TRPG第二弾「カノコの依頼」 第二話
1月23日――
ラムリーザは暗闇の中、ヴァンパイアロードと対峙していた。
ヴァンパイアロードは、妖しげな視線を向けて挑発している。
ラムリーザは、ヴァンパイアロードに臆することも無く、落ち着いてファイアボールの詠唱をした。
「炎の源となる魔神シュトロラムダよ、その吐息を焼き尽くす破壊の炎とし、我が歩みの妨げとなる全ての存在を消滅させよ! そして私も消えよう! 永遠に!」
ヴァンパイアロード目掛けて、大きな火球が飛んでいく。命中すると同時に、暗闇が赤々と照らされた。
だが、もうもうと立ち込める煙が消えた後には、ヴァンパイアロードが平然と立っていたのだ。
今度はヴァンパイアロードが襲い掛かってきた!
「だから無理だって、ヴァンパイアロードって最強クラスの敵キャラでしょ? 数回冒険こなしたぐらいの僕には勝てないってば」
ラムリーザは、無理を強いてくるゲームマスターのユコに不満をこめて言った。
部活動と称したテーブルトークゲームにて、ラムリーザは思いもよらぬ窮地に立たされていた。
「でも暗闇から抜け出すには、目の前の敵を倒さないとダメですの」
「どうでもいいけど、また自滅するのね。それに炎の魔神の名前も前のと違うわ」
「うるさいよ。魔法は効きそうにないから、接近してきた敵の顔面を掴む」
ラムリーザは、リリスに余計なことを突っ込まれたので、少々ヤケを起こして無茶な行動を宣言した。
「それはなんですの?」
ラムリーザとしては、レフトールと戦ったときの再現をしているつもりなのだが、ユコにはうまく伝わらなかったようだ。
そこで、ポケットからゴム鞠を出すと、ユコの目の前に突き出して思いっきり握り締めた。ゴム鞠は押しつぶされて、今にも破裂しそうだ。
「ひっ、ヴァンパイアロードは動きを止めた……!」
変形したゴム鞠から、仰け反って逃げながらユコは状況を説明する。
「そのまま敵を持ち上げる」
ラムリーザは、ゴム鞠を握った腕を、ゆっくりと上へ持ち上げた。
「ヴァンパイアロードは、持ち上げられて足をぶらぶらさせてますの……」
「そのまま地面に叩きつける」
顔面を掴んで持ち上げて、そのまま頭を地面に叩きつける荒技。
ラムリーザは、「りんご潰し最終形!」などと言いながら、テーブルの上にゴム鞠を叩きつけて見せた。技名は何ともしまりの無い感じだが、プロレスで言う所のアイアンクロースラムのようなものだ。
ユコは完全に怯えきってしまい、「ヴァンパイアロードは、頭を強打してやられました……」とおぼつかない口ぶりで言った。
「やれやれ、これはプロレス、というか口プロレスだな」
リゲルは、呆れたのやら感心したのやら、どちらとも取れる感じで呟いた。
戦闘の判定行為はファイアボールだけで、その後は判定もせずに行動だけを宣言していた。その宣言が、ゲームマスターを怯えさせ、無理を通した形になってしまったのだ。
「あたしもそれ使う、グレーターデーモンの顔を掴んで持ち上げる」
同じく暗闇に落ちているソニアは、ラムリーザに倣う。
「そんな非常識なことは有り得ませんわ! グレーターデーモンをご存知ですの?!」
確かに、ラムリーザが対峙していたヴァンパイアロードは等身大だが、ソニアが対峙しているグレーターデーモンは、ソニアの何倍も大きな化け物だ。
「じゃあ巨大化して持ち上げる」
「む……」
ユコは、一瞬言葉に詰まる。だが、もともと設定していた内容に準じて、話すことにしたようだ。
「ソニアは巨大化して、グレーターデーモンの顔を掴んで持ち上げた」
「なんやそれ?!」
ソニア以外のプレイヤーから、壮絶な突っ込みの言葉が同時に上がった。
「そのまま地面に叩きつける、りんご潰し最終形!」
調子に乗ったソニアは、さらに攻撃を加えた。ただし、ラムリーザの取った行動の二番煎じである。
「グレーターデーモンは、頭を強打してやられました」
「やった!」
