TRPG第二弾「カノコの依頼」 第一話
1月23日――
今日は、久しぶりに部室にいつものメンバーが集合した。
実に十日ぶりというのだから、メンバーの部活に対する入れ込みが冷え込んでいるのが分かる、のか?
まずは、この空白期間を生み出す原因となった勝負の結果から話が始まった。
「それで、ネットオークションはどうなったんですの?」
ユコは二人を見比べながら尋ねた。ソニアとリリスはお互いを探るような、鋭い視線を向けている。
しかし、すぐにリリスはフゥと溜息を吐いて言った。
「上手くいかなかったわ……」
リリスは残念そうに、視線を他所へと向ける。
「あたしは2DOを十二個売って、通帳に43900エルド入っているよ!」
ソニアは、リリスの心残りがありそうな表情を見て、自信満々といった感じで端末キュリオを差し出した。
ユコはそれを確認して、「確かに増えてますわね」と言った。
「で、リリスはどうなったん?」
ソニアの無邪気な態度に、リリスは下唇をかみながら、きっと睨みつけた。
少しの間ソニアを睨んだ後、「ナリオ製品にやられた」と、ぼそりとつぶやいた。
「ナリオ製品って、あの抽選でカレーとふりかけが当たるアレですの?」
「ええ、一万エルドで葉書を五十枚買って応募したら、カレーが八個、ふりかけが十二個当たったわ」
「あ、一応あれ当たるんですのね」
「それをネトオクで売ろうとしたけど、二倍にしようと思って一個千エルドの設定で売っても、ほとんど売れなかったわ……」
どうやらリリスは、抽選で当たる品物を横流ししようとしたが、うまくいかなかったようだ。
「何の変哲も無いレトルトカレーやふりかけが、普通千エルドもしないよねぇ」
「せめて身の毛もよだつカレーとか、そのぐらいの名前のインパクトは欲しいですね」
ロザリーンも、うんうんと頷く。
「結局カレーが二つ売れただけ、もういいわ、ソニアが勝手に次の歌を歌ったらいいわ」
リリスは、ソファーにどかっと持たれかけて、投げやりな態度で言い放った。
「やった! リリスに勝った!」
珍しく勝利を得ることができたソニアは、ソファーにすわったまま万歳をするのだった。
「さて、さっそくですが、冒険を始めますわ」
唐突に、ユコが宣言をする。
メンバーが揃ったところで、今回はユコがゲームマスターということで、テーブルトークゲームで遊ぶことになったのだ。これではいよいよ、テーブルトークゲーム同好会だ。
「キャラクターは前回のを引き継ぎます。あと、リゲルさんは今回はプレイヤーということで」
「サブマスターは要らんのか?」
「たぶん大丈夫ですわ、というわけで、ゾンビの島から帰ってきた君たちは、いつもの酒場の魅惑の壷へ一休みするために向かった」
これは、休み明けにプレイした、リゲルの作ったストーリーの展開を引き継いでいる。
「あれ? 本土はゾンビだらけになっているんじゃないのか? ってか、また魅惑の壷?」
ラムリーザの記憶では、前回リゲルが元ネタとして使用した映画では、島から帰ってくる頃にはゾンビが広まり、本土はゾンビがうろつく最悪な状況になっていたはずだ。
「橋の上の歩道をゾンビがうろついていて救いようが無いように見えるが、下の車道では何事も無かったかのように車が走っているからな」
リゲルもにやりと笑ってラムリーザに続く。
「もう! ヨンゲリアではありませんの!」
その結末を、何故か知っているユコ。
「今は冒険者の酒場ね、あたしナリオカレーを注文する」
ソニアはキャラになりきって発言するが、ナリオ製品で痛い目に合ったリリスは、「ナリオ死ね」と一言つぶやいた。
いきなり雑談炸裂で、ユコは口調を強めて物語の導入部を語った。
「ええと、酒場では少女がマスターと話をしたがっていますが、マスターは聞く気がないらしく、料理の下ごしらえをしています」
「少女は美少女ですか? 不細工ですか?」
「料理は何ですか? スタッフドトーソイキー?」
ラムリーザとロザリーンが、それぞれどうでもいい質問をすると、ユコは憤慨してさらに口調を強めて話を進めた。
「少女は、酒場に入ってきた君たちに、冒険者ですか? と尋ねてきました」
「そこで違うと言えば、何も起きないノーマルルートに突入するわけだな?」
こんどはリゲルが茶々を入れる。
「エロゲじゃありませんの! 君たちははいと答えると、『あの、お願い……いえ、依頼したいことがあります』と言ってきた」
プレイヤーが揃ってふざけているので、ユコは強引に話を進めていく。
