宿舎にて ~雑談しながらヨンゲリアを鑑賞しよう~
5月13日――
外出時間終了後、ラムリーザたちは部屋に戻って雑談をしていた。ラムリーザは、リゲルとジャンと相部屋だ。
部屋には三つのベッドが並んでいて、テレビが置かれている。窓際にはソファーとテーブルがあり、それほど広くは無いが、ある程度はのんびりできそうだ。
「テレビは何をやっているのかな?」
「21時からなら映画とかやっているかもしれないぞ」
ラムリーザがテレビの電源を入れてみると、突然何やら薄気味悪いほとんど見た目ゾンビな物が画面に現れた。
「うわっ、いきなりなんだよっ」
テレビの側に居たために、思いっきり間近で見てしまったラムリーザは思わずのけぞる。しかしこの光景、ラムリーザは初めて見る物ではなかった。
「これ、ヨンゲリアじゃんか……」
ラムリーザは、去年の年末に帝都でミーシャに誘われて行った映画館での出来事を思い出していた。さらに、年明け第一発目のテーブルトークゲームでリゲルがゲームナスターをやった物語を。
「ふむ、テレビに初登場か。折角だから見ていこう」
リゲルは、画面のおどろおどろしい雰囲気に興味津々であった。というより、もともとミーシャと一緒にこういった映画ばかり見ていたのも、ラムリーザは今ではうすうすとわかっていた。
「いや、見んでもいいだろう」
「なんだと?」
ラムリーザの背後では、リゲルとジャンが短く言い合いをしていた。
それでもまあいいという話になって、映画ヨンゲリアを背景音楽にして雑談は再開された。
「しかしジャンは、ラムズハーレムからリリスを引き抜くのか?」
リゲルは最近のジャンの行動について、茶化すように言った。
「ラムズハーレム? ラムリーザのハーレム? それは無い無い、ラムリーザはソニア一筋なのは昔から見ていたらわかる」
「しかしリリスとユコはラムリーザの取り巻きだぞ? あいつらソニアからラムリーザを寝取ってやろうといつも画策しているぞ?」
「いや、取り巻きなら帝都ではメルティアとかも居たけど、ラムリーザの行動は一貫してぶれなかったぞ、なぁ?」
ジャンに急に話を振られて、ラムリーザは「え? あ、まぁそのつもり」などと戸惑ったような返事を返してしまった。ラムリーザ自身は、映画の中でゾンビに頭を掴まれた女性の目に木片が刺さるシーンを、固唾を呑んで見ていたのだった。
「お、ラムリーザもこのシーンはかなり興味を引くと見た」
リゲルはニヤリと笑ってそう言ったので、ラムリーザは慌てて話題を転換させた。
「でもジャンはリリスに本気みたいなんだよね、自分の店のホテルにまで部屋を用意して住ませているし」
「急にリリスを狙いだすからな、こいつは」
リゲルもそう言うが、ジャンはそうではないと首を横に振って説明した。
「去年の夏前、ちょうど今ぐらいだったかな? 帝国建国記念日の日にラムリーザが連れてきたのを見て一目惚れだな」
ジャンの言うその日は、ソニアとリリスとユコがネットゲームにはまってぐだぐだになった後、気分を一新させるという意味で、帝都見物へと繰り出した時の事だ。
ラムリーザは、その時のネトゲ騒動を思い出して顔をしかめた。
「それから最初のライブの時にメールアドレスをゲットしてからは、結構な頻度でやりとりしてきたぞ」
「ああ、それで去年の夏休み以降、リリスからのメールが減ったのか。ネットゲームをやろうという話になって、情報端末を買ってからは毎日のようにリリスからメールが来ていて、ソニアと揉めていたんだよなぁ」
リリスからラムリーザへのメールが発端で、ソニアvsリリスのメール戦争が勃発したことは一度や二度ではない。
「しっかしなぁ、前も言ったかもしれんが、リリスのような美少女が手付かずで残っているなんてな。この地方の男は目が節穴だってのかね? なぁリゲル?」
