TRPG第五弾「悲劇のサーカス団! 指輪に込められた願い」~後編~
3月13日――
「ノクティルカは静かに語った。私以外、みんな俗に言う『魔物』って奴よ。例えばファンティーナはワイト、ウルフィニカはワーウルフ、レジーナはマーメイドってね」
今回プレイしているユコがゲームマスターをするテーブルトークゲーム、物語の中核をなすサーカス団は、実は魔物の集まりであった。
「で、今喋っているノクティルカ自身は?」
「ノクティルカは、私は、まぁ、『元』人間かな? 魔力を追い求めて死ねなくなった、哀れな魔女よ、と答えましたわ」
「魔女?!」
案の定、その単語にソニアが飛びつく。
「ノクティルカ、可哀想。ほうりきの半分しか使えないし、きようさも中途半端」
またソニアの魔女謎理論が飛び出した。リリスをこの理論でからかうが、意味が分からないのが難点であり、通じなければ攻撃する意味も無い。
「なんか、かかわりたくない連中のような気がするぞ。礼金もらって帰りたいなぁ」
ラムリーザは、相手が魔物と分かると、得体の知れない気味の悪さに襲われた。ファンタジーのゲームだからこそ出てくる異形の物。実際に想像してみると、少し怖い。
「ちなみに団長は何ですか?」
ロザリーンの問いに、ユコは「団長は、吸血鬼よ」と答えた。
とたんに部室内に大きな笑い声があがった。ソニアが一人、腹を抱えて笑っている。
「あははははっ、魔女に吸血鬼、きゃっきゃっきゃっ、うちのパーティにも魔女で吸血鬼の悪党が居るよ、あっはっはっ! わひゃっ! もがもが!」
ラムリーザは、笑い転げるソニアを捕まえて、ソニアの顔をぎゅっと自分の胸に押し付けて黙らせながら言った。
「で、今回の指輪騒動はなんだったんですかい?」
ユコは、騒ぐソニアをジト目で見ながら答える。
「それはね、平たく言うと、団長、墓場荒らしに遭ってね、指輪を盗まれたってわけ。と、ノクティルカは溜息を吐きながら言いましたわ」
「墓荒らしですか、静かに永遠の眠りについていたのですね。つまり我々は思いっきり巻き込まれたということですか……。それはそうとして、なぜ貴方たち魔族がサーカス団などをやっているのですか?」
今度はロザリーンが尋ねた。
「それには、私たちはね……、人間とかかわらないとよ……、でも……、と悲しそうに答えます」
「とにかく、もう指輪は返しても良いですよね?」
ロザリーンは、リゲルの顔色を伺う。リゲルは、「返していいよ、礼金はもらっておけ」と答えた。
「ところでさ、吸血鬼ってことは、食事とかやっぱりアレ?」
ソニアは、ラムリーザの腕の中から顔を出して聞いた。ソニアにとっては、サーカス団も指輪もどうでもよくなっていた。とにかく、吸血鬼についてあれこれ聞いてみたい気持ちでいっぱいなのだ。
「私たちは、呪いによって、人に害をなすことを禁じられた魔物なの。だから人の血は吸えないわ、とノクティルカは答えました」
「呪いの人形の呪い?」
「違います、人の真似事をして日々の糧を稼いでいるのです、こうしてサーカス団を営んで」
「人の血っておいしいの?」
ソニアは、今度はリリスに尋ねる。当然リリスは、無視を決め込んでいた。
「代わりに何を飲んでんのか気になるな、赤酒ばくだんか?」
「そんな物騒な物は飲みません。人間よりは薄いけど、動物の血でごまかしてますの! で、ノクティルカは、私たちだって、それなりの糧がないと生きていけないわ。でも人の都合でそれを封じられてしまったのよ……。人だって、糧を必要とするのに……、と憤慨しているようです」
「だが呪いも弱い人間にとっては、身を守る手段の一つだからな」
リゲルは、腕を組んだままきっぱりと言い放つ。
「リゲルさんは強いかもしれませんが、私は――」
ユコは、そういいかけて少し口ごもる。そこにソニアがすばやく突っ込んできた。
「呪いの人形を使うのね?」
「使いません! 勝手に夜中の二時ぐらいに、人形を使って呪えばいいんですの!」
「ソニアが呪いの人形を? ユコにあげたあのココちゃんが呪いの人形とか?」
ラムリーザは、話が脱線しつつあるのがわかったていたが、なぜかココちゃん発言をやりたくなって言ってしまった。
「違う! ココちゃんは呪いの人形じゃなくてクッション! それと、あげたんじゃない、次に会う時まで貸したの!」
やはりクッションであることには変わらない。