「注文のナリオカレーは?」
ソニアがそう言うと、リリスはチッと舌を鳴らし、ユコは無視して話を進める。
「マスターは、やめておけと忠告しています」
「やめておけば何も起きないノーマ――」
ユコに睨みつけられて、リゲルは言葉を途中で止めた。
「話を聞きます」
ようやくロザリーンが、まともに対応してくれたようだ。
「ええと、少女は自分の事をカノコと名乗りました」
「エロゲじゃないと言っておきながら、『グリーンシールへようこそっ』に出てくるヒロインの名前にするのだな?」
リゲルは博識だ、妙な意味で。
「うるさいですの! カノコの依頼は、とある古代王国のダンジョンの探索で、貴重な霊薬エリクシャーを手に入れて欲しいとのことです。報酬は一人当たり一万エルドや、自分の知っている遺失魔法、試作のアイテムや、ダンジョンで見つかった自分にとって必要の無いアイテムを差し上げます、と言ってきた」
「えらく太っ腹だな」
ラムリーザは、やたらと報酬が良い事に気がつき、博識っぽいリゲルに尋ねてみた。
「カノコってどんな感じの少女だろうか?」
「たぶん占い好きな、お嬢様風の巨乳美女だ」
「そこ! 話を逸らさない!」
「おっと! 一応センス・ライをかけてみるけど、いいかな?」
ラムリーザはユコに怒鳴られて、ビシッと姿勢を正して真面目にプレイをする。一応ソーサラーとして、嘘発見の魔法をかけてみることにしたのだ。
「嘘はないようですの」
「それでは受けましょう」
ロザリーンは、今日は妙に雑談の乗りが良いので、進行補助に徹することにしていた。
「エリクシャーって、道具屋で五万エルドで売ってない?」
だが今度はソニアが余計なことを言う。
「それはドラゴンファンタジー2ですの! さて、依頼を受けたということで、カノコは君たちに手付金として五百エルドを支払ってくれました。また、カノコ自身もダンジョンについて行くと言いました」
「占い好きなお嬢様は、大人しく待っていてくれたまえ」
ラムリーザは、リゲルに聞いた内容で勝手にイメージを作り上げて、紳士っぽく振舞ってみた。
「お嬢様じゃありませんの! 占いとか関係ありません! カノコは用意があるので一時間後に落ち合いましょうと言って、酒場から出て行った」
本編に入る前から、ユコは様々なボケに対する突っ込みの嵐で息が上がっている。このまま最後まで完走できるのだろうか?
「さて、遺跡ダンジョンに到着しました。カノコは、遺跡の地図を持っているようです。どうしますか?」
「ソニアの尻を蹴っ飛ばす」
「何で?!」
リリスの意味の分からない宣言に、ソニアは驚きの声を上げる。
「そこに蹴りやすそうな尻があるから。あ、じゃなくて、ソニアに無理やり『おしんりん』を装着させる」
リリスは、今度は先日バラエティ番組で見た謎のアイテムを持ち出してくる。
「じっ、自分で付けたらいいじゃない!」
「ああもう! そんなアイテムは有りません! 君たちは、カノコの先導で遺跡ダンジョンへ入っていった!」
まともなロールプレイが発生しないので、ほとんどゲームマスターが強制的に物語を進めている。
「待て、カノコが先頭はいかん。ソニアとリリスはファイターなのだから、前に出ろよ」
ラムリーザは、一度出来上がってしまった「占い好きのお嬢様」のイメージのせいで、どうも過保護になってしまうところがあった。それを除いても、ソニアとリリスが前に立つのは理にかなっている。
「それじゃあ私が先頭に立つわ。ソニアは足元が見えないから、しんがりを頼むね」
「だっ、誰が足元っ――」
「ガーゴイルが現れましたの! コマンド?!」
また喧嘩が始まりそうになるので、ユコは被せ気味にモンスターの襲来を告げた。
ガーゴイルとは、普段は石像のように固まっているが、遺跡などに侵入してくる者を感知すると、とたんに襲い掛かってくる魔法生物だ。
しばらくの間、ソニアとリリスが主となって戦闘処理が続く。
「えっと、リゲルは何役だったっけ?」
「ん、俺はシーフのようだ。戦闘してもいいが、あいつらに任せよう」
ガーゴイルはそれほど強くなく、ラムリーザとリゲルは雑談する余裕さえあった。
「ソニアの剣がガーゴイルを貫いた時、カノコは先に進んで少し広まったホールのような所へ入っていった」
「また一人で先に進む……」
ラムリーザは、慌てて後を追おうとする。
「ソニアの風船おっぱいを揉む」
「カノコが部屋に入ると、突然魔法の障壁が張り巡らされ、カノコは一人中に閉じ込められてしまった。障壁は透明で、中の様子を見ることができます」
