女の子達を安心させるために、決闘することになったわけだが……
10月17日――
放課後、ラムリーザは、ソニア、リリス、ユコを引き連れて校庭を横切っていた。
今日はなんだかいろいろあって、部活をする気になれずにそのまま帰ろうということになったのだ。
「ラム、やられたところ痛くない?」
ソニアは、心配そうにラムリーザの顔を見つめながら言った。
「うーん、痛みは残ってないんだよね。たぶん顔のどこかを殴られたんだと思うけど」
ラムリーザは、ソニアの前では強がって見せた。実際は、あごの辺りに鈍い痛みが残っている。おそらくそこに一発もらったのだろう。そして当たり所が悪くて、一撃でもっていかれたわけだ。
あのレフトールという男、ツッパリ軍団の頭を張っているだけあり、その実力は並の物ではないというのだろう。
「でも、一発でよかったね。一発で済んだから、やられた場所も一箇所だけ」
リリスは、ラムリーザの前に立って顔をじっと覗き込みながら言った。その顔が徐々に近づいていって――。
「リリス近い!」
すぐにソニアは間に割って入る。ソニアとリリスが睨み合いを始めた所で、今度はユコがラムリーザに接近。
「あごの所、少し腫れてますわ。やられた所、私がなでなでして差し上げますの」
「いや、今はそれはまずいって」
「こりゃあ! ユッコも近寄るなってば!」
「いいから、遊んでないで帰るぞ」
ラムリーザはそう言って三人をかわして進みだそうとしたが、校門に差し掛かったところで脚を止める。
そこには、今日屋上で襲い掛かってきたレフトールが待ち構えていたのだ。子分たちは昼とは違い、五人に増えている。
「やれやれ、懲りずに見せ付けてくれるねぇ」
やはりレフトールは、ラムリーザがソニアたちと仲良くしているのが気に入らないようだ。
ソニアたちは、レフトールの姿を見ると、寄り添って固まる。しかし、ラムリーザには屋上でレフトールと遭遇した前後のことが記憶から消えているのだ。
「えっと、レフトール……だったっけ? 僕に何か用かな?」
だから、こういう対応になってしまう。
「は?」
ラムリーザの台詞に、レフトールは眉をひそめた。レフトールからしてみれば、昼休みに叩きのめしたはずなのに、ちっとも怯えるどころか普通に接してきているように見えるのだ。
それはラムリーザに叩きのめされた記憶が無いということなのだが、レフトールはそんなことは知らない。
「ラム、一緒に逃げようよ。今はソフィーちゃんもレイジィも居ないんだし」
ソニアは、後ろからラムリーザの袖を引っ張って催促する。だが、リリスはそれが少し気に入らないかのようだ。
「待って、負けたままでいいの? 私はラムリーザに勝ってほしい」
「無理だってば!」
リリスはラムリーザに男を見せてもらいたいようだが、ソニアはそれに反論して、ラムリーザの手を引っ張って逃げようとした。
二人の話を聞いて、ラムリーザは昼休みに失神させられた相手が、このレフトールだということを察した。
「えーと、僕は彼にやられたんだね?」
ソニアたちは、揃って首を縦に振った。
「おい、何を話してんだ? お前が弱いせいで、癒し猫に怒られただろうが、怒るでしかし!」
レフトールはイラついている。ラムリーザが平然としているのも気に入らない。
「君がやったんだね? 困ったやつらだ」
「おいおい、何を言っているんだ? お前は俺の一撃で沈んだだろうが。お前は俺に負けたんだよ」
「悪いが、全く覚えていない」
「何だ? 記憶障害か?」
「そうなっちゃうんだよね。君は僕の頭を打っただろ? そんなことしたら、僕はその前後の記憶を無くしてしまうんだ。だから悪いけど、君が昼休みにやったこと、何一つ覚えていないんだよね」
「……そういうことか」
レフトールは、ラムリーザが自分を見ても平然としている理由がわかった。やられたことを覚えていないのだから、怯えるわけがない。
「ま、そんな局地戦で僕に勝っても、何も変わらないけどね。事実、ソニアたちとは今まで通りだ。何故かわからないけど、君はそれが気に入らないんだろう? というより、昼休みのは奇襲してきたようなものじゃないかなぁ」
