優等生も好きな人の前では大胆になれたりする昼下がり
12月22日――
帝都シャングリラの一流ナイトクラブであると同時に、宿泊施設のホテルも兼ねているシャングリラ・ナイトフィーバー。帝都の繁華街の中心に位置していて、帝都で一番人が集まる場所でもある。
そのホテルに泊まっていたリゲルとロザリーンは、館内のレストランで一緒に朝食をとっていた。
「勢いに任せて帝都滞在してみたものの、右も左もわからんではどうしようもないな」
リゲルは、パンをちぎりながらぼやく。ロザリーンに付き合う形で来てみたものの、道案内も無いではどこに行くにも手探り状態だ。
「リゲルさんは、休日は何をしているのですか?」
「ゲーム――だとアレなので、海まで出掛けて釣りとか、将来のことを考えて鉄道や運輸の仕事を見学。フォレストピアの計画について考えたり、あとは……、ギターいじりだな」
リゲルは、ロザリーンの問いに対していろいろとやっていることをアピールしてみた。ゲームと言いかけて止めたのは、何故かソニアの顔がちらついたからで、それ以外の事をいろいろと上げてみたのだ。
「フォレストピア?」
「ああ、ロザリーンにはまだ話してなかったか。例の新開地、その街名を暫定的に決めたんだ。いや、暫定的だったか、決定したのだったかな?」
フォレストピアという名称は、まだラムリーザとリゲルとジャンの三人の間ぐらいにしか浸透していなかった。仮名称というより、今現在はまだ街として機能していないという意味で、この名前はまだ早かった。
「ああ、あそこですか。リゲルさんはいろいろ考えているのですね」
ロザリーンも察しが良く、新開地と聞いただけですぐにどこの事かわかったようだ。
「女性の意見も聞いてみようという話になっているので、次はロザリーンもどうだ? という話になっているぞ」
「わかりました、いろいろ協力させて頂きましょう」
話をしながらリゲルは思った。そういえば、ロザリーンと二人きりでじっくり会話をしたことはそんなになかったな、と。学校では大概他の生徒が居るし、休日もそれほど二人で連れ添って出掛けるということは無かった。そういう意味では、ラムリーザと一緒に帝都へ行こうと言い出したリリスたちに感謝だ。
「ロザリーンは休日どうしてる?」
特にどこかへ行く当てもないリゲルは、しばらくロザリーンとの会話を楽しむことにした。
「そうねぇ、家に居るときはピアノの練習をしたりオカリナを吹いたり。出かける時は兄と一緒のことが多いですね」
「兄? ああ、ユグドラシルか」
こうしてみると、あまり二人は接点が無い。そこで朝食を終えると、今日は珍しく二人で出掛けることにした。二人きりのデートとなると、ひょっとしたら初めてだったかもしれない。これもまた、リリスたちに感謝だった。
シャングリラ・ナイトフィーバーの建物から出た二人は、しばらく通りを並んで歩いていた。さすが帝都の繁華街中心と言ったところか、賑わいではポッターズ・ブラフ最大の繁華街エルム街とは比較にならないほどの人ごみだ。
どこに行こうか、何をしようか等と話をしながら進むと、大きな映画館が目に入った。
「ふむ、映画か。そういえば新作が公開されたみたいだな」
「今は何をやっているのかしら?」
「ああ、ヨンゲリアか。これは見ようと思っていたのだ、丁度いい」
リゲルは、情報誌でこの映画を知っていたが、地方のポッターズ・ブラフではまだ公開されていなかった。こういうものは、まずは帝都で公開されて、それから徐々に地方へ流れていくものだ。
「ヨンゲリア? 何ですか?」
「ゾンビの出てくるホラー物だ」
リゲルの言葉を聞いて、ロザリーンは顔をしかめる。
「それはちょっと……」
ゾンビ物のゲームは、一生懸命に謎解きや戦いをしたが、ゲームと映画は違う。ロザリーンは、どちらかと言えば、グロは苦手だった。先日遊んだのはテーブルトークゲームで、視覚的にグロさが伝わらないのでプレイできたようなものだ。
「……ま、そうだよな。映画は明日にでも一人で行くか、ポッターズ・ブラフで公開した時に行ってもいいか」
「あ、我慢して見ますよ?」
「いや、いい……」
リゲルはロザリーンに無理強いする事は避けると同時に、この映画の前作を見に行った時のことを思い出していた。あの映画は面白かった。だから、テーブルトークゲームで、ストーリーを拝借してみたのだった。
そこでリゲルは、フッと遠い目をする。そう言えば去年、映画館に行った時は――。
「――いや、やめよう」
「何をですか?」
突然首を強く振って、自分に言い聞かせるように話したリゲルを、ロザリーンは何か考えるような表情で見つめた。
「なんでもない……。ん? あれはプラネタリウムじゃないか?」
「スター・クラブ? 帝国で一番大きなプラネタリウムって話の場所ね」
二人とも天文部ということもあって、興味が一致したということで早速入ることにした。
スター・クラブの天井には、いろいろな星座が映し出されている。
