ハーレムを形成しろと言われてもな……
2月18日――
ラムリーザはこの日、珍しい客を屋敷に迎えることになった。
ユコは何度か来た事があるが、レフトールとその子分マックスウェルが来たのは初めてだった。
「珍しい組み合わせだね」
ラムリーザの一言にレフトールは、「ゲーセン連合だぜ」と答えた。
「そっか、でもここはゲームセンターじゃないよ」
そう言うとレフトールは「これからゲームセンターになるんだぜ」と答えた。
ラムリーザが首をかしげると、マックスウェルが「違うだろ」と突っ込んだ。
「格闘ゲームする? あたしか相手になるよ! なるよ!」
よく考えてみたら、ある意味ゲームセンターなのかもしれない。
ソニアは、新しいカモ、いや新しい対戦相手を迎えられるかもしれないということで、楽しそうにしている。
「サイコ投げとダブルニーハメしかやらねー奴とは勝負しねーよ。それよりもだ、ラムさん」
レフトールは、いつになく真面目な顔つきになって語りだした。
「今日はラムさんに頼みがあって来たんだ。ユコを匿ってくれないか?」
「匿う? 何か危ない問題でも起きているのか?」
一昨日からユコの様子がおかしいので、ラムリーザはいよいよ不安になってしまう。今のユコの様子を見てみても、なんだかそわそわしていて落ち着きが無い。
「ああ、匿うって言い方はおかしいな……、そうだな、居候させてやってくれないかな?」
「居候って……」
ラムリーザは、自分の部屋へ三人を案内しながら、一体何の話を持ち込んできたのだ? と考えていた。
一方ソニアは早速格闘ゲームを立ち上げて、ソファーに座って自分の隣をバンバン叩いて座るように促している。ゲーム画面ではいつものキャラクターで待ち構えているが、もちろん誰も相手にしない。
「ユコ、一昨日の夜からいったいどうしたの? 昨日は学校休んでいたし」
ラムリーザに話しかけられても、ユコは口を尖らせたまま黙り込んでいる。
「ラムさん、こいつこの春に転校するかもしれないんだ」
「転校? え? ユコ引っ越すの?」
ユコは、面白く無さそうにラムリーザと視線を合わせないまま頷いた。
「どこに引っ越すの? ってそれはあまり関係ないか……」
「そうだよ。で、こいつはラムさんたちと離れ離れになるのを嫌がっている。そういうわけで、ラムさんの家に匿う――、じゃなくて居候させてやってくれってわけだ」
そこでラムリーザは、ある程度の事情がわかってきた。一昨日にユコが突然メイドとして雇って下さいと言ったのも、ラムリーザの屋敷に住み着いて、これまでどおりに学校に通うつもりだったのだろう。
「ユコのお父さんの仕事は何? 権力を利用するみたいになって何だか気が引けるけど、残ることができるように仕事を斡旋することもできると思うよ」
ラムリーザは、そう提案してみる。次の春から本格的に始動するフォレストピアの開発には、人手はそれなりに必要だった。
「お父様は、地方の運輸担当ですの。三年前からこのポッターズ・ブラフ担当としてやってきましたが、出世して次の春から新しい町で運輸の取り纏めをするようになったみたいなんです」
「運輸かぁ。この地方だと、シュバルツシルト鉄道の従業員ってところだね」
「そうそれ」
レフトールは、無い知恵を振り絞って考えた提案をした。
「リゲルの所が総纏めやってんだろ? リゲルに頼み込んで、親に取り計らってもらえばいいんじゃないかな? この人事を止めてもらうようにさ」
「それじゃあ僕じゃなくてリゲルに頼まないと」
「いやぁ、ラムさんは人当たり良いから相談しやすいけど、リゲルはどうも苦手だ」
レフトールは、頭をかきながら照れくさそうに言った。
「それは分かる気がする。でもなぁ……」
ラムリーザは、リゲルと父親の関係はリゲルから聞いていてよく知っている。リゲルの元彼女ミーシャの件で、父息子の関係は今の所冷え込んでしまっていた。そんなリゲルが、父親に頭を下げるだろうか……。
