のだま
4月21日――
今日も快晴、誰が言い出したのか知らないが、晴れた日はスポーツ日和とはよく言ったものである。
フォレストピアの中央公園は、花壇にイチゴが多く植えられていたという理由、ただそれだけで住民投票の結果「ストロベリー・フィールズ」と命名されていた。
別にイチゴ畑であるわけではない。しかし、中央道路同様名前をノリで決めるところがあるのが困った住民であった。
中央公園ストロベリー・フィールズは、のんびりと散歩を楽しめる並木道、癒し効果抜群の大きな池、子供たちの遊び場になる遊具置き場の他に、広いスペースを確保した運動広場で構成されている。
ラムリーザたちは、今日はその運動広場に集まって、「のだま」というスポーツをして遊ぼうという話になっていた。集まったメンバーは、ラムリーザ、リゲル、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンのいつものメンバーに加えて、ソフィリータとミーシャの下級生コンビの八人だ。
ラムリーザは、集まったメンバーのうち、リリスの姿を見てダメ出しをした。
「あのなぁ、今日はスポーツするって言ってただろ?」
「ええ、だからヒールの無いブーツにしておいたわ」
「いや、それ――はいいけど、そこだけじゃなくてだな……」
リリスの下半身は、茶色いブーツに、皮生地のミニスカート姿だ。どうみてもスポーツをする格好ではない。
ユコとロザリーンは、今日はおしゃれはせずにジャージ姿、今日の目的から言えば正装だ。ソフィリータは普段から動きやすい格好をしているし、ミーシャもギリギリOK。
それでスポーツをするのにふさわしくない格好のリリスだが、ソニアを例にあげて反論した。
「ソニアだってあんな短いプリーツスカートでスポーツするのだからいいでしょう? それに、スポーツするには邪魔なものを胸にぶら下げているし」
「胸は関係ない。それとあいつはあれしか履く物持ってないから最初から諦めている」
ラムリーザは、まあいいかと思った。転んだりしてパンツを見られるのをわざわざ心配してやる必要は無い。ラッキースケベを期待しようではないか。
というわけで、適当に用意した道具を使い、適当に分かれて準備運動を各自行ない始めた。
のだまという競技は球技で、それぞれ攻撃と守備を交互に行い、拳サイズのボールをバットと呼ばれる木の棒で打ち返し、グラウンドを一周したら一点。細かいルールはいろいろあるが、まぁそういうゲームをするスポーツである。
そこでラムリーザはリゲルとキャッチボールをしてみた。
ソフィリータとミーシャは、それぞれ攻撃のときに使うバット、木の棒をぶんぶん振り回していたが、そのうち二人のチャンバラ合戦に発展してしまっていた。
少し離れたところでは、ソニアとリリスもキャッチボールをしている。ソニアの投げたボールは、ある程度正確にリリスの元に届いているが、リリスの投げたボールはあまり正確とは言えなかった。
「リリス投げるのヘタクソ、走りまわされるあたしの身になってみてよ!」
変な場所に返球してくるので、無駄に走らされるソニアは文句を言った。リリスは少しむっとした顔をしてボールを投げ返すのを止めると、そのままラムリーザの所へと向かった。
「ラムリーザ、ちょっとお願いがあるわ」
リリスは、ボールを受けるのに使用するグラブを左手から外しながら言った。
「どうしたんだい? ん、やっぱりその格好だとスポーツやりにくいんだろ?」
「違うわ、このグラブなんだけど、右手にはめるのが欲しいわ。私右手だとボールをうまく投げられないのよ」
「ん? ああそうか、リリスは左利きだったね。ちょっとリゲル、しばらく抜けるからあいつらに守備練習でもしてやってくれ」
適当に揃えたのだま道具なので、グラブは左手にはめる物しか用意していなかった。リリスのために、反対の形をしたグラブを用意してやる必要があった。
そこでラムリーザはその場をリゲルに任せると、中央公園の正面に構えているスポーツ用品店へとリリスを連れていった。
リリス用のグラブを購入して二人が中央公園に戻ってくると、ラムリーザの頼んだとおり、リゲルが主導となってシートノックと呼ばれる実戦を意識した守備練習をやっている最中だった。
