露天風呂で天国に昇るよ
8月21日――
クリスタルレイクにて、キャンプ初日目の夜。
ロザリーンの作った夕食を食べた後、六人はそれぞれ思うままにのんびり過ごし始めた。
ラムリーザはリビングにあった古い揺り椅子を占拠してまどろみ、リゲルはソファーでギターをいじっている。
そしてソニアたち四人の女性陣は、リビングの真ん中に輪になってぺたりと座り込んで、トランプでババ抜きを始めたようだ。とりあえず感情表現豊かなソニアがわかりやすく負けてくれるので、残る三人は十分楽しめるだろう。
ラムリーザは揺り椅子に揺られながら、ソニアがニヤついたり口を尖らせたりするのを、面白そうに眺めているのだった。
部屋にはリゲルの奏でるギターの音楽が流れていて、これはまるでかつての雑談部の風景そのままであった。似たような光景が、以前にもあった気がする。
「あー」
その時、ユコが何かを思い出したかのようにラムリーザの方を振り返って言った。
「こういった夏の夜って、みんなで集まって怪談とかするのが定番らしいですわ」
「階段になってくれたユコを踏んで二階に上がるんだね?」
「違います! 怪談! 怖い話! ラムリーザ様ったらもう……」
ラムリーザのつまらない冗談に、ユコは剥れてしまった。
「解団かぁ、団体を解散――じゃなくて、いいかもしれないね、それ」
さらに冗談を続けようとして、ユコに睨まれそうになったので、ラムリーザは慌てて賛同してやる。
「うん、やろうよ。なんかトランプ面白くないし!」
さっきから負け続けているソニアも、ムスッとした声で賛同した。そんなに負けたくなかったら、相手がババを引こうとした時に嬉しそうな顔をするのをやめればいいのにね。
「――と言ってるけど、リゲルは怪談どうする?」
「好きにしたらいい。その前に入浴を済ませよう」
「お風呂はどこですの?」
「コテージの裏に、露天風呂がある。沸かしてくるから少し待ってろ」
リゲルはそう言い残して、ボイラー室に向かっていった。
ラムリーザは、リゲルがソファーから立ち上がったときにギターを受け取ったので、昼に車の中でリゲルから教わったコードを鳴らしてみていた。
その時、ソニアが突拍子も無いことを言い出す。
「ここの露天風呂って、混浴?」
「おまっ!」
ラムリーザは動揺して、思わず変な音を出してしまう。
「んまー、見事な不協和音ですのねー」
どうやら同時にギターもかき鳴らしてしまったようだ。
「不協和音はいいから。ソニアは混浴だったら何だ? 僕と一緒に入るとでも言い出すのか?」
「ラムとなら別にいいよ」
「もうベッドの上で、裸の付き合いをしている仲だからねぇ」
リリスは、悪戯っぽい表情で微笑を浮かべていらんことを言ってくる。それを聞いてラムリーザは、ベッドの上だけだからね、と言い出しそうになるのをすんでのところで飲み込んだ。清い交際を続けているはずなのだから、それを貫き通すのも筋だと言うわけだ。それだと既に筋が通ってない、と言われても仕方のないことだが……
「ベッドだけじゃなくて、機関車の上や学校の部室で――」
「僕はそんな所でやっていないから、ソニアが誰か知らない人とやっているんだね」
「なっ、まっ、あたしラム以外とやってない!」
「じゃあ勝手に話を作り上げるのはやめなさい」
その時、リリスは何かを閃いたようで、手をポンと打ち鳴らした。それを見たラムリーザは、嫌な予感を覚える。
「その相手って、クラスメイトのクルスカイじゃないかしら? 彼はソニアのこと好きだって言っていたから」
「リリスと勝手に食事に行った人なんか知らない!」
「覚えとるやん……」
ラムリーザは、ソニアの適当さに少し呆れすら感じていた。
「むー……、でもラムとなら、露天風呂に一緒に入ってもいいよ」
「たわけ!」
そこに、ボイラー室から帰ってきたリゲルが、ソニアに怒声を浴びせかける。驚いたソニアは、両こぶしを口元に当てて、所謂ぶりっ子ポーズを取ってラムリーザの後ろに隠れた。やはりソニアは、リゲルが怖いようだ。
「ラムリーザ、行くぞ」
リゲルはそう言って、再びリビングから出て行った。
ラムリーザも、その後を追って露天風呂に向かうのだった。リビングから出る前に、ソニアの方を振り返って聞いてみる。
「リゲルも一緒でいいのならおいで」
ソニアは、ラムリーザが出て行った扉を見つめながら、ふてくされたような顔をしてその場に座り込んでしまった。
露天風呂はそこそこ広くて、この後にソニアたち四人が入っても十分なスペースがありそうだ。コテージの裏手にあるので、湖は見えず周囲は森で囲まれている。
「くあぁ……」
ラムリーザは、湯船につかって大あくびをしながら、体を横たえて空を眺めていた。
そんな様子を見て、リゲルは何か思うところがあるようだ。
「裸になったお前を初めて見たが、やたらとごつくないか?」
「ん~、ちょっとばかし鍛えているからねぇ」
リゲルは、ラムリーザの肉体がやたらと筋肉質なのに気がついたようだ。
「ちょっとばかしでそこまでなるとは思えないがな」
「そんなことよりも星空の元、湯につかるのもいいもんだねー」
