一途で我侭な恋人
6月14日――
ラムリーザは、浮気をしているつもりは全く無い。これは自信を持って言えることだ。
リリスに「頼ったらいい」と言ったのは、あくまでリリスの抱えている障害を取り除くため、そしてグループのリーダーとして言ったことであって、男として女と付き合うからという意味は無いつもりだった。
ラムリーズにはリリスが必要であり、そのために協力できることをするのは、リーダーとして当然なことだと考えていた。
この日の休み時間、ラムリーザは数人の男子クラスメイトに呼ばれて、席を離れていった。そこに、何故かソニアもついてくる。
そしてそのことに対して、「ソニアはちょっと……」と難色を示す者が一人居たので、ラムリーザはソニアを席に戻るよう促した。彼女に聞かれたくない話でもするのだろうか。
ソニアはそのことに不満を感じたようだが、そのグループに女子が存在しないのを確認すると、素直に引き下がっていった。
そして、男子生徒だけでの会話が始まった。
「ラムリーザさあ、やっぱり君はソニアと付き合ってんだよな?」
「うん、まあ正式に付き合い始めたのは三月の終わりごろだから、まだ三ヶ月も経ってないけどね」
「その間に、別れるとかそんな修羅場に出くわしたことってある?」
「ないよ、彼女は一見我儘に見えるけど、大事な所では素直だからね」
「浮気とか無い?」
「こほん……」
ラムリーザはリリスの顔がちらついて、思わず咳き込んでしまう。
リリスと出会ったばかりの頃は、ソニア一筋でリリスの誘惑に乗ることはなかった。だが最近になって、ラムリーズとの兼ね合いで微妙な雰囲気になってきている。それは、ラムリーザ自身がリリスに興味を持ったということが、大きな点であろう。
「それは微妙かもな」
つい思ったことをそのまま声に出してしまった。だから、ラムリーザはすぐに持論を展開した。
「でもそうだなぁ、ソニアに僕よりも好きな人ができて、その人と付き合うのが幸せだと感じるのなら、そうさせてやりたいから、こそこそ浮気とかやってないで堂々ともっと好きな人ができたから、と言ってほしいね」
「それでいいのか?」
「もちろんよくない。でもソニアを幸せにするってのが僕のポリシーだから、ソニアが僕を好きでいてくれる限り、僕は彼女を放さないよ」
その話を聞いて、グループ内の一人の男子生徒が、「やっぱ、無理っぽいな……」と肩を落とす。
「無理? 何が?」
「あー、ラムリーザ。こいつはな、ソニアの事が好きなんだよ」
「え、本当に?」
ラムリーザは一瞬驚いたが、そういえば彼は、学校が始まった頃にソニアの髪や胸とかが好きだとか言ってたっけ、と思い出す。
「えーと、リリスじゃダメなの? いや、僕が言うのもなんだけど、ぱっと見はリリスの方がよくない?」
思わず、ソニアの方向逸らしにリリスを利用してしまった。可愛いけど癖があるソニアより、直球的に美人のリリスの方が、周囲受けは良いと思えるのだ。むろんラムリーザ自身は、その周囲に含まれていない。
「いや、リリスはなぁ……」
ソニアが好きと言った男子とは別の人が、苦笑いを浮かべる。
その表情を察したラムリーザは、これまたリリスの事を知る機会だと思い、さらに言葉を続けてみた。
「リリスはすでに玉砕済みとか?」
「いや、リリスはそのなんというか……、後ろめたい……」
「え? 後ろめたい? なんで?」
ラムリーザの問いに、彼はもう一人の男子と顔を見合わせて、再び苦笑する。
「いやなぁ、昔いじめてたあの『ちびりちゃん』が、あんなに変わるなんて……いや、未来を知ってたら……、というか今更後ろめたすぎて手が出せないわ」
「それに、『根暗吸血鬼』だったしなぁ……」
「ああ、わかった、それはもういい」
これでラムリーザは、粗方リリスについて形が出来上がった。帝都でリリスが話したこと、昨日ユコから聞いたこととが繋がり、リリスはこちらであまり他の男子と関わりを持たないことや、リリスを男子の方から誘うことが無いことが、なんとなくわかった。
帝都では、ジャンがすぐに口説こうとしたり、すぐに他のグループから引き抜きを持ちかけられるほどだというのに、である。
「リリスの話は置いといて――」ソニアが好きだといった生徒、クルスカイは話を元に戻して「――見てるだけってのもつらくなったので、いっそ最後に玉砕しようと思う。これからソニアを誘ってみるよ。ラムリーザ、悪く思わんでくれ、ソニアを借りる」
