リリスとソニア、実は似たもの同士かも
6月11日――
この日は、午前中からラムリーザは、ソニアとリリスを連れて、帝都の繁華街を散歩していた。帝国の首都ということもあり、ポッターズ・ブラフと違い、人通りも多く賑わっている。
「全然違うのね、やっぱりポッターズ・ブラフは地方の街なのね」
リリスは率直な感想を述べた。彼女は、先月の建国祭の時に初めて帝都を訪れ、街を歩くのは今日が初めてだった。そしてなにより感じているのが馴染めなさだ。見知った顔もなく、貴族の人も多い。
その点、ソニアはいつもどおりの雰囲気を見せている。むしろ、ポッターズ・ブラフに居る時よりも活き活きとしているようだ。まだソニアにとっては、帝都の方が馴染みの街だった。
「ソニアはやっぱりこっちが本拠地なのね。いつもより気分よさそう」
「そりゃそうよ、あたしはここで十五年も生きてきたんだもん。あっちはなんだか落ち着かないのよね。リリスみたいな田舎者が居るし」
折角友好的な雑談なのに、ソニアはすぐに余計なことを言う。
「おだまり! で、ここの友達とは、よく昨夜みたいな破廉恥なことしてたの?」
「あいつら絶対にゆるさない、一人ずつになったところで蹴っ飛ばしてやるんだから」
「ふーん、都会は親密な交流も過激なのね」
「違う! あいつらがおかしいだけ!」
ソニアとリリスの会話を聞きながら、ラムリーザは二人の後をついていっていた。
着替えを持ってきていなかったので、二人とも制服のままである。ただし、ソニアは素足になっている。学校と違い、誰も文句を言わないので、ソニアは彼女曰く鬱陶しい靴下を外しているのだ。
ラムリーザはどちらがいいか考えていて、やっぱり生足かな、しかし靴下とそうでない場所との揉み比べも捨てがたい、などと考えている。二人の娘は、まさか後ろでそんな想像をされているとは全く想像していないだろう。
「あっ、ソニア発見!」
そんな時、通りの影から、突然一人の娘が現れて、ソニアに接近してくる。
「あーっ、メルティア、ここで会ったが百年目!」
ソニアは、出会って早々、メルティア目掛けて蹴りを繰り出す。だが、メルティアはひょいと蹴りをかわすと、ソニアの背後に回って抱きついて胸を揉みしだく。
「あっ、やめっ、ふえぇっ!」
「ここか? ここがええんかー?」
メルティアは、いたずらっぽい顔でソニアを見ながら、まだ午前中から「それなんて百合」という感じの展開を繰り広げている。
「こらっ」
「あんらー、ラムリーザもいたのー、ごめんあそばせー、またねーっ」
ラムリーザが声をかけると、メルティアはソニアから手を離し、身を翻して再び人ごみの中に消えていった。
そんな感じに、ラムリーザとソニアは思い出の地、リリスにとっては馴染みの無い場所を堪能していた。
昼になったので、適当に昼食を買い、通りから少し離れたベンチに腰掛けて休憩を取ることにした。
その時、ソニアはラムリーザとリリスを引っ付けないように、自分がベンチの中央にささっと座り込んだ。そして三人とも黙ったまま、しばらく食事を続けていた。
「ソニア……」
静かになった中、リリスがソニアに声をかける。「ん?」と軽くリリスの方を向くソニア。
「ラムリーザの聞いてる所で聞くのもなんだけど、ソニアはラムリーザと付き合うに当たって、やっかみとかなかったの?」
「うーん、帝都に居たときは、まだ恋人って感じじゃなかったけどなぁ。でも、平民なのにラムと一緒に居るのは場違いってよく言われたかな、嫌な感じの貴族の娘に」
「それって辛くなかった?」
「平気。だって、周りがどれだけ敵になっても、ラムだけはいつでも味方で居てくれる。ラムに心を任せていたら、何も怖くない――あ、そうそう、リリスがからかってきても、あたしにはラムが居るんだって思うと、何ともなくなるのよね」
「ふーん、それであなたは図太かったのね。へこましてもへこましてもすぐに立ち直ってくる。だからからかいがいがあるんだけどね、くすっ」
「からかわなくていいから!」
そこまで話すと会話が途切れ、再び沈黙がやってきた。
ラムリーザはこの機会に、リリスについて深く知ってみたいと思い始めていた。
