バスで移動 ~謎の設定~
5月13日――
電車がユライカナンの首都ランザンヌに到着した時、既に日は西に傾いて橙色に染まっていた。
修学旅行初日目は移動だけだ。長い間汽車に揺られた後、これからバスで宿舎へと向かうことになる。
電車から降りて駅から出てバスターミナルへ向かい、そこでクラスごとにまとまってバスに乗り込む。
「そういえばこのクラスは何組だったっけ?」
今更のようなラムリーザの問いに、ジャンはおどけて答えた。
「たぶんつぼみ組だよ」
「なんやそれ? じゃあ隣のクラスは?」
「たんぽぽ組に決まっている」
「まるで幼稚園だな」
二人の会話にリゲルは突っ込んできた。つぼみ組、たんぽぽ組、言われてみたらそんな雰囲気だ。
「よっ、すみれ組のリゲルさん」
「同じクラスなのに呼び方が変わっているぞ?」
リゲルは何も答えなかった。この辺りの温度差が、ジャンとリゲルでは激しい。
「ソニアはひまわり組だと思うわ」
なんだかよくわからないが、リリスはそう評する。
「何それどういうこと?」
ソニアの問いに、リリスは「頭が悪そうだからなんとなく」と答えた。試験の成績に対する頭の悪さでは、リリスもソニアとそう変わらないのでリリスもひまわり組ということだろう。
とりあえずそんなことはどうでもいい。
ぐだぐだ言ってないでラムリーザたちはさっさとバスに乗り込み、最後尾の座席をグループで占拠してしまった。
一番後ろの席に右からソニア、ラムリーザ、リゲル、ロザリーンの四人が座り、一つ前の座席を回転させて後ろを向かせ、ソニアの前にリリス、ラムリーザの前にユコ。そしてリゲルの前にジャンが座ろうとした瞬間、レフトールが割り込んできてジャンは窓際、ロザリーンの前へと押しやられてしまった。
「ここがラムさんの軍団でいいのかな?」
「バンドメンバーが集まっているから間違いないね」
ラムリーザが答えると、ソニアが横から口を挟んできた。
「ここはラムの、ラムリーザ軍団々だ!」
「ぐんだんだん? なんだそりゃ?」
「適当に人選した混成グループだよ」
どうやらソニアは適当に人選されたらしい。自分も同じグループに所属していることが解っていないようだ。
とりあえずそんなことはどうでもいい。
「ここに居るのは男五人、女四人。ハーレムになっているのかと思ったら、割とそうじゃないみたいだな。むしろ男が多い、これが現実か?」
レフトールは、自分とマックスウェルを加えた状態で人数を確認した。去年はラムズハーレムとかいう言葉が生まれていたが、こうしてみると何だ? 最近男ばかり増えているのか?
「君の思う、というか理想とする構図を説明してあげよう」
なにやらジャンが語り始めた。レフトールは「何だ?」と答えて聞き入っている。
「こういうグループだと、ラムリーザの周囲は全て女、男一人、女八人となっているべきだと考えているんだろ?」
「言えてる」
「気味の悪いことを言うな」
肯定するレフトールと、否定するラムリーザ。
「リゲルは本来ならば、リデルという名前でクールで頭脳明晰な女の子。ちょっと冷たいところもあるけど、ラムリーザが好きなので時々デレるクーデレというやつだ」
「気持ちの悪い設定を作るな」
「それ、ロザリーンと設定が被っているところがあるね」
しかめ面で否定するリゲルと、冷静に突っ込みを入れるラムリーザ。
「ロザリーンも本来ならばラムリーザにデレるべきなんだ」
「寝取るな!」
ジャンの勝手に作った設定に噛み付くソニア、ロザリーンはいい迷惑だ。ソニアにすごまれても、苦笑いを浮かべるぐらいしかできない。
周囲の混乱をものともせずに、ジャンは設定を語り続けた。
「そしてレフトールはレフティアという名前で、乱暴で豪快だけど根は優しい姉御肌の女の子。無論ラムリーザのことが好きで、ラムリーザの危機には身を挺して守り抜く女騎士だ」
