いつまでもずっとこのままで
12月16日――
夜、そろそろ日付が変わろうとしている時間。
ラムリーザは、そろそろ寝るかと考えてベッドへと向かった。ベッドはダブルサイズの大きさ。ソニアと同居――同棲とも言う――していて、ベッドは別々にせずに一緒にしていた。
今年の春、三月の終わり頃に、二人は正式に付き合うことになり――と言っても物心付いたころ、もっと言えば生まれたときから一緒に過ごしてきた――二人の関係は恋人同士へと話を進めていた。
そんな関係になってから、ほぼ毎日二人は同じベッドで夜を過ごすことになっていた。
最初二人は「清い交際」ということで始まっていたが、このような状況で清い交際など続くはずも無く、一ヶ月も持たずして四月早々に……そのことは深く追求しない。
ラムリーザは、布団にもぐりこみながらソニアの方へと目をやった。ソニアは、まだテレビの前のソファーに腰掛けて、ゲームをプレイしている真っ最中だ。
最近は格闘ゲームはあまりプレイしなくなり、新しいゲームに手を出している。六月頃にみんなで一緒に遊んだマインビルダーズだ。
ラムリーザやリゲル、ロザリーンはもうプレイしていないが、リリス、ユコと一緒に三人で遊ぶのは続いているようだ。
そういうわけで、ラムリーザはようやくソニアのハメ攻撃の実験台から解放されたわけだ。
暖かい季節だと、入浴後にソニアはノーブラで胸をはだけさせたままゲームをしていることが多かったが、最近のように少し肌寒い季節になると、バスローブをしっかりと着込んでいる。ソニアは、ラムリーザと二人きりでいるときは無防備だ。無論このような状況で清い交際など続くはずも無く、一ヶ月も持たずして四月早々に……そのことは深く――。
こんなものだから、リゲルなどが急に訪れたときに騒ぎになってしまうのだ。風呂上りに鉢合わせたことがあったような気がする。
もう寝る時間というのもあって、ラムリーザは布団の中からソニアを呼ぶ。
「おーい、そろそろ寝るぞ」
ラムリーザの呼びかけに、ソニアは「んー」と返事したが、動こうとしなかった。ゲームに夢中だね。
「僕はもう寝るよ。今来なかったら抱いてあげることはできないから一人で寝てね」
いつもソニアは、ラムリーザのすぐ傍にぴったりとひっつくように抱き寄せられて寝ていた。だが、ラムリーザが先に寝てしまうと、ソニアは抱き寄せてもらえない。
そこでソニアは、慌ててゲームを切り上げ始めた。「もうあたし寝るからね」などと言っている。リリスたちに言ったのだろう。ヘッドセットを外し、テレビを消してベッドの方へ向かってきた。
ソニアは一人で寝るのが嫌で、キャンプへ行った時も、合宿へ行った時もラムリーザの部屋へもぐりこんできたものだった。それに、五月のネトゲ事件以来、ゲームにはまりすぎると同居は解除して、学校指定寮桃栗の里へ入寮させると脅されているのだ。
バスローブを脱ぎ、ベッド脇のクローゼットから寝衣を取り出し身に着ける。だがそこでスカートを履く意味が分からない。ソニアは、プリーツの入ったミニスカートがお気に入りで、寝る時も寝衣のつもりで身に着けている。寝衣用スカートとか、意味が分からない。布団の中に入っても乱れるだけだ。
「だから寝るときに履く意味――」
「いいの!」
ラムリーザの突っ込みに、ソニアは食い気味で答える。
「まあいいか。それじゃあ傍に引っ付いてきたら――」
「胸揉むな!」
再び食い気味で言葉を遮る。
「はいはい、わかったよお嬢さん」
ラムリーザは、右腕を広げてソニアを受け入れる用意をした。
「んんっ」
ソニアは、喉を鳴らしながらもぞもぞとラムリーザに引っ付いてくる。そのままいつものようにラムリーザは抱き寄せ、部屋の明かりを全て消した。
部屋は夜の闇の中に沈み込み、光の中で見えないものが、闇の中に浮かんで見えた。
「ねぇ、ラム……」
暗闇の中、ラムリーザの耳元でソニアは囁いた。
「なんだ?」
ラムリーザをじっと見つめているソニアの瞳だけが光り、ラムリーザにとっては今更な問いを発する。
「ラムはあたしのどこが好きなの?」
以前どこかで聞いたような質問だ。
ラムリーザは、無難に「全部」と答えた。だが当然ながらソニアは納得しなかった。
「そんなのダメ! もっと具体的に言って欲しいなぁ」
周囲は真っ暗だが、ソニアが口を尖らせているのがわかる。
