修学旅行始まる

 
 5月13日――
 

 晴天が広がる春から夏へと変わろうとしている時期、この日ラムリーザとソニアは学校に向かわずフォレストピアの駅で、ポッターズ・ブラフからやってくる電車を待っていた。

 今日は学校行事、修学旅行が始まる日。向かう先は隣国ユライカナンだ。

 駅でソフィリータと別れる。彼女はラムリーザたちに「気をつけて良い旅を」と言い残して、普通に学校に向かうためにポッターズ・ブラフ行きの電車に乗っていった。

 そこで二人は、先に駅へ到着していたジャンとユコと合流した。ユコはジャンにリリスについていろいろ聞いているみたいだ。

「最近リリスが毎晩あなたの経営するホテルに泊まっているみたいですが、どうなっているんですの?」

「ん、リリスだけが他所に居るのが気の毒でな。ユコもリリスがこっちに居た方が、気軽に一緒に遊びに行けていいだろ?」

「まぁそれはそうですけど」

 最近いつの頃だか、リリスがジャンの経営する店の上部にあるホテル部分に寝泊りするようになり、ユコはジャンの店でリリスと待ち合わせて出掛けることが多くなっていた。

 ユコがポッターズ・ブラフに住んでいた時は、家がリリスと隣同士だったのでよく一緒に遊びに出掛けていたが、フォレストピアに移ってからはリリスと出掛ける機会が減っていたので、その点ではリリスもフォレストピアに居てくれた方がユコにとってはありがたかった。

「それに、そいつは建前だ。本音は別にある」

「何ですの?」

「いずれ、わかる」

「おはようございました」

 二人の会話に、ラムリーザは割って入った。謎の過去形挨拶で。

「おはようござってやると思ったら大間違いだ」

 何故か挨拶を変な形で拒絶するジャン。

「私は別にラムリーザ様だったらおはようございましてあげてもいいですの」

 ユコの挨拶も謎だが、以前からラムリーザとユコの間の朝の挨拶は妙なものだったから今更だ。

「ふんだ、おはようございません」

 否定形挨拶でひねくれるソニア。

「俺もエルにおはようござってもらう謂れはないな」

「私もソニアにはおはようございましたくないですの」

 このグループは、朝の挨拶から妙な流れだ。以前はこの妙な挨拶はラムリーザとユコの間だけで繰り広げられていたが、最近では周囲の人々も参加している。

 周囲を見ると、他に電車を待っている同じ学校の生徒は十人も居ないようだ。同じ学年の生徒で居る家族がフォレストピアに移住している数はこのくらいのようだった。

「あーあ、旅行怖いなぁ」

 ソニアがめんどくさそうにぼやく。怖いじゃなくてめんどくさいだけなのではないだろうか?

「去年キャンプでクリスタルレイクに行ったし、それ以前に何度か家族で旅行したじゃないか? それの延長みたいなもの、学年全員で行くだけだよ」

 ラムリーザはソニアをなだめようとするが、ソニアは「制服で行きたくない」とだけ答えた。

 ブラウスは、今年新たに胸のサイズに合わせて仕立ててもらったので問題ないはず。となると、ソニアの嫌いな靴下か。

 ラムリーザはどうでもいいやと思いながら、のんびりと電車を待つことにした。

 さて、先述の通り今日は修学旅行で数日間ユライカナンへ向かう。ラムリーザたちは、フォレストピアでユライカナンの文化に触れるという交流はあったが、実際に行ってみるのは初めてだ。

 修学旅行の本体はポッターズ・ブラフ駅から出発して、通過駅になっているフォレストピア組は途中から合流するという流れになっていた。

 実際のところ、ユライカナン行きの電車はフォレストピアからしか出ていない。本来ならば、フォレストピアで乗り換える形になるのだが、今日は修学旅行用の貸切電車が特別に動いているのだった。

 しばらく待っていると、東から電車がやってきて駅に停まった。

 それから合流したラムリーザたち四人は、決められた班に分かれて乗り込んだ。

 ラムリーザの班は先日決めたように七人で、リゲルとジャンの男性陣と、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの女性陣の組み合わせだ。