喜んでいるのはソニアだけ。他のメンバーは、白けきっていた。
「二人とも目を覚まして、暗闇の世界から帰還してきました」
「ユコさん、えっとその、これはどういった世界観なのですか?」
ロザリーンは、冷静に尋ねる。人間が巨大化できるとあっては、まともなゲームにならない。
「今さっきの暗闇の世界は、実は夢の中なのです。夢の中だから、全て自分の思ったとおりになりますの。だから、ソニアが巨大化すると言ったら、巨大化したのです」
これにはロザリーンも反論できない。
「夢と気づかなければどうなっていたんだい?」
「カノコが目覚ましの魔法で助けてくれました」
「まあいいか」
ラムリーザ的には何の問題も無い。どうせ夢なら、現実に可能なことではなくてソニアみたいな突拍子も無いことをやってのけた方が面白かったかな、とは思っていたが。
この後、再びガーゴイルの襲撃などがあったが、全員で力を合わせて撃退して進んでいった。
「さて、しばらく道を進むと、地下二階への階段へと辿りつきました」
「各階ごとに仕掛けがあるだろ?」
「ネタバレはしませんの!」
というわけで、地下二階へと進んでいった。
ここでもガーゴイルや、スケルトンウォーリアーを倒しながら先に進むことになった。とりあえずバトルにしておけば、謎解きでは黙りがちなリリスも楽しんでくれるので問題無い。
「さて、進んでいくと大きな部屋にたどり着きました。中は、特殊な結界が張っているようですの」
「カノコの傍を離れない」
ラムリーザは、一階での出来事を覚えていて、先読みしてカノコに引っ付くことにした。
「ふふっ、ラムリーザはカノコの方が好きなのね、振られたソニア可哀相」
リリスは軽く笑いながら余計なことを言う。
「かっ、カノコを蹴っ飛ばす!」
「ダメですの! この特殊な結界は、魔物が入ってこれないようになっているようです。だから、安全に休むことができますの」
内乱を起こしそうになったソニアの宣言を否定して、ユコは話を続けた。
「ラムリーザ、カノコ、お幸せにね」
「捜索技能でロールして下さい!」
リリスの言葉を大声でかき消しながら、ユコはメンバーに行動を促した。
「捜索技能って何?」
ラムリーザの問いに、ユコはルールブックをめくって答えた。
「盗賊技能があれば、知力ポイントを使ったロールができます。持っていなければ、ダイスの平目を使います」
「盗賊技能、誰が持っていたっけ?」
「私が持っているわ」
戦士だと思っていたリリスが持っていた。そういえばキャラクターを作るとき、リリスは悪党出身で盗賊技能を最初から持っていたっけ。
「では盗賊レベルと知力でロールして下さい」
ユコに促されて、リリスはダイスを転がした。
「これでいいのかしら?」
「うーん、何も見つかりませんねぇ」
「リリスは知力が低いから」
今度はソニアが余計なことを言う。リリスも「あなたに言われたくないわ」と負けていない。
まぁリリスの知力はともかく、盗賊が本職ではないから仕方が無いとも言える。
「それじゃあ俺がやってみよう」
元々盗賊が本職のリゲルが同じ判定を行なった。
「あ、そのポイントだとこの部屋に隠し扉があることに気がつきますわね」
「さすがリゲルさん」
ロザリーンに持ち上げられて、まんざらでもないといった感じのリゲル。だがソニアは、先日「海賊船長エルリグ事件」があったためか、眉をひそめて睨みつけている。
「それじゃあ隠し部屋に入ってみようか、どんな感じ?」
ラムリーザの問いにユコは、「扉はスライド式で、押さえていないと閉じてしまいます」と答えた。
「それなら僕が押さえておくから、他のみんなで探索してみたらいい。敵は居ないよね?」
ユコは「居ません」と答えたので、他のメンバーは隠し部屋の中へと入っていった。
「奥の台座に剣が見えます。ですが、その前に透明の扉があって、先に進むことはできません」
「罠があるかもしれませんね……」