そして話が進まないので、ロザリーンは次の行動を宣言する。
「まぁ、我々は指輪を持ち主に返しにきただけですし。貴方たちの生活にあれこれ口出しする必要はありませんから指輪を返しますよ」
話がそれかけたのを、さりげなく元に戻した。
「そだね、指輪を返して、今夜もまたサーカスを見せてね!」
ソニアは先程まで関係ないことを言い続けていたくせに、あっさりと本筋に戻っている。
「ノクティルカはびっくりして、あなた、私たちが怖くないの? 私たちは……、魔物なんだよ? と言っています」
「だって、あたしたちのパーティにも吸血鬼居るし」
「風船おっぱいお化けも居るから、今更魔物なんて怖くないわ」
ソニアの攻撃に、リリスもすかさず応戦した。
「だから魔女なんて怖くないし、ラムもゴム鞠握り潰す化け物だし、リゲルだって冷たい雪男だよ」
とうとうソニアは、ラムリーザやリゲルまで化け物にしてしまった。しかしロザリーンには非が見当たらないのか、その毒牙にはかからない。
「まぁ、このサーカス団の連中よりもお前らの方が、見た目的に百倍は怖いからな」
「なんだか様子が変だけど、それでいいですわ。よかった……。私たちは、やっと人と共存できるのね、とノクティルカは涙ぐんでいます」
「まああれだ、見た目だけで判断してはいかんということだ。吸血鬼にせよ、狼男にせよ、半魚人にせよ、風船にせよ、心が通じ合っていればそれでよいので、ある」
ラムリーザは、奇麗に物語を締めくる台詞を決めてみたつもりだった。しかし、返ってきたのは非難の言葉だった。
「狼男ではありません、ワーウルフですの。あと半魚人じゃなくてマーメイド、人魚ですの」
「あっ、今風船って言った!」
ラムリーザは、顔をしかめてリゲルの方を振り返った。フォロー宜しくとの意思表示だ。
「一部の人とは共存できるかもしれないけど、煙たがる人もいることは忘れないように」
リゲルの返した言葉は、十分考えられる現実だった。確かに全ての人間が、ラムリーザのように寛容なわけではない。
「とにかく! 吸血鬼とか風船とか悪口を言い合ってないで、みんな仲良くしていればいいんだよ」
「ぐぬぬ……」
今度は黙らせた。ソニアもリリスも、どうでも良いことでお互いを刺激しすぎだ。
ユコの作り上げた物語で、やれ魔物だの何だので言い争うことの醜さを教えてもらえるとは、誰も考えていなかっただろう。ここに、吸血鬼風船戦争の終幕が宣言された! はず。
ちなみにラムリーザ自身も、ロケットがどうとか、風船がどうとか歌っていたのだが、すっかり忘れている。そもそもドラムの練習時に口ずさんでいる歌は適当なものであり、いちいち覚えているわけではない。
「そこに、ずいぶんと賑やかね、と言いながら、奥から団長のキュリアが現れましたの。んでもってソニアを見て、早速来てくれたのかしら、と言いました」
「え? 何の話?」
だがソニア自身は、前回の話を忘れているようだ。
「約束したじゃない。指輪、返してくれるんでしょ? とキュリアは笑顔で問いかけてきましたわ」
「あ、それあたし知らない。ローザに聞いて」
「やっと持ち主の登場ですね。ごめんなさい、直ぐ返しますから一寸待ってください」
いよいよこれで、この物語も終わりか。ラムリーザはそう考えながら、ユコの作り上げた物語を思い返してみた。
リゲルがゲームマスターをしたホラーゲームで使ったキャラをそのまま引継ぎ、カノコという謎の魔導師と冒険をする物語から始まり、カノコ誘拐事件、そして現在のサーカス団へと続いていった。
ユコの自分語りが強い部分も見受けたが、それなりに楽しくゲームをしてこれたと思う。
できればまたカノコに会いたいな、と思ったが口には出さない。ソニアが文句を言うのと、リリスがからかってくるのが目に見えていたからだ。
しかし、このまま終わりにしてしまうのも、なんだか惜しい気もした。
そこでラムリーザは、思いつきの行動をそのまま実行してみることにした。
「あのさ、ロザリーンが指輪を返そうと思った時、手が滑って排水溝にでも落ちちゃったということにしたらどう?」
ロザリーンは、「えっ?」と驚いたような表情をする。そりゃあそうだろう、ここで指輪を返せばゲームクリアなのに、わざわざ目的を達成できなくするんだ。
「あ、それは面白いですわ。でも……」
ユコはその流れに賛成のようだ。しかし、すぐに口ごもる。
「……、続きをやる時間がもう……」
