ゲームセンターに行ってみよう ~ユコとレフトール~
12月18日――
エルム街は、エルドラード最西端地方最大の繁華街であり、ラムリーザたちの住んでいるポッターズ・ブラフから、蒸気機関車で一駅の所にある隣町だ。この地方は帝国最西端で田舎だが、この繁華街にはいろいろな施設が揃っている。
この日、ユコ・メープルタウンは、携帯型情報端末キュリオの新しい型を買いに、一人でエルム街へ出かけていた。キュリオは安く手に入る物ではなく、そこそこ値段がするものだ。高校生がそうそう買い換えるものではない。
だが、ユコは夏以降ふところが豊かだ。
ユコたちは、六月中旬からラムリーズとして帝都シャングリラで毎週土曜日にライブ演奏をしている。その報酬でお金に苦労することはほぼ無くなっているのだ。
しかしラムリーザにたかることが多いのは何故だろう? というところだが、今日はユコ一人での買い物であった。
「キュリオの新機種、ええと、派手好きのあなたにオススメなのはカトレアですの?」
ユコは、新機種の一つを手に取る。これは金メッキが施されているのか、表面は金色にキラキラと輝いている。
「もう一つは落ち着いた色をしたエマですか」
こちらは、表面がミッドナイトブルーでおとなしめの雰囲気だ。
ユコは二つを手に取って見比べ、少しの間考えた後で決断した。
「うん、カトレアにしましょう。こっちのエマは、リリスっぽい色ですし」
色でいえば、ユコの髪の色は淡い金髪で、リリスの髪の色は黒となる。ミッドナイトブルーは、青みがかった黒で、黒に近い。
「この色だとソニアには自慢できるかしらね」
そう思いながら、ユコは機種変更の手続きを進めていった。ちなみにソニアが使っている種類はヒカリというもので、表面の色は緑色だ。
キュリオショップから出たユコは、隣にあるゲームセンターに目が行った。そこは「ドリームハンター」という名前で、そこそこの規模であるゲームセンターだ。
ユコは、メダルゲームが好きで、時々学校帰りにラムリーザたちと、ポッターズ・ブラフの駅前にあるゲームセンターへ行っていた。ソニアとかは、メダルを転がしてそれがジャラジャラ出てくるだけのゲームの何が面白いの? 等と言うが、ソニアみたいに格闘ゲームで相手をハメ殺して喧嘩に発展するよりは、はるかに健全なゲームであると言える。
今日も、なんとなくメダルゲームの魅力に引き込まれてか、誘い込まれるようにゲームセンターへと入っていった。
元々ユコはゲームセンターに興味があったが、そこはガラの悪い、所謂不良と呼ばれる者の溜まり場というイメージを持っていて、怖くて近寄ることができなかった。しかし、ラムリーザたちと何度か行ったが、何も起きなかったので、以前ほど抵抗が無くなってきていたのだ。ただ、一人で入るのは、今日が初めてだった。
ドキドキしながら硬貨をメダルに換えて、メダルゲームコーナーへ向かう。メダル投入口からメダルを入れる頃には、周囲のことは全く気にならなくなっていた。それからしばらくの間、メダル投入と出てきたメダルの回収を繰り返していた。しかし……。
「ねー君可愛いね」
唐突に横から声をかけられる。
ユコはビクッとして振り返る。そこには、ニヤニヤと笑みを浮かべた学生風の男性が三人ユコを舐め回すような目つきで見つめていた。すぐにユコは視線を逸らして、メダルゲームを凝視する。その背中に、つっと流れる一筋の汗があった。見なかったことにするかのように、再びメダルを投入しようとするが、その手は小さく震えていた。
「俺らと一緒に遊ばない?」
だが、三人はしつこくユコに絡んできた。
「遊びません……」
ユコは、震える声で応じる。さらに、クレーンゲームで遊んでいる二人組みの女性を指差して続けた。
「お、女の子ならあっちにも居ますわ」
三人組はユコの指差した方を見たが、すぐにユコの方へと向き直って言った。
「あんな不細工には興味ないなぁ。君の方が可愛いよ」