「とりあえず、ラムさんのところに居候させたら、転校する必要は無くなるんだけどな」
そこでラムリーザは、いつもソニアが言うことを聞かない時に、脅しに使っている施設があることを思い出した。
「そういえば、学校指定寮の桃栗の里ってのがなかったっけ?」
「親が入寮を許してくれないんだとさ」
「ああ、ユコを手放したくないのね。その気持ちも分かる、分かるけど、どうしよっかなぁ」
ユコを手放したくない両親の気持ちも分かる。友人から離れたくないユコの気持ちも分かる。
「二つに一つだ」
レフトールは、指を立てて言葉を続けた。
「ラムさんがユコを引き受けるか、ユコの親に転校を止めさせるかだね」
「いや待って、寮に入れたくないのなら、僕の所に居候させるのも反対なのじゃないかな?」
それでなくとも、ラムリーザ自身がこの歳で人を引き取るのは難しいだろう。また、転校を止めさせると言っても、仕事の都合での転勤なのだから仕方がない。学校指定寮に入れるにも、親の同意が必要だ。
ただ、いつもラムリーザがソニアを寮に入れると言っている件については、ソニアの言動を親に報告してしまえば難しくないだろう。
「ねー、あたし待ってるんだよ、誰か対戦しよーよ!」
相談に加わらず、ソファーを相変わらずバンバンさせながらずっとゲーム画面の前で待っているソニアが口を挟んできた。
「おっぱいちゃん、ゲームなんかで格闘せずに、俺とそこにある大きなベッドの上で格闘しないか? へっへっへっ」
レフトールは、ソニアの巨大な胸を凝視しながら、いやらしい笑い声を上げながら言った。
「こらこら、まだ昼前だぞ?」
ラムリーザの突っ込みも、どこか的が外れている。
「おっ、夜なら問題無いのか。ん? 待てよ? ソニアはラムさんの屋敷に居候? それともたまたま遊びに来ているだけ?」
「居候になるのかなぁ?」
「あたしもここに住んでるもん。それより対戦!」
「めんどくせぇ。マックスウェル、相手をしてやれ」
レフトールは、ソニアのお守りをマックスウェルに押し付けた。しかし、マックスウェルも嫌そうな顔をする。
「えー? こいつハメ技ばかり使う奴だろ? 前にピートがゲーセンで喧嘩になってたじゃんか、そんな奴と対戦するのは嫌だぞ」
ソニアの格闘ゲームでの悪名は広まっているようだ。負け役を引き受けてくれるラムリーザ以外は、まともに対戦に応じてくれなくなっている。
「はいこれ!」
ソニアは、二つ目のコントローラーをマックスウェルに押し付ける。不本意ながら、マックスウェルは対戦に応じるしか無くなってしまった。
「でもさぁ、ラムさんが他人のソニアと住んでいるのなら、そこにユコを加えてあげても問題無くね?」
レフトールは、現状を見て軽く考えているが、ラムリーザとソニアの事情は年季が入っていて普通の関係ではない。恋人同士の同棲とも言えるが、家庭の環境で生まれたときからずっと同じ屋根の下で暮らしてきたのだから、この現状も自然に受け入れられていた。
しかしユコが急にそこに加わるのには、流石にラムリーザにも抵抗があった。
「ソニアは恋人だし」
そこでラムリーザは、無難な回答を上げておく。
「ユコも恋人にするとか?」
レフトールも無茶を言う。ラムリーザは、その状況を想像して、ある先輩の顔が浮かび上がった。
「……いや、それだとニバスさんになってしまう」
「ニバス? ああ、あのハーレム先輩か。いいじゃん、ラムさんもハーレム作れば。このユコと、ついでにあの根暗吸血鬼とか連れ込んでも、誰も文句言わねぇって」
「こら、その呼び方をしない。僕の仲間で居たいのなら、リリスと名前で呼べ」
ラムリーザは、レフトールに厳しい顔をしてみせる。それに数か月前、子分に「またハーレム作ってやがる」と言わせたのは誰だ? と問い詰めたい。
「お、ああ、す、すまん。リリスとユコね。そういえば、ユグドラシルが生徒会長に当選していたな」