「お、おう……」
クルスカイの必死な剣幕に押されて、ラムリーザはやめろとも言えずに、彼の好きにやらせることにした。おそらくいきなり言い寄っても、ソニアと付き合うのは無理だろうが、ちょっと遊ぶぐらいなら別にいいかと思っていた。
ソニアに片思いのクルスカイは、グループを離れ、一人ソニアの所に向かって行った。そして、ソニアに声をかけてみる。
「ソニア、ちょっといい?」
「んー?」
ソニアは、興味なさそうに顔を上げて、クルスカイの方を見た。
この時のソニアのポーズは、大きな胸を机の上に乗せて、頬杖をついてぼんやりしている状態である。それを見て、クルスカイは思わずゴクリとつばを飲み込む。
リリスも気になっているようで、チラチラと振り返ってはクルスカイを見ている。
「近くの料理屋で、若鶏のエヒフが評判になっているけど、一緒に食べに行かない?」
それを聞いたソニアは、きょとんとした表情でクルスカイの顔を見ている。
そこにリリスが振り向いて、「ソニア誘われてる、もてもてね、くすっ」とからかった。
するとソニアは、クルスカイの行動を理解したのか、眉をひそめ、警戒するような目つきで一言彼に聞く。
「ラムは行くの?」
その言葉を聞いて、リリスは思わず噴出す。
「えっ? ラムワイクノ?」
クルスカイも、予想外の返事に戸惑いを見せる。「はい」「いいえ」ではなく、「ラムワイクノ」という返事は聞いたことがない。
「ラムはラムリーザのことよ! ラムも行くなら行く。ラムが行かないなら行かない」
「…………」
この返事を聞いて、クルスカイはやはりダメだと悟った。ソニアはとことんラムリーザ一筋だということが、痛いほど理解できてしまった。彼女の言うとおり、ラムリーザも誘えばソニアを連れ出すことに成功するだろう。だが、それでは意味が無い。
「若鶏のエヒフか、私もちょっと興味を引かれていたのよね」
リリスは、クルスカイの顔を見て言った。そして、少しの間何かを考えているような仕草をした後に、言葉を続けた。
「ソニアの代わりに私が行こうかしら?」
「えっ、リリスが?」
リリスは黙ってうなずいた。
クルスカイは少し考えた後、リリスを誘って行くことにした。過去はどうであれ、今はクラス一の美少女といっても過言ではない。それはそれですごいことなのだ。
「リリスの尻軽女、誘われたらほいほい付いていくなんて、何それ」
クルスカイが去った後、ソニアはリリスに対して悪態を吐く。
「なぜそうなるのかしら? 私はまだ誰とも付き合ってないし、私の方から行くって言ったんだけど。いつまでも過去にこだわってたらダメだもんね」
「だったらラムとデートするな!」
「してないし、それにラムリーザの彼女になったら彼には付き合わないわ。あなたも一途なのはいいけど、窮屈そうね。食事ぐらい、いいじゃないの」
「むー……、ちっぱい!」
「はいはい、Jカップ様」
その後、ソニアは放課後まで不機嫌そうな顔をしていた。
放課後、部活での活動を済ませた後、リリスはクルスカイと出かけることになった。そのために、今日はわざわざクルスカイは軽音楽部部室で演奏をずっと聞いていたのだが、それが不満なのか、ソニアはずっと不機嫌だった。
そして、リリスが出かける寸前になって、ソニアが騒ぎ出してしまった。
「リリスだけずるい! あたしも若鶏のエヒフ食べてみたい!」
その騒ぎ声を聞いて、リゲルは舌打ちしてさっさと部室を出て行って帰ってしまった。
「あなた自分で誘いを断っていて、今更何?」
リリスは呆れたような表情でソニアを見て言い放った。結局のところ、ソニアはクルスカイと出かけるのは嫌だが、料理は食べたかったのだ。
「ラムー、食べに行こうよー、ね、リリス、あたしたちも一緒に行っていいでしょ?」
「……勝手にすれば?」
リリスは少し悩んだそぶりを見せたが、結局ソニアがついてくることは許可したのだった。
「いやいやいや、それはマズいだろう」
ラムリーザは、あの後クルスカイから顛末を聞いていた。だから、今日はソニアを同じ店に連れて行くのはさすがにマズいだろうと考えたのだ。
「行きたい、行きたい、行き、たぁーい!」
「……あーもう、しょうがないな。すまんクルスカイ、僕とソニアもついていくよ」
それでも、せめてもの配慮で、店には別々に入り、二人ずつ離れた席でという形で食事をするという形にしたのだ。