夜の自由時間 ~プロレスを見よう~
5月13日――
ユライカナンの首都、ランザンヌの郊外にあるトリトンホテルに、この旅行中宿泊することになった。
バスから降りた生徒一同を集め、ホテルのロビーでは先生がこれからの行動についていろいろと説明していた。曰く「ホテル内では指定のジャージで行動し、外に出るときは制服を着用のこと」だの、「現在ホテル一階の大会場で、大規模なお菓子コンテストが実施されているので、邪魔にならないよう行動すること」だの、後は消灯時間だの風呂に入る順番だのうんぬんかんぬん。
「夜二十一時以降は外出禁止。それ以降は各自割り当てられた部屋で過ごすこと、以上」
長々と続いた説明会は終わり、ようやく自由時間となった。
誰かが「二十一時一分に戻ってきたらどうなりますか?」などとしょうもない質問をしていたが、説明をしていた先生は華麗にスルーしていた。
その前に、夜御飯の時間となる。生徒たちはレストラン風の部屋に案内され、そこで食事をとることになった。
「スシか」
ユライカナン名産の食文化であるスシだったが、ラムリーザたちにとっては既に馴染みのものになっていた。
ラムリーザは騒動が起きる前に、ソニアとリリスの近くにあるサビの入った壷を没収しておく。これを二人に好き勝手使われたら、また騒ぎ出すに決まっている。その甲斐もあってか、何も問題は起きることなく食事の時間は終わった。
現在十九時であり、外出禁止と言われた二十一時まではまだ二時間ある。
ラムリーザたちは、一旦部屋に戻って荷物を置いてから、その後の行動を決めることにした。
ラムリーザが部屋に向かっていると、ソニアがササッと擦り寄ってきて尋ねた。
「ラムの部屋はどこ?」
「ん、237号室みたい」
「わかった」
ソニアは小さく答えると、そのまま自分の部屋へと向かっていった。
これはまさか?
ラムリーザは、去年の夏休み、自動車教習合宿の時のことをふと思い出していた。
「どうした?」
ソニアが立ち去って行く姿をぼんやりと眺めていたラムリーザに、リゲルが話しかけたことでラムリーザは我に返った。
「あ、いや、ちょっと考え事をしていただけ。さあ部屋に行こうか」
ラムリーザの部屋は三人部屋で、リゲルとジャンと同室だ。
ラムリーザは、念のために向かって左端のベッドを選択しておいた。あくまで、念のため。
荷物を置いて数分間休憩した後、ラムリーザたちは近辺の街へ繰り出すことにした。最初はお菓子コンテストでも見るか? という話になったが、誰も興味を示さなかったので外へ出掛けることにしたのだ。
同部屋の三人に加え、レフトールとマックスウェルも加わった五人組で宿舎を出て、繁華街のほうへとぶらぶらと向かっていった。ちなみに女性陣は、ホテル一階の大会場で行なわれているお菓子コンテストを見物しているようだった。
「夜の街かー。帝都シャングリラと比較してしまうけど、一応ここも首都だからいろいろ揃っているみたいだね。どこに行こうか?」
ラムリーザの問いに、ジャンは「クラブハウスとかよりも、ここにしかない場所に行ってみたいね」と答えた。
「ゲーセン?」
レフトールの問いに、それはあっちにもあるだろ」と答えておいた。
しばらく歩くと、目の前に大きな体育館のような施設が現れた。何だろう、中からは大きな歓声が聞こえている。
「えーとここは、国技館クラマエ? お、プロレスをやっているみたいだぞ?」
なにやら大きな垂れ幕には、ディック・ストレンダーvsザ・ブレード・カグラなどと書かれている。
この団体のエースは、ビクトリー・ハヤブサという名前らしい。赤い鉢巻がよく似合っている、屈強そうなレスラーだ。
「プロレスを会場で見ることってあまりないよね? というわけで行ってみよう、チケットは一人銀貨十枚か、そんなもんかな」
