狂喜乱舞の不思議な踊り
12月24日――
シャングリラ・ナイトフィーバーにて。
緑色の髪をした乳妖怪が、ステージ上で花束を振り回しながら不思議な踊りを踊っている。
周囲のちょっと引いた視線は、彼女には届いていないようだ。彼女は周囲を気にせずに、満面の笑みを浮かべて舞い続けている。
12月24日、今日はソニアの誕生日。ラムリーザの依頼で、ジャンはこの夏にリリスを祝ったのと同じような舞台を作り上げたのだった。
「あれ? お前の家ってそういうのやらないことになってなかったっけ?」
などとジャンに聞かれたが、ラムリーザは「リリスたちと触れるうちに、ソニアはそういう楽しみをしてみたくなったんだよ」と答えた。
ラムリーズの演奏が終わった後、リリスの時のようにジャンの紹介でステージ上にソニアが呼ばれた。そして祝いの歌と同時に花束を渡された瞬間、ソニアは狂喜乱舞して壊れた。
後は、演奏開演前の不思議な踊り。ソニアは気分が高揚すると、毎回同じ踊りを踊る。今日は、花束も加わったバージョンで、舞っているのだ。
ステージ前の特別客席で、ラムリーザは腕を組んで神妙な顔つきでソニアを眺めていた。嬉しいのはわかるが、あまりにもその光景は異様に映っていた。あれでいいのか止めさせるべきか迷っていると、隣からリリスに話しかけられて我に返る。
「ソニアは大胆ね。私もあの強いところは見習わないと」
大胆で済ませるには奇妙すぎる。特に見習う必要は無いぞと思いながら、ラムリーザは無難に返した。
「リリスには、リリスの良さがあるんだ。あれはソニアだから良いのだ。いや、良くないが……」
最後の方は、小声でぼそぼそとつぶやく。あの光景を良いか良くないかで問われたら、とりあえず良くない。
そこにジャンがやってきて、ラムリーザの言葉に続く。
「そうとも、リリスにはソニアには無い魅惑的な魅力が良いのじゃないか。ソニアみたいに奇行に走られると、折角の美少女が台無しだ。いや、ソニアもソニアで可愛いよ、でもあれは流石に変」
「こら、ソニアを悪く言ってるな?」
ラムリーザは、ステージを下りて傍までやってきたジャンに言った。確かに今のソニアは変だ。だが、それをはっきりと「変」と言われると、少し腹が立つ。
「可愛いと言ったじゃないか。とにかくソニアはラムリーザ一筋で絶対に俺になびかん。それならば、まだ可能性のあるリリスを持ち上げるのは自明の理だ。リリスは、ラムリーザ一筋じゃないよなぁ?」
ジャンは、リリスに笑顔で問いかけた。それに対してリリスは、いつもの微笑を浮かべ、「さあ、どうかしらね」と答え、ラムリーザを誘うような目つきで見つめた。この行為が、いつもソニアとの喧嘩に発展してしまうのだが……。
ステージでは今もなお、ソニアの不思議舞踊は続いている。これはもう疲れて座り込むまで、放っておくしかなさそうだ。周囲の観衆も、奇妙な光景に慣れたのか、踊りに合わせて拍手しているのだった。
「それはそうとラムリィよぉ、そろそろ新曲やらないか? いや、君たちは作詞ができないのを分かっているからそういう意味の新曲じゃなくて、新しい曲をコピーしないかってことだ」
「あー、それもそうだねぇ」
ジャンに聞かれてラムリーザは、文化祭のカラオケ喫茶が終わってからは、テーブルトークゲーム等遊ぶことに夢中で、既存曲を習慣的に練習するぐらいで、新しい曲にチャレンジしていなかったことに気がついた。むしろ、カラオケ喫茶に向けて、レパートリーを増やしすぎた感があるので、少しはのんびりしても良いかな? とか思っていたのだ。
だが同じことの繰り返してではそのうち飽きる。最近は演奏はマンネリ化して、ゲームに力を入れていたのは分かっていた。
「ああ、私もテーブルトークゲームのシナリオ構成を考えるのに夢中で、楽譜作成は最近やっていませんでしたわ」
ラムリーザの右隣に居たユコも、同じような感じだったようだ。ラムリーズの原動力は、ユコがコピーした楽譜にある。ユコが動かないと、新しい演奏は生まれない。
「俺もたぶん休み明けにゲームのシナリオができると思うから、楽しみにしておくんだな」
そう言ったのは、一番右端の席に居るリゲルだ。リゲルとユコの二人が主体でテーブルトークゲームを始め、当面は二人がゲームマスターを担当することにしているのだ。
「慣れてきたら私もゲームマスターをやってみたいですね」
ロザリーンも、テーブルトークゲームは気に入ったようだ。というより、ラムリーザの周りのメンバーは、みんなゲーム好きだ。ラムリーズ発足前は、「お前ら電脳部に行け」的な雰囲気でもあったのだ。
「なんだか君たちは楽しそうでいいな」
そんな皆を見て、ジャンは少し羨ましそうにラムリーザたちを見つめながら言うのだった。
ステージ上では、疲れてきたのかソニアの表情が少し苦しそうになっていた。それでも、一生懸命不思議な踊りを続けているところがわからない。
「あれ、いつまで続くのかしら?」
リリスの言うあれは、ステージ上のあれだ。もはや踊りでも何でもないあれに成り下がっている。
「そろそろ体力の限界っぽいが……」
そう言いながらもラムリーザは、何とも言えない気分になっていた。これまでのソニアの奇行は、間近で見てきたので自分も該当者のような錯覚に陥っていた。だが、今日は客席から客観的に見ることができる。
「あの幼稚な所が、ソニアの売りじゃないか」