「奇襲だと? なるほど、そう言うのか……、じゃあ二度と立ち上がれないぐらいに叩きのめしてやる」
「本当に困った奴だ」
ラムリーザは、リゲルを呼ぼうと思ったが、それはやめておくことにした。リリスに煽られたわけではないが、ここは自分の力でなんとかしておこうと思ったのだ。
一方ソニアたちはハラハラしている。ラムリーザがレフトールを前にしても堂々としているし、三人は置いていかれている感じになってしまっている。いつもののんびりとしたラムリーザではなくて、薄気味悪いぐらいだ。
「何? 何? 何なんですの? ソニア、ラムリーザ様はどうしたんですの?」
「い、いや、あたしもあんなの見たこと無いよ……、いや、あったような……」
うろたえ、そわそわしているソニアたちを他所に、ラムリーザは落ち着いた感じでレフトールを見据えている。レフトールに勝てるにせよ勝てないにせよ、ソニアたちに余計な心配はかけさせたくない。だから、極力自然体を装っていた。
「やんのかコラ!」
レフトールは凄んで見せるが、ラムリーザは動じない。帝都ではアキラたちがよく口にしていた決め台詞だ。珍しくも何とも無い。
「また奇襲するのかな? もう、飽き飽き」
ラムリーザの奇襲という言葉を聞いて、レフトールは少し考えた。こいつの頭を殴って気絶させたのでは、何も変わらないのでは、と。
校門前ということもあり、他の生徒がいぶかしむ視線を向けてくる。だが、レフトールはそっち方面では有名らしく、誰も近寄ってこようとしない。
ラムリーザは、めんどくさい相手に目を付けられたものだと思い、可能なら少しでも早くこの騒動を終わらせたいと考えた。だから、レフトールに提案してみる。
「そうだねぇ……。どうしても僕が気に入らないのなら、はっきりとした形で決着つけるとかどうだい?」
「決着だと?」
「うん。でも、ここだと人目に付き過ぎるよなぁ。……確か駅の裏に人気の少ないところがあったよね。えーと、今日の二十時頃、三時間後だね。陳腐なやり方だけど、そこで決闘でもするか?」
「ラム!」
何かを言いかけたソニアを制して、ラムリーザはレフトールをじっと見つめた。
レフトールも戸惑いっぱなしだ。一度は勝っている相手が、堂々としすぎている。その様子から、意識を失うと記憶を失うというのは事実らしいと考えられる。
「そこまで話を大きく……、癒し猫の依頼じゃなければこんな面倒な……。じゃなくて、駅裏で三時間後か、いいだろう。来なかったときは、その女共を好きにさせてもらうぜ」
だが、決闘と言われて引き下がる気は無いレフトールは、嫌味も交えてみる。
「彼女たちに手を出すのは感心しないなぁ。君の狙いは僕なのか? 彼女たちと遊びたいのか?」
「ふん!」
レフトールは鼻を鳴らして、その場から立ち去っていった。それならば、頭以外を蹴って蹴って潰してやると考えながら。
ラムリーザは、ソニアたちの方を振り返ってにこっと笑顔を見せ、「戦いの準備があるから、今日はこれで失礼するね」と言って、三人を残して下宿先の屋敷へと帰っていった。
リリスやユコはともかく、ソニアも一緒に住んでいることも忘れて呆然として、立ち去っていくラムリーザを見つめていた。
「はい、こちらフォレスター邸でございます」
下宿先の屋敷へ戻ってきたラムリーザは、実家に電話をかけていた。
暴力で突っかかってくる奴に対しては、こちらも暴力で対抗するつもりだった。しかし多勢に無勢な部分もある。そのための、保険というか……。
電話の相手はメイドのナンシー、ソニアの母親だった。
「ラムリーザだけど、母をお願いします」
「あらあら、ラムリーザ様でしたか。承知しました、すぐにお取次ぎを致します」
しばらく待った後、ラムリーザの母親ソフィアが電話口に現れた。
「どうしましたか?」
「あー、母さん。えーとねー、レイジィはまだ暇しているんだっけ?」