とりあえず旅行ということでそれぞれ小遣いを持ってきていたので、そのままチケットを購入して会場の中へ入ってみる。
時間的にもまだ始まったばかりで、今現在はほぼ前座の試合が行なわれていた。
「プロレスはな、素人が遊びでやると大怪我をしてしまうのだぞ」
リゲルは腕組みをしたままそう言った。
「まあそうだろうな、俺だってラムさんみたいにマジで強い奴と、正面からぶつかろうとは思わないぜ」
レフトールがそう言うと、ジャンは「しょっぱい奴だな、お前は」と冷ややかな視線を向けた。
「普通に正面からぶつかって、顔面と指を壊された奴が今更何を言っているのやらな」とリゲルも目が笑っている。
「だから二度とぶつからねえって言ってるだろうが、お前だってラムさんにふっ飛ばされたくせに」
「黙れ」
レフトールに痛いところを突かれたリゲルは、顔を背けた。あれは彼にとって、過去との決別だったのだ。
リング上では、ヘッドロックを決められたレスラーが相手をロープに振った。その相手はショルダータックルを仕掛けてきて、ロープに振ったほうは倒された。
倒された方が起き上がると、今度はタックルした方がロープに走った。しかし倒された方はうつ伏せに転がり、追撃を防いだ。
そこで走った方は飛び越えるが、倒された方は素早く起き上がり、カウンターで見事なサイクロン・ホイップを決めたのだった。
一連の流れを見たラムリーザは、その動きに感心し、
「これおもしろいね。帝国にもあるけど規模が小さくて、精々年末年始の休暇時とかしか放送されていないし」
と、去年の年末に帰省した時、ソニアとテレビでプロレス中継を見たことを思い出していた。
「このユライカナンでは、このプロレスとのだまが代表的なスポーツらしいぞ」
少しばかりユライカナンについて調べてあるジャンはそう言った。のだまか、休日に遊んでソニアのおっぱい死角を攻めたっけ。
「のだまは遊んでみたよ。そうだなぁ、プロレスもやってみる?」
「やってもいいが、しょっぱいレフトールとは試合やらんぞ」
リゲルは、レフトールに対してダメ出しする。
「いやいやいや、お前とだったらいくらでも戦ってやるぞ。実際にプロレスするってなったら、俺はラムさんと組んで、世界一になってやるからな」
レフトールは慌てて言い返す。リゲル対レフトールのプロレス、リゲルは戦うのを見たことが無いが、どんな戦いを見せるのだろうか?
「バクシングは結構技術とか大変だけど、プロレスならわかりやすくて楽しめそうだね」
「バクシングのがマシだ、プロレスならラムさんのアイアンクローがかなりヤバイっす」
レフトールは、どちらかと言えばバクシング派のようだ。
「じゃあ異種格闘技戦でやる?」
ラムリーザの問いにレフトールは、「ラムさんの指先が自由なら意味が無い」と答えた。要するに、グローブをつけてクロー攻撃をするな、と言いたいらしい。顔に穴を空けられたレフトールならではの経験則だった。
「とにかくユグドラシルさんに頼んで、プロレス部でも作ってもらおうかな」
部活を作るなら、仲の良いユグドラシルが生徒会長の今がチャンスだ。部員が揃わなくても、なあなあで作るだけは作ってくれるかもしれない。なんならラムリーズのメンバーが部活を掛け持ちしても問題ないだろう。部室に集まって雑談するだけならば、プロレスでもして汗を流すほうが健康的である。
そんなこんなで、五人は楽しくプロレス観戦を続けていた。
ビッグ・ザ・ブルーディに追い掛け回されたり、ハリュカイヤ・エーゲンにつばを吐き掛けられたり、いろいろと大変な目にもあったが、それなりに楽しい時間を過ごせただろう。
本日の興行は、最終試合でビクトリー・ハヤブサが、丁度夜の八時四十五分頃に延髄斬りを決めて勝利をもぎ取っていた。相手の怪人アブドーラ・ザ・バンディは、マットに沈んだ。