みんな初めてやる球技なので、お粗末な守備としか言いようが無い。あまり運動が得意ではないユコはボールに追いつくのがやっとで、ミーシャは頭でフライを受けている。ソニアはフライは取れるけど、ゴロになると動きが怪しい。どうせ足元に転がったボールが見えないのだろう。とりあえず普通にこなしているのは、ロザリーンとソフィリータぐらいだ。
二人が戻ってきたところで、打つ人をリリスが交代し、リゲルは再びラムリーザとキャッチボールを始めた。
ボールを投げることに慣れていないラムリーザは、多少ぶれた返球しかできないが、リゲルは投げることに関しては慣れているようで、かなり正確に投げてくる。
「お前は力を入れすぎだ。ボールを鷲掴みするのではなくて、上手く指と手首を使って、あと腕をしなやかに振り下ろすと球威が増す」
などとリゲルは説明してくるが、ラムリーザはあまり理解できなかった。
「ゴム鞠はいつも握っているけど、投げることはほとんど無いからなぁ」
「ちょっとしゃがんで捕手をやってみろ」
リゲルは、ラムリーザをしゃがませて構えるグラブにボールを投げた。
「おっ、ど真ん中にボールが来たよ」
「うむ、正球、ストライクだな。次は少しグラブを左に構えてみろ」
ラムリーザは言われたように少しグラブの位置を左に動かす。リゲルはそこにも正確にボールを投げた。
「狙ったところに投げられるんだ、すごいね」
ラムリーザが褒めると、リゲルはにやりと笑って話を続けた。
「今の球は、右打者から見ると内角、左打者から見ると外角になる。あと高めとか低めとか、いろいろなところに投げ分けて打者を翻弄させてやるのだ」
「なるほどー、打者に打たれないように読み合いをするんだね」
「そうだ。打者が内角に来ると思っているところに外角球を投げてやると、届かなくて空振りする。逆に外角を狙っているときに内角を投げると、詰まった当たりになって打ち取れる。まぁそんな具合だ」
「のだまって、ただ単純に棒で鞠をつつく球技だと思っていたけど、結構奥が深いんだね」
「ほほー、のだまをやっとるのかね」
そこに現れたのは、以前試食会に行ったこともあるリョーメン屋の店主だった。確か店の名前は「ごんにゃ」だったかな。
「こんにちは、ごんにゃの店主さん」
ラムリーザはすぐに立ち上がり、軽く頭を下げて挨拶をする。ごんにゃの店主は挨拶を返し、球を投げているリゲルの方を見て言った。
「気にせず続けてくれや。それにしても兄ちゃん、コントロール良いねぇ」
ごんにゃの店主は、リゲルの投球術を褒める。確かにラムリーザの構えたところに、綺麗にボールを投げ込んできている。
「ふっ、こんなのはちょっとしたコツでどうにでもなるものだ。もっともラムリーザみたいに力任せではどうにもならんがな」
褒められたリゲルが得意げになっているのがわかる。
「変化球は投げられるのかい?」
店主の問いに、リゲルは「さすがにそこまでの技術は無いな。それに投げられたとしても捕球できんだろう」と答えた。
その時、シートノックで守備練習をしている女性陣の間で諍いが発生していた。
「今度はあたしが打つ!」
「いいからあなたは守ってなさい」
「リリスばっかり打つのずるい!」
「私はコーチだから、あなたたちを監督しているのよ」
どうやら打ち役について揉めているようだ。打つのがリゲルの時は文句は言わなかったが、リリスが打ち始めたのと、ソニアが守備練習に飽きてきたのが原因の言い争いだ。
ラムリーザは急いでソニアたちの元へと駆け寄り、バットの奪い合いをしている二人から逆にバットを奪い取ってしまった。
「なに? 今度はラムが打つの? あたしもう守備するの飽きた!」
「それなら試合でもやろうか。今日は八人集まっているから、四人ずつに分かれてさ」
「ラムと同じチームがいい」
「ソニアとリリスで取り取りでもする? と思ったけどやめた、誰を取るかで揉めるのがわかっているから今の無しね」
しばらくの間遊ぶのは中断して、試合を始めるための話し合いが行なわれた。結局のところ、ジャンケンをしてグーとパーだけを出して、丁度半分に分かれたところで、チーム分けを決めることにした。
