リゲルも次の世界を作っていこう
9月3日――
ラムリーザは、リゲルの親にロザリーンを紹介しようとしたが、そこに食いついてきたのはロザリーンの兄、ユグドラシルだった。
しばらくユグドラシルと談話してから、ようやくリゲルの親と首長であるロザリーンの父が話に加わった。
ラムリーザは、改めて首長にリゲルを、リゲルの父にロザリーンを紹介した。
「二人は学校で、同じ天文部に所属していて、いつも仲良く語り合っているんだよ」
ラムリーザの紹介に、リゲルの父は感じの良い笑顔を見せてリゲルに言った。
「首長のご令嬢? リゲルもやればできるじゃないか。去年言った事を理解してくれたようだな」
去年言った事が何なのか多少気になるが、リゲルの父はロザリーンに対して好意的に見える。
リゲルの話では、この父が去年までリゲルの付き合っていた平民の娘との間を壊したということだが、ラムリーザには今の感じを見てとてもそんなことをするような人には見えなかった。普通に首長と楽しそうに談話している。
しかし、父のそんな様子を見て、リゲルが舌打ちして顔を背けたところを見ると、やはり過去に何かあったということを察することができていた。
リゲルの父は、リゲルの舌打ちに気がつかなかったのか、「父さんは反対しないよ」と言って、気を良くした感じで再び首長の方へ向き直った。
「首長殿、私の愚息でよろしければ、今後ともよろしく」
「いえいえこちらこそ、リゲル君のような真面目な子なら安心だ」
ラムリーザは、その様子を見て安心しつつ、自分は真面目なのだろうか、などとどうでもいいことを考えていた。ソニアとセットで見られたら、どうしてもはっちゃけたイメージでしか見られないのは仕方ないかもしれない。
それでも、親公認にしてしまえば怖いものは無い。ラムリーザ自身の時もそうだったが、親公認にするということで、ソニアの行く先すら自分で操作できてしまったのだ。
ソニアも、リリスたちに対してお互いの親公認というアドバンテージがあるのだから、すぐに寝取るだの何だの騒ぎ出す必要は無いはずだ。例えばラムリーザの母ソフィアにとっては、リリスたちは確かに美少女ではあるが、実質はどこの馬の骨とも分からない平民の娘だ。
これが相手が貴族の令嬢ともなれば話は違ってくるのだが、少なくともソニアはリリスたちにとってこれだけの強みがあるのだから、もっと堂々と振舞うこともできるはずだ。
そういうわけで、ラムリーザはソニアの傍に戻ろうとしたが、間にユグドラシルが割り込んできた。
「自分は部外者? 自分には相手おらんの?」
ユグドラシルは、わざとらしく作り顔で尋ねてくる。そこに不平不満は無い、どちらかと言えばおどけて言っているような感じだ。
ラムリーザは、この人は面白い人だな、と思った。ひょうきんなお兄さんってイメージだ。
ちなみに、実兄ラムリアースのイメージは、人生の鏡というイメージを持っていた。ただし、学生時代の女性関係を除いて……。
そういうわけで、ラムリーザはおどけにはおどけで返して、泥沼にして楽しもうとおもって口を開きかけたが、ソニアに割り込まれてしまった。
「ローザ兄(にい)には、ちっぱいが似合うと思うよ」
ソニアは、ラムリアースの事をラム兄と呼ぶみたいな感じでローザ兄と呼んで、既に打ち解けている。一旦身内となると、ソニアの適応力は早い。
ラムリーザは、「やめなさい」と真面目に返すしかできなくなってしまった。さすがにロザリーンの前で「ちっぱい」について話を広げる気にはなれなかった。いや、女性を胸で評価しているわけではないと明記しておく。
「ちっぱいって何? 自分にわかりやすく説明してみて」
ユグドラシルの問いに、ソニアは胸を張って意気揚々と説明を開始した。
「ちっぱいは、ちっちゃいおっぱいのこと。あたしとは比較にならない、それはそれは貧しい胸のことなんです、しょぼーん」
得意げに鼻息を荒げながら言い切った。胸を張っているので、十分に大きな胸をさらに強調している。ところで「しょぼーん」とは何の事か?