「くっころ……」
「それ別に男でもよくね?」
謎の呟きを漏らすユコと、自分を女体化されて否定するレフトール。
「そこをあえて女にすることで、ハーレム物が成り立つんだ。常識は通用しないぞ? ちなみにそっちのマックスウェルは、マライアとでも名乗っていてレフトール、いやレフティアの子分一号な。無論ラムリーザに惚れている」
「子分とかあれか? パーティとかでレフトールに紹介されて出てきてヘルメットみたいな髪形していたりするのか?」
「やめい」
「節操の無いラム!」
謎の設定を追加するリゲルと、当然のごとく否定するマックスウェルと、ハーレム状態をソニアに文句を言われていい迷惑のラムリーザ。勝手に話を作られてしまうので、苦笑いを浮かべるぐらいしかできない。
「それならジャンはどうなるんだよ」
横からソニアに突っつかれながら、ラムリーザは混乱の元凶のジャンについて尋ねる。
「お、俺はぁ――」
「お前は転校生のツンデレ。ラムリーザをぐいぐいと引っ張りまわして、幼馴染を振り切ってラムリーザとゴールイン」
若干早口でリゲルはジャンに代わって設定を述べる。しかしラムリーザは、ツンデレに興味を示さないのではなかったか?
「やった、俺は勝ちヒロイン。やっぱり幼馴染とか緑色の髪とかは負けヒロインだよな? な?」
ジャンは周囲に同意を求めるが、もちろん誰も同意しない。その設定を作り上げたリゲルですら、ただ言っただけで既に興味無しといった具合で顔をそむけている。
「そんなことには絶対にならない! ラムとジャンが結ばれる物語なんて腐ってる!」
周囲が冷え冷えとした無言の中、ソニアだけが大声で否定した。いつまでたっても寝取られるかもしれないと怯え続けるソニアであった。
窓の外は次第に薄暗くなり、夜の訪れを迎えていた。宿舎までは、もうしばらくかかりそうだ。
「それよりもさ、この中だったらロザリーンが一番メインヒロインにふさわしくないか? 成績優秀だし運動もそれなりにこなせるし、真面目で優等生。しかも首長の娘ということは、良家のお嬢様ってことになるじゃんか」
「それ去年もそう思っててそんな話したことある気がするなぁ」
ラムリーザはなんとなく以前の会話を思い出していた。ソニアが言うには、ロザリーンは「仮面優等生」らしいのだが、何のことやらさっぱりわからなかった。
「八つの徳を極めたアバターリアに近いんでしたっけ?」
ユコもなんとなく覚えているようだ。しかしその話題はヤバイ。
「待て待て、その話はここのところだけに押さえておこう。余計な火種を持ち込んではいけない」
ラムリーザは慌てて口を挟むが遅かった。リリスは「ソニアは優しさとか誠実さとかが壊滅的だったわね、くすっ」と、去年やった話を蒸し返した。
「何よ! 謙虚さとか献身さとかが不足している植木鉢足魔女!」
「植木鉢足は騎士でしょ? 知性が足りないエルさん」
「うるっさい! リリスも優しさの欠片も全く無い! ってか、知性は徳じゃない!」
ほんとに遅かった。ラムリーザの右隣側は、再び「ナメクジ」だの「恥さらし」だのといった罵り合いが始まってしまった。全くもって、徳も何もありゃしない困った二人だ。
とりあえずそんなことはどうでもいい。
「幼馴染がおっぱいちゃんのエルで、そうなったらもうリゲルが主人公でもいいんじゃないか?」
その一方で、ジャンは相変わらず架空の設定を作り上げている。
「リゲルが主人公だったら、思いっきりやれやれ系主人公になりそうだなぁ」
レフトールもなんだかんだで打ち解けている。この話題には、ロザリーンが若干引き気味なのがよくないところか。一方マックスウェルは、会話から遠ざかって一つ前の座席に移動して居眠りしている。
「主人公はお前がやれ」
