レフトール・ガリレイの乱
10月17日――
昼休み、いつもの四人、ラムリーザ、ソニア、リリス、ユコは、涼しい屋上で雑談をしていた。
いつものように天文学部のリゲルから屋上の鍵を借りて遊びに来ているのだった。
気になることと言えば、いつ誰がやっているのかわからないが、掃除も行き届いていることだった。
「こうして周囲を見渡してみると、この学校って小さな山で囲まれているのね」
「自然豊かな所なんですのね」
「やっぱ都会の帝都とは大違いだよ」
今日の雑談は、周囲の自然環境についての話題となったようだ。
屋上は心地良い風が吹いているが、時折強い風が吹いている。その度に、女の子たちの短いスカートの裾をふわりと持ち上げる。
「ああもう、やな風ですこと」
「いいじゃないの、誰も見てないわ」
慌てるユコと、冷静なリリスが対照的だ。
「ちょっと散歩してきてもいいかな?」
「あっ、ラムがあたしたちのミニスカート捲れる所を見る気だ」
「ダメですの、ラムリーザ様はここから動いたらダメ!」
その場を離れようとするラムリーザを制する二人。ラムリーザは、別にそういうつもりじゃないのだけどな、と思いながら仕方なくその場に留まった。
四人は引っ付き合って、左からリリス、ユコ、ラムリーザ、ソニアの順に並んでいる。ぴったり引っ付いているので、スカートが捲れても、ラムリーザにはわからなかった。
「そうだ、屋上でライブとかどうだい?」
ラムリーザは何気なく提案してみたが、スカートが捲れて気が立っている三人からは、非難の声として返ってくることになってしまった。
「ラムリーザ様、そんなに私たちの破廉恥な姿を晒したいんですの?」
「ラムやらしー」
「いやらしいわ、ラムリーザ」
「いや、そんなつもりで……、というか、お前ら反抗することあったんだな」
「ラムは従順な方が好き?」
ソニアは、上目遣いで尋ねた。
「そりゃあ素直な方が好きだね。なんでもかんでも反論してきたら、さすがに鬱陶しいよ」
「だってさ、ユコ残念」
「何ですの? あなたも『やらしー』って言ったじゃありませんか」
「あーもう、その話はおしまい。そんなにスカートが気になるなら、裾に重りを縫い込んだらいいじゃないか」
ラムリーザはめんどくさくなって、適当な案を出してみた。
「なんか疲れそう」
「いや、別に5kgの重りを付けろとは言ってないよ」
ラムリーザは、別に意識して5kgと言ったわけではない。しかしその言葉で、リリスとユコの二人の視線は、ソニアの巨大な胸に向くこととなった。
「ごっ、5kg言うなっ!」
「胸に5kgの重り、くすっ」
ラムリーザが気がついたときには遅かった。ソニアとリリスの口喧嘩が開始されてしまったのだ。
まあいいや、ラムリーザはそう思い、口喧嘩に挟まれたまま遠くの山を眺めていた。
「おら!」
その時、背後からドスの効いた声が響き渡った。
ハッと振り返ったそこには、リゲル――ではなかった。
「おうおう、仲良いねぇ」
「いい物見せてもらったよ、眼福眼福」
そこには、見た感じガラの悪い男子生徒が三人並んでいた。
「ふ、不良ですわ……」
ユコは怯えたように小声でつぶやく。
ラムリーザは、その三人の中の一人に見覚えがあった。鋭い眼光に、黒髪を一房だけ長く伸ばしていて、肩から前に垂らしているのが特徴的な男子生徒。
中庭や、ラブレター騒動の時に見かけた彼は、リゲルから聞いた名前では確かレフトールという奴だったはずだ。
レフトールは黙ったままで、今は子分たちにだけ吠えさせているようだ。
子分の一人、赤髪の方は、ラムリーザたちに近づきながら、悪態を吐く。
「だいたいお前何なん? 美少女三人はべらせて。可愛い女の子は装備品だとでも思ってんのか?」
「俺たちとも仲良くしない? へらへら~」
もう一人の金髪の方は、ニヤニヤしながら軽い口調でからかってくる。
どうやら、ラムリーザが女の子三人と仲良くしているのが気に入らないようだ。
ラムリーザは、「まぁ君たち、そう慌てるな」と平然とした感じで受け答えしながら、小声でソニアたちだけに聞こえるように言った。
「逃げろと言ったら逃げろよ」
リリスは黙ってうなずき、ユコの手を握った。
ラムリーザは、前に出てきた二人に近づき、間に割って入る。二人の間、そしてレフトールと向かい合う形になってから言った。
「逃げろ」
その言葉と同時に、リリスはユコを引っ張って、校舎の入り口へと駆け出した。ソニアも慌てて後を追う。
「こら! 誰が出て行って良いと言った!」
「待てやこら!」
二人の男子生徒は追いかけようとしたが、ラムリーザはすばやく手を広げてその動きを制した。
その隙にソニアたちは逃げ出すことに成功し、校舎の中へと消えていった。逃げ出したのを確認して、ラムリーザはふぅ、と胸をなでおろす。
「さて……」
しかし、逃げられた二人は怒りマックスだ。
「お前、女を守ったつもりか?」
「かっこつけやがって!」
子分のうち、乱暴な方はラムリーザの胸倉を掴んでくる。