ラムリーザにとっては、具体的に言った結果が「全部」なわけだが、ソニアが納得しないので少しだけ表現方法を変える事にした。
「そうだなぁ」と言いながら、ソニアの身体を強く抱き寄せ、「このやわらかい所が好きかな」と続けた。
ラムリーザの身体に押し付けられている物。ソニアの身体はふっくらとしていてやわらかい。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。やや出るところが強調されていて、風船のような大きな物。その膨らみがラムリーザの右脇に押し付けられている。これがまた気持ちよくて癖になる。
ラムリーザがさらに力をこめて抱き寄せると、ソニアは「んっ、んんっ」と小さく喘いだ。そのまましばらく二人はひっついていて、暗がりの中静かに時間が流れていた。柱時計のコチコチという音だけがこの場に存在していて、二人の世界は夢想の中にある小宇宙に浮かんでいるようだった。
「ねぇ、ラム?」
先程とほとんど同じような雰囲気で、ソニアは再びラムリーザの耳元で囁いた。ソニアの声はよく響いてうるさいが、このように静かに囁かれると耳に心地よい。
ラムリーザは黙ったまま、緩んできたソニアを抱く腕の力を再び強めた。再び二つの大きな風船が、強い力でラムリーザの身体に押し付けられた。
「んっ、ふぅ……。ラムはあたしを恋人にして後悔していない?」
ラムリーザは、同じく今更な問いに「何で?」と答え、ソニアの不安そうな問いを一刀両断した。
「だって……」ソニアは、ラムリーザの耳元から顔を少しそむけ、言いにくそうに「……だってあたし、ラムと一緒に居ても遊ぶことしかできないし、ラムの役に立つようなことちっともできないし……」とつぶやいた。
確かにソニアは、ラムリーザと一緒の部屋で生活しているが、一人でゲームをしていることが多い。新開地開発について話をしても、「たなからぼたもち球場」などと、わけの分からない意見を述べるだけだ。
だがラムリーザは、「今はそれでいいよ、ソニアの無邪気な笑顔が僕を癒してくれる」と答えた。
「ラム……」
ソニアは、少し安堵したかのような声色で呟いてラムリーザを見つめた。暗闇に慣れたラムリーザの目には、ソニアの表情をうっすらと確認することができた。
「うん、その顔がいい、今はそれで十分。そうだなぁ、役に立ってないと思うのだったら、これから少しずつでいいから見つけていったらいいよ」
ラムリーザには、優秀な参謀のような存在としてリゲルが居る。ジャンもいろいろと相談に乗ってくれるので、ソニアにはそういった立場は求めていなかった。だがソニアにとって、そういった立場がラムリーザの役に立っていないと思わせて不安がらせていたのだ。
「ラム、あたしがんばる」
そう言ってソニアは、横からラムリーザの首筋へ顔をうずめた。ラムリーザの頬を、ソニアのふんわりとした前髪がくすぐった。
「ラム……」
「なんだ?」
今夜三度目のやり取り。
「いつまでもずっと、あたしと一緒にいてね」
そして、三度目の今更な言葉。だからラムリーザは、迷うことなく答えた。
「当然だろ。何のためにわざわざ無理してこっちに連れて来たと思っているんだ?」
そう、ラムリーザはこの春、母親ソフィアに無理を言ってソニアを新しい地へ連れて来ることを認めさせたのだ。もともと一人で来るはずだった地、一年前のラムリーザは、そのための準備や気持ちの切り替えを行なったのだ。
それに、ただ連れて来るだけではない。結婚前提での清い交際まで取り付けたのだった。もっとも、このような状況で清い交際など続くはずも無く、一ヶ月も持たずして四月早々に……しつこい。
そういうわけで、ソニアはラムリーザの機転で離れ離れになることはなく、ラムリーザの一番近くに居る権利を手に入れることができたのだった。
ラムリーザも、ずっと一緒だったソニアをこれから先も失うようなことは考えていなかった。ずっと、そしてできるだけ大切に、幸せにしてあげようと考えるのだった。
今夜も二人は、当然のように仲良く引っ付いて寝る。お互いが、お互いを求める関係になったまま、いつまでもずっとこのままで……。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