この黒髪ロングで、容姿に関しては非の打ち所がない美少女。いつも余裕綽々で自信家、目立ちたくてリードボーカルやリードギターをやりたがる。それで居て、人前だとパニックを起こしてしまう。この「ギャップ」が、失礼な言い方だと滑稽で、リリスについて興味が沸いたのだ。
「リリスはさ、いつから人の視線に戸惑うようになったんだ?」
その問いを聞いたリリスは、悩むような顔でラムリーザを見ている。その表情に気がついたラムリーザはすぐに付け足した。
「あ、話すの嫌だったら、さっきのは聞かなかったことにしていいよ」
「いいわ、話してあげる。しょうもない話だけどね」
リリスは、遠慮がちに語り始めた。
「昔ね、小学時代ね。授業中に当てられて、教卓に出たんだけど、全然分からなくてね、それでもなんとか想像して黒板に書いてみたの。そしたら全然違う答えだったみたいで、クラスメイトから大笑いされたの」
ここまで語って、リリスはふうとため息を吐く。
「それでね、その時の私を見る目。馬鹿にした目、嘲笑した目、見下す目、そういうのを見て、たぶんあの時パニックを起こしたんだと思う。それでね、その時に……、えーと……」
そこまで語ったリリスは、それ以上語らずに、顔を赤くして俯いてしまった。
「……で、おもらししたのね」
唐突にソニアが冗談っぽく口を挟む。
「えっ? なっ、何を言うのっ? そっ、そんなわけ、ないじゃっない」
ラムリーザは、「あれ?」と思った。
ソニアは冗談で言ったつもりなのだろうが、リリスは明らかに狼狽している。まさか、当たり?
ソニアは「どうしたの?」って感じにリリスを見ているが、リリスは視線をそらし俯いてしまった。あのソニアに対していつも強気なリリスが、である。
「何々? まさか当たり?」
「ちっ、ちがっ」
リリスは俯いたまま、首を横に振っている。それを面白そうに覗き込むソニア。
当たりだとしても、いやそれならなおさらこのまま放置していくわけにはいかないとラムリーザは考え、淡々とした口調でリリスに聞かせた。
「あー、リリス。気にしなくていいよ、それ、ソニア自身のことだから」
「えっ?」
「ちょっ、ちょっとラム、やめてよその話は!」
今度はソニアが狼狽した様子を見せて、ラムリーザをどついてくる。
ソニアも勉強はできる方ではない。
小学生時代、リリスと同じような感じで、ソニアも指名されて教卓に立ったとき、ソニアの場合は答えることができなくてパニックを起こしてしまった。それだけならまだいいのだが、あまりの緊張のため、その場でおもらしをしてしまったのだ。
当然クラスは爆笑の渦。
しかし、すぐにラムリーザがフォローし、アフターケアも疎かにしなかった。
そのおかげか、後に尾を引くことはなかったのだが。
「とにかく! この時からだと思うの、私が大勢の視線を怖がるようになったのは」
リリスは、あからさまな動揺を隠すように、語気を強めて話を締めた。
そして再び静かになる三人。
リリスは顔を背けてしまっているし、ソニアは昼御飯といっしょに買ってきた飲み物を飲んでいる。ラムリーザの方は、話を聞いてみたものの、どう反応すればいいのやら判断に困っていた。
「あたしは、どれだけ笑われても、ラムが居るから平気だよ」
ソニアは、飲み物を飲み終えた後にリリスの方を向いて、得意げな顔で言った。
先程も言ったことだが、ソニアはラムリーザという後ろ盾があることによって、いろいろと支えられている部分があるのだ。
「僕も笑ったら?」
「ラムが笑ったらあたしも笑う」
「なんやそれ……」
ラムリーザの冗談に、冗談で返す余裕もあるわけだ。
「ずるいね……」
そのやり取りを聞いていたリリスが、寂しそうに呟いた。
「私なんて頼る人も居ないのに、ソニアにはラムリーザという後ろ盾が居て。しかも生まれたときから一緒だなんて、ずるいわ。あー、うらやましい!」
「えっと、そのー……ごめん、かな? いや何でよ、あたし悪くない!」
ソニアは、どう返事したらいいのかわからず、とりあえず謝るという行動に出たようだ。
「私も頼れる人、支えてくれる人が欲しいな……」
