ようやくいつもの雰囲気に戻ったけど……
10月19日――
この日、ラムリーザの周囲には気まずい雰囲気が漂っていたが、そこにレフトールが現れて騒ぎ出しのだ。
「くっ、リゲルと首長の娘はいい! お前の取り巻きはどいつらだ? そこにいる爆乳と根暗吸血鬼と、この金髪の三人だけか?」
うなだれていたレフトールは、がばっと顔を上げると身を乗り出して、先程よりも強くラムリーザに詰め寄った。
だがその言葉を聞いて、ソニアたちはレフトールに不満の視線を投げかける。怖いので何も言えないのだが、視線だけで精一杯の反抗をしてみせるのだ。
というのも、ソニアたちにとっては、レフトールはラムリーザを叩きのめして保健室送りにした相手なのだ。
「あと、これ返す」
そう言ってレフトールが取り出してきたものは、金貨五枚だった。
「屋上でお前やっつけた後、腰の硬貨入れ探ったら出てきたので思わず取ってしまったけど返す。だから、先公には黙っていてくれ」
レフトールは、さすがに身の危険を感じてラムリーザに懇願した。ラムリーザに対する先生の扱い方が特別だったのを気にしていたのだ。
「お前はとことんアホだな」
リゲルの人を馬鹿にしたような口調に、レフトールは興奮する。
「知らなかったんだから仕方ねーだろ?!」
「まあまあ」
ラムリーザは、いきり立つレフトールをなだめてから、話を始めた。
「えっとね、ソニアたちをずっともやもやさせておくのもかわいそうだから、はっきりとしておくね」
みんなの視線が集まってから話を続ける。
「レフトール、あの夜に僕は君を散々やっつけて『まいった』と言わせたよね?」
少し違うような気がしたが、話をきちんとしておくためにレフトールにそう問いかけてみた。
「ふん、そうだよ」
レフトールは不貞腐れたように答えた。まいったとは言ってない気はするが、拳をつぶされて心が折れたのは事実だ。
「君に保健室送りにされたけど、これで一勝一敗、引き分けということでお互い手を引こうよ。僕は一度勝った相手をこれ以上責めるつもりは無い。これでいいね?」
レフトールは少し迷った後で、ラムリーザに従うしかないことを悟り、「こ、これでいい」と短く答えるのだった。
レフトールの答えを聞いて、ラムリーザはソニアたちに言って聞かせる。
「はい、みんな聞いたね。これで解決。仲良くしろとは急には言わないけど、許してあげてね」
しかしソニアたちは黙ったままだ。やはりすぐには受け入れられないか。
ラムリーザは、それは時間が解決していくしかないということにして、レフトールから受け取った金貨を片付けようとした。そこであることに気がつく。
「あれ? 金貨八枚あったはずなのに、この五枚だけだと三枚足りないぞ?」
ラムリーザがなんとなくレフトールの顔を見つめると、彼は頭を下げた。
「やはりきちんと管理していたか……、じゃなくて! すまん! 三枚は使ってしまったけど返す! すぐに返すから黙っていてくれ!」
「お前はどこまでもアホだな」
リゲルの呆れたような口調に、もはやレフトールは言い返せないでいた。ただひたすら頭を下げるしかできなかった。
一通りラムリーザに話をしたところで、レフトールはその場を立ち去り、教室から出て行ったのだ。
レフトールが去っていった後で、リゲルはラムリーザに話しかけてきた。
「ほらな、俺の懸念した通りになった」
「懸念してたのか?」
「プールで話しただろ? お前の無名さが後々面倒なことになる、そういうことを言ったんだけどな。レフトールは、権力者には手を出さない、むしろ尻尾を振るような奴だ。そんな奴がお前とトラブルを起こした。知らなかったとはいえあいつも馬鹿だ。ま、うまくいけばあいつを仲間にできるかもしれんぞ」
「はぁ……」
ラムリーザは、リゲルの話にそれほど興味を抱かなかった。仲間といっても、ソニアたちを怖がらせている奴と仲良くできるわけが無い。
「あんな奴仲間に要らない」
案の定ソニアは否定的で、リリスとユコもそれに賛同し拒絶する。
「まあいいよ、来年になったら新開地の領主みたいなものになるからある程度は知名度上がると思うし。それまでは大人しくしているよ」
「それで何人のレフトールが出てくるかな。人間的にはウサリギの方がやばいぞ」
「そういうのは仕方ないからやめようよ。ほら、リリスもユコも元気を出して。さっきも言ったけど、僕はあいつに勝ったんだよ」
「ほ、ほんと?」