「いいんだよ、ここで指輪を返して物語りは終了、でも僕は良いと思う。でもそこをあえて、話が続くということにして、続きはまたユコがゲームマスターをするときまで取っておく、というのもいいと思うんだ」
「続きをプレイしたければ、嫌でもユッコと再会しなければならないってことね。うん、だからあたしもココちゃんをユッコに貸したんだよ。再会したらちゃんと返してもらうためにね」
ソニアも、ラムリーザの意図を理解したようだ。
「ラムリーザも、恋人のカノコと別れるのも惜しいと思っているでしょうね」
しかしリリスは余計なことを言った。当たらずも遠からずといった所なのが微妙だ。
「カノコは人形になったまま! うん、サーカス団のみんなもここに定住すればいいんだ。だって既に吸血――」
ソニアは言いかけて口をつぐむ。ラムリーザに「悪口を言い合ってないで」と言われたことを思い出したのだ。そこで、次のように締めくくった。
「――そのまま次回、ローザのどぶさらい!」
「ちょっと待ってください。私はそのまま返そうとしたのに、ラムリーザさんが物語を続けようとしたからそうなったのです。なるならラムリーザさんのどぶさらい……」
「ソニアが一番どぶさらいをするキャラに似合っている。平民の蛮族だからな」
そこでリゲルがソニアを攻撃した。
「なんで! 落としたのはローザ、考えたのはラムじゃないの!」
「外野うるさいですの! とにかく、キュリアは指輪が失われたことを知って、ばたんきゅ~と倒れてしまいましたの!」
「あーあ、ラムのせいで」
「まぁ私は良いと思います。あの盗賊の少年の話もうやむやですし、やっぱりそこも纏めてほしいですね」
なんだかんだでロザリーンもラムリーザに同調した。
「了解、裏で物語をじっくりと練っておきますわ。とにかく指輪を失ったことで、サーカス団のみんなはてんやわんやの大騒ぎですの」
「まぁ、そうなるわなぁ」
「あたしはもう指輪は知らないけどね、ちゃんと団長の所にローザを連れて行ったし」
「そうはさせません、ノクティルカは皆さん一人一人のところを回って、魔法をかけていきます。はい、全員レベルと精神力で抵抗判定してくださいの」
これが最後のダイス判定になるのかどうかはわからないが、全員素直にダイスを転がした。
「はい全員抵抗失敗ですの。というわけで、『指輪は絶対持って帰ってきてね』というクエストの魔法をかけられました。これからはずっと、指輪が見つかるまであなたたちは探し続けなければなりません」
「何よそれ!」
ソニアは無茶な展開に不満の声を上げる。
「やれやれ、ユコと次に会うときまで、このキャラクターはずっと指輪探しをしているのか」
ラムリーザは、それはそれでよいと思った。ユコが抜けたら、よほどのことが無い限り、テーブルトークゲームは休止になるだろう。
自分たちの知らないところでもキャラクターは生きて動いている、そう考えると未来に希望が持てる気がしていた。
「強制的に次回に続く! というところで、皆さんお疲れ様でした、私のゲームはこれにて一旦終了ですの」
「ありがとう、楽しかったよ」
「カノコに会いたいと言ってるよ、ラムリーザは」
ラムリーザは気持ちよく終えようとしたが、最後までリリスは余計なことを言う。綺麗に終わらせてくれない困った美少女だ。
「まぁ、ゲームの中だけなら、二股しようが、ハーレムを築こうが、別にいいよね? 関係ないよね?」
意味は無いだろうが、ラムリーザはソニアに了承を求めてみた。しかしソニアの答えは「いやだ」の一言だった。
「既にお前は現実でハーレムを築いているだろうが」
リゲルも辛辣だ。
「リゲル、君にハーレムを築くクエストをかけておいたよ。楽しみにしておくんだな」
「ふっ、俺はお前と違って身持ちが堅いからそんなことにはならない」
「ぼ、僕がいつ軽くなった?!」
ラムリーザは、リリスやユコになびくつもりはなかった。しかしリゲルは、意地の悪そうな笑みを浮かべただけだった。
「納得いかない、絶対に続きをプレイしよう。その時、僕はカノコとは何もありません、ときっぱりと言うことにするよ」
「リリスが言っているだけで、ラムリーザ様とカノコの間には何もありませんの」
ユコに真顔で指摘されて、ラムリーザはつくづく思った。
めんどくさ……。
とにかくこれにて、テーブルトークゲームは好評のうちに幕を閉じることになったのである。