テーブルトークゲームって何ですか?
帝国歴77年 12月1日――
十二月に入ると、南国のエルドラード帝国も涼しい季節となり、朝晩は少し冷え込んだりする。決して寒いと言えるわけではないが、暖かいとも言えない。
家屋は温暖な気候に合わせて造られていて、通気性が良くこの短い期間だけはあまり快適とは言えなかった。
ラムリーザは、幼馴染のソニアと一緒に、親戚の住む屋敷に下宿している。
次の春からは新開地フォレストピアに住むことになるが、今建設中の新居が完成するまで、帝都最西端に位置するこの街、ポッターズ・ブラフで過ごしていた。
ここでの生活も、残り少なくなっている。
朝、ラムリーザは、いつもの部屋、いつものベッドで目を覚ます。その右脇には、ソニアが引っ付いて寝ている。
二人はこの春から恋人同士として付き合うようになってから、ずっと同じベッドで寝ることが普通となっていた。
これは、キャンプなどで外泊している時も同じで、ソニアはラムリーザの布団に潜り込んでくるのだった。
「ラム、おはよう」
ラムリーザが目を覚ましたソニアと目が合ったとき、ソニアはいつものように挨拶してくる。
いつもの光景に変化をつけるため、ラムリーザは否定的に挨拶してみた。
「おはようございません」
「ちょっと何それ……」
否定形挨拶にソニアは剥れる。
ラムリーザは、そんなソニアの頭をなでながら、大きく伸びをして言った。
「朝は冷え込むようになってきたなぁ。これからどんどん寒くなるぞ」
「平気だよ、このくらい」
ソニアは、掛け布団を蹴っ飛ばして大きく足を広げた。ソニアは冬の間も素足とミニスカートで過ごす。寝るときに意味があるのかどうか分からないが、寝間着としてミニスカートを履くところが良く分からない。
ベッドから出て、制服に着替え、屋敷の食堂で朝食を取り、屋敷を出たところでラムリーザは屋敷を振り返ってしばらくの間見つめていた。
「どうしたの?」
ソニアは、不思議そうにラムリーザの顔を見上げてくる。
「いや、ここももう少ししたらさよならかな、と思うと感慨深くならないか?」
「あ、そういえばそうなるね」
「年明けにはフォレストピアの屋敷が完成するらしい。そうなったらいよいよ忙しくなるぞ」
「汽車通学になっちゃうね、車買おうよ」
「検討しておく、さあいこうか」
ラムリーザは、ソニアの肩に腕を回すと、少し抱き寄せながら並んで学校へと向かっていった。
「おはようラムリーザ。それと50点未満の馬鹿女」
後ろから挨拶する声が聞こえた。
ソニアは何も答えずに、ラムリーザの傍から離れると、声がした辺りに向かって回し蹴りを放った。
その蹴りをひょいとかわしたのは、妖艶なる黒髪の美少女リリスだ。傍に一緒に居るのは、神秘的な雰囲気を持つ金髪の美少女ユコ。二人とも、ラムリーザたちにとって、この地に越してきてから新しくできた友人だ。
この二人は紛うことなき美少女だが、それぞれ普通ではない。
リリスは、出会った頃は高嶺の花といった雰囲気だったが、蓋を開けてみればソニアと同類、馬鹿っぽい賑やかさを振舞っている。ユコの方は、馴染めば馴染むほど言動がおかしい。ラムリーザの事をラムリーザ様と崇め、エロゲの知識が豊富だったりと妙なところがある。
先程リリスが発した「50点未満女」というのは、数日前に行なわれた定期試験の結果を受けての発言だ。
夏休み前の試験では、授業もまともに聞かず、試験勉強もサボっていたソニアとリリスは見事に赤点を獲得し、しばらくの間補習を受けさせられていた。
そういったこともあり、夏休み明け最初の試験では、事前に勉強会を開き、二人はなんとか赤点を回避できた。
それで、数日前の試験前にも同じように勉強会を開き、これまでの反省から多少は授業を聞くようになっていたので、その結果リリスは初めて50点以上を取れた教科が出たのだ。
しかし、ソニアはすべてにおいてギリギリ50点を超えることは無かったので、リリスはそこの所をからかってきているのだ。どっちにしろ、目糞鼻糞なんだけどね……。
こんな具合に、ソニアとリリスは何かとぶつかり合うライバル関係とも言えた。
それでも、仲はおおむね良好である。
教室にある自分の席に到着したラムリーザは、後ろの席に居る男子生徒に挨拶する。
冷たそうな視線を持った銀髪のリゲルだ。その隣の席に居るのはロザリーン。濃い金髪をポニーテールにしていて、真面目そうな雰囲気だ。実際真面目で、クラス委員を引き受けている。
