あいつさえ居なければ……
10月19日――
今日は、休み時間になっても、ラムリーザの周りはいつものようににぎやかにはならない。
リリスもユコも、ラムリーザの顔を見るとなにやら話し難そうだ。先程またしても襲撃になりかけたこともあり、やはりレフトールの顔がちらつくのだろうか……。
再び重苦しい空気の中、ソニアはラムリーザに擦り寄ってきて耳元で囁いた。
「ラムにはあたしが居るから。何が起きようと、あたしは変わらないよ」
しかし、それを聞きつけたリリスは反論する。
「何言ってるのかしら、私たちも何も変わらないっていったでしょう?」
ユコもそれを聞いてうなずくが、ソニアはそんな二人に冷ややかな言葉を投げつけた。
「ふんだ、『ラムリーザ様』だの『心の支え』などとか言ってたけど、それが崩れちゃったんだもんね、ざまーみろ。ラムは、そんな上っ面だけで付き合えるような難易度の低い男じゃないんだっ」
「な、何ですの?! 私はそんな……」
「野蛮人に負けないような、本当に強い男を探した方がいいんじゃないかなーあっ」
ソニアは、自分の中にある強い不満を二人にぶつけていた。まるでこれを機会に、ラムリーザから二人を引き離すかのように。
いつもは反論する二人だったが、ラムリーザが屋上で倒れていた姿が、なかなか頭から抜けないために、ソニアの嫌味に対して力強く反論することができなかったのだ。あれほど憧れていたラムリーザを直視することができないのに、いらつきも見せていた。
「くっ、あいつめ……」
「そうですわ、あいつさえ居なければ……」
二人は悔しそうにつぶやく。
レフトールさえ居なければ、二人はこんなに悩むことはなかっただろう。
実際の所、夜の決闘でラムリーザはレフトールを返り討ちにしている。しかし、ラムリーザがあまり荒っぽいことを話したがらなかったので、ソニアたちはその事を知らないのだ。そこに、事実と感情に多少のすれ違いが生じていた。
この時、ラムリーザは担任の先生に呼ばれた。手招きされて廊下に出る。
教室を出て、廊下の周囲に誰も居ないことを確認して、先生はラムリーザに尋ねた。
「ラムリーザ君、最近困ったことは起きてないか?」
先生の口調は、多少落ち着かない感じだ。何かをすごく意識しているような感じだが、ラムリーザにはそれが何かまではわからなかった。ただ、レフトールとの一件を尋ねてきているのはわかった。
「大丈夫ですよ」
ラムリーザは簡潔に答えた。確かに屋上でやられたが、夜の公園ではこちらが勝ったのでトータルすれば引き分けだ。それに、あまり話を大きくしたくないというのもあった。
その点は、やられた記憶が抜け落ちていることが幸いしていた。記憶にないことについて、うじうじと悩む必要は無いのだから。
「いや、君が暴行を受けたという話があってね、本当の事かい?」
「ああ、それならもう決着をつけ――、あいやいや、大丈夫です。そんな乱暴な話、誰がしているのかなぁ」
うまくごまかしきれてないが、自分でけりを付けることができたことに対して、わざわざレフトールをさらに晒し上げる気は無かった。
それに、自分は一発しか殴られてないのに、こっちは二発殴りつけている。もっともこれは、蹴られているのを入れると相打ちになるとしていいのだが、決闘の後、屋敷で自分の右手が血まみれになっていたのだ。
ラムリーザ自身は右手に怪我を負っていなかったので、おそらく返り血だろう。すると、少なくとも相手に怪我をさせたのはラムリーザの方だ。これは過剰防衛にもなりかねない。
もっとも、しつこく絡んでくるようなら、話は違ってくる。その時は彼らが諦めるまで、いくらでも迎撃するといった気概はあった。
「何かあったらすぐに言うんだぞ。そういう生徒はすぐに処分するから」
そんな大げさにしなくても、とラムリーザは思った。処分とはいったいどういうことか。というより、この先生の慌て方は何かあったと思われる。
その単語や先生の挙動に、ラムリーザは兄ラムリアースの姿がちらついているのだった。
過去にラムリーザが大変な目にあった時、兄が介入してきて話が大きくなりすぎたことがあったのた。だからそれだけは避けようと思っている。
「今目撃者を探しているところだ」
「いや、目撃って……」
どうやら屋上での暴力沙汰は、事実として処理されているようだ。実際に事実なのだが、ラムリーザの知らないところで何かが起きているような気がする。
あーあ、レフトールもばれたら気の毒に。ラムリーザはそう思ったが、これはもう自業自得と判断するしかない。
話が終わり、ラムリーザは再び教室へと戻っていった。
その会話は、隣のクラスの廊下側最後列に座っていた男子生徒に、扉越しに聞こえていた。
