二人三脚をする羊と牛
9月5日――
体育の時間。今日はグラウンドでの運動だ。
夏の日差しもまだ強く、みんなめんどくさそうにしている。
「まだ暑いけど、気合だーっ!」
こんな時体育教師は、精神論をぶっ放すだけだ。気合入れれば火もまた涼し、ということになるわけがない。むしろ暑苦しくて困る。
こんな不快な環境になると、すぐに煽りだす者と簡単に激高する者が居る。
「ソニアあなた、さすが1メートル様ね。体操着の盛り上がりが半端ないわ。なにそれ、服の下に風船でも入れてるの? くすっ」
「うるさいちっぱい! 服の下にまな板入れるな! こう暑いと魔女の黒髪が余計に暑いなーあっ! 頭に虫眼鏡当てるよ!」
一人大声で叫ぶソニア。体育教師に「静かにしろ!」と怒られるまで、延々とリリスの煽りに激高しているのだった。
準備運動となると、ラムリーザの所にすぐソニアが寄ってくるので、さっさとリゲルと組んでロザリーンを押し付けた。
「何よー。ローザはリゲルと交際することになったんだから、それで組めばいいのにー。あたしとラム、ローザとリゲルで何の問題があるの?」
「今はダブルデートの時間じゃないからね」
ラムリーザは、あっさりとソニアの文句を一蹴しておいた。
さて、今日の授業は何だろうか? 球技かな? 体操かな?
「今日は、体育祭の練習をする。各自、自分の参加種目を思い出して練習するように」
これは、ほとんど自由行動みたいなものだ。とりあえずグラウンドを走っていればいいのだろうか? 綱引きや玉入れの練習はどうするのだ? などとラムリーザは思っていた。
一部では、短距離走の選手がスタートの練習、長距離走の選手がランニングを開始しているが、ラムリーザは特にやることもなく、ぼんやりと周囲を見回していた。
そこへ、準備運動を済ませたソニアがやってきた。
「ねぇラム、あたしたち二人三脚に出ることになっていたよね?」
「そうだったっけ?」
「そうですよ」
はっきりと言ったのはロザリーンだ。
ラムリーザが忘れていただけで、新学期早々クラス委員のロザリーンと、新しく設置された体育祭委員を中心とした話し合いがクラスで行われ、誰が何に出るのかを決めていったのである。
ラムリーザは、そんなにずば抜けて運動神経が良いわけではないので、リレーとか目立った種目には出ることなく、男女混合二人三脚にソニアと一緒に出ることになっていたのだ。
そういえばソニアが一人で動き回っていたような気がする。ラムリーザの分もソニアが決めるとか言っていたので、全て任せてあまり気にしていなかったので、話し合いの内容がほとんど記憶に残っていないのだろう。
「それじゃあ、練習するか」
ラムリーザは、これまでに二人三脚というものをやったことが無かったので、練習してできるようになっておこうと考えた。そもそも何故この種目を選んだのかはわからない……。
そのことをソニアに尋ねると、「一緒に参加できるから」だそうで、そういうわけだそうだ。
「えっと、お互いの足を紐でくくって……か。ちょっとソニアじっとしてて」
この二人は、ソニアが右側に居ることが多くて慣れているので、いつもと同じようにソニアを右側にして、お互いの足を結んで固定した。
ちなみにベッドの中でもソニアは右側である。
「とりあえず動いてみようか」
「うん」
二人は、声を合わせて数を数えながら足を踏み出した。
『一、二、三――うわっ!』
三の掛け声の所でバランスを崩して倒れかけてしまった。
「いや、三じゃなくて、この場合一、二、一、二じゃないのかな?」
「ラムも三って言った」
ソニアは口を尖らせてむくれて言い返す。
「二の次は三で間違いないだろう?」
ソニアの文句に、ラムリーザは数学論で反論してみた。
「うん」
何故か素直に納得するソニア。いや、そういう問題じゃなくて、やり直し。
一、二、一、二――
二人はすぐにコツを掴んで、お互い息を合わせて歩くことができるようになってきた。そこで、徐々にスピードを上げていって、十分ほど練習する頃にはゆっくりと走れるようになっていた。
しかし、スピードが上がるにつれて、ソニアの表情がだんだん歪んできた。