「人は運命――じゃなくて、俺はアホには興味が無いだけだ。ソニアも例に漏れずな」
「ソニアはいい娘だよー、アホだけど」
「あ、赤点だけは十分に回避できるぐらいまで勉強させたよ」
二人にソニアをアホよばわりされて、ラムリーザはなんとかかばうが、さほどフォローになっていないところが苦しくもあり悲しい。
「リリスも美少女に見えて、実態はソニアレベルのアホだった。リリスはユコとつるんでいる時はまともに見えたけどそれ以前は……。まぁソニアとつるむようになってアホになった」
リゲルは、昔の根暗吸血鬼時代のリリスを言おうとしたが、それは止めておいた。言いたいことはソニアの同類だということだ。
「そんなこと言ってるが、ロザリーンは良いとしてミーシャの方はわりとアホっぽいぞ?」
「ふっ、そう見えるか? 人は見かけによらないということだ、ミーシャは違う」
「どう違うのだ?」
ジャンはあまりテレビ画面を見ずに、リゲルの方を向いて話しをしている。一方のリゲルは、テレビでやっている映画に注目しながらジャンの問いかけを軽くあしらっている感じだ。
ラムリーザも、なんだかんだで映画を見ていた。一度映画館で見たことがあるとはいえ、このヨンゲリアという映画のグロさは本物だ。
「そのうち分かる。というよりお前ら――」
リゲルは、少しばかりテレビからジャンたちの方へ視線を戻して問いかけた。
「お前ら帝都にミーシャが居るのを知っていながら何故黙っていた? ラムリーザお前は年末年始の休みにミーシャと映画見に行ったらしいな? 今やってるこのヨンゲリア。ミーシャから聞いたぞ?」
「いや、こっちで会うまで俺はミーシャの事知らんかったし」
そう答えたのはジャン。確かにジャンは、ミーシャとの接点は皆無だった。
「僕は前も言ったけど、あの時は帝都のミーシャと、リゲルの思い出の中のミーシャとが結びついていなくて。ただ妹の友人だ、という認識だったよ」
ラムリーザがミーシャを目にしたのはそれよりもさらに前、去年のこの時期に帝都へ戻ったとき、妹のソフィリータから帝都中央公園で二人でライブすると聞いて見に行った時が最初だった。もっともその時は、遠目に見ているだけだったが。
「ミーシャぐらい特長があったら、すぐに分かりそうなもんだろ?」
今夜はのんびりと、そしてじっくりと会話ができるのでリゲルはラムリーザに食いついてくる。
「だってリゲルの彼女だろ? あの時のミーシャの雰囲気が、リゲルと一緒に居るイメージが全然沸かなかったから。いや、最近のなんかお茶目になったリゲルを見ていると、ああ、そうだったんだなって分かるけどね」
「お茶目? 誰がお茶目だ?」
「あのなぁリゲル、君はミーシャと話しをする時、うれしそうにニコニコしすぎ。クールで冷たいリゲルしかしらないソニアやリリスは、そんな君を見て『リゲルキモい』とかつぶやいているんだぞ?」
「あのアホ娘共が、自分のアホさを棚に上げて他人をキモいとか抜かすとは百年早いわ」
リゲルは、闇の広がる窓の外をまるで敵でも見るような視線で見つめながら軽く歯軋りする。
「おつむが足りないから簡単に人をキモいなどと評する。他の言葉で人を評する術を知らんのだ。まぁそれはそれでいいとして、ロザリーンはどうするんだ?」
ジャンは、リリスもアホ扱いされていることに気付いてないのかスルーして、今度はロザリーンについて尋ねた。
リゲルとミーシャだけの関係を見れば、かつては引き裂かれた二人が奇跡的な再会を果たすというドラマチックな展開となるが、今のリゲルはそういう過去にとらわれてはいない。二股のような状況が続いていたら別の意味で面白かったかもしれないが、その場合リゲルの評価はどうなるのだろうか?
