ユグドラシルと彼のラムリーズ
12月3日――
月初めの週末は、アンテロック山脈中腹にあるオーバールックホテルでのパーティだ。
もう何度目になるだろうか。最初の頃は、馴染んでなくて緊張していたが、今ではソニアなどは自由に振舞い過ぎている。
ラムリーザたちのグループは、ソニア、リゲル、ロザリーンに加えて、ロザリーンの兄であるユグドラシルの五人がいつものグループになっている。ソニアはいつものように食事に夢中になり、リゲルとロザリーンはノンアルコールのシャンパン片手に談笑している。
ラムリーザとソニア、リゲルとロザリーンがカップルなのに対してユグドラシルは独り身だ。そんな所から、ソニアからは「もてないロザ兄(ロザリーンの兄)」と呼ばれている。
これはもう、すっかりお馴染みの光景となっていた。
今日も前回と同じく、まずはフォレストピア開発の進捗報告から始まった。
現在新開地フォレストピアでは、主に作物の生産が行なわれていて、実際に人が住み始めるのは次の春からということになっている。
麦畑のジョン・クオリメンや、芋豆生産者のポール・スウィングス等からラムリーザが話を聞き、リゲルが帳簿にまとめる。
生産者から聞いた話では、特に問題は起きておらず、このまま現状維持で開拓を進めよということで、進捗報告会は終わった。
その後、リゲルの父親ライデル氏が、ラムリーザの母親ソフィアと共にやってきた。
特別重要な用件ではないが、ただ新開地フォレストピアにおいて、運輸、物流システムを新たに構築するということで、組織改革を行なうという話だった。その結果、現在ポッターズ・ブラフに住んでいる者の中で、新開地発足と共に引っ越す者が出てくるという話だった。この件に関しては、シュバルツシルト卿、ライデル氏に一任しているので、あまりラムリーザの気にすることではなかった。
ただ、ラムリーザがこの話を聞いている間、リゲルはそっぽを向いたまま、やはり父子間の関係はまだ修復していないようだ。
進捗報告が終わると、早速ユグドラシルがやってきた。そして気楽な感じで「演奏しようじゃないか」と言って、ラムリーザたちを誘った。そんなわけで、食事を続けたがるソニアを引っ張って、五人は演奏コーナーに向かい一時的に演奏を代わってもらうことにした。
ラムリーザたちは、前々回のパーティでユグドラシルから貰った楽譜を元に、ユコに手を入れてもらって担当楽器に合わせたアレンジを入れて、練習をしてきたのだ。この練習は、文化祭が終わり定期試験も終わり、その後のテスト明け休日などを利用して行なった。
また、主旋律となるユグドラシルのバイオリンパートをリリスのリードギターに置き換え、ラムリーズとしても演奏できるように利用している。ただし、元々この曲はバイオリンの音が主旋律を奏でるインストゥルメンタルだったので、歌は無い。歌詞を当てようにも、まともな作詞ができる人がメンバーに居ないので、今後ラムリーズとして実際にステージで演奏するかどうかは謎だ。
しかしパーティーが始まる数日前、ちょっとした問題が発生していた。リリスとユコの二人が、パーティーの存在を知ったのだ。
二人は主に、ソニアに対して「ずるい」を連呼する。
この地方の有力者の子息を集めたパーティなのだから、リリスとユコが出ることは無いし、そのことについては二人とも諦めて納得した。しかし、執事とメイドの娘、使用人の娘であるソニアが参加しているのはずるいというわけだ。
「何よ! 将来のラムリーザ・フォレスター夫人候補なんだからいいの!」
「私たちも嫁候補なんですけど」
リリスは、ラムリーザに対してめんどくさいことを言ってくる。彼女は嫁候補というラムリーザも聞いたことも無いような持論を展開するが、ソニアも「吸血鬼や呪いの人形は候補じゃない!」とやりかえす。そもそもラムリーザは、候補とかを考えたことは無いから、騒がれても困るだけだ。
むろん、リリスたちの意見が通るわけでもなく、ラムリーザの取り巻きだからという理由で参加できない。そこは諦めるしかないが、ソニアはずるいという話で締めくくっていたのだ。
そういうこともあったが、パーティ会場のステージを借りて演奏することになった。
メンバー全員が定位置で準備完了したのを見計らって、ユグドラシルは挨拶を行なう。この五人になると、リーダーはユグドラシルということだ。