その一言で、重苦しい雰囲気が少し遠のいた感じがした。リリスとユコの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。
「彼の顔を見ただろ? あの時は暗くてよくわからなかったし、こっちも必死だったから仕方ないけど、ちょっとやりすぎちゃったかな」
「140ギガのパンチで?」
リリスはラムリーザの方に顔を近づけてくる。
「うん、鼻とかにもろ入っちゃったみたい」
「りんご潰しも?」
ユコも、ラムリーザに近づいてくる。
「うん、五箇所の絆創膏が指の痕だろうね、顔を掘ってしまって返り血浴びちゃったし。だから、今までどおり楽しくやってくれて、何の問題も無いんだよ」
「わぁ……」
リリスとユコは、すっかり気を良くしてラムリーザに近寄った。
しかし、よりを戻したらおもしろくないのがソニアだ。ソニアはラムリーザに顔を近づけたリリスとユコを押しのけて間に割って入る。
「二人はさっきまでの雰囲気でいい! リリスとユッコは、ラムを諦めてクリボーとかと遊んでたらいいんだ!」
「何ですの?! レフトールに勝ったのは流石ラムリーザ様なんですの! 不意打ちとか奇襲とか卑怯なことしないで、正面から戦ったらラムリーザ様に勝てるわけ無いんですの!」
「くっ……」
ソニアは、いつもの調子を取り戻したユコに押されて、歯軋りしつつ顔をしかめる。
何はともあれ、こうしていつものラムズハーレムが戻ってきたのであった。ラムリーザが求めるにせよ、求めぬにせよ。
だが、騒動はまだ尾を引いていた。
この日の夜、下宿先の屋敷の自室でのんびりしていると、ラムリーザの携帯端末が、メールの着信を伝える音を発した。
すぐにソニアも反応する。リリスからのラムリーザへのメールを警戒しているのだ。
ラムリーザは携帯電話の画面を確認してみたところ、メールの送信者はラムリーザの兄、ラムリアースだった。嫌な予感を感じつつ、メールを開いてみる。
その内容は、「お前に手を上げた奴が誰だか知らせろ」という内容だった。
ラムリーザは、兄に知られないようにしていたのだが、どこからか情報が漏れていたようだ。
しかしその原因はすぐにわかった。兄にはソニアが連絡していたのだった。
「あたしが連絡しちゃった……」
「なんでまた……。兄さんにこんな話をしたらやばいってわからなかったのか? 以前どんな騒ぎになったか忘れたのか?」
「だって……、だってラムが酷い目に遭うってわかってたんだもん。ラム兄にすがりたくもなるよ!」
ソニアは、自分は間違ったことをしていないとばかりに声を強めて言った。ラムリーザの事を大事に思っている分、決闘なんてとんでもない話だったのだ。
その事に対しては、ラムリーザは何も言い返すことができない。
「それは、心配かけてすまん。でも、いったい兄さんに何って言ったんだ? メール? 電話?」
「……電話かけた。『ラムが殺される』って……。だって怖かったんだもん! ラムが死んじゃうって思ったんだよ?! ふえぇ……」
ラムリーザは溜息をついて、今にも泣き出しそうなソニアの頭を撫でてやる。話してしまったことは仕方が無いし、ソニアを責めるわけにもいかない。これは、ラムリーザのことを心配しての行動だったのだから。
「これ以上話を大きくしないようにしようね。既に母が学校に乗り込んでいったみたいだけど、これは仕方ないこと。それにレイジィも来たんだから、もう大丈夫だよ」
ラムリーザは、ソニアをなだめるために、抱き寄せながら話を続けた。ソニアは、うつむいたままラムリーザに寄りかかる。
その前に、兄にはどう説明したらいいものやら。
ラムリーザは、話を大きくしないために、もう終わったことを知らせることにした。
『相手には、力を見せ付けて迎撃したから大丈夫だよ』
こう返信しておけば、問題ないだろう。
あとは、湿っぽくなってきた空気を吹き飛ばすために、ラムリーザはソニアの顔をこちらに向けた。そして顔を近寄せ、そっと唇を重ねるのであった。
………
……
…
数分後、ソニアはすっかり元の状態に戻っていた。ゲーム機を立ち上げて、対戦しようと言ってくる。
しかしラムリーザは対戦には応じず、学校の靴下をソニアに差し出すのだった。
「え~、また~?」
「兄に勝手に連絡した罰だからね、ぴちぷにょ」
「も~」
「ぴちぷにょ!」
頼りになるラムリーザも、戦闘力の高いラムリーザも、ソニアに染まって変な人になりつつあるのかもしれない――
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