言うとおり、クレーンゲームの二人組みは、お世辞にもあまり可愛くは無かった。
「わ、私に手を出すと、ラムリーザ様に後でやられますわ」
ユコは、ラムリーザの名前を出してみる。脳裏に、ラムリーザがりんごやゴム鞠を握り潰す光景が浮かんでいた。以前、ゲームセンターで絡まれたソニアを救出するために、パンチングマシーンで拳の破壊力を見せ付けたこともあった。
「ん? 誰だそいつは?」
しかし、この地方ではラムリーザは無名だった。この場所に居るならともかく、名前だけでは何の効果も無かった。
この秋に一騒動あったというのに、相変わらずの知名度だ。これが田舎の悲しさか……
そんなわけでユコの抵抗もむなしく、さらに強引な手法に出てくる。
「そんなこと言わずにさあ、付き合ってくれよ」
ユコの腕をつかんで強引に立たせようとする。
「何ですの!」つい声が大きくなり、「やっぱりここはそういう場所なのですのね!」と叫んでいた。その後、小さな声で「私はただメダルで遊びたいだけなのに……」とつぶやいた。
三人はユコを囲むように立ち、へらへら笑っている。
「それで、私にどうして欲しいんですの?」
観念したユコに、「俺たちといいことしようぜ」と言ってくる。
「ご、強姦ですの?!」
エロゲを嗜むユコね、陵辱強姦物には興味無かった。
「露骨すぎるなそれは、ここはマイルドに手篭めにするということにしようじゃないか」
「同じ意味ですの! 全然マイルドじゃありません!」
「いいから付いてこいよ」
「嫌ですの!」
「来いって言ってんだよ!」
渋るユコを、思いっきり引っ張ろうとした時だ。
「コラ! なんばしよっとか!」
ユコたちとは反対の方角から、芝居がかった声が上がった。
ユコは、ラムリーザが助けに現れたと思って目を輝かせたが、三人の後ろから現れた姿に落胆して目を伏せた。
「レフトール……」
レフトールの出現に、ユコの気分は沈み込んだ。悪い時には悪い事が重なるものだ。レフトールの脇に控えてるのは、子分一号、確かマックスウェルだ。
「お前ら、ウサリギの者だな? 見覚えあるぞ?」
「何だ、裏切り者のレフトールか。何の用だよ?」
「裏切ってないさ、移籍しただけだよ。お前らもラムさん派に鞍替えした方がいいぜ、俺が保障する」
「それを裏切り行為って言うんだよ」
「赤信号、みんなで渡れば怖く無い、と言うだろうが」
「関係ないだろ、というか意味分からん。それに今日はレフトールと構える気は無いな、この娘と遊ぶんだ」
三人は、現れたレフトールとマックスウェルの方へ意識が集中している。ユコはこの隙に逃げ出そうかと考えたが、レフトールの次の言葉に少し驚いた。
「ダメだな。その娘は俺の仲間なんだ」
ユコはレフトールの仲間になったつもりは無かった。
しかし、レフトールはユコ、というよりユコと仲良くしているラムリーザと仲間になりたかった。だからラムリーザの仲間のユコも、同じ仲間なのだと考えていた。恩を売る良い機会を得た、と考えていた。
「ふざけんなよ!」
三人組の一人が突っかかっていったが、レフトールはハイキック一発で片付けてしまった。頭を蹴られたので、呆然として座り込んでいる。
「マックスウェル、お前は手出し無用だからな」
「はいはい」
子分は、頭の後ろで手を組んで、「どうせその娘はあんたの事も良く思ってないさ」とでも言いたげな視線をレフトールに向けたまま、ぼんやりと傍観していた。
「次いってみよう」
次は二人目が出てくる前にレフトールが動いた。飛び膝蹴りが顎に炸裂して、二人目も一撃で戦意喪失させてしまった。
「耳の穴に手ェ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わしたろかい?」
言葉の意味はよくわからんが、実力は相当なものだった。
この展開に、ユコは戸惑っていた。レフトールはラムリーザに酷くやられたので、あまり喧嘩は強くないというイメージを持っていた。
「あ……」
