ラムリーズ・ロイヤルバージョン公演、ただし一人ロイヤルじゃないけど
6月4日――
月に一回、最初の週末にオーバールック・ホテルで、ポッターズ・ブラフを含むエルドラード帝国南西部の地域に住まう有力者たちのパーティを開催している。
今回も前回と同じくラムリーザとソニアは、臨時の汽車をリゲルに出してもらって行くことになっていた。
前回のパーティから、下宿先の屋敷に着ていく衣装を保管しており、二人は帝都シャングリラに戻ることなく、ポッターズ・ブラフの駅に正装で行けるようになっている。
それから、駅でリゲルとロザリーンの二人と合流して、オーバールック・ホテルに向かう汽車に向かっていく。今回も、ポッターズ・ブラフから列車で行こうという話になっていたのだ。
だが、駅には四人の他にパーティ参加者の姿は無かった。
「あれ? あ、そうか、この汽車はまだ正式運行してなかったんだっけ?」
「そうだ。この時間にホテル行きで動くのは前回のパーティの時以来、今日はまた特別に動かしてもらうよう言っただけだからな」
「この前新開地に行った時から、てっきり正式運行開始していると思っていたけどな」
「あれは作業員用に動いているだけで、まだ一般乗客は乗せるようにはなっていない」
「そうか、わざわざありがとうね。えっと、それじゃあロザリーンはなんでこっちに?」
「リゲルさんから話を聞いたとき、こっちの方がおもしろそうだから、お父様に頼んで行かせてもらったのよ」
「なるほどね」
リゲルの説明で、自分のためだけに動かしてもらっていることに気がつき、恐縮してしまうラムリーザ。他の参加者も、リゲルと知己が無いので汽車は使えず、各々自動車などで向かっているのだろう。
その一方でソニアは、特別運行の汽車でのホテル直行に一人盛り上がっている。
「ねえねえ、これって裏ルートだよね。やっぱりあたしたちって特別なんだー」
「特別じゃねーよ、お前は使用人の娘であって平民だろうが」
リゲルは冷たい視線と冷たい言葉を、一人はしゃぐソニアに投げかける。
「なによー、あたしはラムリーザ・フォレスター夫人よ」
「いつ結婚した? いつ?」
「う……」
リリスやユコのからかいとは違い、正論を上段から振り下ろすリゲルがソニアは苦手で、今日も押し切られてしまった。それに、リゲルはソニアに対して、いつも棘のある態度を取っているようにも見える。
「駄弁ってないで行くぞ」
ラムリーザは三人を振り返って、行動を促した。
汽車に揺られて十分ちょい、オーバールックホテル前の駅に到着した。
汽車から降りる時、ソニアは駅のプラットホームと汽車の隙間に足を取られて転びそうになる。この娘は、何かと転びそうになるものだ。
「危ないぞ、ちゃんと足元見て」
ラムリーザは素早くソニアの腕を取って支えてやる。
「足元見えてないんだよな、フッ」
リゲルはこぶしを口元に当てて笑いを隠しながら言った。
「え? ソニア足元が見えない?」
「見えてるわよ!」
ラムリーザはリゲルのつぶやいたことが気になってソニアに聞いてみたが、彼女は投げやりに答えただけだった。
「あ、そこ段差……」
「えっ?」
言うのが遅かったのか、ソニアは躓いて転びそうになるが、先ほどからラムリーザが腕を取っていたので倒れずにすんだ。
「フッ、現状をラムリーザに伝えておけよ。そうしたら守ってもらいやすいだろ……まぁ、守ろうにもどうにもならんだろうがな」
笑いをこらえながら、リゲルはソニアに忠告めいたことを言う。
「い、嫌よ! 胸が大きすぎて足元が全然見えないなんて恥ずかしいこと言えないよ!」
「……そうなん?」
「あ……」
ソニアは顔を赤くして、その大きな胸を抱えるように押さえて逃げるように会場に駆け込んで行ってしまった。
ラムリーザはそんなソニアをポカーンと見ていたが、リゲルの方を振り返って「どういうことだ?」と尋ねた。
「いや、あいつよく転ぶだろ。胸がでかいと足元見えないって話らしいぜ」
ラムリーザが思い返してみれば、ソニアはよく転ぶ。教壇とか、教室の入り口とか、下駄箱とか、ちょっとした段差とか。
「うーむ、しかしどうしたものやら……」