「どうした? 苦しいか?」
ラムリーザはすぐにソニアの表情に気がついて、心配になって声をかけた。
「む、胸が……。走ると胸が揺れて痛い……、ふえぇ……」
「やれやれ、百だからなぁ――って、こら! 尻をつねるのやめなさい!」
「百言うな!」
でも大きな胸が揺れて痛いのは仕方ないので、ラムリーザは走るフォームを工夫することで回避することにした。
「えっと、僕がソニアの身体が離れないように肩をしっかり掴んでいるから、ソニアは僕の腰に回している手を離して、おっぱいを支えていたらいいよ」
「こうかな?」
ソニアは左腕で胸を抱えた。そうすることで盛り上がって……、うむ、何とも言えない。
「リリスが言っていたけど、5kgもあるんだって?」
「うるさい!」
「とにかく、これでもソニアは右腕を、僕は左腕を振って走れるはず。このフォームで完璧なはず、やってみよう」
一、二、一、二――
タイミングもバランスもばっちり。まるで1・2の三助のように、息を合わせてグラウンドをぐるぐると回り続けていた。
「ソニア、疲れた?」
しばらく回った後、ラムリーザは尋ねてみる。ラムリーザ自身はたいしたことないのだが、胸を抱えて走るソニアの負担は大きいような気がするのだ。
「うん、ちょっと……」
ソニアがそう答えたので、ラムリーザはあと一周だけして、とりあえずロザリーンが目に付いたので、そこに向かっていって一旦休憩することにした。
「おつかれさま、やっぱり仲が良いと、息もぴったりですね」
「まぁ、ドラムとベースの息を合わせる要領でね」
「なるほどね。あなたたちのリズムが決まっているから、バンドがきれいに纏まるのよね」
ロザリーンの言う通り、グループ「ラムリーズ」の強みにベースとドラムが安定しているというのがあった。そのおかげで、リリスが多少ハメを外してリードギターをかき鳴らしていても、土台がきっちりしているからきれいに決まるのだ。
「ところでロザリーンは何をしてるの?」
「私は男女混合リレー、さっきまでバトン渡しの練習していたのよ」
「そっか、ロザリーンは運動神経いいからなぁ」
「ラムリーザさんは、そのぉ……騎馬戦とかいいと思うんだけどなぁ」
「騎馬戦?」
「ええ、上に乗って相手の帽子を奪うのです。力勝負になるから強いと思うし、そのぉ……、その手でつかみ合いになると、相手がものすごく嫌がると思うのです」
ロザリーンは、キャンプで披露したラムリーザのりんご握りつぶしが、まだ少し怖い記憶として残っていた。まぁ無理もないだろう。帝都のツッパリも掴まれるのを避けて一歩引くぐらいなのだ。
「んー、でもあまり乱暴な事したくないしなぁ……」
ラムリーザは格闘術の心得もあったが、それはあくまで自衛の手段であり、その力をもって他人を支配するなどといった乱暴なことは考えていなかった。
そうこうしているうちに、ロザリーンは他のリレー選手に呼ばれて、再び練習に向かっていった。
さてと、ラムリーザは残りの時間何をしようかと考えた。そこでソニアの方を振り返って聞いてみた。
「二人三脚慣れたから、残りの時間は――」
ラムリーザが聞きかけると、ソニアは身体をひねってラムリーザと向き合い、首に手をかけた。そして爪先立ちになって口を近づけ――。
「――ダメだって、授業中にそれはマズい!」
「チュウチュウドラ――」
「違う!」
ソニアは「むーっ」と言って剥れるが、ラムリーザは「むーじゃない」と言って取り合わなかった。
とりあえずやることがないので、なんとなくだが鉄棒の方へ行くことにした。そこは木陰になっているし、他に生徒が集まっていなかったというのもある。
二人はそのまま二人三脚で移動して行った。もうすっかりその状態で移動するのが普通ぐらいまで慣れてしまっていたのだ。
予想通り、鉄棒の所に行くと影になって涼しくて、クラスのみんなから離れて二人きりといった感じになっていた。
ラムリーザは、もう練習はいいだろうということで、お互いの足を結んでいる紐を解きにかかった。よく見ると、ソニアの左足のニーソが、ひざの所までずれ落ちている。結んでいたラムリーザの右足と、ソニアの左足が何度もぶつかって、それで少しずつずれてしまったのだろう。