ラムリーザはため息を吐いて、その手を掴んで思い切り握りしめた。
「のあぁぁ!」
すぐに苦悶の表情を浮かべ、妙な悲鳴を上げる。
連れの軽そうな方が、あわてて掴んでいるラムリーザの手を握るが、その程度の力ではびくともしない。
「レッ、レフトールさんっ! こいつやばい! 痛いっ、痛いって!」
手を掴まれた男子生徒の悲鳴を聞いて、レフトールは動き出した。
あ、まずい、とラムリーザが思ったときは既に遅く、一発顔面にレフトールの蹴りを食らった瞬間、ラムリーザの視界は暗転した……。
ソニア、リリス、ユコの三人は、必死に走って教室へと向かっていた。
逃げながらソニアはぼやく。
「あーもう、帝都ならもうラムを襲うような馬鹿は居なくなったのに、これだから新しい場所は――って、あーっ!」
ソニアは愚痴っていたが、教室の前で突然大声を上げて立ち止まった。
リリスとユコも、立ち止まって振り返って、不思議そうな視線を向けている。
「どうしたのかしら? そんな大声出して」
「い、今はソフィーちゃんが居ないんだった……」
「どうしたんですの? 顔色が悪いけど? ソフィーチャンって何?」
「ラ、ラムが殺されるかもしれな……」
「はぁ?」
半分泣き出しそうな感じになっているソニアを、リリスとユコは怪訝な目で見ている。殺されるとは物騒な話だ。
「いや、そこまでやらないでしょ、あいつらでも」
「そうですわ、りんご潰したり140ギガパンチのラムリーザ様が、負けるわけないじゃありませんの!」
「……と言っても、一人だけ残してくるってのも、ちょっとあれだったかも」
慌てて逃げてきたが、リリスは落ち着いてくると、少し罪悪感を感じているのだった。
丁度そこに、リゲルが通りかかった。ソニアは、リゲルの袖を掴んで懇願する。
「リゲル! ラムを助けて!」
「何だよ急に?」
いつものように、うるさそうに追い払おうとするが、今のソニアは必死でリゲルにすがりつく。その様子を見て、何かあったな? とリゲルはすぐに感づいた。しかし助ける義理は……と考えたが、ラムリーザの女だから一応義理はあるかと考えた。
「屋上でこの前の不良が!」
「ちっ、レフトールか……」
リゲルは軽くため息を吐いて、ソニアにひっぱられて屋上へと向かうことになった。その後ろからリリスとユコはついて来ている。
「ソフィーチャンって何ですの? リリス知ってます?」
ユコは小声でリリスに尋ねたが、リリスは一日顔を合わせただけなので、あまり覚えていないようだった。
「確かラムリーザの妹。ソフィ……、ソフィーティア……、だったかな? そんな感じの名前だった」
正確には、ソフィリータである。
屋上に戻ってくると、ラムリーザはそこでうつぶせに倒れていた。
レフトールとその子分二人は、少し離れた位置で何事も無かったかのように立ち尽くしていた。気のせいか、少々困ったような顔をしている。
「あ! やったな!」
ソニアはラムリーザに駆け寄り、三人を睨みつけながら大声を張り上げる。
「ラムみたいな優しい人をボコボコにして楽しい?!」
しかしレフトールは、うるさそうに答えるだけだった。
「ボコボコにしてねーよ、一発蹴ったらそいつは『ばたんキュー』になった、弱すぎるぞ。まぁ、これまでに俺の蹴りを食らって生きていた奴はいないけどな」
「何よ三人掛かりで卑怯な事したくせに! あーん、ラムごめん! 目を覚まして! あたしたちが逃げたからラムがこんな目に!」
ソニアは、意識を失っているラムリーザにすがり付いて泣き叫ぶ。
その姿を見るレフトールの目は、少し迷いを見せている。そこまでやるつもりは無かった、とでも言いたそうに……。
そんな感じだが、レフトールは軽口を叩いた。
「で、ボインちゃんは戻ってきて何? やっぱ俺たちと遊びたいのか?」
そこにリゲルが割って入った。リゲルは冷たい視線をレフトールに向けて、静かに言った。
「ほう、遊んでやろうか?」
「う……、リゲル……。やっぱそいつはお前の仲間なのか?」
リゲルの姿を見て、レフトールはたじろぐ。
「お前はアホだろ、喧嘩する相手はちゃんと考えるんだな。どうなっても知らんぞ?」
「う……、あんたかてアホやろ、うちかてアホや。ほな、サイナラ! おいピート、チャス、お前ら行くぞ!」
レフトールは妙な台詞を吐き捨てて、慌てて屋上から立ち去っていった。残りの二人も慌てて後を追う。
リゲルは、三人が立ち去って行った校舎への入り口を見つめながら、「全くあいつらは……」とつぶやいた。
一方ソニアは、一生懸命ラムリーザを引き起こそうとしている。なんとか持ち上げて、背中に担いでよろよろとふらついた。
「ん? 何をしているんだ?」
リゲルは振り返ってソニアに言った。
「ほっ、保健室にっ……」
「……ふぅ。危なっかしいな、貸せ」
リゲルはソニアからラムリーザを奪い取り、ひょいと抱えるとそのまま校舎へと向かっていった。
ソニアたちも、顔を見合わせその後を追っていくのだった。
ほんの十数分前までは、平和に風景を眺めていたのが嘘のように感じられた。