「ちっぱいかぁ。でも君がそう言ったら、世の中のほとんどの女性がちっぱいということにならないかい?」
「よく気がついたねー。でも世の中にはちっぱいの癖に自信満々で滑稽な女も居るのよ。根暗吸血鬼だっけ、あはは」
「根暗吸血鬼? あの娘のことかい? だめだよ、ちょっと地味で大人しいからと言って、悪い噂に乗せられてからかうのは」
ユグドラシルはリリスのことを知っているのだろうか? この台詞だと、過去のリリスしか知らないみたいだが。
「じゃあ黒魔女で。ほうりきもきようさも中途半端で使えないユニット、あー、かわいそ」
「……? それはそうと、自分はちっぱいより君がいいな」
「ダメ! あたしはラムの物なの!」
「しょぼーん」
ラムリーザがやってみたかった、このひょうきんなお兄さんとの漫才は、完全にソニアに取られてしまったようだ。これがメールでの会話なら、「(´・ω・`)」という顔文字が連発されていたかもしれない。
そういうわけで、ユグドラシルの相手はソニアに任せて、ラムリーザはリゲルの所に向かって行った。リゲルの様子を伺うと、横目で父を睨みつけているように見える。
「どうしたんだリゲル、ロザリーンと上手く行きそうでよかったじゃないか」
ラムリーザが話しかけると、リゲルは今度はラムリーザの方をキッと鋭い視線で睨みつけてくる。
そして、いつもの低い声をさらに低くして、地の底から響いてくるような声で静かに言った。
「あいつはな、あいつはな……、ミーシャのことを、うるさいだけの品の無い平民だ。お前が付き合うような相手ではない、そう抜かしやがったんだ。それがロザリーン相手になるとあんなにニコニコしやがって……」
リゲルは憤りを隠せないようだ。いつもクールなリゲルが、こんなに激高するとは珍しいことかもしれない。
だからラムリーザは、言葉を選んでなだめてみた。
「ミーシャさんのことは残念だったと思う。でも、このままだといつまでたっても前に進めないよ」
「…………」
「ミーシャさんは、思い出の宝石箱にしまって、今度はロザリーンと新しい世界を創っていこうよ」
「ロザリーン、ミーシャ……」
リゲルの激高は多少収まったようだが、まだ葛藤が残っているようだ。
先ほどリゲルの言った、「うるさいだけの品の無い平民」という言葉が、ラムリーザは不本意ながらソニアの姿と重なって見えていた。そういえば、以前「ソニアみたいなのは嫌いではない」と言ってた気もする。
ソニアみたいなのがタイプだとしたら、ロザリーンでは雰囲気的に物足りないものがあるのかもしれない。しかし……。
「ロザリーンと仲良くしているじゃないか。リゲルとロザリーンはお似合いだと思うよ」
リゲルは、軽くため息を吐いただけだった。これは、時間をかけて変えていくしかない。
「――で、自分の相手は? やっぱり自分は一人?」
そこに再びユグドラシルが割り込んできた。ソニアを見ると、テーブルから持ってきた骨付き肉にかぶりついている。今の今までずっと持ったままだったのか……。
やはりソニアは、どれだけ着飾っても令嬢にはなれないようだ。
「ユグドラシルさんは、ロザリーンがお似合いだと思いますよ」
肉をほおばるソニアの姿を見て、なんだかどうでもよくなったラムリーザは、これがチャンスだとばかりにおどけて返して見せる。
「いろいろな女の子に出会ったけど、最後はやっぱり実妹に落ち着くんだね……」
「そうなりますねぇ。リゲルのライバルは、彼女の実兄だった」
「ふっ、シスコンか。エロゲギャルゲの設定みたいだな」
その言葉を聞いてラムリーザは、よかった、リゲルにいつもの相手を小馬鹿にしたような笑みが戻ってきた、と感じていた。
「なっ、自分はシスコンじゃないぞ。ラムリーザ君が勝手に決めたことじゃないか」
「シスコンかどうかは、自分では気がつかないらしいですよ」
ラムリーザは、そういえば以前、妹のソフィリータと仲良くしていたら、ソニアにシスコンと言われたことがあったなとか思い出していた。
「ところでラムリーザ君」
突然ユグドラシルが、おどけた顔から急に真面目な顔になってラムリーザに語りかけた。
「はい、何でございましょう」
ラムリーザも、同じように真面目な顔を作って返してみる。今度は真面目ごっこか?
だが、ユグドラシルが次に発した言葉は、本当に真面目な話だった。
「自分は、次期生徒会の会長に立候補しようと思っているんだ」
「せ、生徒会ですか?!」
帝立ソリチュード学院高等学校にも、他の学校と同じように生徒会というものが存在している。ラムリーザも、六月に校庭ライブをする許可を得るために、生徒会に話を通しに生徒会室を訪れたこともあった。
もっとも、ラムリーザにとって身近ではないものだと思っていたので、こんな近くで生徒会の話を聞くとは想像していなかった。
「うん、年が明けたら選挙があるんだよね」
「いろいろとできることがあれば、協力しますよ」
「協力か。それなら君たちも生徒会メンバーにならないか?」
いきなりの役員抜擢。しかしラムリーザには、これから学校の事以外に街作りという大事なことが控えているのだ。あまり学校行事の事に関わっていられなくなるだろう。それに、ソニアやリリスが生徒会メンバーとなると、嫌な予感しかしない。
だから、残念ながらここは辞退することにした。
「誘ってくれてありがとう。でもバンドのライブ活動で忙しいのと、来年から新開地の開発が本格的に始まって、領主としての仕事が忙しくなると思うのです。そうなれば、あまり学校の行事に関わっていられなくなると思うので、学校の事はユグドラシルさんに任せます」
「そうか、領主か。それはそれですごいね。さすが帝国宰相の息子だ、やることの規模が違いすぎるや」
「ユグドラシルさんも、将来は首長ですよね? まぁ、似たような物じゃないかなと思うんです」
「ははっ、そうなるかぁ」
こうして、リゲルとロザリーンは親公認の仲となり、またロザリーンの兄ユグドラシルと出会ったのだった。
今のラムリーザにとって、生徒会は縁の無い話だった。だが、この時ここでユグドラシルの提案を受け入れていたら、後に発生する大きな面倒事を回避できたかもしれなかったのだが、今のラムリーザには未来の事など分かる由もなかったのである。
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