「僕とリゲルは分けた方がよくないか?」
「なんで?」
ラムリーザの提案に、ソニアはきょとんとした顔で答える。
毎度の事ながら、ソニアは男女の力の差をあまり考えないところがあった。ラムリーザと体力勝負をすることになっても、決してハンデを要求しようとしない。
「いいんじゃないの」
そう答えたのはリリス。
「ライトノベルやファンタジーでは、男女の力の差が無いのが割りとあるし、中には女子の方が強い設定の世界もあるわ」
「ここはファンタジーだったり、ライトノベルの世界なのですか?」
ラムリーザのリリスに対する突っ込みは置いておき、特に反対はでなかったので、そのままジャンケンでチーム分けをすることになった。
「それではグーとパーだけでじゃんけんだぞ、じゃっしっけっ!」
ラムリーザの掛け声で、全員腕を振り出す。結果は全員パー。
「なんだよ、みんな同じチームかよ。やりなおし、じゃっしっけっ!」
今度はラムリーザとリゲルがパーで、残りは全員グー。
「これでも俺はいいぞ」
そう言ったのはリゲル。相手全員を三振に打ち取る自信があるらしい。
「ごんにゃの店主さん加えて、男子対女子で試合する?」
「まってくれ、おっちゃんはもう走り回ったりできないよ。審判をやってあげるから、君たちだけでやってくれ」
ごんにゃの店主に断られたので、もう一度じゃんけんをやりなおすことになった。
「それではもう一度、じゃっしっけっ!」
「むっ?!」
「むむっ!」
うまく四人と四人に分かれて、所々から声が漏れてくる。
その結果は、ラムリーザ、リゲル、ソフィリータ、ミーシャのチームと、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンのチームに分かれた。
「うーむ、やはり僕とリゲルは分かれた方がよくないか?」
「俺は別にこの組み合わせでも構わないぞ」
リゲル自身としては、ラムリーザとバッテリーを組みたいので、このチーム分けに肯定的だ。
「まあいいんじゃないかしら? ラムリーズの二枚看板が揃っているし、ロザリーンも居るし。足手まといはユコだけ」
「なんですの! と言い返したいけど、スポーツはちょっとね……」
「ラムと一緒のチームがいいなぁ」
「いいの、男子と下級生チームと、私たちのチームで一応バランスは取れていると思うわ」
ソニアはぐずるが、リリスはこのチーム分けに肯定的だ。ロザリーンも「まあいいでしょう」と答え、ユコもとりあえず受け入れた。
そういうわけで、便宜上ラムリーザチームと呼ばれるチーム対ソニアチームと呼ばれるチームとで対戦が始まった。
「プレイボールゥ!」
審判を引き受けたごんにゃの店主が、声を張り上げて試合開始の宣言をするが――
「ちょっと待って、どっちが先攻?」
「あたしが先攻!」
既にソニアは、バットを持って打席に入っている。リリスも二番打者で良いと考えたのか、打席のすぐ側で待ち構えていた。
「えーと、先攻後攻はどう決めようか、店主さん」
ラムリーザは、のだまに詳しそうな店主に尋ねてみた。
「一般的にはビジターチームが先攻、ホームチームが後攻だけど、君たちにビジターもホームもないしなぁ」
「まあいいや、ソニアがそうしたいと言うのならさせてやろう。というわけで、僕たちは守備につくけど、守備位置はどうするリゲル?」
「俺が投手をするから、お前は捕手をしろ。一塁側はいろいろ仕事があるからミーシャには荷が重いのでお前の妹で。三塁――、いや三角ベースだから二塁か、そっちにミーシャが守る。ミーシャの守備は不安だが、まぁ俺の球は引っ張らせないから大丈夫だろう」
「えー、捕手? 地味だなー」
「さっきの練習の時みたいでいいんだ。それにお前が捕手なら全力投球できるからやりやすい」
「それもそうだな、しかしなぁ」
「ラム~、早くしてよ~」
ラムリーザは打席に入っているソニアにせかされて、あまり乗り気ではなかったが捕手の座に就いた。そして、ソフィリータとミーシャを守備につかせてから、ソニアの右後方に腰を下ろしてグラブを構えた。
そのラムリーザの後ろに審判役のごんにゃの店主が立ち、のだまの基本形は整った。
そして店主は改めて、
「プレイボールゥ!」