試合が全て終わった後も、ラムリーザたちは会場の熱気を浴びて盛り上がった気分でいた。しかし、落ち着いたかのようなマックスウェルののんびりとした声が、現実へと呼び戻した。
「なぁ、そろそろ夜の九時にならね?」
「あ……」
五人は顔を見合わせる。そしてすぐに、会場の出口へと向かって駆け出した。
早足で宿舎へと帰りながら、プロレス談義を続けていた。
「このメンバーでプロレスするなら、やっぱりメインはラムリーザ対レフトール?」
レフトールの蹴りが勝つか、ラムリーザの力が勝つか。
「とは言っても、全力で戦って負けているからなぁ」
決闘で痛い目にあっているレフトールは不貞腐れたように言い放つが、ラムリーザは「プロレスなら喧嘩じゃないから、ルールに従って戦うよ」と答えた。
「そっちじゃない」
レフトールはラムリーザの打たれ強さはともかく、ゴム鞠を破裂させてしまうほどの握力を恐れていた。
「まぁ怪我させるまではやらなくていいと思うけどね。試合が出来なくなったら事故だからなぁ」
ラムリーザとしても、あの時はやり過ぎたという自覚がある。だから、次に戦うことがあるのならば、自分の力をよく知っておこうと考えた。
「プロレスでハイキックはあまりやらないから大丈夫だと思う。あと顔面グーパンチは反則みたいだし」
妙にプロレスの知識のあるジャンが、得意げに説明して見せた。
「それラムさん最強じゃん。まぁ新しく開発したフォレスター・キラーでダウンを奪ってやるからな」
レフトールが言うその技は、全力をこめたローキックだ。一度ラムリーザは、この技で転倒させられている。本気で食らえば、足を怪我してしまうかもしれない一撃だ。
「僕も密かにレイジィと共に、究極のアイアンクローを開発中。見せる日が来るかどうかわからないけど、けっこう強引な技だと思うよ」
「いや、ラムさんの場合、普通にアイアンクローするだけで脅威だから。魔のラムズ・クローだよ、そのまま持ち上げるし。そもそも最初の組み合うのする嫌だわ、力比べとかあるだろ? 絶対ラムさんとやりたくねー」
「さしずめラムリーザは鉄の爪ということで、レフトールは爆殺シューターな。リゲルは何が得意?」
ジャンは一人ずつ、レスラーとしての二つ名を作り始めた。割と設定好きなタイプなのかもしれない。
「関節技ならある程度知識はあるけどな」
リゲルは短く答えた。そういえばいつか、ソニアの腕を極めて悲鳴を上げさせたことがあったっけ?
ジャンは「どんな感じ?」と尋ねながら腕を差し出すと、リゲルはその腕を取って捻り上げてみせた。
「おおう、リゲルはコマンド・ウルフだ。離せ離せ、参った参った」
「そういうジャンは、何役?」
ラムリーザは、逆にジャンの設定を聞いてみた。
「俺? 俺は――」
「お前はなんとなく悪者役。派手な帽子とサングラス、鞭や拡声器を持って現れて暴れまくる困った奴だ」
自分の事となると、とたんに口ごもるジャンに代わって、若干早口でリゲルが設定を作った。なんだかよくわからないけど悪役にされたジャンであった。
「それだったら悪事の実行犯も作らないとな。マックスウェル、君が怪しげなマスクでも被って、宇宙パワーマシーンとでも名乗ってくれたらいいよ。そうだなぁ、凶器はハンマーとかでいいかな」
「やなこった」
相変わらず、あまり乗り気ではないのんびりやのマックスウェルであった。
「えっと、時間はどのぐらい?」
「ん、五十八分。ぎりぎり間に合うかな?」
しばらく進むと目の前に宿舎のトリトンホテルが見えてきた。ぎりぎりで間に合うだろうか。
「あ、戻る前にジュース買う」
レフトールが自動販売機へと向かい、ラムリーザもそれに続くと残りのメンバーもそれに倣った。
その結果少し時間がかかってしまい、門限に一分遅刻して、二十一時一分に戻ってきた五人であった。