餌付けはハーレム形成の第一歩なり
6月19日――
「ほら、急いで帰る準備だ。ソニアも靴下履く!」
「いらない!」
「いらないじゃない、先週と同じこと言わせるな!」
この日の朝、帝都のフォレスター邸は、どたばたから始まった。
今日は、友達のユコの誕生日ということで、ユコの家で誕生日パーティが行われることになっていた。
しかし、ラムリーザとソニアとリリスの三人は、すっかりそのことを忘れていて、先週と同じように、週末学校が終わってすぐに帝都に行ってしまった。そして、ラムリーザの友人であるジャンの親が経営するクラブ、シャングリラ・ナイト・フィーバーで、リリスを場慣れさせるために、ステージで他のグループに混ぜてもらい演奏させていたのだ。
そこにユコからの連絡があって、誕生日パーティのことを思い出して、パーティの始まる時間である昼までに間に合うように、朝早くから帰る支度をしていたのである。
そして、ポッターズ・ブラフ行きの汽車に乗り込み、発車したところでようやくラムリーザは一息ついた。
「ふぅ、これで間に合うね。ところでリリス、もう大分慣れたかな?」
「ええ、まぁ、客の目を見なければ全然平気だわ」
「視線は常に上気味に。どうしても気になるなら、目をつぶるのも手だよ」
「それも考えたわ。ギターソロやってる時は、目を閉じて弾くのもいいかな、とか」
「たぶん絵になると思うよ」
「ねぇ、あたしは?」
やっぱりラムリーザとリリスの会話が弾むのが気に入らないのか、ソニアが話に割り込んでくる。
「ソニアはなぁ……、とりあえず演奏前の不思議な踊りをやめなさい」
それを聞いて、リリスはくすっと笑う。
バンドが本格的に動き始めてから、何度か校庭ライブをやったが、ソニアは盛り上がってくるといつもよくわからない踊りをしているのだ。
「なにそれー、あたしそんなことしてないよ!」
「あのなぁ……」
どうやら無意識の行動のようで、自覚は無いらしい。
それでもラムリーザは、ソニアは地味なのよりもコミカルな方が彼女らしくて好きだ、と考えるのであった。
それから二時間ほどして、ポッターズ・ブラフに戻ってくることができた。
パーティが始まると聞いた昼の一時までには、まだ二時間ほどある。これならパーティの準備をする時間も十分にありそうだ。
「ねぇ、このままユコの所に行く? 家の場所なら教えるよ」
「とりあえず住所教えてもらえるかな。パーティだからね、一旦寄宿舎に帰って着替えてくるよ」
「そう、じゃあ後でメール送っておくね」
そういうことで、ラムリーザとソニアの二人は、駅でリリスと別れて寄宿舎に戻って行ったのである。
下宿先の屋敷に戻ってきた二人は、パーティ用の衣装に着替えることにした。これは、毎月行われているパーティーで使用しているものだ。
「パーティドレス、こっちに持ってきていてよかったな」
「うん、このドレスは胸がきつくなくフィットしていて好き。スカートの丈が長いのが不満だけど」
ソニアが着ているドレスは、体型を測定してオーダーメイドしたものなので、ソニアの極端なわがままボディにもぴったりと合っているのだ。
そしてソニアは、この春に帝都を離れる前にラムリーザに買ってもらったエメラルドの指輪をはめて言った。
「よし、準備完了!」
「やっぱり左手の薬指にはめるのだな。僕としてはお前には、むしろ右手の人差し指にでもはめてもらいたいんだけどな」
「なんでー?」
「普段からもうちょっと落ち着いて……いや、なんでもない、別にいいや」
そこでラムリーザは時計を見ると、いつの間にか一時まであと三十分という所になっていた。どうやら着替えるのに、気がつかないうちに時間がかかっていたようだ。もともとソニアの着替えるのが、普段から遅いというのもあったが……。
時間がなくて仕方がないので、屋敷の使用人に車を出してもらい、運んでもらうことにしたのだった。
ユコの家の玄関先には、すでにリリス、ロザリーン、リゲルの三人が集まっていた。
「リゲルさんも来てくれたんだ、よかった」
ユコは、絶対に来てくれないと思っていた客の姿に喜んだ。リゲルは誕生日パーティの話をした時は、興味なさそうな感じをしていたのだが、ラムリーザも参加するのなら、という理由で参加することを了承したのだった。
「リゲルさんは、こう見えても友達思いなのですよ」
そしてロザリーンは、リゲルを持ち上げる。
「それは違う……、しかしラムリーザ遅いな、ソニアはどうでもいいが。ラムリーザが来なかったら俺は帰るからな」