「知らんな」
なんとかしてあげようと思っても、こればかりはリゲルの言うとおり知らんな……ではないが、どうしようもないことだった。できることを強いて挙げるとしたら、移動時に常にソニアの肩を抱き寄せておくとかだが、それはそれでどうかと思うのであった。
三度目のパーティとなると、みんな馴染んできているのか新しい動きは見られない。グループもほとんど出来上がってしまっているって感じだ。
ラムリーザたちのグループは、前回と同じように会場の中央にある料理の乗ったテーブルの近くに陣取っている。
そして、ソニアは早速にんにくやハーブで味付けされた鶏肉に手を伸ばしていた。
「んー、変わりないな。僕ら三人が雑談していてソニアは食事していて」
「ソニアさん、おいしそうに食べていて幸せそうね」
「それがかわいいだろ?」
「あいつだけ庶民丸出しって感じだな」
確かにソニアには上品さが無く、周りから浮いている感は拭えない。だが、幸せそうに食べるソニアの姿を見て、ラムリーザは軽く微笑むのであった。
ラムリーザは、今日あることをやってみようと計画を立てていた。
パーティ会場には、毎回楽団がやってきていて音楽を奏でている。そこで、少しの間だけ代わってもらって演奏してみようと考えていたのだ。
そしてラムリーザは、楽団のところに行ってしばらく交渉し、少しの間やらせてもらうという話をつけることができたのであった。
「よし、みんなこれから演奏の練習するよ」
「ここで四人でか?」
「うん、ステージで演奏する機会ってあまりないからね。リゲルは、リードとリズムを組み合わせた感じで――」
「いいだろう」
「――ロザリーンはピアノパートとユコのパートをミックスさせて……、は難しいかな。えっと、ソニアはいつまで食べ続けるんだ?」
「んー、おなかがいっぱいになるまでー」
「そっか……、じゃあベースだけは楽団の人に頼むか。うまく合わせてくれるだろうし」
「やー、あたしも一緒にやるー」
「うざっ……」
ラムリーザとソニアのやり取りに、リゲルは思わず悪態を吐いてしまうのだった。
「さて、お集まりの皆さん。今日は急遽この場を借りて、我らが『ラムリーズ・ロイヤルバージョン』の演奏をお楽しみください。それでは、ソニア・ルミナスが歌う一曲、『このまま永遠に』をどうぞ」
ラムリーザの紹介で、ライブが始まった。
「きーらきーらがーがやーくゆーきがー、まんてんのそらをつつみこんで、あまくやさしくあなたをだきしめるよー」
ソニアは戸惑うことなく、少し前にプレイしていた「ドキドキパラダイス」のエンディングテーマを歌い上げた。
うん、とラムリーザは出来に満足したようにうなずく。
もっとも、ソニアが戸惑わずに歌えるのは分かっていたのだ。数年前から、ジャンたちと組んで帝都で何度もライブをやっていたので、人前で演奏したり歌ったりするのは慣れっこなのだった。
ロザリーンの方も、落ち着いた感じでどうてことない感じだった。
「私は幼少のころからピアノの演奏会を何度もやったことあるので、人前で弾くのは慣れてます」
リゲルもいつもと変わらずだった。そういえば、ラムリーザが初めてリゲルと会ったときも、彼は会場で一人、弾き語りをしていたっけ。
「ふう、やって見た感じ、僕ら結構いけるね」
「リリスさんと、ユコさんは大丈夫かなぁ」
「まぁ、あの二人なら問題無いと思うけど、万が一ってこともあるから、一度野外リハーサルやってみたほうがいいかもね」
などと、ラムリーザとロザリーンが話している所に、一人の年配の男性がやってきて言った。
「ロザリーン、バンド活動楽しそうにやっていていいじゃないか。また演奏会あったら見に行くよ」
「ありがとう、お父様」
ロザリーンの父親ということは、この地域の首長さんであるので、ラムリーザも頭を下げる。
「首長さん、ありがとうございます」
「うん、ラリムーザ君、ロザリーンをよろしく頼むよ」
こういうわけで、ロザリーンも正式にラムリーズとしてやっていっても良いということになったとさ。
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