フォレストピア創造記 序章 ~完~
3月18日――
学校生活一年目の最後、終業式の翌日。
今日、ユコは新天地へと旅立ってしまう。
そして、それを追うように明日、ラムリーザたちもフォレストピアへと引っ越すことになっていた。
ラムリーザとソニアの二人は、屋敷を出てユコの家へと向かっていた。今日はユコの見送りに、家から駅までついていくことにしたのだった。
「あーあ、やっぱりココちゃんを貸すんじゃなかったかなぁ」
道中、ソニアはぶつくさとぼやいた。
「何? あのぬいぐるみ、やっぱり惜しかった? でもいつも邪険に扱っていたじゃないか」
ソニアは、そのぬいぐるみを抱きかかえて文句を言ったり、ラムリーザがソファーに乗せてやると蹴落としていた。ベッドに持っていこうものなら、ものすごい勢いで怒る。
「ぬいぐるみじゃなくてクッション! あたしはクッションをクッションらしく扱ってただけ!」
「クッションらしいって何だよ? クッションもぬいぐるみも一緒だろ?」
「違う! ココちゃんはクッション! クッションは下に敷くものなの! ぬいぐるみならベッドに持っていって一緒に寝てもいいけど、クッションと一緒に寝るなんて変!」
「ま、文句ばかり言っていたけど、居なくなって気がつく寂しさってやつだな。ココちゃんに限らず、一緒にいられるうちに孝行しておくんだぞ」
ソニアのクッション理論に付き合っていてもよくわからないので、ラムリーザは格言のようなものを取り出して、ココちゃんの話を終わらせることにした。
「あーあ、でもココちゃん返して欲しいなぁ」
「再会した時に返してもらったらいいさ、そのつもりで貸したんだろ?」
「そうなんだけどなぁ……」
自分でやったことなのだが、ソニアはユコとココちゃんの二つから離れてしまう寂しさを感じていた。
ユコの家は、ここポッターズ・ブラフと隣の繁華街エルム街の中間程度の場所に在り、歩いていけば精々三十分弱でたどり着くことができる。
クッション理論になりかけては強引に話を締めくくり、またぼやいて会話の流れでクッション理論になり、そんなことを繰り返しているうちに、二人はユコの家に到着した。
家の前では、既に到着していた――といっても隣同士なのだが――リリスが居て、ユコと二人で並んでいた。二人とも語り合っているわけではなく、なんだか気まずそうにもじもじしている。
「おはよう、どうした? 最後の最後で喧嘩した?」
ラムリーザの問いにユコは、「いえ、いよいよお別れとなると、何を話したらいいものやら、ですわ」と答えた。
「思い出話とかいろいろあるんじゃないのか?」
「もうしましたわ、魅惑の壷とか」
「壷? それはゲームの話だろ?」
「いいんですの、私とリリスの二人だけの思い出ですから」
ユコとリリスにとっては思い出の地、魅惑の壷。しかしラムリーザにとっては、ゲーム内のコミュニティでしかない。また、ネットで遊ぶとなれば、魅惑の壷を使うことになるだろう。
今日のリリスはずっと黙ったままだ。元々あまり口数が多いほうではない。自分を外の世界に連れ出してくれた友人が去っていくのは、ソニア以上に寂しく思っているのだろう。
そこにリゲルとロザリーンが連れ添って登場した。ロザリーンの兄、ユグドラシルも同行している。
「おい、お前は茶番劇という言葉を知っているか?」
出会って早々リゲルはラムリーザに、何の脈絡もない話題を投げかけた。
「突然何だよ?」
「滑稽で馬鹿げた寸劇、これを茶番劇と言われている。語源はいろいろあるが、ユライカナンから伝わった言葉だと言われている」
「それは分かった。で、何故ここに茶番劇が出てくる?」
「気にするな、いずれ分かる」
リゲルは意味深な笑みを浮かべると、何故か集まった面々から顔を背けて遠くの空を眺めだした。
ラムリーザはいろいろと気になって仕方が無かったが、リゲルが黙り込むとちょっとやそっとでは話をしてくれないのは分かっていたので、今度はユグドラシルに話を振った。
「ユグドラシルさんも来るとは珍しいですね」
「なぁに、自分の妹の友人の別れとなるとね。それにラムリーザ君の友人でもあるわけだし、そうなると顔を出さないわけにはいかない」
「友人ではありません、将来の嫁ですわ」
ユコの調子に乗った一言に、ソニアは「ふっ、ふざけるなこの呪いの人形!」と騒ぎ出す。先日のテーブルトークゲームの締めで、悪口を言い合わないといった話はどこかに飛んでしまっていたようだ。
「とにかくユグドラシルさん、生徒会会長就任おめでとうございます!」
ラムリーザは、荒れそうな空気を収める意味もこめて、力強く言った。
「それ、月初のパーティで聞いたよ」
残念でした。
そこに、レフトールと子分第一号マックスウェルが現れた。この二人はいつもつるんでいるような気がする。
「あれ? レフトール?」
ラムリーザにとって、レフトールの登場は意外だった。
「あーあ、今日でゲーセン仲間が行っちまうのかぁ」
実はラムリーザの知らないところで、ユコとレフトールはよくゲームセンターへ遊びに行っていた。ユコのボディガードも兼ねているレフトールであった。
「ああ、新しいところではゲームセンターに行くのに誰に付き添ってもらえばいいのかしら……」
ユコはレフトールの姿を見て、今後の問題が一つ見つかったことに対して顔をしかめた。一人で遊びに行って、また変なのに絡まれるのも嫌だった。