「ソニア、靴下ずれてる」
「ラムが直して」
「なんで……」
なんか以前にもこんなことがあったなと思いながら、ラムリーザは言葉を失った。ソニアお前は幼児か……、などという考えが頭をよぎる。
しかしソニアは、さらに謎理論を叩き込んできた。
「あたしはこの長い靴下認めてない。だから一切関与しない。ラムが何か不備があると思うのなら、ラムが自分で何とかして」
「わけの分からん理屈を並べるな」
そうは言うが、このまま放置していたらまた風紀監査委員に文句を言われるかもしれない。それでソニアがまた不機嫌になるのは目に見えていたので、ラムリーザは仕方なく直してやることにした。
「何かなぁ、着せ替え人形いじってるみたいで、妙な気持ちになるんだが……」
左右の長さを整えながら、なんだか情けなくなって呟いてしまう。その間、ソニアは斜め上に視線を向けたまま知らん振りである。
「待てよ?」
ラムリーザはそこで思い出した。そしてすぐに実行に移す。すなわち、太ももの靴下を履いている部分と履いていない部分を交互に揉み比べ、ふわぁ~、という「ぴちぷにょ」である。
「な、何を?」
「ぴちぷにょ」
「もー!」
結局ソニアは、ラムリーザに遊ばれるのであった。
「ぴちぷにょより懸垂の勝負しようよ」
「唐突だな……ってか、直してあげた御礼は?」
「あたしお願いしてないもん、ラムが勝手にやったことだもん」
「…………」
ラムリーザとしては、まあいいだろう、十分に楽しませてくれた、という気持ちだった。丁度鉄棒の傍に来たということもあり、二人は懸垂で勝負することになった。
ソニアもある程度は腕力に自信があるといった感じだが、りんごを握りつぶすラムリーザと勝負になるのだろうか。
「ハンデ要る?」
「何がハンデよ、バカにしないで! どうせそれで負けたらハンデがあったからって言い訳するんでしょ?!」
「いやまぁ、それならそれでいいんだけどね」
このソニアの強気が、彼女の強みの一つだ。たとえ相手が男性であろうが、真っ向勝負を挑むのだ。そしてソニアは、鉄棒にぶら下がりながら言う。
「てかさー、ラムの方が体重が重いからハンデになってると思うよ」
「僕は胸の重さは5kgも無いよ――って蹴るなってば」
「胸の事言うな!」
「あーもうわかったわかった。それじゃあやるよ」
そういうわけで、ラムリーザも鉄棒に飛びついた。それから声を合わせて懸垂を開始した。
「一回、二回、三回――」
ソニアは女の子にもかかわらず、斜めではなく普通に懸垂をこなしている。やはりそれなりの力はあるということだろう。
「――十回、十一回、十二回――」
「もうだめっ!」
ソニアは、十二回やったところで限界となり、鉄棒から手を離して降りていった。これは、女子としてはかなり力がある方だろう。
「――十六回、十七回――」
しかしラムリーザはまだ続けている。しかも全然疲れた様子を見せない。その数はやがて二十を超え、三十に到達したが、まだまだ続くようだ。
そこでラムリーザがチラッとソニアの方を見てみた。ソニアは、口を尖らせてものすごい不満そうな顔で、懸垂を続けるラムリーザを睨みつけていた。よっぽど負けたことが悔しいのと、延々と続けることができているラムリーザに嫉妬でもしたのだろうか?
ラムリーザは、ソニアが不機嫌そうにしているので、三十回で止めてやることにした。だが、疲れていないのに止めるという行為はあまりよろしくなかった。
「何よ、途中でやめちゃって」
ソニアはラムリーザが気を使って止めたということに気がついて、さらに不満そうな顔を強める。
「はぁ、はぁ、も、もうだめでござる」
「何がござるよ! わざとらしく疲れるな! この脳筋!」
「いや、脳は関係ないだろ?」
「ふんだ!」
まぁあれだ。怒ったソニアの顔も可愛い。
「そうだ、いい勝負思いついた!」
「なんぞ?」
「あたしソフトボールなげるから、ラムは砲丸を投げるの。それで勝負だ!」
「結局ハンデが必要なんだね」
「むっ……」
とまぁ、こんな具合に体育の授業は過ぎていった。