ユコは、リリスの意味の無い行動宣言を無視して話を先に進める。
「障壁は壊せないのですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは壊せませんと答えた。
「結界にナリオふりかけをかける」
「結界の中にあった骨の破片が集まったかと思うと、突然二体のスケルトンウォリアーとなってカノコに襲い掛かってきました」
ユコは、ソニアの意味の無い行動宣言を無視して話を先に進める。リリスが「ナリオふりかけ」に反応してソニアを睨みつけるが、ユコはそれも無視する。
「まずいな、えっと、何か手を打てない?」
「結界はびくともしません。カノコは、持っていたスタッフを使って、スケルトンウォリアーを砕いて倒しました。スケルトンウォリアーが砕けると、同時に結界も取り除かれました」
「なんだ、強いじゃないかお嬢様」
「しかし、無傷でとはいかなかったようで、腕を怪我していますの」
「それはいかんな、えっと、プリースト役は誰だったっけ?」
ラムリーザの問いに、ロザリーンが「私です」と答えた。
「傷口にナリオカレーをすり込む」
「ソニアにローキックをぶちかます」
「カノコは、『このくらいは大丈夫です』と言って、自分にヒーリングをかけて怪我を回復させましたの」
ユコは、ソニアとリリスの無駄な宣言を無視して、どんどん話を進めていく。
「これはまるで吟遊詩人だな」
リゲルのつぶやいた一言に、ユコは憤慨する。
「あなたたちが変な宣言しかしないからですの!」
いや、変な宣言をしているのは、主にソニアとリリスだけだ。
「まあいいや、それじゃあ他の場所を探索してみる」
「ほとんどが荒らされていて、たいした物はありませんでした」
「む……」
ソニアとリリスが睨みあい、残りの者が真面目にプレイする、いつもの流れのままゲームは続いていった。
「遺跡の奥に、地下へ通じる階段がありました」
「そうか、まだ一階だからな。ここまでなら他の冒険者も入ったのかもしれないね」
「ですの。さて、地下一階の部屋に入ったとたん、えーと、全員精神抵抗してください」
「唐突だね」
そう言いながらラムリーザはダイスを転がし、他のメンバーもそれに倣った。
「あ、ラムリーザ様とソニアの二人は抵抗に失敗しましたわ。二人とも眠ってしまった」
ユコは、全員のダイスの目を確認して言った。
「ソニアは寝る時はラムリーザと一緒じゃないとダメみたいだからな」
リゲルは、夏休みのキャンプの夜の出来事を思い出していた。わざわざ男部屋に入ってきたソニアだ。
「じゃあ、私が膝枕してあげるわ」
リリスがそう言うと、ソニアは怒って「正座するリリスの足の上に、石抱のように大きな石を乗せる」と宣言した。
「ソニアは寝ているから行動できません。ラムリーザ様とソニアは、気が付くとそれぞれ暗闇の中に立っていました。お互い遠く離れた場所に見えていますが、近づくことも声が届くこともありません。また、カノコも離れた場所に立っています」
「寝ているソニアの服を脱がす」
「突然カノコの前に、金色に輝く巨大なドラゴンが出現し、カノコに燃え盛る炎を浴びせてきます。だけど、炎は真っ二つに裂け、カノコには届かなかった。そして、カノコの放った三本の光がドラゴンに命中し打ち倒した。と同時に、カノコの姿も薄っすらと消えていった」
相変わらず意味の無い宣言をするリリスを無視して、ユコは一気に話を進めた。
「吟遊詩人――」
「ラムリーザ様の前にはヴァンパイアロードが、ソニアの前にはグレーターデーモンが現れました」
リゲルの呟きをかき消すかのように、ユコは早口で宣言する。
「ちょっと待て、いきなり強敵すぎんか? いや、それは無理だって」
「ラムの前には吸血鬼の王が現れたのね、根暗吸血鬼の親玉だ!」
ソニアは、目の前に現れた脅威よりも、リリスをからかうことに熱心なようだ。
「ソニアの装備は全部剥ぎ取ったわ。今裸で寝ているの、くすっ」
リリスは宣言をゲームマスターに無視されたが、実行したつもりになっているらしい。
「いや、ふざけている場合じゃないって……」
テーブルトークゲーム故、なんとも緊張感が無いが、ラムリーザは唐突に巨大な困難にぶつかったようだった。ただし、ふざけているソニアも同様の困難にぶつかっているのだが――。
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