「しょうがねーな、次からは『根く』――っと、リリスと行くかな?」
レフトールは、美少女を守る騎士の様な立場を気に入っていた。しかし残念ながらリリスは、ユコほどゲームセンターに興味は無い。リリスはどちらかと言えば、ゲームは一人家に篭って、というタイプだった。
そんな雑談をしていると、ユコの両親が最後に残った荷物を持って玄関から現れた。出発の時が来たらしい。
「お別れは済んだか?」
父の問いにユコは「とっくの昔に終わってますの」と答えた。
「それではそろそろ行こうか。お、君はリゲル君だね。君の父にはお世話になっているよ」
「そうだろうな」
リゲルの台詞は短く、それでいて何故か笑いを堪えているような感じも受け取れた。
というわけで、一同はポッターズ・ブラフの駅へと向かおうとした、その時である。
「待って……」
これまでずっと黙っていたリリスが口を開いた。
「行かないで……」
「何ですの?」
リリスは小声でつぶやいたので、ユコにはいまいち聞こえなかった。しかし――
「行かないで! 私を一人にしないで! 折角、折角ユコが居てくれたから、私は、立ち直れたのに!」
ずっと押し留めていた感情が爆発した。リリスは平然を装っていたが、親友の別れとなると、最後の最後で抑えきれなくなったようだ。ユコはリリスにとって恩者のようなものだ。長年連れ添っていた者が去ってしまうと、やはり耐えられないのはわかる。
「私の所に居候してもいいわ、ここに残って!」
リリスは取り乱し、涙を流しながらユコに抱きついた。妖艶なる黒髪の美女は、作られたうわべの姿。その本性は、どこにでも居るような、というよりソニアに近い感情の塊なのだ。
ユコは、その親友の頭をなでながら静かに語った。
「私はきっかけを作っただけ、あなたを完全に立ち直らせたのはラムリーザ様ですわ。それに、私が居なくなってもあなたにはソニアという新しい友達が居るじゃないの」
「なっ、あたしは――」
ソニアは反論しかけたが、ラムリーザはすかさずソニアの手を取り振り向かせ、諭すような視線を向けた。
「――任せといて、あたしもリリスの友達だからね」
ラムリーザの視線を受けて、ソニアは素直な言葉を述べた。嫌いと言っているが、友達でもある。嫌い嫌いも好きのうち、好きの反対は無関心だ。それにここは、意地を張っている場面ではない。
「ラムリーザ様、夏休みにお話をした新しい大学で、また会いましょう。勉強して絶対に入って見せますから。リリスとソニアも、ちゃんと勉強して一緒の大学に入ってね」
ユコはリリスを立たせ、一緒に駅へと向かいながら、そう語った。
後は駅まで行くだけだが、徐々に口数も少なくなり、駅に入る頃はみんな無言になってしまっていた。
ポッターズ・ブラフの駅に、汽車が止まっている。この汽車で、ユコは新天地へと旅立つのだ。
ユコは、客車の入り口の側で立ち止まり、見送りに着てくれた面々を振り返った。
リゲルはいつもと変わらぬ表情だが、他のみんな、特にリリスはすごく神妙な顔をしている。
「それでは、ごきげんよう」
ユコはそういい残して、汽車に乗り込んでいった。そしてみんなの見守る中、汽車は西へ向かって進み始めた。
「行っちゃったね」
「ええ、行ったわ」
ホームに残された者たちの間に漂っていた静けさをやぶったのは、ラムリーザとリリスの言葉だった。
「ま、僕たちには僕たちの人生がある。ユコの新しい人生に幸あれ、だね」
一年前、ラムリーザも新天地で一から始めたものだ。ユコならなんとかやっていけるだろう。
「リリスも寂しかったらあたしの所に遊びに来たらいいよ、格闘ゲームで対戦してくれることが条件だけどね」
ラムリーザがほとんど対戦に応じてくれないので、ソニアは対戦相手に飢えている。しかし、ソニアの格闘ゲームプレイ態度の悪名は、十分に浸透してしまっていた。
「喧嘩になるから格闘ゲームの対戦はやめなさい。さて、今日の仕事はこれでおしまい。明日は僕もフォレストピアに引越しだ。まだまだ終わらんぞ!」
「ベヤングかしら?」
リリスはラムリーザの発言を遮った。
「あ、いや……」
先を越されてラムリーザは口ごもってしまう。微妙な間を、ソニアの元気な声が断ち切った。
「ベヤングじゃない、ナリオカレー! 子供たちよ、よーく聞くのだ! まだまだ終わらんぞ、ナリオカレーだ、ふりかけ!」
「き、貴様――っ!」
リリスが拳を振り上げるのを見て、ソニアは素早く逃げ出してしまった。リリスは追いかけながら、そのまま二人は、駅から外に飛び出していってしまった。
こんな感じに、リリスもユコが居なくなってしまったけど、ソニアが居てくれれば楽しくやっていけるだろう。むしろリリスは、ソニアと居る時の方が、自然にはしゃいでいるような気もするのだ。
何はともあれ、ラムリーザにとってもポッターズ・ブラフでの一年はこれでおしまい。
ラムリーザは西の空を見上げながら、明日から始まるあの山脈の向こうにあるフォレストピアでの新しい生活を思い浮かべていた。
これまでの話は、所謂序章というやつだ。本当の物語はこれからだ。
そう、いよいよ始まるのだ、フォレストピアでの物語が――!
しかし集団の最後を歩いていたリゲルは、謎の笑みを浮かべて一言つぶやいた。
「とんだ茶番劇だ」