グループ名は、『ユグドラシルと彼のラムリーズ』となっている。まるでロックグループにでもつけているような名前だ。
もしもここにリリス等が居てこの名前を聞いていたら、「ラムリーズをバックバンドみたいにするな」とか言って怒っただろう。
ラムリーザ自身は、先輩を立てるということを心得ているので、ユグドラシルが筆頭に立つことに抵抗は無い。元々、ジャンがリーダーをやっていたグループに属していたというのもあった。
リゲルとロザリーンも、どちらかと言えば裏方に徹して目立たないようにするタイプなので、特に何も言わない。
「ちょっと! なんであたしたちが、もてないロザ兄の家来みたいになってるの?!」
ソニアが文句を言った。やはりソニアとリリスは思考回路が似ているようだ。
ラムリーザの咳払いでソニアは黙り、ユグドラシルの司会進行は滞りなく進んでいった。以前、文化祭後夜祭のダンスパーティで、ユグドラシルは演奏の音頭を取ったことがあるので、十分に慣れている。
さてこのグループだが、構成はバイオリンとピアノがメイン、それを支える形でギター、ベース、ドラムという組み合わせだ。ジャズミュージックとでも言うのだろうか。管楽器が欲しいところだ。
「それでは『サンフラワー』、お楽しみください!」
ユグドラシルの合図で、演奏は始まった。
ラムリーザとソニアは、文化祭の後夜祭でユグドラシルと演奏しているので、バイオリンが加わったところで気になることは無かった。ロザリーンも、ピアノとバイオリンの組み合わせは自然といった感じだし、リゲルはいつも通りに黙々と正確にコードを奏でている。
そういえば、文化祭は大盛況で幕を閉じていた。
生演奏でのダンスパーティも好評で、来年もそうしようといった話になっているのだ。
ちなみに、現在演奏しているサンフラワーは、そのダンスパーティの時にも演奏していた。
そんなこともあり、文化祭実行委員長だったユグドラシルの評判もうなぎのぼり。時期生徒会長の座は、ほぼ確定したと言ってもいいだろう。
生徒会の引継ぎは、年明けに行なわれることになっていて、そこからユグドラシル政権が始まるだろう。それはそれで、楽しみだ。
即席グループである「ユグドラシルと彼のラムリーズ」の演奏は終わり、近くで聞いていた人たちからささやかな拍手が沸きあがる。ユグドラシルはゆっくりとお辞儀して、その拍手に答えた。
ただ、ケルムは少し離れた位置から、腕組みをしたままじっとステージを見つめていた。
ケルムはこの地方の領主の娘であり、風紀に厳しいお堅い方だ。胸が大きすぎて制服もまともに着こなせないソニアとは、よくぶつかっていた。
彼女はまるでラムリーザとユグドラシルが近づいたのが気に入らないような、そんな表情を浮かべていた。
一方ニバスは、拍手しながらステージに近づいた。
ニバスはハーレムを築くことを趣味にしていて、今も何人かの女性が彼の後をついてきている。取り巻きに囲まれたまま、ステージ上のユグドラシルに話しかける。
「おい、よぉ。俺にも一曲歌わせてくれよ」
「いいけど、何を歌うんだい?」
ユグドラシルは、飛び入りの客を快く受け入れる。
「そうだなぁ、ハウンド・ドッグにしよう」
「む……、知ってるかい?」
ユグドラシルは、ラムリーザの方を振り返って聞いた。
その曲なら、文化祭のカラオケ喫茶での曲のレパートリーとしてやっていた。伴奏としては、シンプルなものだ。
「てめーはいつも口だけだ、吠えてるだけの女ったらし!」
ニバスは、ステージの端に片付けられていたマイクスタンドを持ち出してきて、伴奏に合わせて怪しげな腰振りダンスをやりながら歌いだした。得意げな感じで歌うニバスの歌声に、取り巻きの黄色い歓声が響き渡った。
上流階級のパーティが、一気にナイトクラブ風へ変化を遂げた。この雰囲気は、まるでシャングリラ・ナイト・フィーバーだ。
まあよいだろう。パーティというものは、楽しければそれでよいのだ。他の参加者も楽しんでいることだし、気にすることはないだろう。
こうして、七回目のパーティも幕を閉じた。
これからのパーティは、ラムリーザにとってフォレストピアの進捗確認、そしてユグドラシルとの演奏を楽しむ場となっていくだろう。
いずれはリリスやユコも連れてくることができたらいいな。いや、そんなことしたらソニアと騒いでばかりで、周りに迷惑をかけることになるだろうか。