レフトールは、慌てて世間話を混ぜ込んで誤魔化す。ラムリーザたちはあまり話題に挙げていなかったが、先月下旬に投票結果が出て、ユグドラシルは無事に生徒会会長に就任することができていた。
一方テレビの画面では、ソニアの操る緑色の軍服男が、マックスウェルの操る格闘家を画面端に追い込んで、ダブルニーハメと呼ばれているハメ技で固めていた。
「とにかく、ユコのことだが……」
そこで、これまでほとんど口を開かずに聞いてばかりいたユコが、ようやく口を開いた。
「みんなありがとう、私のためにここまで動いてくれて……」
「まだ少し期間があるから、なんとかしてみるよ」
ラムリーザは、あまり望みは持てないが、ユコを安心させるようなことを言った。
「そうだな、たとえ遠くに行ってしまっても毎日手紙を送るよ。想いの全てを送るから、遠く離れてしまってもな」
レフトールの安心させようとする言葉は、少し芝居がかりすぎている。
「あはっ、レフトールさんのその台詞って、なんだか歌の歌詞にできそうですわ。遠く離れてしまっても、毎日手紙で思いをつづるなんてね」
「で、レフトールのユコに対する想いって何だい?」
ラムリーザの問いにレフトールは、「愛だろ、愛!」と力強く答えた。
「レフは、ユコと付き合っていることにしているんだぜ」
マックスウェルは、ソニアと真面目に対戦することを放棄して、適当にコントローラーを操作しながら顔は画面ではなくてラムリーザたちの方を向いて茶々を入れてくる。
「ほんま? いつの間に?!」
マックスウェルの一言を真に受けて、ラムリーザは驚く。
「私は付き合っていませんの!」
「だよなぁ、ま、俺もおっぱいちゃんの方が良いけどな」
ユコに力いっぱい否定されて、レフトールは頭をかきながらソニアの胸に手を伸ばそうとする。だが手が届く前に、ラムリーザに腕を掴まれてしまった。
「ダメだ、ソニアのおっぱいを触ってもいいのは僕だけだ」
レフトールは、ラムリーザに掴まれた腕を慌てて引っ込ませるが、ラムリーザはガッチリと掴んでいて離さない。
「待って待って待って、手を離そう、離そうじゃないか、力入れたらダメだぞ、あーダメだ。こりゃダメだ、困った困った」
レフトールの、ラムリーザ握力恐怖症もすっかり染み付いてしまっている。慌てふためいて、おかしな台詞を発している。
「ちなみに、今日は帝都でライブだ。これからそろそろ出ようかなと思っていたところだけど、レフトールはどうする?」
ラムリーザの手から逃れたレフトールは、掴まれていた腕をかばいながら「それすげーな、行ってみたいぞ」と答えた。
「汽車賃は持ってるのか?」
マックスウェルの冷静な突っ込みに、レフトールは「うぐ」と顔をしかめる。
「いいよ、今日だけなら僕が出してあげる。折角だからマックスウェルも行こうか」
「おう、行こうぜ行こうぜ」
すっかり乗り気になってしまったレフトールは、子分も同行するように促した。
「ちょっと! この人さっきから他所向いて適当なプレイしかしていない!」
ようやくソニアも、マックスウェルが真面目にゲームをプレイしていないことに気がついた。マックスウェルは、ただ画面の端でガードしているだけだ。そこにソニアは、ひたすら同じ技で体力を削っていただけだった。
「よし、このせっこい奴の相手は、今度は俺様がやってやる」
レフトールは、ユコの問題が少しは良い方向へと動いたので安心して、ソニアの相手をしてやるのだった。
その一方で、ラムリーザはリゲルに連絡を取っていた。
リゲルにユコの事情を話して、親の仕事の転勤を無かったことにできないか話をしてみてくれと頼んでみたのだ。
リゲルは現在父親とは仲が悪い。そういうわけで最初は渋ったが、ラムリーザの熱心な頼み込みで、少しぐらいは話してみると受け付けてくれた。
「これでよし」
ラムリーザは、ユコの目の前で親指を立ててみせる。それを見たユコも、嬉しそうに微笑むのだった。
少しは気が楽になったかな?