TRPG第三弾「カノコ誘拐事件」 第一話
2月20日――
今日も部活はテーブルトークゲーム同好会状態。
ユコが転校するという話はこの日の朝の内に皆に知れ渡ることとなり、いずれは盛大なお別れパーティを開こうという話になった。
しかし、テーブルトークゲームはまた別である。
「もう私がゲームマスターをできる日も残り少ないですの。急いでカノコの物語を完結させましょう、というわけでリゲルさん、しばらくは私がゲームマスターメインでやりますの」
リゲルは、「それはかまわんが」と答えた。
「ユコのゲームを続けられるように、いろいろ考えてはいるんだけどね」
ラムリーザはそう言うが、まだ具体的な方法を思いついたわけではない。
「それでは今回の物語、『カノコ誘拐事件』の始まり始まりぃ~」
「カノコは前回のあのNPCか。そいつが誘拐されるとなると、相手はかなりの大物だぞ」
リゲルは、神妙な顔つきでラムリーザに話しかけた。
「まぁ占い好きのお嬢様だからね、誘拐されることもあるだろうよ」
「いや、カノコは並みの女じゃない。ほら、なんだったか、カノコしか使えませんとかそんなチートな魔法使っていたじゃないか、そんな奴がな――」
「そこ外野うるさいですの!」
リゲルは謎の笑みを浮かべて黙り込んだ。
「それで、ラムリーザの恋人のカノコはどこに居るのかしら?」
リリスの発言にソニアが噛み付く。
「カノコとラムは何も無い!」
「外野お黙り! というわけで、いつものメンバーは、これまたいつもの冒険者の酒場でご飯食べたり、仕事探したりしていますの」
「暇~、暇~、このマインド・スマッシャーの餌食になるやつ出て来~い」
「仕事でも探したらどうかしら?」
「仕事かぁ、用心棒かなぁ。リリスも暇そうにしているから、そのノーエアーソードで尻でも拭いていたら?」
「エア・フィールド・ソードよ、変な呼び方しないで」
「生活費も残り少ないな、野宿、僕はいいけどソニアはできるかい?」
ラムリーザは、またソニアとリリスが喧嘩を始めそうな流れになったので、急いで口を挟んで会話をぶった切った。
「ラムと一緒なら野宿でも寝るよ」
「貴族出身なのに生活費少ないのですか?」
ロザリーンの突っ込みに、ラムリーザは「こほん」と咳払いをする。
「はい、雑談はそこまでですの。んで、そうやって楽しく談義してると、一枚の張り紙を見つけましたわ」
「張り紙を剥がしてリリスの額に貼り付ける」
「張り紙の内容はよく見かける行方不明者捜索願の張り紙。でも、そこにはよく見知った顔がかかれていますの」
ユコは、前回と同様にソニアの意味不明な宣言を無視して話を進めた。
「見知った顔って誰だろう? ここに居ない人だよね」
「そういえば、ゾンビ騒動の時には居たけど、ここに居ない人ってユコだよね」
ユコは自分がゲームマスターをしている時は出られないので、リゲルがゲームマスターをしている物語にしか登場しない。
「其処には、以前冒険を一緒にした『カノコ』が描かれていたのであった!」
ユコは、周りの雑音をかき消すように、力強く発言した。
「カノコ、か」
「ラムリーザの恋人」
ラムリーザとリリスは、ほぼ同時につぶやいた。それをソニアが聞き漏らすはずが無い。
「違う! カノコはリリスの恋人! レズ! 変態! うむむっ――」
「なるほど! カノコが行方不明になっていて、捜索願が出ているのだね」
ラムリーザは、不穏な発言をするソニアを押さえ込んで話を元に戻した。
「俺にはいまいちカノコの素性がわからんのだが」
リゲルは腕を組んだまま考え込むそぶりを見せる。リゲルにとって、カノコはゲームバランスを崩すチートキャラでしかなかった。
「知り合った相手でもありますし、行方不明なら当然探さなくてはいけませんね」
ゲームを純粋に楽しむラムリーザとロザリーン、粗を探して考察するリゲル、不真面目なソニアとリリスの構図に分けられていた。
「日付は一週間前からですの。捜索依頼者は、マコと言ってカノコの妹だそうです」
「ふむ、カノコの出てくる次の作品に出てきた、カノコに似たようなキャラを選んだか。ユコ自身に見た目が似た奴をセレクトしているな?」
リゲルは、うんうんと頷きながら、リゲルとユコにしか分からないような台詞を言った。
一方ラムリーザは、カノコもマコも、ユコみたいな名前だな、ぐらいの認識だった。
「マコもリリスと一緒にカノコと三人で――」
「こほん、調べてみるか。魔族が絡んでいるかもしれないしね、そうだろソニア?」
ラムリーザは、また余計なことを言いそうになるソニアを遮って話を進めた。
「まぁ暇だし、やってみようかな?」
「暇……って、ソニアお前知り合いが行方不明になってるのに心配じゃないのか?!」
ラムリーザは、能天気なソニアの発言に突っ込みを入れた。暇じゃなかったら、カノコの捜索は無しか? まぁ一度一緒にダンジョン探索をしただけと言えばそれだけだが。
「心配だよ~?」
ソニアは、不自然な笑顔で答えた。
「明るく言うな、明るく。説得力に欠ける!」
「とまぁ雑談をしている所に、丁度よく依頼人が酒場にふらふらやってきましたの」
「カノコ――、じゃなくて今回はマコか。マコってどんな感じの少女なのかな?」
「たぶんカノコと同じ金髪で、おっとりとして和やかな天然系。見とけよ、絶対『あらあら、まあまあ』と言うからな。ちなみに、カノコと同じく巨乳だ」
「そこ! 話を逸らさない!」
リゲルの考察を、ユコは一刀両断ぶった切り。痛いところでも突かれたか?