「レイジィ? ああ、彼なら最近は仕事が無くて暇そうにしているわ。そろそろお暇を出そうかと思っていたところです……っ、レイジィ? まさかあなた……」
「うん、まあちょっとめんどくさいことになってね。まだ居てよかった、これで保険がかけられる」
レイジィとは、ラムリーザに幼い頃から専属で付けられていた警護のような者だ。今はラムリーザも大きくなったので、主に屋敷の警護にあたっている。
「彼をまだ置いておいてよかった。すぐに向かわせますね」
「よろしく」
帝都から、ポッターズブラフまで汽車で約二時間ってところだ。十分間に合うだろう。
この春に来た時からレイジィに警護させていてもよかったが、過ぎたことは仕方がない。
ラムリーザは、連絡があるまで自室でのんびりと待つことにした。多少遅れても気にしない。レイジィが来てから、決闘の場所へ向かうことにしたのだ。
そこにソニアが帰ってきた。
ソニアは、まだラムリーザが部屋に居るのを見て、少し安心したような顔をしたが、すぐに心配そうに駆け寄ってきた。
「ラム、大丈夫なの? 決闘、あたしも行って戦うよ? これで首絞めてやるんだ!」
ソニアは、履いていたサイハイソックスを脱いで、それをロープのようにして両手で握り締めて見せた。
「いや、危ないって」
「ラムも危ないの一緒じゃない!」
「ふっ、男にはそうせねば、ならぬ時があるんだよ」
「何かっこつけてんのよ! ラムはね……、ラムはあたしたちの平和の象徴だったのよ!」
「なんだよそれは……」
そう言いながらも、ラムリーザは考える。現在、ソニアは不安と心配でいっぱいで、幸せとは言えないだろう。ソニアを幸せにする、それがラムリーザのファーストオーダーである以上、この状況はさっさと片付けなければならない。
ただ、今は待つだけだ。
「ラムは怖くないの?」
ソニアは、遠慮がちに尋ねてくる。あまりにもラムリーザが平然としているので、疑問に思ったのだろう。
「ん~、あまり怖くないかなぁ。精々小競り合いをするしかできない連中だろうし、フォレスター家の敵になるとは思えないかな」
「話大きくしすぎ。フォレスター家の敵って、ほとんど帝国に反逆しているようなものじゃないの……」
ラムリーザの父親、ミレニアム・フォレスターは帝国宰相。つまり、ソニアの言う通りなのである。
「そうだね。だから、今回は僕だけでやる。また兄さんが介入してきたら、話が大きくなりすぎるからね」
「でもね、殴られたら痛いでしょ?」
「ん~、覚えてない……かな」
「そっか……、そうなんだよね……」
ラムリーザは、幸か不幸か少々特異な体質をしていた。
何度もラムリーザ自身が語ってきたように、頭に強い一撃を食らうと、その前後のことは都合よく記憶から消えてしまうのだ。
この事は、ラムリーザを暴力で屈させようとする者にとっては、やっかいな特質となる。
やられたことが記憶に残らないので、後から凄んで見せても、その力に怯えることはない。
それ故に、放課後のようにレフトールと後からでも平然と話せるのだ。
そうこうしている内に二十時に近づき、ラムリーザの携帯端末に着信が入った。レイジィからで、ポッターズ・ブラフの駅に着いたというのだ。
「そういうわけだから、そろそろ行ってくる。あ、食事は帰ってからするって伝えておいてね」
「ほんとうに行っちゃうんだ……」
ソニアは、泣きそうな声でつぶやいた。そして、ラムリーザに抱きついた。まるで行かせないようにするかのように。
「大丈夫だって」
ラムリーザは、ソニアの頭をひと撫ですると、ソファーから立ち上がった。すぐにソニアも立ち上がって言う。
「絶対に無事に戻ってきてね! それだけは約束して!」
「任せとけ」
それだけ言うと、ラムリーザはソニアを残して部屋から出て行った。
一人残されたソニアは、しばらくラムリーザが出て行った扉を見つめていたが、一度しゃくりあげるともう涙が止まらなくなってしまった。
しばらく泣いた後、ソニアは涙を流しながら電話をかけた。彼女が、この世でラムリーザの次に信頼している人物に……。