雲ひとつ無い星空が、木々の間から覗いている。目をつぶり、リラックスしてみた。
「なんか詩でもできそうな感じだな。歌詞を作ってみろ」
リゲルが勧めてきたので、ラムリーザは目を閉じたまま、思いのままに呟いてみた。
星空の下
男二人が裸で語り合う
この世界とは何か
僕たちはどこに向かっているのか
わかっていることはただ一つ
天国ではすべてがうまくいく――
「お前、天国が好きだな」
リゲルはすぐに突っ込んできた。ラムリーザの歌詞には、何故か必ず天国が入ってくる。
「いや、地獄に行くって話よりは、天国の方が十分いいだろ? それに、湯船が快適すぎて思わず昇天しそうになるんだ」
「勝手に飛んでいくがよい。それよりも怪談、本気でやるのか?」
「やりたいと言うのならやったらいいさ。リゲルは怖い話のストックある?」
「無い、オカルトに興味は無い。だがあいつらをぎゃふんと言わせるのは面白いかもしれんな」
あいつらとは、女の子四人衆のことである。ラムリーザは、リゲルのその言葉を聞いて、自分も何かしてみようと思い始めた。
「何か仕掛けるか?」
「うむ、仕掛けよう」
ラムリーザとリゲルは、怪談話をするに向けて、何か悪戯を仕掛けてみるということで、意見が一致した。ただ話をするだけでなく、何か……、まだそこまで思いついてはいないのだが、お互いに顔を見合わせてにやりと笑った。
「あ、そうだ。こういう機会だから、はっきりと言っておきたいことがあるんだ」
ラムリーザは、普段からリゲルに対して思っていたことを話しておこうと思った。
「伺おう」
ラムリーザは、真顔になってリゲルを見据えた。リゲルもにやけた顔をやめて、真剣な表情になる。
「リゲル……」
ラムリーザは一瞬躊躇ったが、やはりここははっきりとしておくべきだと考えた。
「……、ソニアと仲良くしてやってくれ」
「なんだと?」
「せめて普通に接してやってくれ。ソニアがうるさいのはわかるけど、冷たくするのはやめて欲しい。あいつ、リゲルの事怖がっているんだぞ」
ラムリーザは、常日頃からソニアに幸せになって欲しいと思っている。ソニアは、冷たくて攻撃的なリゲルを怖がっている。これでは幸せとは言えない。だから、リゲルに対して注文をつけたのだ。
リゲルはしばらく水面を見つめていたが、ふいに「ミーシャ……」と呟いた。
「なんだって?」
ラムリーザは、リゲルのつぶやきがうまく聞き取れなかったので聞き返した。無理だ、と聞こえたような気もしていた。
「いや、俺はソニアみたいなのは嫌いじゃない。明るくて周りを楽しませてくれるような女、悪くないと思っている」
「だったら冷たくすることないじゃないか」
リゲルは再び言葉を止めて、今度は少し遠慮がちに口を開いた。
「あいつを見ていたらな、俺自身に腹が立ってくるんだよ」
「え? どういうこと?」
再び沈黙が訪れた。
ラムリーザは、リゲルがソニアが嫌いじゃないと言ったのが予想外だった。それなら仲良くしてくれてもいいのに、なぜわざわざ冷たく当たるのだろうか。それと、リゲル自身に腹が立つという意味が、よくわからなかった。
そこまで考え、大事なことを思い出した。リゲル自身が選民思想が強くて、庶民を下に見ているということを思い出したのだ。確かにロザリーンには親切な感じがする。逆に、リリスとユコには興味がない風でもあった。
それなら、将来ソニアと結婚して、ソニアの立場が強化されたら、態度が変わるのかな、とか考えていた。
しかし、リゲルはそれ以上語ろうとはしなかった。
「リゲル?」
「……長湯になるからそろそろ出よう。のぼせるし、女らが遅くなる」
結局リゲルから、詳しく話を聞くことができなかったが、リゲルの言う事ももっともなので、続いて風呂から上がることにしたのだった。
ラムリーザがバスローブに着替えて浴室の脱衣所から出ると、ソニアたち四人とすぐに出くわした。どうやらすぐ外で待っていたようだ。
リリスは待ち遠しかったようで、ラムリーザと入れ違いにさっさと入っていこうとした。そこで、思い出したかのように脱衣所から振り返って言う。
「風呂上りに飲みたいから、りんごジュース作って待っててね」
「ああ、いいけど――」
「ちょっと待って」
ラムリーザが了承しようとすると、すぐにソニアが口を挟んできた。
「作っているところ見た方が面白いよ」
「何それ……」
「いいってこと。ラム、あたしたちが出てきてから作ってね」
「それはいいが、脱ぎながらしゃべるな。まずは脱衣所の中に入ってだな」
ソニアが脱ぎながらしゃべるので、ラムリーザはソニアを脱衣所に押し込むと、すぐにドアを閉めた。それから振り返ると、まだ脱衣所の外に居るユコとロザリーンと目が合ってしまった。
「あ、どうぞお入りください」
ラムリーザは再び扉を開くと、決まりが悪そうに二人に向かって中に入るように手を振った。それからすぐに、リビングへ退散していくのだった。
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