リゲルはめんどくさそうに、ジャンに主人公の粋を投げ返す。しかしジャンは、さらに設定を付け加えた。
「メインヒロインのロザリーンとの仲が進展していたが、離れ離れになっていたかつての恋人が戻ってきて、その狭間でもがき苦しむ――」
「俺をハーレムにするのだったら、ラムリーザも女体化するんだよな?」
リゲルはジャンの台詞を邪魔する形で割り込んできた。ミーシャ問題はリゲルにとって悩みの種であったので触れて欲しくないらしい。
「――んあ、ラムリーザ? そうだなあ、ラムリーザは領主の娘でお嬢様。でもしきたりで十八歳までは家の外では男の子として生活をしなければならないということになっている」
「意味わからんわ!」
ラムリーザは右隣の騒がしさと、ジャンの作り上げた謎の設定とのダブル攻撃で、思わず声を荒げてしまう。
「領主の娘という設定なら、ケルムと一緒だな」
「僕はあの人苦手です」
リゲルの発言に、すかさずラムリーザは答えた。ラムリーザは高圧的な人は苦手だった。
その時、前の席からマイクを差し出された。差出人は、クラスの人気者レルフィーナだ。
「ねーえ、カラオケやっているんだけど、今度はあなたたちの番ね。誰でもいいから一曲歌ってー」
リゲルは腕を組んだまま動こうとしないし、ソニアとリリスは徳について口論中。ロザリーンとユコはそれほど歌を歌うことに興味は無さそうだし、レフトールもそんなキャラじゃない。
「えっとソニア、カラオケやるって言っているぞ」
ラムリーザはそっと話しかけたが、ソニアは完全にヒートしていてリリス以外目に入っていない。
「じゃあ俺が歌うよ」
ジャンはレルフィーナからマイクを受け取り、適当に――といっても狙って選んだのだろうが、一曲選曲して歌い始めた。
何故通りでやらねーんだ?
通りでやっちまおうぜ?
何故通りでやらねーんだ?
いいからやっちまおうってば
何故通りでやらねーんだ?
通りでやってしまえばいいじゃねーか?
誰も見ていないのに、なぜ通りでやらないんだ?
歌い終わったジャンは、得意げだ。しかしレルフィーナのお気には召さなかったようだ。
「何よその変な歌、通りで何をやるっていうの?」
「何をやるって? そりゃあ決まっているじゃないか」
「何?」
しかしジャンは答えずに、ふっふっふっ、と笑っただけだった。
「何よもー。じゃあ今度はラムリーザね」
「ええっ? 何でそうなるんだ?」
ラムリーザは、マイクを回されて困惑する。しかしこの場合一番飛びつくであろう二人が、どうでもいいことで口論を続けているのだから仕方が無い。ソニアなどは、ラムリーザがマイクを受け取ったというのに気がついてすらいなかった。
「しょうがないなぁ」
僕の名前を知っているよね?
電話番号を見てごらんよ
僕の名前を知っているよね?
電話番号を見てごらんよ
ねぇ君、君、僕の名前を知っているよね?
知っているはずだよ?
だから電話番号を見てごらん
ラムリーザもなんとか歌い終わった。しかし、残念ながら今回もレルフィーナのお気に召さなかったみたいだ。
「あなたもまた変な歌、名前を知っていて電話番号を見てって何?」
「そういう意味だよ」
「意味わかんない」
「いや、簡単な文章だと思うけど? わかりやすい歌詞だよね?」
「もう知らないっ」
なんだか不機嫌になったレルフィーナは、ラムリーザからマイクを奪うとバスの前の方へと向かっていった。
ラムリーザはジャンと顔を見合わせると、お互いに「ふふっ」と笑って肩をすくめるのだった。
そうこうしているうちにバスは宿舎に到着していた。辺りは暗く、すっかり夜になっている。ようやく移動が終わった、修学旅行一日目であった。
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