来春は清くない交際の終焉かもしれない
12月25日――
「ふえぇ……」
この日の朝から、ソニアはベッドに横たわったまま呻いていた。
昨日、誕生日の祝いに浮かれて壊れて長時間無理な踊りを続けた結果、ソニアは朝起きてから全身の筋肉痛に悩まされていた。
「ラム~、痛いよぉ~、死んじゃうよぉ~」
「あーもう、薬持ってきてもらうからちょっと我慢してろ」
ラムリーザは、泣きそうな声で悲鳴を上げるソニアをなだめると、実家でメイドをやっているナンシーを呼び出した。ちなみにナンシーは、ソニアの母親でもある。
すぐにナンシーは、湿布薬を持って現れた。ソニアは服を脱がされ、手足にペタペタと湿布薬を貼られていく。「冷たい」と悲鳴を上げるが、そのようなことは気にしていられない。部屋に独特な湿布薬の匂いが充満した。
「ラムリーザ様、ソニアはこんなになるまでいったい何をしていたのですか?」
ナンシーに聞かれてラムリーザは、どう答えたら良いのか返事に困った。素直に「ステージで不思議な踊りを踊り続けていた」と言ったところで理解できそうにない。
結局、「昨夜激しい運動をやった」と答えるしかなかった。
「昨夜の激しい運動って、まさかラムリーザ様?」
「僕たちは清い交際を続けています」
ラムリーザは、多少棒読み気味に否定する。何を否定しているのかはわからないが、とりあえず否定しておくことにした。
「おはようございます、リザ兄様」
全身湿布薬のソニアを見つめて、ラムリーザが溜息を吐いたところに、妹のソフィリータが現れた。
「おはよう、昨日は見に来てくれたかな?」
「はい、ソニア姉様のアレも見ていましたよ」
「そのアレのおかげで、今こんな状態だ」
ソフィリータは、ベッドに横たわって呻いているソニアを見て、くすりと笑い言った。
「あのぐらいのダンスで情けないわ、ソニア姉様」
「ふえぇ……」
この二人を見ると、どちらが年上なのか分からない。
「ミーシャちゃんは、もっと長い時間ダンスし続けることができるのよ。さすが踊り子ちゃんと呼ばれているだけはあるんです」
「踊り子ちゃん?」
ラムリーザは、その単語に聞き覚えがあるような気がした。しかしすぐには思い出せず、とりあえずこの場では気にしないことにする。
「ところで、リザ兄様の通っている学校名は、何でしたっけ?」
「ん、帝立ソリチュード学院高等学校」
学校の名前を聞くと、ソフィリータはすぐにメモを取る。メモを取りながら、ソフィリータはラムリーザの様子をうかがうような感じで言い出した。
「リザ兄様、私も来年から同じ高校に通うことにします」
「そうか。でも無理に実家から離れなくてもいいんだぞ?」
「私は学校を卒業したら、数年後には誰かの所に嫁いでいくことになるでしょう。そうなれば、リザ兄様とあまり会えなくなるし、遊ぶこともできなくなります。だから、残りの三年間はリザ兄様と一緒に居たいのです」
「お、おう……」
ラムリーザは、ソフィリータにそこまで慕われていたのかと思うと、照れくささと戸惑いで返事に困った。
「この一年間、寂しかった。ミーシャちゃんが居たけど、やっぱりリザ兄様とも一緒に居たい」
「わかった、ソフィリータの好きにしたらいい」
「そういうことです、覚えていて下さいね」
そう言い残して、ソフィリータはラムリーザの部屋から出て行った。
「まぁ、ソフィリータぐらい加わっても問題ないか……」
ラムリーザは、そうつぶやいた。ソニアと清くない交際が続いているとは言え、妹が加わるぐらいなら大した事は無いと考えたのだ。ソフィリータなら、親に黙っていろと言えば、素直に従うはずだ。
「ああそうそうラムリーザ様」
ソニアに湿布薬を貼り終えたメイドのナンシーは、部屋から立ち去り際に振り返って言った。
「来年から、ソフィア様も新開地に行くことになってます。私も同行することになってますので、また宜しくお願いしますね」
「そっか……。って、何だって?!」
ラムリーザが素っ頓狂な声を上げたときには、ナンシーは既に退室した後だった。