それは、リゲルのラムリーザが参加しないなら自分も参加しないという意思表示の一言だった。
「まるで誰かさんの、『ラムが行かないなら行かない』みたいな言い様ね」
リリスはリゲルを見ながらくすっと笑って言った。確かにラムリーザが参加しないなら参加しないは、ラムリーザが行かないなら行かないと同じ意味を持っている。
「やめろ、あいつと同じ扱いするな」
「あなたって、妙にソニアを毛嫌いするのね」
「あいつを見ているとだな、以前……、いや、お前らに話すことじゃないな」
リゲルは何かを言いかけたが、思い直したように話すのを止めた。
そこに、車がやってきてユコの家の前で停車した。
客待自動車ではなさそうなので、ユコは一体何だろうといったような顔をする。だが、車のドアが開いてラムリーザが姿を現すと、ユコは一気に喜びの表情に変わる。
ラムリーザの姿を見て、リゲルは「お前は、何で正装で来ているんだ」と呟く。
そして、貴族の娘が着るようなパーティドレスで身を包んだソニアの登場で、ユコは驚き、リゲルは引いた顔をする。
「ソ、ソニア、それってパーティに着ていく衣装じゃないの?」
「んー、そうだよ?」
「えっ、な、なんでですの?」
「ってか、そのドレス、ソニアのイメージじゃないわ」
狼狽するユコの隣で、冷静な突込みを入れるリリス。ロザリーンは見慣れているので、特に感想は述べない。
その様子を見て、ラムリーザはリゲルの方を見て訊ねる。
「何か間違えてる? パーティだろ?」
「違う、庶民のパーティに、貴族や有力者のパーティ衣装で来る奴があるか……」
「うーむ……、いや、誕生日パーティって初めてだから……」
そう言いながらも、ラムリーザはリゲルの格好を見てみると、彼は街に出かけるような格好で参加している。
「あ、あのっ、ラムリーザ様、これは一体?」
「すまんユコ、間違えた。次の誕生日パーティでは、もっと自然な格好で来る。だから、次はいつにやる?」
「えっ? えっ? 次ですの? 次は……、えーと、いつになるのかしら? 来週辺り?」
「お前ら少し落ち着け」
慌てていて、なんだかよくわからない会話になっている二人を、リゲルはやれやれといった顔で不機嫌そうに言った。
多少の混乱はあったが、こうして無事にユコの誕生日パーティを開くことができたのであった。
早速食事に飛びついているのが、一番着飾ったソニアなのだから、先程リリスの呟いた「イメージじゃない」というのは、あながち間違いでもない。
「このスープおいしい!」
「オオグンタマのエヒフスープですのよ」
ユコは、ソニアに料理の説明をしながら、興味はラムリーザからのプレゼントのほうに向いていた。ラムリーザがお金を持っているということは、「ネトゲ廃人事件」の時に知っていたので、それなりに期待しているのだろう。
そして早速封を開けて、中身を取り出す。
「わぁ、パールのネックレス。先に付いているのは、ムーンストーン?」
「好みが分からなかったので、誕生石で選んでみたけど、気に入ってもらえたかな?」
「うん、素敵よ。ありがとう、ラムリーザ様! この者は、ムーンストーンで装備を作りますわ!」
「いんえー」
ラムリーザは装備? と思ったが、とりあえずお気に召したようで安心していると、そこにリゲルがすっと寄ってきて、小声で訊ねた。
「お前、高価な宝石をほいほい与えるのか?」
「ああ、ソニアに買ってあげたらいつも喜んでいたから、ユコもきっと喜ぶだろうと期待してね」
「そりゃあ宝石もらったら普通の女は喜ぶが……、まあいいか、お前の取り巻きだから好きにしたらいい」
一方リリスの方は、不満そうな顔でなんとなくご機嫌斜めのようだ。
ユコはプレゼントに大粒のパールネックレス、そしてソニアは指にエメラルドのリングをはめている。どちらも高価な物だというのをリリスは分かっていた。
ラムリーザと目が合ったリリスは、不満そうにしていた表情を吹き飛ばし、いつも見せる誘惑するような妖艶な微笑を浮かべて、ラムリーザの傍に擦り寄って行った。
「ねぇラムリーザ、私の誕生日、八月にあるのよ」
「そうか、しっかり親に感謝するんだぞ」
それを聞いたリリスは剥れ、条件反射的に答えたラムリーザに非難の視線を向ける。
ラムリーザは、その表情を見てまたやらかした、と気がつき、慌てて言葉を繕う。
「あ、ごめん、八月なんだ。また誕生日パーティにプレゼント用意しなくちゃね」
リリスは、今度は満足そうな顔をするのだった。