キャンプ場にて、自由気ままな昼下がり
8月21日――
クリスタルレイク――。
そこは山中の森に囲まれた湖。真夏日だが、高度もあり涼しく木陰はひんやりとしている。
湖は楕円形をしていて、対岸がかろうじて見えるぐらいの大きさだ。ゆっくりと徒歩でぐるりと回って、一時間分ぐらいの大きさだろうか。
寝泊りするコテージは、木造の小屋といった感じで湖の北側にある。少し高台になっているコテージからは、日が昇って沈むまでが一望できるようになっている。
コテージから近い湖のほとりには桟橋があり、小型の手漕ぎボートが停泊している。
湖面は波もなく透き通っていて、夏の日差しを反射して、まるでクリスタルのようにキラキラと輝いていた。
車をコテージの脇に停め、荷物を一通り車から下ろしてコテージの入り口前に並べた後、一同はコテージ内にあるリビングに集まっていた。
自然に、ラムリーザと他のみんなが向かい合うような形になる。一応グループのリーダーという認識は、すっかり定着しているようだ。
ラムリーザは手を縦に振って、リゲルを除く四人をそこに座らせた。リゲルは、腕を組んで横からその様子を見ている。こうして見ると、二人はまるでキャンプの指導員みたいな感じだ。
だがラムリーザは指導員でもなんでもない。一同を意のままに動かしてみたものの、バンド活動ならともかく、キャンプとなると何を指示すればいいのかわからない。
そもそもここはリゲルの別荘だ。リゲルから、何がどこにあるのか等を聞くのが筋じゃないのだろうか。
そう思いながらも、ラムリーザは女の子たちの期待するような視線を受けて、仕方なく口を開いた。
「えーと、それではこれからキャンプを始めるに当たって、オリエンテーリングを行います」
「えっ?」「えっ?」
しかし、リリスとユコが、同時に疑問の声を上げる。
「いきなり宝探しするのですか?」
ロザリーンは首をかしげて、なんだか恐る恐る尋ねてくる。
その一方でリゲルとソニアは、真顔でラムリーザの顔をじっと見つめている。
「あれ? 僕は何か変なこと言った?」
なんだか様子がおかしいので、ラムリーザはリゲルに尋ねてみた。そもそもここはリゲルの別荘だ。リゲルの方から説明を……、とまあ二回目になるので言わないでおこう。
「オリエンテーションだろ?」
リゲルは、いつものように淡々と間違いを指摘した。
ラムリーザは、もう無理だと思った。間違いに気がついていないのはソニアだけだった。それっぽく振舞おうとしても、ダメなものはダメである。
何かにすがろうと思い、ふと視線をコテージの方に向けると、コテージの西側へ少し行った所に小さな小屋があり、その前に中年の男性が立っていた。
「リゲル、あそこに居る人は誰?」
「ああ、ここの管理人だ。事前に彼に連絡しておいて、ここを使えるようにしてもらっていたのだ」
「それじゃあ挨拶しておかないとね」
ラムリーザはこれ幸いと、再び四人の方を振り返って、適当なことを言ってこの場を切り抜けることにした。
「ソニア、前へ」
ラムリーザに呼びつけられて、ソニアは立ち上がってラムリーザの隣にやってきた。ラムリーザは、傍に来たソニアの肩をぽんと叩いて言葉を続けた。
「注意事項などは、これからソニアの配る『キャンプのしおり』を各自しっかり読んで理解しておくように」
ラムリーザはそう言い残して、キャンプ場の管理人の所に向かっていった。リゲルも、一緒に挨拶しておくのか、ハーレムに取り残されるものかと考えたのかは、彼自身にしかわからないが、ラムリーザについて行くのだった。
管理人のおじさんは、どこにでも居るような、これといった特徴のないおじさんだ。もちろん「この地は呪われている」などと騒ぎ出すような気配は全くない。
ラムリーザは、手を差し伸べて握手しながら言った。
「ここの管理人さんですね。これから数日間お世話になります。何かと迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。帰る時には、みんな無事で元気に、お世話になりましたと言えるようにしたいと思っています」
管理人のおじさんは、「うむ」と手短に答え、リゲルの方を見て軽く笑みを浮かべた。
「リゲルくんの友人は、若いもんにしては礼儀正しいな」
「ラムリーザはただの庶民じゃないから。帝国宰相の次男坊で、領主になるような奴だ」
「ほぉ、さすがリゲルくんの友人、すごいね」
「ラムリーザです、どうもよろしくです」
「はいはい、こちらこそよろしく。それじゃ、早速だが、発電機やボイラーの場所とか教えておくぞ」
こうして、ラムリーザとリゲルは、別荘の各種施設を見て回ることになった。自家発電気があって電気が使える様だし、露天風呂まであるようだ。
一通り見せてもらったが、それらを自分たちで扱うのは難しいだろう。結局はおじさんを頼ることとなるのだが、一応念のためにということである。