「…………」
ジャンの軽口に、ラムリーザは何も答えることができなかった。
「それはそうと! 来年になったら面白いことが起きるぞ」
「数日後?」
「いや、次の春だ」
ジャンの言う次の春。それは、フォレストピア開幕の時だ。
「ひょっとして二号店の話?」
フォレストピア開幕に向けて、シャングリラ・ナイトフィーバー二号店の話が上がったのはこの秋だ。それ以降、春に向けて他の建造物に合わせて駅前のクラブの作成も進められている。
「それもある。ああ、分かりやすいな、この話はここまでにしておこう。まぁ四月を楽しみにしておくんだな」
ジャンは、ニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「あ、ソニア尻もちついた」
リリスの指差す方向を見ると、ステージ上でソニアは座り込んで顎を上げて肩で息をしている。ようやく体力の限界が訪れ、奇行は終焉を迎えたようだ。
ラムリーザは、ソニアを迎えに行くために、席から立ち上がった。
「ああそうそう、二号店ができたらラムリーズは一号店ではお払い箱だ。君たちは二号店の目玉グループとしてやってもらう。その方が近くなる分楽だろう?」
ジャンの提案はありがたいものだった。帝都までは特急の蒸気機関車で二時間ほどかかるが、フォレストピアなら十数分だ。特にラムリーザにとっては、フォレストピアに住むことになるのだから、さらに移動距離は少なくて済む。
「それはありがたいね、楽しみにしているよ」
ラムリーザはそう言い残して、ソニアのへたばっているステージへと向かって行った。
ステージの上でへばっているソニアは、うつろな目で近づいてきたラムリーザを見つめ、力なく「ふえぇ……」とつぶやいた。周囲には、散々振り回された花束の残骸が散らばっている。ラムリーザは、何も言わずにソニアをかつぐと、そのまま元の席へと戻っていった。
リリスとユコに頼んでスペースを空けてもらい、汗びっしょりでぐったりとしているソニアを座らせ、ラムリーザもその隣に座った。仲間たちの冷めた視線が突き刺さる。
「そんなに疲弊するまで踊り続けるなんて、赤い靴でも履いていたのかしら」
リリスはくすっと笑いながらからかったが、今のソニアには反論する体力は残っていなかった。
「何分でしたの?」
ユコの問いにリゲルは「42分」と答え、それを聞いたユコはプッと噴き出す。
「確か世界記録は137時間ではなかったかしら?」
「ソニアもまだまだだな」
などと、リゲルとロザリーンは話し合っている。
それでも42分も不思議な踊りを踊り続けるほうも意味不明だ。ジャンは、予定よりも大幅に遅れてしまった流れを取り戻すために、ステージの裏方へと戻っていった。本来なら十分ぐらいで、ソニアの誕生日祝いを終わらせる予定だったのだ。
「さてと、時間も遅くなってきたけどもうしばらくゆっくりして、ソニアの体力が回復したら帰るか」
ラムリーザは、ソニアの奇行のせいで、いつもよりも遅い時間まで店で過ごすのだった。
シャングリラ・ナイトフィーバーのステージには、一階ステージ前のVIP席と、二階の一般席がある。
ラムリーザたちの演奏からソニアの奇行までの一部始終は、二階の一般観客席からソフィリータとミーシャも見ていた。先日ラムリーザに誘われたソフィリータは、友人のミーシャを連れて見に来ていたのだ。
「私も去年まで、リザ兄様といっしょにあのステージで演奏したことあるのよ」
ソフィリータがミーシャに自慢したのは、去年までラムリーザがジャンと組んでいたユニット、J&Rの事だ。メンバーは、リーダーのジャン、ラムリーザ、ソニア、ソフィリータの四人だった。
「ふーん」
ミーシャは、J&Rには興味を示さず、一階にあるステージ前の客席を見つめていた。
ソニアの踊りが終わり、他の人の演奏が始まったので、ソフィリータとミーシャは帰宅することにした。店から出たところで、ミーシャはソフィリータに尋ねた。
「ソフィたんは、来年ラム兄やんと同じ学校に行くことにしているんだったね?」
ミーシャは、ラムリーザの前で媚びキャラを作っていたわけではない。ソフィリータに話しかけるときも、甘ったるい媚びた声をしている。どうやらこれが地声のようだ。この声で、ソフィたんだの、兄やんだの呼んでくるので、ある種の趣を持つものにはたまらないものがあるだろう。
「うん、まだリザ兄様には話していないけどね」
「そっかぁ……」
「どうしたの? 急に」
ミーシャはソフィリータの問いには答えず、建物の間から顔を覗かせている夜空を眺めていた。しばらくそのまま歩き続け、二人それぞれの家に向かう分かれ道に差し掛かった時にソフィリータはミーシャの肩を揺すって言った。
「ミーシャちゃん?」
何かを考えていたのか、呆けていたように見えたミーシャは、ハッとソフィリータの方へと向き直った。
「あ、ごめん。ねぇ、来年ソフィたんの行く学校の名前は何なのん?」
「えーと、帝立……、何だったかしら? 調べてまた教える」
「ん、じゃあまた学校で!」
ミーシャはそう言い残して、身を翻して去っていった。その時、首飾りの先についているレンズ状のアクセサリーが、照明灯の光を反射してキラリと輝いた。
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