そこでユコは思い出した。最初に学校の屋上で遭遇した時は、ラムリーザの方がやられて意識を失っていたのだった。
レフトールは最後の一人に立ち向かう。帝立ソリチュード学院の闇とも言われ、二つの勢力の内一方の大将をやっているだけはあった。
レフトールのミドルキックが炸裂する。これも一撃で、相手は苦悶の表情を浮かべ、数歩後退する。レフトールがもう一発ミドルキックを打ち込もうとした時、相手は身を翻して逃げ出した。
「お、覚えてやがれ! ウサリギさんに言ってやるからな!」
残る二人もフラフラと後を追って逃げ出した。
「……まぁ、こうなるはずだわな」
レフトールはつぶやいた。蹴りには自信のあるレフトール。今日の相手を一撃で戦意喪失に追い込んだミドルキックを、二発食らっても平然としていたラムリーザの身体の打たれ強さが異常なのだと、改めて実感した。
「あ、あなたラムリーザ様より弱いはずなのに、な、何で?」
ユコは、つい先程まで繰り広げられていた光景を思い返しながら、恐る恐る尋ねる。
「ああ、ラムさんにはやられたよ。頭を蹴っても記憶に残らないとか言うし、身体を蹴っても効かないのだからどうしようもないさ」
「つ、強いじゃないの……」
「ラムさんがもっと強かっただけさ」
「あ……」
ここでユコは気がついた。三人組みがレフトールに代わっただけで、状況は変わっていないということに。相手が変わっただけで、不良と対峙していることに変わりは無い。
「わ、私に手を出すと、ラムリーザ様に後でやられますわ」
だから、先程三人組に対して言った台詞が思わずこぼれてしまった。
「ん、そうだろうねぇ」
だがレフトールは、三人組と違ってラムリーザを知っている。「じゃあ俺はもう帰るわ、んなバイナラ、ナライバ」と以前ユコに言ったことのある謎の捨て台詞を言い残して、この場を去って行こうとした。
この時、ユコの気持ちに変化が生まれた。彼、レフトールは仲間なのではないかと……。
「待って――」
自然と呼び止めていた。
レフトールは振り返ってユコを見つめる。
「――レフトールさんも十分強いですわ。ねぇ、ボディガードでもやってて欲しいですの」
「は? ボディガード?」
「私はメダルゲームで遊んでいたいんですの。また変なのが来たら嫌なので、私が目に入る所で見張っていて欲しいですわ」
「お、おう……」
レフトールはユコの頼みにおいおいと思う。これでも彼は軍団の大将なのだ。その大将にボディガードを依頼するとは贅沢な娘だ、と。
それでもこの娘に恩を売っておくと、ラムリーザに対する株が上がると考え、ユコの頼みを聞いてやることにした。
一緒にいたマックスウェルに、「おい、金持ってる?」と聞く。レフトール自身は、持ってきた金を使い果たして、今日はもう帰ろうかとしていたところだったのだ。
だがマックスウェルは肩をすくめて、自分ももうお金は持っていないことを伝えた。
レフトールは仕方が無いので、近くにあったレースゲームの筐体に座り、金を入れずにハンドルを動かして暇つぶしを始めた。その姿に、マックスウェルは「ガキじゃあるまいし……」と引き気味だ。
「そうだ――」レフトールはユコの方を振り返り、「俺もラムさんみたいに、レフトール様と呼んでくれんかの?」とユコに頼んでみた。
だが、ユコはメダルゲームから目を離さずに言い放つ。
「ダメですの。ラムリーザ様は尊敬できるからラムリーザ様ですの。あなたに尊敬できる所は、これっぽっちもありませんの」
「しょうがねーな」
レフトールは、再びレースゲームの画面に目を戻すと、勝手に動いているデモ画面に合わせてハンドルを動かし始めるのだった。
マックスウェルは退屈そうに、「くあぁ……」とあくびをした。
この日ユコは、レフトールが見張っていたということもあり、十分にゲームセンターで遊ぶことを堪能できたのであった。
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