その男子生徒レフトールは、眉をひそめて先生の言っている話を気にしていた。「処分」という言葉に、何か普通じゃないということを感じ取っていたのだ。
次の休み時間、リゲルはそっとラムリーザに顔を近づけると、昨日のことについて尋ねた。
ラムリーザは、リゲルには話しておいてもいいかと思い、すべて伝えておくことにした。リゲルなら、周囲に言いふらして話を大きくすることはないだろう。
そこで、昨日は母親に休むよう言われて休んだこと。一昨日は、夜になってからレフトールに呼び出されて一騎打ちをしたことを語った。
リゲルは、レフトールが一騎打ちとは珍しいと言った。彼は、常に仲間とつるんでいるような奴だ。一人で来るわけがないと。
それについては、幼い頃からラムリーザの警護にあたっていた者を呼び出して、事前にレフトールの子分を始末するよう差し向けたことを語った。
最後に、一騎打ちの顛末について聞いてきたので、ラムリーザはリゲルに右手の指先を見せて語った。右手の爪の間には、まだ赤黒い血が残っているのだ。
身体を蹴られることは覚悟して頭をカバーして、相打ち狙いでパンチを決めたこと。レフトールの両手の拳を潰したこと。顔面を掴んで片手一本でつるし上げたこと。その時の返り血が、この指に残っていることを語った。
「ふむ、勝ったか。それなら何の問題も無い。お前は腕力と身体の打たれ強さは異常だということがわかった。不用意な一撃をもらわなければ、負けることは無いだろう。しかし、あいつらはそのことを知らないわけだ」
リゲルの言うあいつらとは、リリスやユコの二人のことである。彼女たちが知っているのは、屋上でラムリーザがやられたことだけだし、ソニアもレフトールを力ずくで返り討ちにしたことは知らない。
「まぁ、ソニアは気にしていないみたいだし、ラムズハーレムが崩壊しても俺は別にかまわん。だが、事実を知らずにもやもやさせておくのはかわいそうだから、話してやれよ。お前が居ないところでは何も変わらないって強気になってたけど、いざお前を前にしてしまうと、気にしてしまうんだろうからな」
「ほぉ、リゲルの口からかわいそうと言う言葉が出るのは初めてだな。少しは彼女たちの事を気にしてあげるようになったんだね」
「一応、仲間だしな。バンドのグループだし、その輪が乱れるのが嫌なだけだ」
これはロザリーン効果抜群、リゲルも丸くなったものだ。リゲルも元々良い奴なんだ、ミーシャロスでひねくれていただけだろう。リゲルのロザリーンとの交際はよかった、とラムリーザは思った。
その時、教室の扉が勢いよく開けられて、一人の男子生徒が入ってきた。
入ってきた男子生徒を見て、ソニア、リリス、ユコの三人は顔をしかめる。
不良軍団の親玉レフトールがやってきたのだ。レフトールは、ラムリーザの所へまっすぐ向かってくる。まさか教室内で報復をするつもりか?
「おい、お前!」
レフトールはラムリーザの傍に来るなり、少しばかり不安そうな顔で尋ねた。
レフトールの顔は、鼻が酷く腫れている。これはラムリーザにパンチをもらった所だろう。それと、顔の五箇所に白い絆創膏が貼られている。丁度指が当たるような場所だ。これが、ラムリーザのブレーンクローで掴まれた所だろうか。
しかし、その荒れた顔が、ソニアたちをまた怖がらせるのだった。
その一方で、リゲルは一人納得していた。ラムリーザは、表面上無傷なのに対してこのレフトールの傷つき様。
ラムリーザの驚異的なパワーと身体の打たれ強さはすごいものがある。それに加えて圧倒的な破壊力を持つ握力。油断して不意打ちを食らわない限り、ラムリーザは負けることは無い、リゲルはそれが瞬時に理解できて、一人笑いをこらえていた。
「お前一体何者なんだよ!」
レフトールはラムリーザに詰め寄って激しく言い散らす。かなり動揺しているようだ。
「えーと、何と言ったらいいのかなぁ」
ラムリーザは言葉をぼかすし、ソニアたちは怯えていて口を開かないので、ここはリゲルが説明してやることにした。
「お前が手を上げた相手は、帝国宰相の息子だ」
「嘘だ! 帝国宰相の息子とか有り得るかよ! だいたいそんな奴がなんでこんな辺境に居るんだよ!」
「お前は新開地開拓を知らんのか? 疑うのは自由だが、取り返しのつかないことになっても知らんぞ」
「リゲルが意味も無く嘘を言うとは思えないし……、くっ……」
レフトールは苦悶の表情を浮かべた。
リゲルの生真面目さを知っていれば、「こいつは帝国宰相の息子だ」という嘘を言うとは考えられない。
レフトール自身つっぱってはいるが、とある理由から権力者には手を出さないというポリシーを持っていた。しかし、今回それに思いっきり反してしまった結果になったのだ。
「知っていれば……、どうしてこうなった……」
レフトールはうなだれてつぶやくだけだった。