この二人も、この地に越してきてから新しくできた友人で、リゲルとロザリーンは夏休み明けから交際を開始している。
ソニアたち女子陣は、自分の席についたら、すぐにいつものポジションに移動である。
このグループの座席は窓際後方に固まっていて、前列窓際からユコ、リリス。その後ろにラムリーザ、ソニア。そして最後列リゲル、ロザリーンとなっている。
それで、普段移動するのはソニアとロザリーンだけで、ソニアが隣のラムリーザに引っ付くように席を移動し、その開いた場所にロザリーンが入るだけである。そして、四人で雑談したりゲーム雑誌を読み漁るのだった。
ラムリーザは窓の方を向いて、寄りかかってきたソニアに背中を預ける形でもたれかかる。その状態で、後ろに居るリゲルと話をするのだ。
リゲルは、普段からよく天文学の雑誌を見ている。彼は天文学に興味があり、天文学部に所属している。
しかし今日は、いつもの雑誌とは違う物を読んでいた。
「それは何だい?」
ラムリーザの問いに、リゲルはちらっと顔を見てきて、黙って本の表紙を見せる。
「えっと、何々? 『ソード・アンド・マジック』だって? ゲームの攻略本?」
「ゲームというのは正解だ。だが攻略本ではないな。お前はテーブルトークゲームって知ってるか?」
「机でお話しするゲーム?」
「おしいな、いやほぼ正解か? ゲーム機などを使わず、紙とペン、ダイスを使って会話によって遊ぶゲームの事だ。例えば……、そうだな……」
リゲルは携帯型情報端末電話、キュリオを取り出してとあるアプリを立ち上げた。画面には、六面体のダイスが二つ表示している。
「本来ならもっと状況は複雑になったりするのだが、例えばお前が谷を歩いているとしよう。そこで、突然の落石事故が発生したとする。どうする?」
「どうするって、回避するに決まっているじゃないか」
「それじゃあ運試しだな。ダイス二つ使って、合計五以上の目が出たら回避成功だ」
そこでリゲルは、キュリオの画面をタップする。表示していた二つのダイスがクルクル回り、止まった時にはそれぞれ三と四を表示していた。
「ダイスの目は七だね」
「うむ、お前は落石を上手く回避して、先へと進んだ。こんな具合だ」
「もし五以下ならどうなっていたんだい?」
「落石に巻き込まれてペチャンコになっていたか、大怪我していたか。そこはゲームマスターの裁量次第だな」
ラムリーザはリゲルの話を聞いているうちに、自分もテーブルトークゲームが面白く感じるようになっていた。
そして今日は、珍しくユコが二人に加わった。ラムリーザの膝の上に腰掛けて、一緒になって雑誌を見ようとしたのだ。
「テーブルトークゲームですのね? 私も一度やりたいと思ってましたわ」
「自由にやったらよかろうに」
リゲルはユコを突き放すように言う。ロザリーンと付き合うようになって多少は丸くなったものの、それでもリゲルは時折冷たい対応をすることがある。
「だって今まではリリスぐらいしか遊び相手が居なかったんですもの。二人じゃゲームマスターとプレイヤーの一対一しかできませんの」
ユコは、ラムリーザの膝の上に座り、首に手を回そうとしながらそう答えた。
この状態を見て、すぐにソニアが文句を言ってくる。
「ちょっと! 何でユコがラムの膝の上に座ってるのよ!」
「あら、座るぐらいいいじゃありませんの。ラムリーザ様もご満悦って感じですわよ」
「いや、別に満悦してないけどなぁ」
「私はラムリーザ様のことを尊敬しておりますの。だからあなたは満悦する義務がございますの」
「もーっ!」
文句を言いながらソニアはラムリーザの腕を引っ張る。ラムリーザは、こうなったらもうリゲルとテーブルトークゲームについて話をしている場合ではなかった。
「両手に花だな、相変わらずのラムズハーレムとでも言っておこうか」
その状況を見て、リゲルはニヤリと笑う。
「めんどくさいことになるから、火に油を注ぐようなことは言わんでください、まじで」
ユコはラムリーザを使ってソニアをからかってくる。
リリスは自分のアイデアを使ってソニアをからかってくる。
そして、喜怒哀楽の表現が豊かなソニアはからかいがいがあるから、二人はますますおもしろがってからかってくる。
なにはともあれ、仲が良いのはいいことである。
ラムリーザは、もうどうにでもなれとばかりに、窓の外に目をやった。