いつも落ち着いた感じのリリス、いつも余裕綽々のリリス。だがそれは外面だけを取り繕っているだけで、内面はこれほど脆いものだったのだ。
そんなリリスを見たラムリーザは、無意識のうちに言葉に出していた。
「必要なら僕を頼ってくれたらいいよ。心の支えになると思うのなら、僕もリリスの心の支えになるようにするよ」
「えっ?」
リリスは、驚いたような表情をして、ラムリーザを見て、チラッとソニアを見て、再びラムリーザに視線を戻す。
その様子を見たラムリーザは、リリスもソニアに遠慮しているなと感じて、言葉を続ける。
「いや、一応グループのリーダーということになっているから」
「……そうね、ありがとう、ラムリーザ」
リリスはうれしそうな顔をしたが、すぐに俯いてその表情を隠す。そんなリリスを、ソニアはなんともいえない表情で見ているのだった。
夜になると、再びシャングリラ・ナイト・フィーバーに行って、リリスの特訓再開である。
今日は、知り合いのバンドグループに頼み込んで、リリスもステージに上げて演奏させるというものを考えた。
そして、そのグループのリーダーも、ラムリーザの頼みならというのと、リリスの美貌に免じて、快く承諾してくれたのだった。
ラムリーザは、リリスがステージに上がる前に、濃い色のサングラスを渡して言った。
「暗い場所でこれを使うと、辺りはより薄暗くなって観客席の視線が気にならなくなると思うよ。というより、あまり客席見ないように。自分のギターか、天井の照明を見るように。いいね?」
「うん、わかったわ」
「ま、最悪後ろを向いて演奏するのも手だが、それは望まないだろうからね」
「それはちょっと……」
リリスはくすっと笑って頷いて、サングラスを受け取り、ステージに上がっていった。
ラムリーザは、ソニアとジャンと一緒に、舞台袖で見守っている。
そして、リリスを含めたメンバーの演奏が始まった。
「リリスは、腕自体はいいんだけどねぇ……」
「ふーむ、舞台であがらなくする方法か」
ジャンはラムリーザの方を見て、つぶやき始めた。
「エロ漫画のシチュエーションでは、あがり症克服のために、ステージでの本番中にバ○ブを――」
「止めい!」
ラムリーザは、ジャンの話が危険な方向に行きかけたのを制する。
「うちの看板娘を変態さんにしないでくれ」
そんなことを話しているうちに、ステージ上では一曲演奏を終わらせていた。リリスの挙動に不審な点はない。どうやらうまくいっているようだ。
そのグループの演奏が終わった後、ラムリーザはメンバーのリーダーに話しかけられた。
「ラムリーザ君、その、言い出しにくいことなんだけど、彼女、リリスをうちのメンバーにくれないかな?」
それは、時々行われる、メンバーの引き抜きというものだった。
「リリスは美人だし、とても絵になる。うちで正式に使っていきたいんだよね」
ラムリーザは、リリスの表情を見てみた。するとリリスは、その視線に気がつき、小さく首を振って目で拒絶を示した。
それを見て、いや、リリスの意思を確認するまでもないが、ラムリーザは言った。
「あー、うん、ごめん。リリスはうちの主役、看板娘なんだ。リリスが前に立たないと、こっちは成り立たなくなっちゃうんだ。だから、リリスは譲れない」
「そうか、それは残念、わかったよ」
どうやら向こうはあっさりと諦めてくれたようだ。
それを見て、リリスは安堵のため息をつくのだった。
「リリス居なくなっても、あたしが居るから別に大丈夫だよ?」
ここでソニアが空気を読めない発言をする。
「そう? ならあなたが移籍したらいいんじゃない?」
「絶対嫌! 常勝チームでラムと敵対するより、暗黒チームでラムと一緒に苦労する方がいい!」
「何を言ってるんだ二人とも……。今日はもう帰るぞ」
そう言って、ラムリーザは二人を連れて、帝都にある屋敷に帰っていった。全くソニアは、『ラムリーズ』は暗黒グループだとでも言うのだろうか。
それはそれで良いとして、少しずつでいいから、リリスを場慣れさせていこう。そうするしかないね。
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