 そこで座席をどう確保するかで一悶着。

 電車の中は二人掛けの座席が向かい合わさった四人用座席と、三人掛けの座席が向かい合った六人用座席が並んでいる。そこにどのように入るかという話になった。

「男三人、女四人でそれぞれ四人用座席に分かれる?」

 ラムリーザの提案に、ソニアは「やだ」と答えた。

「六人掛けの座席に七人入るかしら」

 ロザリーンの提案で、六人掛けの座席に入ってみる。

「男三人、女四人で向かい合う?」

 ラムリーザの提案に、再びソニアは「やだ」と否定した。ソニアはとりあえずラムリーザと引っ付きたいらしい。

「ラムリィ、君がソニアを抱いて座ればいい。残りの五人でそれぞれ一座席ずつ確保しよう」

「待ってくれ、ユライカナンまでずっとソニアを抱っこ?」

 ラムリーザの問いに、ジャンは「それしかない」と答え、ソニアは「それがいい」と答えた。

 結局のところ、ラムリーザの提案を元に、ラムリーザとソニアが引っ付くだけで後は男女に分かれて向かい合う形になった。

「いや、これ僕的にはすっげー恥ずかしいんだけど」

 ラムリーザの抵抗もむなしく、ジャンは「今更だろ?」と答え、ソニアはまんざらでもない感じだ。

 さらにジャンは、「俺もリリス抱こうかな」などと言い出す始末である。

 リリスは「どうかしら?」と答えただけで、動こうとはしない。まだそこまでジャンには入れ込んでいないようだ。

「おー、手堅いねぇ。ひょっとしてまだラムリーザ狙いを諦めてないのんか?」

 ジャンは茶化し気味に尋ねたが、リリスは微笑を浮かべただけで何も答えなかった。

「いや、狙われても困るけど……」

 ラムリーザの抵抗を気にせずに、ジャンはさらに話を続けた。

「ラムリーザを狙うのはやめとけやめとけ、こいつは幼馴染しか見てないから」

「いや、見てないとかそういう問題じゃ――」

 ラムリーザの突っ込みを遮ってジャンは語り続ける。

「漫画やアニメでは幼馴染ってのは基本的に負けヒロインなわけだが、ラムリーザはそのセオリーが通用しない相手だからな」

「いや、僕は漫画のキャラじゃないし――」

「よくあるじゃんか、突然現れたツンデレが幼馴染から主人公を掻っ攫って行くって展開。それがよくあるパターンだろ? しかしラムリーザ、君はツンデレをどう思う?」

「いや、ツンされた時点で脈無しと判断するけど――」

「ほらみろ、こいつにツンデレした時点で負けヒロインになる。そこに注意して接しないとリリスも負けヒロインになるぞ。しかしそんなにソニアが良いかねぇ?」

「変えたくないだけだよ。ソニアとはこれまでもずっと一緒だったし、この先もずっと一緒に居たいと思っているんだ」

「はいはい、ラムリーザはそれでいい、それでいいんだ」

 要するにジャンは、リリスをラムリーザから引き離して自分のものにしたいようであった。少しずつ、少しずつ、リリスをラムリーザから引き剥がしているかのようだった。

 その時、ラムリーザの膝の上に座って窓の外を眺めていたソニアが口を開いた。

「あっ、この川知ってる。あたしここまで来たことあるよ。ミルキーウェイ川だったっけ」

 電車は橋の上を走っている。下に流れる川はミルキーウェイ川、エルドラード帝国とユライカナンの国境に流れる川である。この川を超えた先が、まだ見ぬ異国の地であった。

 ガタンガタンと大きな音を立てながら、電車は鉄橋の上を走り続けていた。

「しっかし、うまくできているな」

 ジャンは、リリスの足を見ながらぼそりとつぶやいた。

「どうしたジャン、目つきがまたエロ親父になっているぞ?」

「いや、スカート短いのに生足がほとんど見えない。座っているとエロそうに見えるが、意外と露出が少ないのな」

「何を言っているのかわからんが、そんなこと言ってたら引かれるぞ?」

「ジャンがエロいのは昔からだから、いまさら驚かない」

 ラムリーザの忠告めいた言葉の脇からソニアの言葉がかぶさった。

「ただし、ソニアはいつも遠慮なくパンツ見せてくれるからもう飽きた」

 ジャンはソニアに対してはすぐに反撃をかましてくる。

「なっ、何よっ、別にジャンには見せてない! そういえばジャンは、あたしの写真をラムに撮らせて集めていたくせに」

「それはメモリアルさ」

 ジャンは落ち着いてソニアの攻撃をかわす。ソニアに対しては、ジャンも長い付き合い。あしらい方は心得ているつもりだった。

「しかしこの橋は長いな、さっきからずっと鉄橋だぞ?」

「この国境の川、向こう岸が見えないぐらい幅広い川だからな」

 名づけてミルキーウェイ大橋。国交強化を決めてから、お互いの国同士で協力し合って作り上げた橋だ。

 ラムリーザとソニアは、一度だけリゲルの運転する車で川岸まで行ったことがある。その時に見た向こう岸は、霞んでいてよく見えなかったことを思い出していた。

「そういえばジャンさんは、バンドグループを集めるために一度行ったそうですね」

 ロザリーンが尋ねてくる。ジャンは「まあね」と答えた。

「それじゃあ名所とか案内してくださるんですの?」

 ユコの問いには、「仕事で行っただけで遊びに行ったわけじゃないから、そんなに見てないんだよね」と答えるのだった。

「それよりもリゲル、君はロザリーンとミーシャのどっちを選ぶのだ?」

 ジャンの問いにリゲルは、「問うな」とだけ答えた。その質問には、ロザリーンも眉をひそめてジャンとリゲルを見つめている。

「まぁラムリーザが本気でハーレムを作ってしまえば、フォレストピアはハーレム上等ということになる。そうなってからリゲルもハーレム作ればいいじゃないか」

「「たわけ」」

 ラムリーザとリゲルは同時にジャンを罵倒する。二人に左右を挟まれているジャンは、まるでステレオでも聞いているかのような感じになるのであった。

 窓の外、東の方角を見ていると、うっすらと対岸が見えてきた。もうすぐ橋を渡り終えるだろう。

「じゃんけんほいほいどっちだすの~、こっち出すの~」

 ジャンやリゲルと雑談しているラムリーザの足の上に座ったソニアは、正面に居るリリスとじゃんけん合戦を始めていた。

 普通のじゃんけんとはちょっと変わっていて、ほいほいと両手でそれぞれ二つ出して、こっち出すので一方を選んで勝負するやり方だ。

 このじゃんけん、ソニアは妙に勝率が悪い。というのも、何故かソニアは両手で同じ手を出すことが多い。そしてその場合のほとんどが良くてあいこ、当然ながら負けに繋がることも多いのだ。

 そうこうしているうちに電車はミルキーウェイ川を渡り終え、ラムリーザたちにとっては前人未到のユライカナンの地へと入っていった。

 さあ、いよいよユライカナンでも修学旅行の始まりだ。

 いったいどんな物が、この国に待ち構えているのだろうか。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き