フォレストピアの新居に、母親ソフィアも移住してくる。ソフィアから、「来年には国境都市に住むことになるでしょう」と聞いていたが、母親も住むことになるとは考えていなかった。
「ラム~、何かまずいことになったの?」
ベッドから身を起こして衣類を身に着けながら、ソニアは尋ねた。
「まずいことになった」
ラムリーザは一言だけ答えた。これはラムリーザたちにとって誤算だった。親同居と言うことになれば、清くない交際がばれるのは時間の問題だ。
一瞬、今住んでいる親戚の屋敷に住み続ける手も考えたが、それはそれで不自然だと思って諦めた。とりあえず来年のことは来年考えよう。
「ラム~、マッサージしてよぉ……」
ラムリーザは、先の事を考えるのはやめにして、ソニアの手足をマッサージと称して揉み始めた。時々胸を揉んでは「ふえぇ……」と言わせながら。
その時、ラムリーザの携帯型の情報端末キュリオが、通話が入ったことを示すメロディを奏でた。
ラムリーザがキュリオの画面を覗くと、そこにはユコの名前があった。珍しいなと思って通話モードを立ち上げると、「ラムリーザ様? ちょっといいかしら?」とユコの声が聞こえた。
ユコの話を聞いていると、ラムリーザの顔が徐々にこわばってくる。
「いや、それ無理だから! ってそんな王様、じゃなくて皇帝おかしいよね? ダメだからもう帰った方がいい、絶対!」
「ラム! 相手誰?! またリリス?! あいたたた……」
ソニアは、筋肉痛で痛む身体を無理に動かして、ラムリーザからキュリオを奪い取ろうとする。ラムリーザは、横からしがみついてくるソニアを押しのけながら言った。
「ダメダメ! とにかく皇帝陛下におっさんとか言うんじゃないぞ! って城に入れるわけ無いじゃないか! いやいやいや、お城は遊びで見物しに行くような場所じゃないって!」
ソニアが鬱陶しいので、ラムリーザは立ち上がってベッドから離れた。全身筋肉痛のソニアは、動きが鈍くてラムリーザの行動についてこれていない。
「無理! 今日はソニアが動けないから行けない。もう向こうに帰りなさい!」
そう言い放って、ラムリーザは通話モードを終了させた。ユコは皇帝陛下に会おうなどと、とんでもないことを言い出したのだ。それは普通に考えて無理な話である。
ラムリーザはキュリオを片付けると、ベッドから転げ出て這ってくるソニアを抱きかかえ、ベッドへ戻すのだった。
少しばかり時をさかのぼり、場面変わって、シャングリラ・ナイトフィーバー宿舎部のフロントにて。ラムリーザの奢りで、リリスたちは今日の昼までの宿舎を確保してもらっていた。
リゲルとロザリーンは、二人で朝早くにチェックアウトを済ませ、二人で早々と帰っていた。その一方で、リリスとユコは昼前までのんびりして、ギリギリにチェックアウト作業をしているところだ。
「帝都見物も今日までですのねぇ」
「最後の日に、ユコはどこに行きたいかしら?」
「そうねぇ、ゲームセンターにまだ行ってないですの」
ゲームセンターではない。正確にいえば、ユコはメダルゲームがやりたいだけだ。
「ゲームセンターなんて、向こうにもあるじゃないの」
「あ、やっぱりいいですの。ラムリーザ様もレフトールさんも居ませんし」
「レフトール?」
そこでユコは、エルム街のゲームセンターで乱暴者に絡まれた時、レフトールが助けてくれた事をリリスに語った。蹴り技が凄くて、三人を瞬く間に蹴散らした事を。
「ふーん、あいつがねぇ。うさんくさいけど、何とか私たちに取り入ろうとしているのね」
リリスは、学校の屋上でラムリーザが意識を失っている場面を思い出していた。当事者以外は、ラムリーザとレフトールの夜の決闘について聞いた話しか知らない。だがリリスたちの知っている二人の戦いは、学校の屋上だけだった。
シャングリラ・ナイトフィーバーの建物から出てすぐの所で、リリスとユコは、遊び人風の二人組みに絡まれた。
「あっ、君たちすごい美人だね。俺たちと遊んでいかない?」
要するに、ナンパである。
「なんですの! まったく、こういうことは田舎も帝都も変わらないんですのね!」