「でも、マコさんの事はこっちは知らないけど、大丈夫ですか? カノコさんに似ている――って、これはリゲルさんの考察なだけで、実際はどうなのかわかりませんし」
ロザリーンの心配することももっともだ。カノコなら覚えているが、マコとは初対面になってしまう。
「カノコに似ているけど、金髪かどうかはわかりません。マコは、張り紙の前に集まっている君たちの所にやってきました」
「いや、金髪かどうかは見たら分かるんじゃないか?」
ラムリーザの問いに、ユコは「赤髪ですの!」と答えた。リゲルに考察された設定から変えたようだ。
「髪の色なんてどうでもいいんですの! マコは、皆さんこんにちはぁ~と挨拶してきた」
「ゆったりとした口調でか?」
ユコは、リゲルの突っ込みをスルーして何も答えない。
「とりあえず、カノコに何があったのか尋ねてみます」
あくまでラムリーザは、真面目に物語を受け入れて話を続けた。
「ド~ンと、相談してよ。格安だよ~」
一応話には参加しているが、妙に軽いソニア。
「知り合いの不幸を商売にするな」
ラムリーザも、一応突っ込んでおく。
「ええと、姉がここ一週間帰ってこないのと、いつもなら外泊なんてめったにしないし、してもちゃんと連絡をしてくれるのに、と説明してきました」
「何処に行くとか言ってなかったですか?」
「マコは、何も聞いていないと答えます。最近は研究のほうが忙しいからって部屋にこもりっきりなことの方が多かったそうですの」
「研究?」
「カノコしか知りません、使えませんの魔法でも作っていたんだろう」
リゲルの突っ込みを、ユコはまたしてもスルー。
「お偉いさんから、ええと、何とかマンの研究を任されているらしいですの」
「マン?」
「そうかっ! おまんじゅうの研究だっ!」
「それは違うと思う」
今日は、妙なところでラムリーザとソニアのボケと突っ込みが炸裂していて、まるで夫婦漫才だ。
「おまんじゅうならあなたの胸に、大きなのが二つついているじゃないの。いや、あなたのはおまんじゅうにしては大きすぎる。でかまん、くすっ」
「うるさいちっぱいまん!」
「こほん! ええと、マンってどういう研究者なのかな?」
油断すると、すぐにソニアとリリスが喧嘩を始めるからいけない。
「マコは、研究についてはさっぱりな書類だらけで全然わからないと答えました」
「研究のスパイにでも拉致されたのかな? 何か部屋に残っていませんでしたか? 手がかりとか……」
ロザリーンの問いに、ユコは「一応、当時のままにしてあります」と答えた。
「行方不明と研究に関連性があるのかどうか分からないが、行ってみた方が早いんじゃないかな?」
「鍵と手紙は残っていないか? 両親と兄弟たちと一緒に海外に引っ越したのだろう」
「ええと、男はラムリーザ様とリゲルさんで、残りが女ですね」
ユコが完全にスルーするので、リゲルの考察は独り言になってしまっていた。
「男女関係あるのか?」
「マコは、男の人に部屋を見せるのは恥ずかしいって言っていますの」
「そんなものなのか?」
ソニアと同棲しているラムリーザには、その考えがいまいち理解できなかった。部屋の中ではソニアは、ラムリーザが居るにもかかわらず肌を見せながらうろついていることも多々ある。
「それで、探し出したらいくら報酬をくれるのかしら?」
リリスが静かに、そして大事なことをつぶやいた。
「マコは、沢山払えたらこんな苦労しないですわ、と答えた」
「あらあらまあまあ、か」
リゲルは笑みを浮かべながらつぶやき、ユコはキッと睨みつける。
「とりあえず行ってみましょう、ここに居ても進展しませんし」
「そうだな。まぁカノコならいい報酬くれそうだ」
「おそらくこいつからは、とても霊験あらたかな奴からもらった、五十万ぐらいする幸運を呼ぶ壷でも貰えるだろう」
「マコは、みんなついて来てと言って先導して酒場から出て行きました!」
リゲルの一言一言をあえてスルーするのは、ユコにとって何か思い当たる節があるということだろう。もっとも、二人にしか分からない内容なので、他のメンバーは意図せずにスルーしていたが。
「リリスは根暗吸血鬼でムッツリだから、女の部屋でも何をするか分からないよ」
「ソニアの足を蹴っ飛ばします。足元見えないから回避不可能ね」
ソニアとリリスは、今回もまた二人で勝手にバトルを始めてしまった。こうなると、残った三人でしか調査は出来ない。
「さて、カノコとマコが生活していた部屋に到着しました。二人は一つの部屋に共同で住んでいて、ちょっと散らかっています」
「散らかっているって、どんな感じかな?」
