謝するんだぞ」
「えっ?」
「えっ?」
ラムリーザには――というよりフォレスター家には――誕生日とは両親に感謝の意を示す日だという認識があるのだが、ユコには理解できなかったようだ。誕生日には祝ってもらう、というのが一般的で、フォレスター家の風習が変わっているだけなのだが。
「……だから、プレゼントとかしてくれたらいいなぁって」
「なるほど、それはいい心がけだね。両親にプレゼントか、それいいかも。よし、来年はそうしよう」
「えっ?」
「えっ?」
考えの相違があるので、会話がかみ合っていない。双方とも自分の思ったとおりの事を言っているだけなのだが。
「……どこか食事に連れて行ってくれるのでもいいですわよ」
「外食か、それもいいね。普段外食しないから、それもいい記念になるかも。ユコはいろいろ思いつくんだ、すごいなぁ」
「もう! いったい何なんですの?!」
「何がだよ?」
「知りません!」
ユコはついに怒って、ぷいとラムリーザに背を向けてしまった。
ラムリーザは、怒らせてしまったのはいかんなと思ったが、怒らせた理由まで理解できなかった。
「なあソニア、ユコが怒ったんだけど」
「いいんじゃない?」
ソニアは、怒るなら勝手に怒ればいいさ、みたいな感じでそっけなく答えるのだった。
「いや、よくないって……、あーリゲル、僕なんかまずいこと言った?」
ラムリーザは、ソニアに聞いても仕方がないと考え、今度はリゲルに聞いてみる。
「ん? んんー……お前にとって誕生日ってどんな日だ?」
「えーと、両親に感謝する日」
「なるほど、そういう解釈もあるか。ちなみにユコは、自分を祝って欲しいと考えているぜ」
「ぬ……」
その後、ラムリーザはクラスメイト何人かに誕生日について聞いてまわり、一般的な解釈を知り、釈然としないままユコに謝るのであった。
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