ロザリーンが慎重にと促す。するとソニアは、また余計なことを言い始めた。
「リリスは頭が悪いから、調べたら罠に引っかかるから止めた方がいい」
「うるさいわね、ソニアは足元に転がっていた岩が、風船おっぱいのせいで見えなくてつまずいて転んだ」
リリスは逆上して、ゲームマスターでもないのに勝手に話を作り上げてしまった。
「なっ、何が風船おっぱいっ――。……子供たちよ、よーく聞け。今度は、ナリオカレーとナリオふりかけが、毎月千五百名様に当たる」
ソニアも逆上しかけたが、すぐに思いとどまって厳かな声でCMの台詞を真似てみせた。
これはリリスに効いた。リリスは、「ナリオカレーを買え! 千エルドで買え!」と騒ぎ出す。ナリオ製品で痛い目にあっているので、今日のリリスは打たれ弱い。
騒ぐ二人を尻目に、リゲルは淡々と「罠の確認をする」と宣言して、ダイスを転がした。
「あ、そのポイントだと扉に罠が仕掛けられていることに気がつきますわね。えーと、リゲルさんは扉の罠を外しました。台座に置かれている剣は、エア・フィールド・ソードと言って、エア・スクリーンの効果を持つ魔法の剣ですの」
「エア・スクリーンって何だい?」
「ラムリーザ様、ソーサラーをプレイしているのですから、魔法は覚えて下さいね。エア・スクリーンは、対象を空気の膜で覆う防御魔法です。クラウド系の毒魔法に対する抵抗を持つことができます」
ラムリーザは、ファイア・ボールしか知らないソーサラーであった。このテーブルトークゲームを長くやっていくのなら、近いうちにルールブックを買っておかなければ……、ラムリーザはそう思うのだった。
「魔法剣? かっこいい! それあたしが使う!」
魔法剣と聞いて、ファイターのソニアが黙っていない。当然のごとく、所有権を主張する。
「私によこしなさい、あなたは棍棒で十分よ」
これまた当然のごとく、リリスが反論する。
「何よ! リリスは竹ざおを使っていたらいいんだ!」
「竹やぁ~、さお竹~――、じゃない! あなたはパチンコでも飛ばしていたらいいのよ」
「パチンコ使えるだけマシ! リリスは魔女だからパチンコ使えないから物理攻撃ダメ。ほうりきも半分しか使えないからダメ。精一杯ほうりき使おうとしてこびとぞくにしたら、シスターより優れている折角の利点であるきようさが50しかなくて意味が無い。きようさをせめて75にしようとしたら、ほうりきが物理攻撃も最強クラスの騎士と同じだけしか使えない。どうしようもなく使えない魔女、意味の無いクラスの魔女、見た目しかとりえの無い魔女、可哀相な――むー、むーっ――」
ソニアの意味の無い演説のおしまいの方は、業を煮やしたラムリーザに抱えられ口を塞がれて言葉にならなかった。
他のメンバーは呆然として黙り込み、静まり返った部室内に、下校の時間を告げる放送が流れ始めた。
「もういいですの、続きはまた今度。それまでに剣の所有者を決めておいて下さい」
そう言ってユコは、ルールブックとマスタースクリーンを畳み、今日はお開きとなった。
帰り際にリゲルは、ソニアに包みを一つ渡して立ち去って行った。
「あ、チョコレートだ」
リゲルから受け取った包みを、屋敷に戻ってから開いたソニアは、中に入っていた珍品に驚いた。
チョコレートは、帝都よりもさらに南方にある熱帯でしか取れない原材料を使ったお菓子で、割と高級品で一般にはあまり広まっていない。
「リゲルも珍しいもの持ってたんだね」
「甘くて苦くておいしい」
ソニアは、早速ポリポリとかじりながら、至福の表情を浮かべていた。
「明日リゲルにお礼を言っておくんだぞ」
「うん」
素直になったソニアに、こういう懐柔の仕方があるのか、とラムリーザは思った。
恐らく先日の「海賊船長エルリグ事件」をリゲルなりに解決させようとしたことなのだろう。それは、恐らく効果が出ていることだろう。
「食べ過ぎるとおっぱいがまた膨らむぞ」
「ラムの馬鹿!」