ユコは憤慨して、少し声を荒らげた。エルム街では一人だったが、今はリリスと二人であるし、いざとなったらすぐ傍のシャングリラ・ナイトフィーバーへ逃げ込めば安心できるということもあって、気が強くなっていた。
「そんなこと言わずにさあ、付き合ってくれよ」
いつぞやと同じ台詞だ。この国のナンパには、テンプレでもあるのだろうか、と言いたくなる。
「わ、私に手を出すと、ラムリーザ様に後でやられますわ!」
ユコは、思わず前回と同じ言葉をつい口に出してしまっていた。エルム街では全く意味をなさなかったのだが――。
「何、ラムリーザ? ラムリーザ・フォレスターのラムリーザ?」
今回は違った。二人組みは、顔色を変えて一歩下がった。
「そうですの!」
ユコは、二人が動揺したのを見て、さらに強く言い放つ。右手を掲げて、空をぐっと握って見せ付ける。そのポーズは、ラムリーザがいろいろなものを握りつぶすということを語っていた。
「そ、それはどうも。ラムリーザさんの知り合いでしたか、ははは……」
二人組は、慌てて去っていった。この地ではラムリーザの名前は有名であり絶対だ。乱暴者の間でも、ラムリーザの腕力は十分に知れ渡っていた。
蒸気機関車のある小さな公園で、つっぱり集団の大将が、ラムリーザに手を伸ばされるとすぐに逃れたように。
「ふんっ、あんな奴等、ゴム鞠のように潰されてしまえばいいんですの」
「ゴム鞠の話はやめてくれないかしら」
リリスは顔をしかめてユコに文句を言う。秋の試験前、ちょっとした事で揉めたときに見せ付けられたゴム鞠破壊は、今思い出してみても恐ろしい光景だった。
「でも、ラムリーザ様の強さが知れ渡っている分、帝都の方が住みやすいですわね。そうだわ、ゲームセンターに行きましょう!」
ユコは、帝都のゲームセンターに行って、というよりメダルゲームをやりに行こうと言い出した。
「折角帝都に居るのだから、帝都にしか無い場所に行かない?」
だがリリスは乗り気じゃない。リリスもゲーム好きだが、ユコ程ゲームセンターに入れ込んでいるわけではない。
「んもー、しょうがないですわね」
ユコは少し考えた後、「あ、良い所がありますの」と言った。
数十分後、二人は帝国城の入り口付近に到着していた。
厳かな城壁に囲まれたその奥に、皇帝の鎮座する居城がでんと構えている。
城門では、二人の兵士が近づいてきた二人をじろりと睨みつけていた。
「それで、どうするのよ?」
リリスは、兵士の厳しい視線から目線を逸らせながらユコに尋ねた。
「いえね、とある小説を読んだのですけど、王様に『おっさん、あんたが王様だったのか?!』で、側近が『無礼者!』と言っだけど、王様は『ほっほっほっ』と笑ってくれるのが本当かどうか試してみようかな。それで、その結果をバカッターに投稿するの」
「いやあのねユコ、それネタだから。普通に考えて殺せとか捕らえよとかなるから。あとね、自分でバカッターとか言ってたらおしまいだから……」
「そうですの?」
「それにここに居るのは王様じゃなくて皇帝陛下よ?」
「あ、それはまずいですわ、電撃浴びせられて黒焦げにされそう。あ、そうだ――」
そこでユコは、懐から携帯型の情報端末キュリオを取り出して、通話モードを立ち上げた。
「――ラムリーザ様? ちょっといいかしら?」
ユコは、ラムリーザを呼び出して、その権威を利用して城に入れないかと考えたのだった。さらに、王様じゃなくて皇帝陛下をからかう旨まで提案してみせるのだった。
一方リリスは、記念撮影等と言いながら、お城の写真を撮っている。
「えぇ? ダメですの? 気さくな皇帝陛下なら、笑い話にしてくださると思うんですが。それに、ラムリーザ様の名前を出したら、そんなこと気にしなくても大丈夫でしょう?」
残念ながら、ラムリーザはユコの思い通りには動いてくれなかった。さらにラムリーザは、今日は遊べないと行ってきて、ユコたちにもう帰れと言ったのだ。
「何ですのもぅ、ラムリーザ様のいけずですわ」
仕方なくユコも、リリスに倣って城を記念撮影するだけに留めて、帝都見物を終えたのだった。