「ん~、机の上は紙だらけ、床の上は本と服だらけですわ」
「机の上の物を調べます」
ラムリーザの宣言にユコは、セージ技能と知力を基準としたロールを要求した。それに従い、ラムリーザはダイスを転がす。
「う~ん、その結果だと書類に何が書かれてるかはわからないですねぇ」
「あたしタンスの中を調べる!」
外でリリスとバトル中であるはずのソニアは、いつの間にか部屋に同行していることになってきて宣言した。
「タンスを見るなら、シーフ技能と知力判定をしてくださいの」
ソニアは、ダイスをころころと転がす。ユコは、その結果だと「きれいにたたまれたハンカチが見つかった」と答えた。
「ハンカチ? パンツじゃなくて?」
「それはどうでもいいですの。とにかく、机の上を探った方はもれなく「シーフ技能+知力」チェックしてください」
「僕は分からなかったけどね」
ラムリーザに続いて、ロザリーンが判定するために、ダイスを転がした。
「あっ、ロザリーンは指にチクっと痛みを感じたよ」
「えっ? 何かしら?」
「よく見ると、剃刀レターが見つかりましたの。どうやら剃刀の刃で切ったみたいですね。……さて生命力による抵抗ロールしてもらいましょう」
ロザリーンがダイスを転がしている横で、ラムリーザは気になったことがあるので尋ねてみる。
「マコさんに、何か心当たりは? と聞きます」
「ん~、最近研究チームとの仲で悩んでたみたいだけど、思いつめて家出するようなタイプじゃない、と答えました。あ、ロザリーンは抵抗に成功していますわ」
ソニアとリリスも机の上を調べていたが、二人ともロザリーン同様剃刀レターに引っかかってしまっていた。
「二人ともダイスを一個だけ転がしてください。えと、このパーティにはシーフは居ないんですの?」
「確かリゲルがシーフじゃなかったっけ?」
「もうリゲルさん! 考察ばかりしていないで探索して下さいですの!」
その間に、ソニアとリリスはダイスをそれぞれ転がしていた。リリスは六を出し、ソニアは四を出した。
「やった、私の勝ちね」
嬉しそうに微笑を浮かべるリリスと、悔しそうに睨みつけるソニア。
「勝負じゃありませんの。えっと、ソニアは身長がぴよっと1メートル縮んでしまった」
「えっ? 1メートル?」
みんなの視線が、ソニアの胸に集中する。
「なっ、何よっ! 胸じゃなくて身長でしょ?!」
「あなた、またおっぱい膨らんでないかしら?」
舐めるような視線でソニアの胸を眺めながらリリスはつぶやいた。
「そういうリリスは、背中にこうもり状の翼が生えてきました」
「へー、ますます根暗吸血鬼に拍車がかかったね」
トラップに引っかかった者同士が罵り合ってしまう。
「悪いのはリゲルさんですの。最初からリゲルさんが調べてくれていれば、あなたたちはそうなっていなかったのかもしれないですわ。マコの素性がどうのこうのなんてどうでもいいことばかり気にして」
ぶつぶつとユコは文句を言っている。
「なんだ? 化け物屋敷と化したか」
他人事のようにリゲルは、自分の撒いた現状を楽しんでいた。
「とにかくみんなダイスを振って下さい、セージスキルを持って無くても知力を足していいですの!」
なんだかユコは、やけになったようにいらいらとした口調でロールを促した。
まずはソニアが転がした。
「う~ん、わかりませんわね」
続いてリリスが転がす。
「う~ん、わかりませんわねぇ」
その次は、ラムリーザが転がした。ラムリーザはセージ技能を持っているので、結果は二人よりも高かった。
「う~ん、ラムリーザ様の脳裏になんか愉快な毒があったなぁ~、って思考がかすめましたわ」
「そっか、二人の症状は何らかの毒によるものなんだね。待てよ、その剃刀に毒が塗られていたということは、カノコもその毒にやられたのかもしれないな」
ようやく物語が進展したのか、ユコのいらいらは少し和らいだようだ。
「さすがラムリーザ様は鋭いですわ。マコは、毒ならカノコ姉さんのチームの中に一人ヒーラーが居たような、とつぶやいています」
「では、その人に聞いておきますか?」
ロザリーンは一同を見渡して尋ねた。
「うん、それでいいね。ところで、そのヒーラーってどんな人?」
「マコは、ユウナという小さな人がヒーラーで、表向きは薬屋をやっているみたい、と言っています」
「薬屋か、二人の状態を治してくれるかもね」
「その人が何か知っているかもしれませんね」
「早く治してよ、リリスは翼でかっこいいけど、あたしこんなちっちゃいのやだ!」
そういうわけで、ユウナというヒーラーの薬屋に会いにいくことになった。ユウナはカノコと親しそうだったし、何か知っているかもしれない。