「星はいい。何事にも動じず、いつもじっと同じ場所で瞬き続け、俺たちを見守ってくれる」
「そうですね。あの星の群れに比べれば、私たちなんて小さなものなのかもしれません」
どこぞの司令官と副官であるかのような会話をした後、リゲルは星に満ちたドームの天井を指差して言った。
「あれは、アリワリア座か。俺はあの星座の一等星のオアイーブが好みだったりする」
「私はキンボスポンディルス座のペネロープですね。あの燃えるような赤さがたまりません」
などと話をしながら、星空の好きな二人はしばらくの間、至福の時間を過ごしていた。
二人は午前中をプラネタリウムで過ごし、昼食をとった後は、繁華街から少し離れたところへ向かって行った。その先にはちょっとした公園があり、そこで一休みをすることにした。
公園にはいくつかの遊具、それと蒸気機関車が展示されていた。
「ここでしばらくゆっくりしよう」
二人は、ベンチに並んで腰を下ろし、公園の中で一番目立つ蒸気機関車を眺めた。
「あの蒸気機関車、ソニアさんは好きそう」
「ああそうだな。あいつはああいう場所に登ってはしゃぐのが好きそうだ」
実際のところ、夏季休暇に帰省した時、ソニアはその蒸気機関車に登って降りられなくなることがあった。
リゲルはそう言うと同時に、もう一人のあいつの顔がちらつき、あいつも好きそうだなと思い、また遠い目をした。
「ソニアさんとラムリーザさんみたいにしてみよっか」
ロザリーンは、そう言ってリゲルの方へと近づく。リゲルは、「ん?」と言っただけで、ロザリーンの意図をすぐにはつかめなかった。
「何をするのだ?」
「いつものラムリーザさんたちを見ていなかったのですか?」
そこでリゲルは、ロザリーンの言うことを理解できた。まぁこのぐらいは問題ないかと考え、ロザリーンの肩に手を回して抱き寄せた。顔と顔が近寄り、ロザリーンはくすっと笑った。
「あいつら、いつもこんな感じだったな」
ロザリーンは少し何かを考え、リゲルの瞳をじっと見据えて言った。
「もうちょっと、あの二人みたいなことやってみようかしら」
そう言って、ロザリーンはそっと目を閉じた。
「おいおい……」
「ほら、ラムリーザさんとソニアさんみたいに。大丈夫、今この公園に他の人は誰も居ません」
リゲルは周囲を見回して、本当に誰も居ないことを確認すると、そっと口と口を合わせた――。
帝都旅行は、二人の度胸を大きくしていようだ。二人にとっては二度目だが、今度は青空の下でのキスとなった。
「うふふ、ラムリーザさんの言っていた通り、清い交際は崩壊してしまいましたね」
ロザリーンは、普段の優等生ぶりからは想像できないおちゃめな表情をして、リゲルに向かってペロリと舌を出してみせる。
「大丈夫、ここまでならまだ普通に有り得る。あいつらみたいにどこでもお構いなしにチュウチュウすることはない」
「チュウチュウって何でしょう?」
「言わせるのか……。最近テレビで放送されたドラマのことを、そう揶揄している連中が多いのだ。やたらとキスシーンが出てくるからな」
「ああ、あのドラマですね」
「――それはそうとして、とにかく昼間の公園でやるものではない。流石にあいつらも、真昼間からやることはないだろうしな」
いや、やっています、あの二人は。実家の裏庭、学校の裏山で真昼間から。そもそも、学校の裏山は、今ではそういったスポットになっている事は、一部の学生たちには周知の事実である。
リゲルは、ロザリーンとの行為を考え、そういえばあいつとはそういうことは全く無かったな、と思った。
「それはそうと、リゲルさんって時々遠い目をするのね。そしてその時はすごく寂しそう」
ロザリーンは、リゲルを見ていて時々感じていたことを言ってみた。今日もリゲルは、今のように時々何かを思い出すかのような、遠い目をする。
「――気にするな、昔のことだ。俺もいつまでも過去を引きずっていないで、未来を見据えないとダメなのはわかっている」
「それじゃあ、昔を忘れさせてあげる」
ロザリーンは、リゲルの頬を両手で挟んで顔を近づけ、再びそっと口付けをした。
「ロザリーンも大胆だな」
リゲルは、苦笑しながらつぶやいた。つぶやきながらも、確かにこれは過去を忘れさせてくれると感じていた。
「好きな人の前では大胆になれるものなのよ」
相変わらずロザリーンは、お茶目な表情を見せている。
「まぁ何ていうか、俺たちは学校では優等生で通っている。優等生とは、他人の模範となるべきだ」
一方リゲルは、これまた相変わらず堅い事を言って冷めている、というより冷静でいる。こういった所が、ソニアなどに「氷柱」と呼ばれる所以なのだが。
「ここは学校ではありません」
それに対してロザリーンは、とりあえず正論でリゲルの心を溶かすことを試みる。リゲルもロザリーンの心意気を受け入れ、表情を少し和らげた。
「まぁ、別に俺は模範になろうとは思っていないからな」