次にコテージに裏口から入り、中の間取りなども案内してもらった。玄関から入ると、広いリビングになっていて、寝室は二人部屋が二つと、四人部屋が一つあった。とりあえず女子四人に大部屋を使ってもらい、ラムリーザとリゲルの二人で、二人部屋を使うことにした。
さらに地下室があり、そこにはワインの樽もあったが、まだ高校生なのでこれは不要だろう。
「ん、食材は冷蔵庫に移しておかなければな」
リゲルは、今気づいたように言った。そういえば忘れていたようだ。早くしないとこの暑い中だと、痛みやすいだろう。
二人は、コテージ前に並べた荷物から食材を運び込み、冷蔵庫の中に保管した。
一方ラムリーザが管理人のおじさんに挨拶していた頃。
ラムリーザとリゲルがいろいろ見て回っていた時、ソニアたちはは何をやっていたかというと、
「ソニア、早くキャンプのしおり配ってくれないかしら? 待っているんだけど」
「そ、そんなの持ってないよ!」
「さっきラムリーザが、ソニアが配るって言ったじゃないの」
去り際に言い残したラムリーザの置き土産のせいで、ソニアは理不尽な責めを受けていた。リリスに詰め寄られて、ソニアはおかしなことを言い出した。
「知らないよ! だいたいキャンプのしおりって何? しおりって高望みするわ、一緒に帰ったら友達に噂されて恥ずかしいなどと抜かす、許し難い幼馴染じゃないの!」
「何を言い出すのかしら……」
「あたしだったら、ラムと帰ってる所を噂されても、むしろ誇らしいんだけど!」
「わかったから、しおりを出しなさい」
そんなもの無いとわかっていつつ、リリスは意地悪げにソニアの方に手のひらを差し出して催促する。
「嫌! リリスなんかには絶対あげない!」
ソニアは、リリスの手を叩くと、そのまま自分の荷物を持ってコテージに駆け込んだ。それからさっさと水着に着替えると――。
「海だーっ!」
一人で叫びながら、桟橋を駆け抜けて湖に飛び込んでいった。
「いや、そこ湖だから……」
というわけで、残されたリリスたちも水着に着替え、湖で遊び始めたのであった。
初日の昼過ぎは、こうしてラムリーザとリゲルはキャンプ場の見回り、ソニアたち女性陣は湖で遊んで過ごしていた。
一通り荷物をコテージ内に運び込むと、ラムリーザはソファーに座り込んで一息つき、リゲルはその隣に座って持ってきたギターを奏で始めた。
ラムリーザもしばらく休むと、自分も持ってきた折り畳み式電子ドラムを広げてみるのだった。
「変わった物持ってきたな」
「持ち運びに便利なドラムなんだってさ。リリスに聞いて買ったけど、広げてみるのは今が初めてだったりして」
「ほう、使ってみろ」
リゲルに急かされて、ラムリーザは軽く叩いてみた。シンプルだが、音はそれっぽく出るようである。そこでリゲルは適当に奏でるのをやめて、ラムリーザと合わせることにした。ちょっとしたフォークソングっぽいものを始めたのだ。
それからしばらくの間、二人の歌声が、コテージの中を満たしていた。
「そういえば、こうしてリゲルと二人っきりで歌うのって、初対面のパーティ以来だね」
「ああ、そういえばそうだな」
二人は、四月にオーバーロック・ホテルで行われた、初パーティの事を思い出していた。あの時も、リゲルのギターに合わせて、二人で歌ったものだ。
「僕が音楽やってなかったら、ひょっとしたらあの日も挨拶だけで、それっきりになってたかもしれないね」
「そうかもしれんな。で、お前が音楽やるきっかけは、あいつか……」
「そうだね、ソニアに感謝しなくちゃね」
リゲルは、「フン」と鼻を鳴らすと、次の曲に取り掛かった。
「あ、ソニアたちは湖で遊んでいるね」
しばらく演奏した後、ラムリーザは休憩がてら窓から外を見てみると、遊んでいる女性陣の姿を確認したので言った。
「あの湖には、電気ウナギとかピラニアが住み着いているのだがな……」
「何っ? それって?!」
「嘘だ」
リゲルは、びっくりしているラムリーザを見てニヤリと笑った。
そもそもそんな魚が住み着いているのなら、ソニアたちは今頃無事ではないはずだ。
「お前は奇麗な湖を知っているか?」
「掃除とかしているのだろ?」
「違うな。湖の底などから酸性のガスなどが噴き出していて、水が強い酸性になっている湖は奇麗だぞ」
「水が酸性だと奇麗になる? なぜだろう?」
「酸性の水には生き物が住めないからな。だから水だけは澄んでいる状態になるのだ」
「じゃあここの湖も?」
「いや、ここは普通の湖だ。何か釣れたらまた披露してやろう」
リゲルの言う酸性湖――ではないが、普通の湖で遊ぶソニアたちも、疲れてきたのか最初の勢いは無くなってきて湖から上がってきた。
その後、桟橋に並んで座り込んで雑談しているようだが、何を話し合っているのかはラムリーザにはわからなかった。