「どうするも何も、俺はロザリーンとだけ付き合うことに決めた。ミーシャと仲良くしているところを親父に見つかったら、また要らん事をするに違いない。強制的に桃栗の里を退寮させて、強引に帝都の学校へ飛ばすぐらいやりかねないからな、あいつは。最悪桃栗の里、廃寮にするぞ」
「いや、流石にそこまでせんだろ……」
ラムリーザはそうつぶやくが、リゲルは「いや、二年前に家族ぐるみで飛ばしたやつだぞ」と答えた。
テレビの中では、小屋にゾンビの群れが押し寄せてきて、それを火炎瓶で撃退しているところだ。なんとなく同じような映像が続いているような気がするが、気のせいということにしておこう。
「しかしなぁ、ミーシャはリゲルと再会するために一人で戻ってきたんだぞ? ミーシャがかわいそすぎないか?」
「それが想定外すぎるのだ」
リゲルは、再びテレビの方をじっと見つめたまま答えるようになった。
「まあいいか、現在と過去の交わりの間で苦悩し続けるがよい。俺はリリス一本釣りだから関係ない。まぁ、刺されんようにな」
ジャンは、ベッドの上に大の字に寝転がりながら言った。あまりジャンは、今やっている映画ヨンゲリアに興味は無さそうだ。まぁ、確かに好みの分かれる映画ではあるだろう。
その一方で、ラムリーザはリゲルと一緒にじっくりと鑑賞していた。なんだかんだでありえない現実を楽しんでいるのだった。
そして映画は終わり、スタッフロールが流れていく。
「橋の上はゾンビだらけだけど、車道はまだ機能しているみたいだね」
「そこは突っ込んではいけない所だ」
ラムリーザとリゲルが映画談義をしている横で、横になったジャンは「あー、終わったか?」などと言っている。
映画が終わったところで、テレビの電源を落とす。三人は、ベッドの背もたれに背を預けて座り、「消灯時間ってあったっけ?」などと会話していた。
「あー、酒持ってきたらよかったな。明日は宿舎に戻る前に、どこかで酒を買ってこよう」
ジャンは、店で時々酒を飲んでいるので、ラムリーザとリゲルにも勧めようとした。むろん、二人はまだ酒を飲んだことはなかった。リゲルがテーブルトークゲームで酒に詳しいのは、ただ詳しいだけだった。
「酒って精神を堕落させる毒水じゃないのか?」
テーブルトークゲームの時と違って、リゲルは酒には否定的なようだ。
「いや、百薬の長とも呼ばれている。適量を飲めばおもしろいぞ」
「適量を越えたら?」
ラムリーザの問いにジャンは、「もっとおもしろい」と答えた。リゲルは「何やそれ」と答え、ラムリーザも「愉快な飲み物だね」と返しておいた。
そろそろ就寝時間だろう。それまでは周囲の部屋から時折大きな笑い声などが上がっていたが、やがてそれらも聞こえなくなり、宿舎の窓から光る明かりも一つ、また一つと消えていった。
「さて、俺たちもそろそろ寝るか」
ジャンは部屋の明かりを消そうとして、ラムリーザの様子が少しおかしいことに気がついた。
「どうしたラムリーザ、なんだかさっきから妙にそわそわして。しかも部屋の入り口の扉をチラチラと見ているようだが」
「ん? ああ、ジャンは知らないか。リゲルは覚えてないかな、去年の夏休みのキャンプでの出来事」
ラムリーザに問われてリゲルは少しの間考えていたが、去年のことをすぐに思い出したようだ。
「キャンプか、ああそういうことか」
「なんだ? 俺もそのキャンプに誘ってくれればよかったのに。で、その時何があったのだ?」
ジャンの問いにリゲルは、「あのアホがやってくる」と短く答えた。
「アホはよしてくれ。といっても、ソニアが来るかもしれないけど、とりあえず気にしないでくれ」
ラムリーザは、部屋の入り口の方を警戒しながらそう言った。
「何なん、夜這いしてくるん? さすがやなー、俺もリリスの所に行こうかなー?」
「たぶんユコとかロザリーンも同室だぞ」
「ソニアは俺たちが居るのに来るん?」
「来ると思う」
ラムリーザはそう考えた。去年のキャンプでは、リゲルが同室だったのに、それを意に介さずにやってきてラムリーザの布団にもぐりこんできたのだ。ラムリーザとリゲルが入れ替わってみたら、リゲルの布団にもぐりこんだりしたのはお愛嬌。
「まあいいか、寝る前の一杯な。明日は酒だぞ、美女に乾杯」
ジャンの音頭にリゲルは「賢女に乾杯」と答えた。
それに続いてラムリーザは、「可愛い娘に乾杯」と返しておいた。
その後明かりを消し、三人が布団にもぐりこんでしばらくした時に、入り口のドアがガチャリと開き、誰かが入ってきた。
窓の外から入る星明りに照らされたそのシルエットは、不自然なほどおっぱいがでっかい。
「マジで来た」
暗がりの中で、ジャンの驚いたようなつぶやき声が聞こえる。続いてリゲルの舌打ち。
「僕はここ、そっちから見て左端、一番内側のベッド」
ラムリーザがそう言うと、ソニアは何も言わずに布団にもぐりこんできた。そしてラムリーザにひっつくと、すぐに寝息を立て始めた。
「キャンプの時と一緒だな」
「ん~、気にせず寝ようね」
ラムリーザは、妙な気分になりながらも、なんとか平静を保っていた。